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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

139. 願わくば side ノア

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「ヴィオラが俺の求婚を受けてくれるかはわからないがな……」


ヴィオラが愛しているのは、今もルカディオだけだ。
そこにノアが入る隙間はあるのだろうか。


「大丈夫ですよ。本人がその気になれるかは別として、現状はヴィオラ様を庇護するためにノア様の求婚を受けるしかないです。ノア様がウジウジ悩んで尻込みしていれば、その隙にこの国の王太子が娶ってしまうかもしれませんよ? ちょうど婚約者もいないし、オルディアン伯爵家は王族の妃として申し分ない実績をお待ちですからね」

「アイザックが……?」


不意にヴィオラとダンスを踊った王太子を思い出して苛立つ。

「そりゃそうでしょう。娶らなければ今日の舞踏会で何のために敵対派閥を牽制したのかわからないじゃないですか。オルディアン伯爵家の資産と事業を狙う貴族は国内外に沢山いるんです。特にマッケンリー公爵とかね。もし俺が王太子なら、そいつらがヴィオラ様を手籠めにする前に王族の力を使って娶ります」

「手籠め……!?」

「貴族令嬢を手に入れるには、純潔を奪うのが一番手っ取り早い。帝国でも下衆な貴族たちの常套手段だったでしょう。もし手籠めにされてしまったら、きっと真の聖女は絶望して邪神の手に落ちます。だからこそ、絶対権力者の庇護が必要だ」

「……っ、だが、アイザックはヴィオラを愛してないだろう!」

「王族の結婚に愛情なんてものは二の次ですよ。皇弟の貴方なら、そんなことは百も承知でしょう」

「…………そう、だな」


わかっている。

皇族の結婚は、国の利益のためにするものだ。
そこに愛情の有無など関係ない。

兄も前皇帝を失脚させ、内乱を抑えるために力のある部族の娘を妃に召し上げた。 

幸いだったのは、大業を成したあとの二人に愛情と信頼が生まれ、夫婦としても寄り添える相手になれたことだろう。だがそれはきっと稀なケースだ。

為政者として優秀なアイザックも、国のためなら迷いもせずにヴィオラを娶るに違いない。

政治的にも王太子と真の聖女だったヴィオラが結婚し、王太子妃となるストーリーの方が国民受けするはずだ。


「──あの王太子なら、たとえ愛がなくともヴィオラ様を大事にするでしょう。真の聖女として──」


真の聖女──

でもそれは、ヴィオラがなりたくてなったものじゃない。ヴィオラが望むのは地位でも名誉でも、富でもない。


ただ愛する人に、愛されたいだけだ。

しがらみの多い次期王妃の座に、ヴィオラの幸せがあるとは思えない。


「──ダメだ。アイザックには渡さない、俺がヴィオラを妻にする」


迷いを打ち消した主の表情に、マルクは小さく笑みをこぼした。


「では皇帝陛下に報告と、王太子には手を出すなと牽制しておかないとですねぇ」





今はまだ、愛がなくてもいい。
ルカディオを愛したままでもいい。 

それでもヴィオラを一番近くで守り、堂々と抱きしめられる権利がほしい。


涙を流すなら、自分の腕の中で泣いてほしい。

今度こそ、ヴィオラの心を癒すのは自分でありたい。



そして願わくば、その先にいつの日か──

  



(お前の愛が欲しいよ、ヴィオラ)















その後、ノアは早々に「ヴィオラは俺が娶る」とアイザックに宣言し、手出し無用と釘を刺した。

舞踏会での出来事はアイザックなりにオルディアン伯爵家を守ったつもりでいたのだが、リスクを承知で取った行動にノアが苦言を呈したのだ。


アイザックのリスクヘッジは王家と国を主体に計算されたもので、ヴィオラたちの立場で物を考えていない。

王家との繋がりを見せても不穏な動きを見せる貴族は全て監視し、後でまとめて潰せばいいというアイザックに対し、ノアはヴィオラが謂れのない敵意を向けられて傷つけられること自体が許せないと怒りを露わにした。


その時のアイザックはお手上げとばかりに両手をあげ、今後はヴィオラたちの庇護を最優先にするとノアに誓う。

それが国を守る最も安全なルートだとアイザックは遠い目をしながら悟り、マルクに恨めしそうな視線を送った。


「君がもっと早く教えてくれていたら……彼女とのダンス中に地雷を踏んだことに気づいた俺の気持ちがわかるか?」

「主のプライベートな情報をペラペラ話すわけないじゃないですか。俺、出来る部下なんで。要人たちの恋模様くらい、優秀な王太子なら察してくださいよ」

「……君、ホントにいい性格してるよね。出来る部下を持つノア殿が羨ましいよ」

「お褒めにあずかり光栄です」


「褒めてない。もうご機嫌ななめな主を連れて帰ってくれ。俺は当て馬になるつもりはないから!」







これで一番の敵は退けた。

後はヴィオラに求婚する許可をエイダンから得るだけ。



そう思っていたのに──








ルカディオはヴィオラとの婚約解消を拒否した。



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