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ネズミになったご令嬢①

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 冷徹とお噂の王子は、ずっと私に対して物腰も口調も柔らかく。
 ……本当に、これが王太子殿下?

「明日、迎えに来るから。それまでにこの別宅を片付けておいてね」

 だけどそう言って、ルーファス王太子殿下は白馬に乗って帰って行きました。どうやら、立て込んだ公務の合間を縫って駆けてきた様子。
 この小屋に残されたのは私と……一匹のネズミだけ。あまりの出来事に、思わずネズミにだって話しかけちゃう。

「……今のは何だったの?」
「求婚されたのよ。あなたのせいで、あなたが」

 ……なんだろう。空耳かな。
 うん、きっと疲れてるんだ。ファルスの葉にはわずかに幻覚、幻聴の作用があったはず。連日の失敗で吸い込みすぎたかな。こういう時は、たくさん水を飲んでゆっくり休むに限る。

 私が井戸に行こうとすると、足元の何かが叫んだ。

「ちょっとあなた! わたくしを無視しないでくれます⁉︎   下、下を見なさいっ!」

 そこまで言われたら、自然と視線は下を向く。二本足で立った黄色のネズミが腰に手を当てていた。だけど……少し汚れているみたい。まぁ、ネズミだし? 汚れていて当然なのかもしれないけど。

 まばたきするだけの私に、ネズミは言う。

「不本意ながらもう一度自己紹介させてもらいますわ。昨日は世話になりましたわね。わたしく、スカーレット・フィル・アルザートですの」
「ちゅー?」

 あまりにはっきりくっきりお嬢様言葉を話すネズミに、私が思わずネズミ語を話してしまう。……ただちゅー言っただけだけど。
 そんな私に、ネズミはやれやれとばかりに首を振った。

「……その気持ち、わからないでもないですわ。でも、これが現実なんですの。あなたのせいなのだから、しっかりしてくださいまし!」

 えーと……? アルザート家のスカーレット様と言えば、昨日お忍びで惚れ薬を所望されたお嬢様よね? この声、話し方には聞き覚えがあるわ。だけど、ネズミじゃなかったの。もっと金髪の美しい可憐な人間のお嬢様のはず。

「あなたからいただいた惚れ薬をルーファス様に飲ませたら、なぜかこの姿になってしまったのよ! お願い、信じて! 頼れるのはあなたしかいないのっ‼︎」

 だけど、そのネズミがあまりに必死なものだから――私は思わず抱き上げた。

「本当に、スカーレット様なんですか?」
「だから、さっきからそう言って――」

 その時、ネズミのお腹がキュルキュルと鳴く。お腹を押さえたネズミが恥ずかしそうにお腹を押さえた。私は聞く。

「ミルクでも飲みますか?」
「でも、毒見役が……」

 そう否定しかけたネズミがしゅんと項垂れる。そんな彼女に私は提案した。

「私が先に同じものを飲みます。それならいいですか? あとお体も拭きましょうか? 湯ならすぐ湧かせますので」
「……ごめんなさい。あなたを疑うわけではないのよ……でもそうして貰えると助かるわ。ありがとう」

 きちんとわがままの理由を述べて、謝罪と感謝を言える。そんなネズミに、私は確信した。このネズミは、スカーレット様だ。私は「かしこまりました」と、彼女の頭を撫でる。ネズミは気持ちよさそうに目を細めていた。
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