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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
165. ヴィオラの顛末
しおりを挟む今回少しセンシティブな内容なのでご注意を!
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『ルカが側にいてくれないなら、私はもう生きている意味がない』
増えていく手首の傷痕。
ある時は毒を飲んだこともある。
彼を失うくらいなら、死んでしまいたい。
彼を繋ぎ止める為に、そうやって何度も脅して自分に縛りつけ、彼を追い詰めた。
『いい加減にしてくれ……っ、頼むから、もう俺を解放してくれよ!』
好きだから一緒にいたい。
寂しいから側にいてほしい。
他の人と話さないで。
他の人に笑いかけないで。
いつも私だけを見ていて。
私を見捨てないで。
私にはルカしかいないの。
ルカがいてくれるなら、他には何もいらない。
だから取らないで。
ルカに触らないで。
彼は私のもの。
私だけのもの。
誰にも渡さない。
『やめろヴィオラ! リリィに近づくな!』
私からルカを奪う者は許さない。
そんな人間はいなくなれ。
この世から消えろ!!
『きゃあああ!』
『お前なんか死んでしまえ!!』
『やめろヴィオラーー!!』
「いやああああああーーーーーっ!!!」
「ヴィオ!?」
「ヴィオラ!!」
「いやあっ!!痛い!!やめてぇ!!殺さないでっ、どうして!!」
「ヴィオラ! 落ち着け! 大丈夫だから!」
「助けてっ……怖いっ……痛い……痛い~……っ」
「どこが痛い? クリスが治してくれるぞ」
「斬った……ルカが斬った!」
「ルカ? アイツが斬った? どこを?」
「ヴィオ、しっかりして。大丈夫。どこも斬られてないよ。それは全部夢だから」
「そうだ。大丈夫だ。もう怖くない。俺たちが側にいる」
温かい腕に包まれ、誰かの手が背中を摩る。
ひんやりとした魔力がヴィオラを包み、激しい動悸と震えを鎮めてくれた。
そして少しずつ、意識が覚醒する。
「ヴィオ、起きた?」
「……………………お、兄さ……ゲホッ、ゴホッ」
声が掠れ、口内の乾燥に思わずむせる。
「ああ、待って。今水入れる」
ヴィオラを抱きしめてくれている誰かの声が振動で伝わり、顔を上げると美丈夫のアップが視界に映った。
「ノア……さ、ま……ゴホッ」
「無理して喋らなくていい。ほら、水飲めるか?」
コクンと頷き、渡されたグラスを受け取るが、手が震えて持ち上がらず、落としそうになる。
「おっと、危ない。ほら、飲ませてやるから口開けて」
本来のヴィオラなら恥ずかしがって抵抗しているところだろうが、今のヴィオラはそんな気力もなかった。
ただ、ひたすらに乾きを潤すために水を求める。
「──落ち着いたか?」
「……はい」
やっとノアに抱きしめられていることに気づく。
驚いてその腕から逃れようとするが、力が入らず体勢を崩し、逆にノアの胸に顔を埋めてしまう。
「ご、ごめ……なさ」
「お前は病み上がりなんだから、無理するなと言っているだろう? 三日も眠ってたんだ。体が衰弱していても仕方ない」
背中にクッションを立ててもらい、上体を起こしてもらう。
「病み上がりでも口にできそうなものを作ってもらおう。クリス、あとは頼んだぞ」
「了解」
ノアが退出し、部屋には兄妹だけになった。
細いけれど、自分より大きな手が優しく頭を撫でる。
「良かったよ、ヴィオ。全然目を覚さないから心配した」
「ごめ……なさい」
「ヴィオは何も悪くないだろ。謝らなくていいよ」
「…………」
「この三日間、ヴィオはずっと魘されていた。怖い夢を見てたんだね」
「三日……私……そんなに寝てたのね」
「父上は心因性のものだと言っていた。安静にしていれば体調も戻るだろうって」
「そう……」
「──何があったのか、ヴィオラから聞いてもいい? 無理なら元気になってからでいいけど」
何が、あったのか──
霞がかっていた脳裏に、二人が口づける光景が浮かび、栓を切ったように涙が溢れた。
「ヴィオ……っ」
慌てた兄が、ギュッと抱きしめてくれる。
「ごめん、やっぱりいいよ。ヴィオが話してもいいって思えるようになった時でいいから」
「……お兄様……助けて……死なないで……私を一人にしないで……」
ポロポロと涙を流しながら懇願する。
「死ぬ? 僕が? 昔みたいに病弱だったならともかく、今の僕は結構強い魔法士だと自負してるんだけどね。そんな簡単に死なないよ。それに、ヴィオラは今、一人じゃないだろう?」
皆ヴィオラの味方だよ──そう言いながら頭を撫でてくれる兄を、自分も抱きしめ返した。
そうだ。兄は生きている。
ゲーム通りなら、子供の頃に既に死んでいたはずだ。全てが強制力に引っ張られているわけではない。
シナリオに引き寄せられているのは、ルカディオとの関係だけだ。ただそれだけ。
なのに、ズキズキと胸が痛む。
ゲーム内のヴィオラの心情がダイレクトに伝わってくる。
夢の中で、何度もヴィオラの辿る運命を疑似体験した。
あれはゲームで現実じゃないはずなのに、痛みや悲しみ、苦しみがリアルに伝わった。
まるで地獄だったヴィオラの人生。
何が本当で、何が強制力なのかわからない。
ルカディオに恋をしたことさえ、シナリオの強制力だったのだろうか。
そう思うと、自分の気持ちもルカディオの気持ちも、まやかしのような気がしてきた。
ただ決められたルートに沿っているだけ?
そのために、自分はあんなに苦しんだのかと思うとやるせない気持ちになる。
「ヴィオ……? 大丈夫?」
「──…………うん……あのね……温室、でね……ルカが待ってるって言われたから……待ち合わせ場所に……行ったの」
声が震えてしまう。
「うん」
「そ、そしたら……ル、ルカがね……」
胸が痛い。
「うん」
「ル、ルカが……リ、リリティア様と……キスしてた」
「……そっか」
「そしたら……頭が痛くなって……思い出したの」
「何を?」
「前世の……ミオの記憶……まだ思い出してなかった……この世界の……記憶」
「この世界の記憶?」
「うん」
一人では抱えきれない。
助けてほしい。
どうすればいいのか、一人では何も決められない。
「その記憶では……お兄様は、子供の頃に亡くなってて……私は、一人ぼっちで……ずっと、一人ぼっちで……最期は……死んじゃうの」
ルカディオルートのヴィオラの顛末。
それは孤独に生きて、愛に狂い、愛するルカディオによって斬り殺される未来だった。
何のために生まれてきたのか、
わからない人生だった。
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