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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

159. 未練を捨てる時

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「ヴィオラ様……」

「大丈夫よ。わかってるから」


心配そうなジャンヌの声に、ヴィオラは笑顔で答えた。ルカディオの周りに第二王子たちも集まり、何か話し込んでいる。

(たぶん、世話役の件だろうな……)


リリティアが衆人環視の中でルカディオに縋りついているせいで、ヴィオラまで注目を浴びてしまった。

せっかく壁の花に徹しようと決めていたのに、周りの人間たちはあの二人にヴィオラがどう出るか、興味津々という下卑た表情を浮かべていた。


ヴィオラとルカディオ、リリティアの三人を巡る醜聞は、学園に通う令息令嬢を通して親世代にも伝わっているらしい。

小さくため息をつき、兄たちが来るのを待っていると、ルカディオがグラスを手にして戻ってきた。


「遅くなって悪い。二人とも果実水でいいか?」

「……ありがとう」

「ありがとうございます」


ルカディオからグラスを受け取り、喉を潤す。


「こっちに来て大丈夫なの?」

「大丈夫……と言いたいところだが、ずっとしつこく話し合いを求められている。まさかこんな公の場でもその話を持ち出すとは思わなかったよ」


ルカディオはとても疲れているようだった。そして彼の肩越しに、第二王子たちがこちらを睨んでいるのが見える。

特にリリティアの憎悪に満ちた表情はとても禍々しく、背筋がぞっとしてしまう。


「──ヴィオラ、テラスに行くか」

ルカディオの誘いに頷き、ヴィオラたちは彼らの視界から消えた。





「ヴィオラたちはこの後、王太子殿下と会談する予定なんだよな?」

「……うん。第二王子殿下の件で、話があるみたい」

「ヴィオラへの接近禁止喰らったんだろ? 当然の結果だ。最近流れているヴィオラの噂も、俺は殿下たちが絡んでると思ってる。噂の広がり方がおかしいからな」

「その辺も含めて王太子殿下から話があるんじゃないかな」

「かもな。——ならヴィオラ、その会談の時、俺はオスカー殿下たちとの話し合いに行ってきてもいいか? もう一度、きっぱり断ってくるよ」

「——別に、無理して断らなくても……」

「いや、今度こそちゃんとけじめをつける。これ以上付き纏われて噂が酷くなっても困るしな。——それに、殿下は俺がいない方が好都合なはずなのに……何なんだろうな」

「…………」


それはつまり、第二王子がリリティアに懸想しているのは事実──ということなのだろうか。

だからルカディオは彼女を諦めて、自分と向き合おうとしているのだろうか。


(さっきのルカと彼女は、誰が見てもお互いを想い合っている目だったわ……)


とても切ない表情で見つめ合っていた。

二人だけの空気がそこにある。改めてそれを目の当たりにしてしまった。

ずっと前からわかっていたはずなのに、いつのまにか目を逸らしていたのだろう。

(もういい加減……終わりにしなくちゃ)



ヴィオラはルカディオとの婚約解消を決めている。
その決断はずっと変わらない。

以前はリリティアを想うルカディオを見たくなくて身を引く決断をしたが、イザベラの生存が確認された今は、彼の身の安全を守るためには離れるしかないと思っている。

もしルカディオが婚約者のままでいたら、きっとイザベラはルカディオを狙うだろう。

彼女はヴィオラが幸せになることを許さない。

婚約の話が持ち上がった時も一人最後まで反対していたし、いつもルカディオのことを睨みつけていた。


ヴィオラを苦しめるためなら、イザベラは何でもやる。


そういう狂気を彼女は持っている。
そんな彼女がルカディオを狙わないはずがない。


それなのに──

今日までずるずると婚約を続けてしまったのは、ヴィオラの未練のせいだ。

自分の恋心を捨てきれず、ルカディオの優しさが嬉しくて、もう少しだけと甘え、別れの時を引き延ばしてしまった。


(もうこれ以上、甘えることは許されない)
















✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



「既に知っていると思うが、ヴィオラ嬢の噂の元凶は愚弟たちだ。全て虚言だということはわかっている。本当に申し訳ない」


自身の誕生日だというのに、王太子アイザックは深刻な表情を浮かべていた。

王族専用の休憩室に、アイザックを中心にして、ヴィオラ、クリスフォード、エイダン、ノア、ジャンヌ、マルクが顔を突き合わせている。

そしてアイザックの吐き出すようなその言葉に、重苦しい空気が漂う。



「今更だな」
 
ノアが足を組み、容赦なく吐き捨てた。


「そうだね。ヴィオへの接近禁止令が出て直接文句を言えないから、周りにありもしないことを吹聴して回ってるんでしょう。偽聖女の言いなりになるとか、正直王族としてどうかと思います」

「クリス! 不敬だぞ……っ」

「いいんだ、エイダン。クリスフォードの言っていることは事実だ。今この場での発言は誰も不敬に問うことはしない」

「そうだな。真相をわかっているにも関わらず、王家が後手に回っているのも事実。このやり取りも何度目だ? なんとも情けない話だと思わないか?」

「「「…………っ」」」


ノアの凍てついた声がアイザックを刺す。

16歳に見た目を変えたノア・バシュレではなく、皇弟ノア・オーガスタの威圧が部屋を制する。


「俺は以前、警告したよな? 今度ヴィオラを傷つけるようなことがあったら許さないと」

「それは……っ」


(ノア様……)


ノアの放つ圧倒的な覇気が、部屋にいる人間を支配する。

それはまさしく大帝国を束ね、その若さで歴戦を潜り抜けてきた皇族の持つオーラで、アイザック以外声を出すことも敵わなかった。


「子供の噂話だと甘く見てたんだろう? 噂話程度で高位貴族を罰していたらキリがないしな。自分は真実を知っているから安心しろとでも言っておけば、時間稼ぎが出来るとでも思ったか?」

「……っ」


アイザックの動揺を見て、ノアは更に言い詰める。

「戦略的で合理的なお前の考えは為政者として嫌いじゃないと言ったが、囮にする対象を毎回読み違えているのは感心しないな」

「そんなつもりは!」

「学園でヴィオラにヘイトが溜まってんのを放置してただろうが。最優先にすべきは王家の面子よりクリスフォードとヴィオラだろ。お前の詰めの甘さのせいで女神の加護を失えば、貴族のパワーバランスのためにちまちま小細工したことは全て水の泡だな。邪神の思惑通り戦争が起こり、バレンシアは滅ぶだろう」

「ノア様!」

ノアの言いように、流石にマルクが止めに入る。


「いいか、アイザック。三度目はない。敵対勢力の罪を誘いたいなら、お前の愚かな身内父と弟と偽聖女を使え。オルディアンを巻き込むな」


ノアの怒りが、空気を揺らした。



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