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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
160. 交渉
しおりを挟むバレンシアが滅ぶ──
ノアの言葉に、改めてヴィオラとクリスフォードは自分たちが抱えているものの大きさに身震いする。
私欲に駆られた人間。
戦乱を招こうとしている神。
そして直接ヴィオラを貶めようとしている者たち。
複数の敵がすぐそこまで迫っている。
本当に恋の未練に縋っている場合ではないことを、ノアの怒りで再度突きつけられた。
思わず隣に座る兄の手を握る。
握り返されたその手も、微かに震えていた。
「ノア様……先程の発言、言い過ぎですよ」
マルクが苦々しい顔でノアに苦言を呈する。
明らかに内政干渉だと言いたいのだろう。
「他国の問題だと控えた結果が毎回これじゃ、目も当てられないだろ。帝国にも飛び火するんだぞ」
「ノア様……っ」
「いや、いいよマルク。ノア殿の怒りは最もだ。俺が国内貴族を御せていないばかりに、オルディアン家にばかり負担を強いてしまっている。クリスフォード、ヴィオラ嬢……王家で庇護すると言ったのに、君たちには本当に申し訳ないと思っている。すまなかった」
頭を下げたアイザックに、二人は息を呑む。
「で……殿下、頭をお上げください。僕らは第二王子さえ何とかしていただければ充分ですから」
「そ、そうです。私たちは臣下ですので、どうぞ頭をお上げください」
狼狽える二人の言葉に、アイザックはくしゃりと眉尻を下げた。
「本当に、王太子として不甲斐ない。現状を見定めることか出来ていると思っていたが、自惚れも甚だしいな」
「まったくだ。いくら帝国が秘密裏にオルディアンを守ろうと目を配っていても、最大の味方であるはずのお前が背中から切り付けてくるようなもんだ。いい加減にしろと怒鳴りたくもなるだろう」
「申し訳ない……」
「何のために共同戦線を結んだと思っているんだ? バレンシアでオルディアンを守れないなら全員を帝国に連れていくしかないな。帝国魔法士団で囲った方がよほど安全だ。少なくとも人間からは守れる」
ノアの発言に、アイザックはハッと小さく息を吐いて目を見開いた。
「それは……帝国に亡命するということか?」
「それも一つの考えだということだ。決めるのはオルディアンの者たちで俺やお前じゃない」
「エイダン……」
アイザックの視線に、エイダンは目を伏せたまま考え込み、数秒してから口を開く。
「……正直なところ、それも視野に入れて考えています」
「父上」
「本気か!? 建国時から受け継がれた歴史あるオルディアン家を捨てるというのか!?」
「子供たちを守るためならば、捨てることも惜しみません。私は妻のマリーベルを守れなかった。だからせめて子供たちだけは、彼女の二の舞にはさせたくない……っ」
「お父様……」
まさか、父が家を捨てて亡命まで考えていたとは知らず、兄も驚愕に目を見開いている。
「クリスフォード、ヴィオラ、お前たちはどうしたい?」
父の問いを受けて、クリスフォードはヴィオラを見た。
そしてヴィオラはゆっくりと頷く。
あらかじめ、二人で答えを出していた。
あとは王家がそれを飲んでくれるかどうかだけ。
「僕らは年明けから休学したいと思っています。ですが留年はしたくないので、来年4月に卒業試験を受けて早々に卒業する予定です」
「──難しいぞ? 直近での合格者は……確かエイダンじゃなかったか?」
「そうですね。クラスメイトとの交流が嫌すぎて登校拒否したくなったので、卒業試験を受けて研究に没頭しました」
「──お前……人間嫌いにも程があるぞ……そんな不純な動機で難関の卒業試験に合格するとか……どんな頭してんだ」
アイザックの呆れた言葉に全員が同意する。
微妙な空気が流れたが、それを一新するようにクリスフォードのテノールの声が響いた。
「つきましては、王太子殿下。僕たちからお願いしたいことがあるのですが、聞いていただいてよろしいでしょうか?」
「お願い……?」
「ええ」
クリスフォードの満面の笑みと畏まった言葉遣いに、引き攣った笑みを浮かべて身構えるアイザック。
子供が笑顔を向けているだけなのに、底知れない腹黒さを感じる。
天才肌のエイダンとは違い、息子のクリスフォードは権謀術数が渦巻く王宮に生息する、狸親父たちを相手にするような緊張感が走った。
「その願いとは?」
「休学中に卒業試験に向けて勉強したいので、優秀な家庭教師をご紹介願いたいです」
「王家直々にか」
「はい。僕らも本来なら休学も卒業試験も気にせず、普通に学園生活を謳歌したかったんですけどね……でも第二王子と偽聖女がそれを許さず、僕らに冤罪かけて集団虐めをしてくるものですから、毎朝登校するのが怖くて怖くて……」
悪女ヴィオラの噂もそうだが、ヴィオラに難癖つけてくる輩に、倍返しで牙を向けているクリスフォードについても悪評が立っていた。
ヴィオラほどでないのは、彼が次期伯爵家当主であることと、持ち前の美貌で女生徒に人気があるためだ。
彼を擁護し、その恩を着せてあわよくば婚約者の座につきたいと、悪評の火消しに回る女たちが後を立たない。
ただ彼女らにとっても、溺愛対象の妹は目の上のたんこぶのようで、ヴィオラの噂については放置どころか煽る者もいた。それを知るクリスフォードが彼女たちに絆されることは一切なかったが。
「貴族なら平等に与えられる学びの場を、僕らは冤罪をかけられて奪われました。これで卒業試験まで落ちてしまったら、留年か退学しかありません。それはあまりにも酷い。ですが伯爵家の者でしかない僕らが第二王子を断罪することなど恐れ多いです。でしたら禍根なく円満に学園を去れるよう、ぜひ王太子殿下にご助力願いたいなと思いまして」
抗議ではなく、自分たちが虐められたという体で、笑顔でアイザックの痛いところを抉るクリスフォード。
そんな恐れ知らずの息子に、エイダンはこめかみを抑え、マルクは苦笑いし、ノアは肩を揺らして笑った。
クリスフォードは言外に、愚弟と王家の面子を取ってオルディアンを敵に回すか、オルディアンに詫びとして優遇措置を取るか、どちらかを選べとアイザックに迫っている。
アイザックの答えによっては、バレンシアを見捨ててオルディアンが帝国に行くことも辞さない状況である。
医療業界だけでなく、製紙産業でも多大な利益を叩き出したオルディアンが帝国に渡れば、バレンシア王国にとっては経済に大打撃を受け、税収が激減することは明らかだ。
よって、アイザックに選択の余地はなかった。
「──エイダンとそっくりな顔をして中身は全然違うな。それで十六歳とは末恐ろしいよ。次期伯爵家当主ではなく、次期宰相として欲しいくらいだね。──わかった。最高の教師を紹介させてもらうよ」
「お心遣い痛み入ります」
満足そうに頭を下げるクリスフォードに、アイザックはお手上げだというように両手をあげて苦笑いした。
これで年明けから休学し、新学期初日に卒業試験を受けることが決定した。
もうヴィオラたちが学園に通うことはなくなる。
当然、ルカディオとの接点も切れてしまう。
事実上、ルカディオとの別れが決定した瞬間だった。
(ルカに、お別れを言わなくちゃ──)
決意し、覚悟していたはずなのに、
心が悲鳴を上げる。
胸が痛くて痛くてたまらない。
(ルカ……)
ヴィオラは救いを求めるように、繋いでいた兄の手をギュッと握った。
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遅筆ですみません。。
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