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旅行に行こう⑦
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「けっこう魚もいるんですね!」
「釣りたい?」
ボートの縁から水面を覗き込む私に、ルーファス殿下は一人でオールを漕ぎながらニヤリと口角を上げる。
もうっ、見たまんまを言っただけなのに!
でも、殿下がからかいたいのなら、乗らない私でもありません。
「では、今後勝負しますか? 負けた方が釣った魚を調理するということで」
「いいね。きみの手料理が食べられるのなら、願ってもない申し出だ」
「おや? 私に勝てるおつもりで?」
「きみこそ、俺に勝てるつもりなのか?」
カッコいい奥方だなぁ、と声を出して笑い出す殿下に、私もつられる。
そうとまで言うなら、見せてあげましょう。ミミズだろうがなんだろうが、素手で扱ってみせます。なんなら、卵の段階から私が生育しましょうか? 生きの良いミミズを用意しますよ。餌には魚を引き寄せる臭いの強い特性腐葉土を使います。もちろんおばあちゃん直伝の魔女の秘薬です。その効果、乞うご期待。
……なんてね。
殿下と過ごせるのも、今日を抜いたらあと八日。その短い間に、また別荘地に来ることなんてないでしょう。
だから、その勝負は殿下の不戦敗です。でもごめんなさい。私は手料理を振る舞うこと、できそうにありません。
「楽しみだね。約束だよ?」
オールを置いた殿下が、小指を向けて片手を差し出してくる。
その行為に、私の胸が大きく高鳴った。
「それは……」
「……あぁ。昔ね、魔女が教えてくれたんだ。相手と小指同士を結んで約束を誓う。それからその指を切ると、交わした約束が絶対に実現する。そんな呪印なんだって」
「呪印って――」
その魔法は、私も知っている。でも呪印なんてものではなくて、単なるおまじないだ。何の魔力的強制力も、理論付けられた効力もない。おばあちゃん曰く、約束を破った方が針を千本飲むよう約束させる地域もあるという。そんな子供だましの気休め……おまじないだ。
でも、私も子供の頃よくおばあちゃんと交わしただけで、他で聞いたことはない。
だから――
「――魔女とお知り合いなんですか?」
「昔、俺の病気がひどい時は治療してもらっていたんだ。その薬がほんっとうに不味くてね。飲みたくなかったんだけど。でもこれを飲めば絶対に元気になるとこうして約束してくれたから、いつも頑張って飲んでたよ」
その約束は本当だった、と殿下は胸を押さえて目を伏せる。
「そんな呪印なんてなくても、なかなか薬を飲まない俺を叱る魔女が怖くってね。でも頑張って飲んだあとは、とっても温かい手で頭を撫でてくれるから……その手が、俺は大好きだったんだ」
ねぇ、殿下。そのまぶたの裏に映るのは、もしかして――。
「アリーシャ・シャペルベルク……」
「釣りたい?」
ボートの縁から水面を覗き込む私に、ルーファス殿下は一人でオールを漕ぎながらニヤリと口角を上げる。
もうっ、見たまんまを言っただけなのに!
でも、殿下がからかいたいのなら、乗らない私でもありません。
「では、今後勝負しますか? 負けた方が釣った魚を調理するということで」
「いいね。きみの手料理が食べられるのなら、願ってもない申し出だ」
「おや? 私に勝てるおつもりで?」
「きみこそ、俺に勝てるつもりなのか?」
カッコいい奥方だなぁ、と声を出して笑い出す殿下に、私もつられる。
そうとまで言うなら、見せてあげましょう。ミミズだろうがなんだろうが、素手で扱ってみせます。なんなら、卵の段階から私が生育しましょうか? 生きの良いミミズを用意しますよ。餌には魚を引き寄せる臭いの強い特性腐葉土を使います。もちろんおばあちゃん直伝の魔女の秘薬です。その効果、乞うご期待。
……なんてね。
殿下と過ごせるのも、今日を抜いたらあと八日。その短い間に、また別荘地に来ることなんてないでしょう。
だから、その勝負は殿下の不戦敗です。でもごめんなさい。私は手料理を振る舞うこと、できそうにありません。
「楽しみだね。約束だよ?」
オールを置いた殿下が、小指を向けて片手を差し出してくる。
その行為に、私の胸が大きく高鳴った。
「それは……」
「……あぁ。昔ね、魔女が教えてくれたんだ。相手と小指同士を結んで約束を誓う。それからその指を切ると、交わした約束が絶対に実現する。そんな呪印なんだって」
「呪印って――」
その魔法は、私も知っている。でも呪印なんてものではなくて、単なるおまじないだ。何の魔力的強制力も、理論付けられた効力もない。おばあちゃん曰く、約束を破った方が針を千本飲むよう約束させる地域もあるという。そんな子供だましの気休め……おまじないだ。
でも、私も子供の頃よくおばあちゃんと交わしただけで、他で聞いたことはない。
だから――
「――魔女とお知り合いなんですか?」
「昔、俺の病気がひどい時は治療してもらっていたんだ。その薬がほんっとうに不味くてね。飲みたくなかったんだけど。でもこれを飲めば絶対に元気になるとこうして約束してくれたから、いつも頑張って飲んでたよ」
その約束は本当だった、と殿下は胸を押さえて目を伏せる。
「そんな呪印なんてなくても、なかなか薬を飲まない俺を叱る魔女が怖くってね。でも頑張って飲んだあとは、とっても温かい手で頭を撫でてくれるから……その手が、俺は大好きだったんだ」
ねぇ、殿下。そのまぶたの裏に映るのは、もしかして――。
「アリーシャ・シャペルベルク……」
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