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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

162. 乙女ゲーム『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

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「ルカ……なんで……」


唇と睦言を交わし合う二人の様子を眺めながら、ヴィオラは絶望で身体を震わせた。

涙がとめどなく溢れて、息が詰まる。
 

一歩ずつ後ずさる。
早くこの場から離れたい。

こんな光景は見たくない。


裏切られたという激しい衝動が胸を突き動かす。


自分も別れるつもりでいたのに、そんなことは頭の隅に追いやられ、怒りと悲しみで埋め尽くされた。

再構築の時間は何だったのか。

先ほどまでヴィオラに寄り添っていたのに、今は他の女に愛を囁き、口づけを交わしている。

その事実に激しく打ちのめされ、酷い頭痛に顔を顰めた。


「いた……い、頭が……っ」


警告音が鳴り響く頭を押さえ、よろめきながらも温室から距離を取る。涙で滲んだ視界に映る、想いあう二人と幻想的な美しい背景。


この光景に、見覚えがある。


なぜ——そう疑問に感じた瞬間、より一層酷い頭痛と共に、何枚もの絵が脳裏に浮かんだ。

第二王子、騎士団長子息、宰相子息、魔法士団長子息、大司教子息——攻略キャラたちのスチルが現実にいる者たちと重なる。

そしてどのスチルにも描かれている少女。


その姿は今まさに、温室内でヴィオラの婚約者と口付けを交わしているリリティアと同じだった。


『君に捧ぐ愛想曲 ~精霊と女神の愛し子~』


前世のミオがプレイしたことのある乙女ゲーム。

その膨大な情報が一気にヴィオラの頭の中に入り込んできた。その量に脳が焼き切れそうだ。あまりの頭痛に足元がふらつく。


ルカディオと同じ顔をした青年と、リリティアのスチルが何枚も頭に浮かんでは消える。そして嫉妬と憎悪にまみれた恐ろしい女の顔に──自分と同じ顔に、ヴィオラは驚愕する。

(ああ、そういうことだったの……)


自分の置かれた状況、ルカディオとの関係、そしてリリティアの存在。今まで自分に起きた出来事のピースが、思い出した前世の記憶とリンクしていく。


そしてゲーム内のヴィオラの感情が流れてくる。

画面上に現れる、ヴィオラの慟哭。


両親に愛されなかった。
唯一無二の双子の兄も死んだ。

母の虐待が心を蝕む。

『ルカディオ・フォルスターだ。よろしくな!』

赤髪の少年が、白い歯を見せてニッコリ笑った。
初めて自分に笑い掛けてくれた人。未来の旦那様。

一瞬で大好きになった。
ヴィオラの世界はルカディオ一色になった。

でも時が経つにつれ、彼の笑顔が見られなくなった。
冷たい瞳で見られることが多くなった。

そんなヴィオラを、母が嘲笑う。

そしていつのまにか、彼の隣には知らない少女が寄り添っている。


『どうして、どうして、どうして!!』

『ルカは私の婚約者なのに! どうして私を愛してくれないの!』

『死ぬほど貴方を愛してるの。だから私の所に戻ってきて』

『渡さない……貴方は絶対に誰にも渡さない!!』


ゲームの中のヴィオラには、彼しかいなかった。

(ルカが私のすべて。生きる理由だったから)


思い出したゲームの中のヴィオラの感情が浸透し、零れた涙で前が見えない。

どうして今まで思い出さなかったのだろう。

あまりにも辛い現実に、無意識に目を逸らして記憶を封印していたのだろうか。

ゲーム内のヴィオラと、現実のヴィオラは違う。

それでもシナリオの強制力なのか、結局ヴィオラは悪女扱いされ、ルカディオはリリティアを愛した。


ヴィオラから別れを告げなくとも、そのうちルカディオから捨てられる運命だった。


『ヴィオラを守る騎士になる』


大事にしていたあの約束も、果たされることはないと決まっていたのだ。なぜなら、そんな展開はシナリオにはないのだから。

残酷な答え合わせに、今までのルカディオとの思い出が色褪せていくようだった。

(バカみたい。最初から、私とルカは結ばれない運命だったんだ)


ルカディオが守るのはリリティアだと決まっていた。
そういう世界にヴィオラは生まれたのだ。

ヴィオラはただの当て馬役。


(なぜですか、女神様……なぜ私をヴィオラにしたの。なぜ今さら自分が悪役令嬢ヴィオラだと気付かせるのですか)

ヴィオラが問いかけても、返事はない。

転生の理由は聞いたのに、それでも責めずにはいられない。こんな絶望を味わうくらいなら、転生などしたくなかった。


前世のミオのまま、死なせてくれれば良かったのに——


暗く淀んだ気持ちが胸の中に広がり、魔力の乱れで呼吸が浅くなる。

そしてそれを押さえつける魔道具の強い力と、記憶の混濁による頭痛でヴィオラの体がふらついた。


ルカディオルートのスチルが脳裏を駆け巡り、ヴィオラの顛末を知る。


そして終わりを告げるように目の前が暗転し、身体の力が抜け落ちた。



今この時、ヴィオラの愛は壊れた。



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