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惚れ薬の依頼②

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 その時、家の外から声がかかる。

「あ……取り込み中かな?」
「木こりさん⁉」

 魔物よけをいつも注文してくれる数少ない常連客である。いつも帽子を目深に被ってまともにお顔を拝見したことがないけど、物腰が優しい良客だ。だから……こんな私たちの様子を察してか「あ、急いでないからまた今度でいいよ」と帰ってしまった。あぁ……申し訳ない……。今度サービスしてあげなくちゃ。最近は風邪引いたりしてないのかな? こないだ作った咳止めの飴を気に入ってくれていたから、今度常備薬として多めに分けてあげよう。

 だけど、お嬢様はそんな私の気苦労を知らず。当然とばかりに「ふん」と鼻を鳴らすだけ。
 えーと……アルザート家といえば、世間に疎い私でも知っている。王家に継ぐ二番目に尊いとされる貴族である。たしか先代の国王陛下の妹君が嫁いだんだっけ? 為政の一端を担うはもちろん、現在アルザート当主は商才もあって外交官も兼任されているとか。

 そんなすごい家系のご令嬢の結婚相手を、私も小耳に挟んだことがある。たしか婚約者は――

「し、失礼ながら、使用する相手は……?」
「そ、それをどうしてあなたに言う必要が⁉︎」

 顔を赤らめたお姿は可愛らしいけど……それはそれ。私も悪事の片棒は担ぎたくないもの!

 所望された薬を作るのが私の仕事ではあるが、毎回使用目的を確認して、調合レシピと共に書類として残すようにしている。それが相手のためにもなり、そして自分のためになる――そう教えてくれた亡き祖母からの教えに背くわけにはいかない。
 それをたどたどしく説明すると、スカーレット様も「それなら仕方ないわね」と納得してくださった。やっぱり悪い人ではないみたい。

 スカーレット様に椅子に座ってもらう。お茶を出そうとしたら「結構よ。今は毒見役がいないから。悪気はないの。ごめんなさいね」と断られてしまった。うん、やっぱり以下略。

 私が対面の席に座ると、スカーレット様は視線を落とした。

「惚れ薬の使用相手は……ルーファス殿下よ。わたくしの婚約者」

 やっぱり……。
 市井でもこの話題で持ちきりだもの。美貌の冷徹王子ルーファス殿下が身を固めると。今までまったく浮いたお話がなく、数々の令嬢がアタックしても誰も寄せ付けなかったとか。そんな孤高の方が選んだお相手がアルザート家の長女スカーレット様。美男美女の嬉しい話題は、ちょっと買い出しに街に出るだけで否応がなく耳に入ってきた。私だって嬉しかったわ。自分の暮らす国の安寧は喜ばしいことだもの。平和がいちばん。何事もね。

 それでも、だからこそ確認したいことがある。

「だけど、どうして正式な婚約者に惚れ薬を……?」
「殿下は、まるでわたくしのことを見てくださらないから……」

 話しながら、スカーレット様は首をふるふる横に振る。そのたびにサラサラなびく髪が綺麗だった。

「別にその“冷徹さ”を咎めるつもりはありませんのよ? しょせんは政略結婚ですから。そこに恋だの愛だのを求める方がわがままなことは、わかっているんです。アルザード家の長女として生まれた以上、そんな形のないものは無縁なのだと理解しておりました……でも、結婚は人生に一度きり……」

 唇を噛み締めたあとに、漏れ出される。

「愛されて、望まれて、幸せな気持ちで結婚したんだと。そんな幸せなわたくしを見てもらいたいなど……ただのわがままでしかないのですが……」

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