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主人のいない間の出来事①
しおりを挟む……全身がそわそわする。
もう殿下をお見送りした後だというのに、今も耳元で「愛している」と囁かれているようだ。
何度毅然と最終打ち合わせをする“冷徹王子”の腰に「愛して」と縋りたくなったことか。
そんな苦しい朝を終えて、昼下がり。
昼食を終え、部屋に戻って私はひとりベッドに腰掛け、ため息を吐く。
「はあ……」
「今日はいつになく気だるそうですけど。昨晩何がありまして?」
……うん。ひとりじゃなかったね。
ドレスの下からモゾモゾ出てきた鬱金色のネズミことスカーレット様のお髭が、怪訝に伸びている。
「……正直、話したくありません」
ルーファス殿下からの魔法は強力だった。……当然、本当の魔法というわけではないんだけど。
全身で私を愛して愛して、だけどトドメをくれないもどかしさ。優しさだけで真綿に包まれることが、こんなに辛いとは思わなかった。
そんな情事を年下の女の子にどう話せばいいのか。
ダメと言われる覚悟で甘えてみれば、彼女はいかにも不機嫌に言いのけた。
「まぁ、こちらも聞きたくありませんわ」
本当にありがとうございます……!
いつもいつも年下に気を使われるダメなお姉さんだなぁ、と思わないでもないんだけど。
そんな私が、このしっかりした女の子にしてあげられることなんてひとつくらいだ。
私はスカーレット様をそっと抱き上げて、その背中を撫でる。
「今日は王城内を自由に散策していいんですよね? 薬室へ行ってもいいでしょうか?」
「……それって、わたくしの背中のためですの?」
「え、まあ……」
のちに、調合する時に。足りない材料はスカーレット様に用意してもらうことになるだろうが、その時に「これ」と見せておくとスカーレット様も用意しやすいだろう。それに、もしかしたら私の知らない原料もあるかもしれない。レシピをより良く改良できるなら、それに越したことはないのだ。
私の知識欲や好奇心、そしてスカーレット様のお役にも立てて一石三鳥……と思っていると、スカーレット様が私の手を払いのける。
「あなた……そんなことより、経過は順調なんでしょうね⁉ 殿下は二日も帰らないのですよ?」
「え? あ……それは、大丈夫、です。ギリギリでしたが」
残る閨のノルマは、あと二回。
私の变化薬の残りと照らし合わせて、本当にギリギリだったけど――それでも最善は尽くせたはず。
「大丈夫ですよ、スカーレット様。あともう少しで、元のお姿に戻れますから」
そうだよね。背中の傷の前に、そもそも早く人間の姿に戻りたいですよね。
そして……本物の花嫁として、早く殿下に愛されたいですよね。
偽物の務めも――あと二回だけ。
必死に笑顔を作る私に、スカーレット様はちっちゃな指を突きつける。
「いいですか! 何度も言っている通り、わたくしたちは一蓮托生なんですから! 最後まで気を抜くんじゃありませんことよっ!」
「畏まりました」
この罪悪感を覚えるのも、幸せを感じるのも、あと――……。
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