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第四章 〜乙女ゲーム開始直前 / 盲目〜

66. 絶望の涙 side エイダン

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深夜1時。オルディアン伯爵家本邸の裏門前。


王宮騎士団団長のダミアンと副団長のレイガルド、その他精鋭の騎士が10名程オルディアン邸を囲んでいる。

ジルにより既にオルディアン邸全体に球状の認識阻害魔法をかけている為、彼らの姿は外には認識されていない。


半数は邸内に入り、後の半数は公爵家の諜報部隊がいないかを探る手筈になっている。


合図と共に裏門から数名の騎士達が離れに近づき、エイダンから受け取った離れの鍵を使い中に侵入する。  


真っ暗な空間にランタンを手にして2階の寝室に上がり、イザベラの扉の前にそれぞれの配置について中の様子を伺う。


すると女の艶めかしい声が扉の向こうから聞こえてきた。


よく耳を澄ませると、部屋の中からベッドが激しく軋む音と共に、乱れた息遣いに女の嬌声が聞こえる。


それは明らかにイザベラとバレットの情事による音だった。

扉前に臨戦体勢に入っていた騎士達は一斉にエイダンの顔を見て、合図を待つ。



この日の為に、一時的にバレットの監視の目を緩めた。あの男が必ず行動を起こすか分からなかったがうまい具合にかかったので、これで奴はイザベラとの深い関与を認めざる得ない。

ペレジウム製造の主犯はイザベラではなくバレットに違いない。


その情報を引き出す為にも、バレットを逃がすわけにはいかなかった。イザベラ1人に罪を着せて逃げる道を断つ必要があった。


雇用関係でしかない場合、クリスフォードのカルテ改ざんとペレジウムによる殺人未遂の件を突き詰めても、雇い主の妻によるイザベラに命令されたといくらでも被害者ぶれる。


(だが2人が愛人関係だったとすれば話は変わる)


ここまで大掛かりな犯罪に手を染める動機が生まれるのだ。これだけの証人、しかも王宮騎士が証人なのだから言い逃れはできない。



「あらまあ、エイダン様の奥さんは随分とお盛んだねぇ。寝取られる夫ってどんな心境ですか?」

「こんな時に無駄口叩くな」

「こわっ、そんな睨まないでくださいよ。場を和ませようとしただけじゃないですか」


ジルは無視し、ダミアンに頷いて合図を送ると皆その場で剣を抜いた。

「3カウントで中に入る。ジル殿、魔力封じ頼んだぞ」

「了解です」



そしてダミアンのカウントダウンに従い、扉を開けて一斉に部屋に押し入った。



「きゃああああああっ!」

「なっ、何だ!!誰だお前たちは!!」



騎士達が素早く裸の2人を取り押さえて縄で縛り、上からシーツを被せた。


「どういう事なの!何で私が縛られ・・・──」


悪態をつきだしたイザベラが顔をあげ、視界にダミアンを捉えるとそのまま硬直した。

レイガルドが懐から書状を出し、床に倒れている2人に紙を広げて見せる。


「イザベラ・オルディアン、並びにバレット・シュリンク。クリスフォード・オルディアン、ヴィオラ・オルディアン両名の呪術による魔力封印、偽証申告の罪で逮捕する。速やかに王宮での取り調べに応じるように」


温度の感じられない低い声でレイガルドがそう告げると、2人の顔から血の気が引いて体をガクガクと音が鳴りそうなほど震わせた。


「そ、そんな!何かの間違いだ!私はそんなことしていない!何も知らない!」

「・・・・・・・・・」



イザベラは呆然としたままダミアンを見つめる。


すると廊下から足音が響き、部屋の中に新たな人物が入って来たのを確認すると、イザベラは絶望の表情を浮かべて必死に首を横に降り出した。


「ちが・・・っ、違うのエイダン様・・・!」

「何が違うんだ?お前とバレットが愛人関係だということか?それとも子供達に呪いをかけたことか?」

「全部違う!わ・・・私はっ、・・・そ、そう!この男に襲われたのよ!私がエイダン様以外に体を許すはずないじゃない!無理矢理だったのよ!」

「イザベラ!?何言ってるんだ!君から誘ってきたんじゃないか!」

「出鱈目言わないで!!」



パンパンパンっ!!


部屋の中にジルの手を叩く音が響きわたる。


「あ~もう、見苦しいよ。アンタらが情事を楽しんでたのはここにいる皆が聞いてるの。襲われた?何言ってんの?ホント、とんだクソビッチだよねアンタ。エイダン様、こんなの妻にするなんて趣味悪すぎ」

「薬を盛られて無理矢理婚姻させられたんだ。俺の意思じゃない」


エイダンの発言にイザベラは目を見開いた。


「な・・・何で・・・」


「その件についても取り調べで吐いてもらうから、覚悟してねビッチさん♪」

「連れて行け」


ダミアンの指示でシーツに巻かれた2人が部屋から出されようとした所でイザベラが激しく抵抗しだした。


「やめて!!離して!!私は悪くない!エイダン様!私は全部貴方の為にやったのよ!貴方を愛してるから!だから私は!」

「動くな!」

抱えていた騎士がイザベラの首に腕を回し、抵抗する力を奪う。


「ぐ・・・っ、私に気安く触らないでよ!!」


イザベラの体から衝撃波が飛び出してきたが、屈強な騎士達には効かない。


「うそ・・・なんで?」


イザベラの火属性の高魔力はかなり強力で、学園時代の演習で行った中ランクの魔物の群れを1人で一掃するなど、男顔負けの実力の持ち主だった。


そのイザベラが今、全力で魔力放出したにも関わらず、誰一人騎士が倒れていない事にイザベラは驚きを隠せない。


「あ~無理無理。アンタ今魔法使えないよ。僕が魔道具で封じちゃったからね」

「え?」

「その首の輪っかだよ。罪人用の魔道具。闇属性だから放出した魔力ぜーんぶ吸い取っちゃうの。だからアンタはその首輪がある限り一生魔法使えないから」


イザベラとバレットの首にはいつのまにかジルによって首輪が取り付けられていた。


「そんな、エイダン様!助けて!!」

「いい加減にしろイザベラ」


凍えるような冷たい声がイザベラに突き刺さる。





「俺はお前を絶対に許さない。全てを詳にして罰を受けるがいい」



「・・・・・・・・・っ」






初めて自分を真っ直ぐ見つめてくれた愛する人の瞳は、身を焦がすほどの憎悪の色に満ちていた。





(どうして貴方は私を愛してくれないの)




イザベラ瞳に諦めと、


絶望の涙が流れ落ちた。


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