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旅行に行こう⑤
しおりを挟む「わたくしは部屋で休んでますわ」
着替えるために部屋に案内された時、ドレス下から出てきたスカーレット様は言った。
私の世話のために着いてきてくれたマリアさんには、今適当な用事を頼んで席を外してもらっている。着替えくらい、自分ひとりでさせてくれたらいいのに。相変わらず、ご令嬢生活……ていうより、お妃様生活? それには慣れない。一生慣れそうもない。
今日も金色の毛並みが美しいスカーレット様に、私は首を傾げた。
「せっかくの旅行なのに……いいんですか? 一人じゃ退屈では?」
「何馬鹿なことをおっしゃいますの。どのみちこの姿じゃ、散策も何も出来ませんわよ。下手に屋敷を出て小動物に襲われたり、ましてや湖にでも落ちたら……」
確かに。それはとっても危ない。
スカーレット様はしっかりなさっているとはいえ、今は手のひらサイズのネズミ姿なのだ。この辺にどんな動物がいるかまでわからないけど……湖に落ちたら探しようがない。私が「ネズミを探して!」て懇願するのもおかしな話だし。
「いい機会ですし……わたくしもゆっくり休ませてもらいますから。気にせず楽しんできてください」
そう私を見上げるスカーレット様のお耳が少し垂れていた。
……そうだよね。ずっとその小さなネズミ姿なんて、疲れるよね。
あとでビスケットでも貰ってこよう。そして少しでも早く、スカーレット様を解放してあげなければ。
それは新婚生活を邪魔している私が出来る、せめてもの報いだ。
「ブロンソはね、長年片思いをしてたんだよ。それこそ相手が結婚しても諦められなかったみたいで。子が生まれ、孫が生まれても友人として付き合っていたらしい。それで自分は伴侶も出来ず、当然跡取りも出来ず、せっかく公爵家の長男だったのに家は次男に任せ、自分は王室の執事として務めるようになったんだ」
散歩をしながら、殿下がブロンソさんについて話してくれる。
それも興味深いけれど、私はスカーレット様のことで頭がいっぱいだった。
「ほら、このあたり滑るからね」
うーん……やっぱり心配だなぁ。
スカーレット様とて、この別荘の土地勘はないだろう。衛生管理はしっかりしていそうだけど、もしどこかに蛇でも紛れ込んでいたら。
警備がいなくても問題ないくらいにここらの治安はいいらしい。人間はそれで問題ないとしても、動物はそうと当てはまらないよね。人間が自然でのどかと思える場所ほど、動植物にとっては野生サバイバルが繰り広げられているものなのだから。まぁ、それが自然の摂理というものなんだけど。
「ほらっ、危ないっ!」
「え?」
ルーファス殿下に腕を引かれ、我に返る。
気がつけば足元が泥濘んでおり、水たまりに足を突っ込む寸前。
この辺りでは、昨日雨が降っていたらしい。その分今日は余計な雲もなく、湖畔の水面の輝きが眩しいくらい。
それを後光にした殿下が私の顔を覗き込んでくる。相変わらず日傘も持ってくれているから、より光が収束されていた。
「どうしたの? 悩み事?」
「えぇと……蛇が……」
うぅ、あいも変わらず顔がいい……!
近距離で浴びる美の洗礼に思わず吐露すると、その微笑が「蛇?」と親しみの持てるものに変わる。
「ここらに、蛇……は、いないと思うけど……」
顔を背けた殿下の肩がふるふると揺れている。隠そうとしてくれているようだが、笑いが堪えられないのがバレております。
そ、そんなに笑わないでもいいじゃないですか!
「わ、わかりませんよ⁉ 蛇は藪にいるイメージが強いですが、実は水辺を好むんです。この辺りは絶好の蛇スポットですよ!」
「蛇スポット……何? 実は蛇が好きなの?」
「好きといいますか……蛇はいいですよ。その毒は麻痺薬として使い勝手もいいですし、お肉もたんぱくで美味しいです」
「食べるの⁉」
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