11 / 15
番外編
ノエルの友人(三)
しおりを挟む私の疑問に、アレックス様が「そうだそうだ」と賛同した。
「俺も聞いてないぞ。あの日は結局はぐらかしたし、結婚式でも会ったのに何も教えてくれなかったじゃないか」
「別に、アレックスに教える必要はないでしょ? それにだよ、僕は当事者じゃない。空気を読んだだけさ」
不満気なアレックス様に、エリオット様は飄々とした仕草で肩を竦めた。そして顎でウィリアム様を示す。
「詳しいことは当事者から聞くのが一番だよ。ね、ウィリアム?」
「…… お前は時たま、当事者より事に詳しいだろ」
「さて、どうだか?」
エリオット様はにこにこと柔らかい笑顔でいるものの、どこか迫力があって気圧される。
アレックス様がちょいちょいと小さく指で手招きするので耳を彼の口許に寄せると、ぼそりと小さく呟かれた。
「俺達の中でエリオットは一番情がない奴だから、気を付けた方がいいぞ」
近くに寄っても微かにしか聞こえないような小ささなのは、エリオット様に万一でも聞かれないようにだろうか。
情がない……ように見えないが、親しい友人であるはずのアレックス様がそう言うなら、そうなのだろう。エリオット様はとても愛らしい容姿をしているから、きっとその愛らしさを利用して人を手玉に取るのだ。
私はうんうんと頷いて自分の考えに納得した。
頷く私に、エリオット様が胡散臭そうな目でアレックス様を見る。
「……ソフィアちゃんに変なこと吹き込んでないよね?」
「変なことは言ってないな」
エリオット様はなんだかアレックス様に冷たい気がするけれど、それだけ気が置けない仲なのだろう。
今まではこういう人達と一緒にいることがなかったので、とても新鮮な気分だ。
「それで、話を戻しますが、……ウィリアム様?」
さっきエリオット様が、ウィリアム様が当事者だと言っていたのでそちらを向くと、渋々といった様子で口を開かれた。
「ノエルに本当のことを言わなかったのは、ノエルの両親から、そうするよう頼まれたからだ。『いざとなったら私達が止めてあげるから、それまであの子の滑稽な姿を見ていたいわ』と、夫人が」
「それ、は……」
なんて、はた迷惑な……。
ノエルのご両親に会ったときは、そんな面倒臭いように見えなかったけれど、本当は人が困っているのを見て楽しむような……そう、サディスティックなお人だったのだろうか。
「先代伯爵は『自分で思い出せなかったらあいつのプライドとやらが傷つくから、放っておくのが一番だ』と言っていたな。ただ、婚約の件については適当に対処しておく、と。恐らく、お前との婚約破棄も妹のリリア・バセットとの婚約も、先代伯爵が書類に判子を捺さずにいたんだろう。全て、ノエルの知らないところでな」
では、何もかもお義父様とお義母様の手の内だったということだ。
どうやらお二人は、なかなか癖のある人物のようだった。何度か会っているのに気づかなかったのは、普段は普通だからか、はたまた猫を被っていたからか……。
以前からお二人を知っているはずのアレックス様も口を開けて唖然とした顔でいる。……今ちょうど、口を閉めたけれど。
流石はノエルの両親。ノエルが高性能なのは、お二人も凄い人だったからなのね。
でも、やっぱり、思うのだ。
「お二人共、本当に面倒臭い性格していたのですね……」
人を否定するのは良くない。だが、これはあんまりだ。
げんなりしてそう呟けば、ノエルの友人である三人は揃って諦めきった顔をした。
「僕もあの二人はよく分からないよ……」
「だから俺はあの時、仕事でもあの領地に行きたくなかったんだ……。行く度に呼ばれるんだから」
「……怖いから、ソフィアさんも気をつけるんだぞ。エリオット以上にな」
エリオット様に分からないと言わしめ、ウィリアム様に思い切り嫌そうな顔をさせ、アレックス様に怖いと言わせてしまうノエルの両親の本性を、私は直に知らない。
多分、いや、絶対に、直には知りたくない。こうやって人伝に聞いても面倒臭く思ってしまうのだから。
思わず溜め息を吐いてしまう。そして心を落ち着かせようと、既に冷めてしまった紅茶に口を着けた。
三人はそんな私に構わず会話を続けている。
「ノエルもあの人達に苦労してたよなぁ」
「小さい頃はよく泣いてたもんねぇ」
「俺達の中では、一番泣き虫だったか」
泣き虫な、ノエル……?
最後のウィリアム様の言葉に、私は頭の中で小さいノエルを出現させた。初めて会った時のノエルより、十くらい小さくさせたノエル。
……可愛い。
ちびノエルを脳内でこうだったのだろうか、ああだったのだろうか、と動かしてみる。試しにへにゃりと微笑んだちびノエルを想像し――。
……可愛いっ。
そしてちびノエルを妄想中の私に気づかず、更に三人は会話に盛り上がる。
「それなのに今では周辺貴族を怯えさせちゃってまぁ」
「アレックス、言い方がおばさんだから。でも同意するよその言葉」
「だから俺達以外に友達ができないんだ」
「それ言っちゃ駄目だよ、ウィリアムっ……」
「そう言って笑ってるけどエリオット、お前だって友達少ないだろ。男を嫌い過ぎだ」
「いや、ウィリアムもね! 研究馬鹿だからまったく!」
「ノエルももっと友達がいれば、ソフィアさんのこと教えてくれる人がいただろうになぁ……」
「そうだね」「そうだな」
最後、アレックス様がしみじみと言ったことにエリオット様とウィリアム様が声を合わせて同意した。
この三人は本当に、仲が良い。ノエルという単語が聞こえてくるまで会話の内容を聞いていなかったが、声の調子で仲良しだと分かる。
三人が明るく笑いながら話しているのを見ていると、私も微笑ましい気持ちになる。
自然と笑みを形作られた口許をそのままに、私はここにはいない夫を思い浮かべた。
ノエルもこの三人と一緒にいると、このようなやり取りをしているのだろうか。友人と楽しそうに笑う彼も、見てみたいものだ。
「……ねぇ、ソフィアちゃん」
エリオット様からそう静かに名を呼ばれ、私は目をしばたたかせた。
……何だろう。名前を呼ぶとき、猫撫で声だった気がする。
エリオット様をぎょっとした目で見つめるアレックス様とウィリアム様を不思議に思いながら、返事をする。
「はい、何でしょうエリオット様」
「僕ね、ソフィアちゃんみたいな綺麗で大人しい子が好みなんだ」
「そうですか。私が綺麗というのは賛同できませんが」
「ソフィアちゃんは綺麗だよ。ああ、ノエルより先に会えていたら良かったのに」
意味深そうな目線を送り怪しい言葉を囁く彼に、私は何を言えばいいのだろう。
あれだろうか、単に私のからかっているのだろうか。むしろ、それ以外にない。私は彼の友人であるノエルの妻なのだから。
適当に相手をすればからかうのにも飽きてくれるだろう。
そう思って口を開こうとすると、それより先にエリオット様がスッとこちらへやって来た。そしてソファに座る私の足元に膝をつき――
「たまにでいいから、二人で会わないかな? 勿論、ノエルには内緒でね」
――自身の膝の上に置かれていた私の右手を取り、恭しい態度で口づけた。
その時に添えられた甘い笑みと声音は、きっと多くの淑女を魅了する。
「遠慮します」
だけど私には面倒事になりそうなモノにしか見えなくて、瞬時に断ってしまった。
なのににこやかな笑みを崩さないエリオット様を不審に思い顔をしかめれば、アレックス様が声を上げた。
「エリオット、お前それはやりすぎだぞ。ノエルの嫁さんにまで手を出そうとするな」
「僕が誰を口説こうと僕の自由でしょ?」
アレックス様の厳しい声にも笑顔のまま反論するエリオット様。なるほど、少し分かった。
「貴方がやたらとあざとい表情ばかり浮かべるのは、色仕掛けもして情報を集めるからなのですね……」
「えっ」
「え……違いましたか?」
驚いた顔をしたので間違っていたかと聞けば、エリオット様はショックを受けたようにゆっくりと首を振った。
アレックス様もウィリアム様も、呆れたようにエリオット様を見ている。……さっきのようなことを、彼はいつもやっているのか?
「生憎ですが、私からは何も得られないと思います。なので離れてください。踏みますよ」
「踏むの!?」
「男性に触れられたら中央部分を手加減なしに踏みつけろと、ノエルに言われているので」
「しっかり急所を教えてるよ! 怖いなぁ……」
怖いと言いながらも手を離さないエリオット様の精神の方が怖いと思うのは、私だけだろうか。
「こうもあっさりフラれると逆に燃え上が……」
「失礼します」
「ああああ、待って、待って、足を振り上げないで、しかもピンヒールじゃないか!」
「なら離してください」
「意外とソフィアちゃんってバイオレンスだね!」
ようやく手を離してくれた。
まったく、要らぬことに体力を使ってしまった。そもそも、本当に踏むわけがないのに。こんな失礼な人でもノエルの友人であり、客人でもあるのだから。それに、いざとなったらアレックス様かウィリアム様が彼を止めてくれるだろう。
「すまないな、ソフィアさん。俺とウィリアムがいるから怖がらないだろうと思ったのか、エリオットがからかって」
確かに二人がいなかったら困ったかもしれないが、ドアの前には我が屋敷の使用人が控えているのだから、そう大変なことにはならなかっただろう。
私の反応を見て楽しみたかったのだろうか、迷惑もいいところだ。これが二人きりであれば本当に踏みつけていた。
「あーあ、完全なる敗北だよ。あざといとか言われちゃうし、最初から相手にされてないし」
わざとらしく大きな溜め息を吐くエリオット様をじと目で見やると、彼は悪戯っぽい瞳でウインクした。
「しっかり君の言いつけを守ってるよ。良かったねぇ、ノエル」
「「ノエル?」」
私と声が重なったアレックス様を見ると、彼はこの客室の出入り口を見ていた。
つられて私もそちらを見る。するとそこには苦虫を噛み潰したような顔の、私の夫である人物が壁に手を置いて、軽く寄りかかりながら立っていた。
0
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幸薄な姫ですが、爽やか系クズな拷問騎士が離してくれません
六花さくら
恋愛
――異世界転生したら、婚約者に殺される運命でした。
元OLの主人公は男に裏切られ、死亡したが、乙女ゲームの世界に転生する。けれど主人公エリザベスは婚約者であるリチャードに拷問され殺されてしまう悪役令嬢だった。
爽やか系クズな騎士リチャードから、主人公は逃げることができるのだろうか――
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
JC💋フェラ
山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
(完)妹の婚約者を誘惑したと言うけれど、その彼にそんな価値がありますか?
青空一夏
恋愛
私が7歳の頃にお母様は亡くなった。その後すぐにお父様の後妻のオードリーがやって来て、まもなく義理の妹のエラが生まれた。そこから、メイドのような生活をさせられてきたが特に不満はなかった。
けれど、私は、妹の婚約者のライアン様に愛人になれと言われ押し倒される。
横っ面を叩き、急所を蹴り上げたが、妹に見られて義理の母とお父様に勘当された。
「男を誘惑するのが好きならそういう所に行けばいい」と言われ、わずかなお金と仕事の紹介状をもたされた私が着いたのは娼館だった。鬼畜なお父様達には、いつかお返しをしてあげましょう。
追い出された時に渡された手紙には秘密があって・・・・・・そこから、私の人生が大きくかわるのだった。
冷めた大人っぽいヒロインが、無自覚に愛されて幸せになっていくシンデレラストーリー。
残酷と思われるシーンや、気持ち悪く感じるシーンがあるお話には★がついております。
ご注意なさってお読みください。
読者様のリクエストによりエンジェル王太子の結婚を加筆しました。(5/12)
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる