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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
100. 残酷な現実
しおりを挟むずっと楽しみにしていた学園生活は、ヴィオラにとって苦しい日々の始まりとなった。
今や国中で話題となっている聖女候補の存在。
リリティア・サネット男爵令嬢。
彼女に纏わる噂が、ヴィオラを苦しめていた。
稀なる光属性の魔力を宿した聖女候補。その少女に侍る見目麗しい五人の男たち。
第二王子のオスカー・フォン・バレンシア。
宰相子息のナイジェル・レントン。
魔法士団長子息のセナ・シーケンス。
大司教子息のテレンス・スタンリー。
そして──
ヴィオラの婚約者であるルカディオ・フォルスター。
ルカディオと揉めたあの日から、学園の敷地内でこの五人がリリティアに寄り添うのを何度も見かけた。
(ルカが…………笑ってる)
嘲笑でもなんでもない、心からの笑みを仲間たちに向けていた。そして彼女に対しては蕩けるような甘い笑みを向けているのだ。
ヴィオラには見覚えのある笑顔だった。
それは以前、ずっと自分に向けられていたもの。
それだけでヴィオラは察してしまった。
でも心が否定する。
(ルカ……違うよね?)
目の当たりにする光景に震えが止まらない。
ノアとクリスフォードに努力すると宣言したばかりなのに、ヴィオラはもう挫けそうになっていた。
ヴィオラは宣言通りルカディオと何度も話し合いの場を設けようとした。
ノアに頼んでルカディオが一人になる時間を調べてもらい、彼に会いに行った。そして話を聞いて欲しいと懇願する。
でも第二王子の側を離れられないから無理だという建前で何度も断られ、それならばと放課後に寮の前で声をかければ、睨みつけられて取り付く島もない。
その度に兄クリスフォードもルカディオに食ってかかり、二人の喧嘩をヴィオラとノアとジャンヌで止めに入るという悪循環に陥っていた。
喧嘩のあとは、邸に帰ってもクリスフォードは不機嫌なことが多い。
「アイツは幼児か!なんで大人しく話を聞けないんだよ!」
「俺から見れば、アイツの悪態に堪え性もなく噛みついているお前も十分子供だと思うがな」
ノアが呆れた顔でクリスフォードに苦言を呈する。
「だってヴィオに敵意をむき出しにしてるんだよ?許せないだろ。そもそもこんな状態なのはアイツの勘違いなのにさ。こっちに弁解の余地も与えず頑なに拒絶するなんて、アイツだってヴィオラに酷いことしてるじゃないか!」
「お兄様……ルカを悪く言わないで。私を許すかどうかはルカが決めることだから、強要はできないよ」
「──許すって何?ヴィオは何も悪くないじゃないか」
「ルカの怒っている原因がただの勘違いだとしても、彼を傷つけたのは事実だから誤解を解いて謝らなくちゃ。だから、次は私一人でルカのところに行かせてくれないかな?」
「それは許可出来ない、ヴィオラ」
ノアの硬い声音に驚いて、ヴィオラの肩がはねた。
恐る恐る視線を合わせれば心配そうな表情が視界に入る。そして──
「ヴィオラ様……、申し訳ありませんが私も賛成しかねます」
ノアだけじゃなくジャンヌにまで止められてしまう。
理由を問えば、ルカディオと対峙している時の自分の魔力が不安定に揺れているからだという。
「今はジルの魔道具で抑えられているが、そもそもその魔道具は緊急時の安全装置であって、常にフル稼働させる道具じゃないんだ。酷使すればいずれ故障する。それに、無理矢理魔力を抑えるってのは体に負担をかけるんだよ。最近すごく疲れやすいだろ?」
ノアの言葉にヴィオラは黙って俯いた。
それが事実だったからだ。
近頃は常にダルく、ルカディオに何度も冷たい視線を浴びせられ、リリティアに向ける表情との差を見せつけられ、本当は心身共にボロボロだった。
それでもヴィオラはこの恋にしがみついている。
ちゃんと誤解を解けば──
今でも変わらずルカだけが好きだと伝えれば──
また幸せだった頃の二人に戻れると思っていたのに。
現実は残酷で、ルカディオはヴィオラを見ようとしない。話を聞こうとしない。
引き止めようと腕に触れれば、振り払われた。
その時の自分を見るルカディオの表情が、なぜか父の顔と重なった。
エイダンが継母のイザベラを見る時の嫌悪した顔に似ていると思ったのだ──
なんの前触れもなく浮かんだその考えに、
ヴィオラは震えた。
自分は今、イザベラと同じ立ち位置にいるのではないか。
ルカディオへの愛に執着し、リリティアに嫉妬心を募らせている。
今の自分の状況が、ヴィオラが最も嫌悪しているイザベラと同じなのではないかという恐怖心に苛まれ、眠れなくなった。
あの人と同じになりたくない。
ルカディオに誤解されたままも嫌だ。
でも、肝心の彼はヴィオラを拒絶する。
どうしていいか分からず時間だけが過ぎ、気持ちは焦るばかり。
そして現状打破のために一人でルカディオに会いに行きたいという提案も、ヴィオラの弱い心のせいで却下された。
自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
そして毎日学園にきては、こうしてリリティアとルカディオの姿を見て心をすり減らしていくのだ。
廊下の窓から、中庭で彼らと笑い合う彼女の声が聞こえる。セナに会いに魔法士科の校舎に来たのだろう。
同じ属性を持つヴィオラには、鑑定しなくてもリリティアの能力が見えた。
確かに彼女は光属性の魔力を持っているが、女神の加護もなく、精霊と契約しているわけでもないので魔力量が低いのだ。
今の彼女が光魔法を使っても、かすり傷を治すくらいの力しか持ち合わせていない。
現時点では水属性の治癒魔法を使うヴィオラとクリスフォードの足元にも及ばない力量だった。
だから教会も『候補』と発表したのだろう。
訓練をさせて、いずれは正式な聖女としての称号を与えるつもりなのかもしれない。
(あの子は偽物なのに──)
そんな考えが頭をよぎるが、上からの命令でそれを明かすことはできない。
もどかしい気持ちが胸いっぱいに広がり、叫びたい衝動に駆られる。
ルカディオに守られる存在は自分だったはずなのに──
自分が本物なのに──
(どうしてルカの隣にいるのはあの子なの──)
そしてまた、ジルのくれた魔道具が作動する。
ヴィオラの荒れた心が、再び強制的にねじ伏せられた。
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