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新しい二人の未来

21. プロポーズ

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ルミナス様との二度目の別れから、一年が経った。

二十二歳になった私は、相変わらず商会で忙しく働いている。その間に、レイモンドが侯爵家を正式に継ぎ、亡き兄の婚約者だった女性と結婚した。

商会長夫妻が結婚式に呼ばれ、隣国の貴族たちと顔を繋いで来たらしい。二人とも幸せそうに寄り添っていたそうだ。

(良かった……レイモンド)


彼となら結婚しても良いと思っていた。それくらい私を愛してくれた素敵な人だった。


「運命はうまくいかないものね」  

それでも前世よりはマシな人生を送っていると思う。
今の仕事とこの国を、私はとても気に入っている。

自分でゼロから作り上げた居場所だから、このままこの国に骨を埋めるつもりだ。


結婚は今のところするつもりはない。
恋人も作るつもりはない。

あの人に再会してしまったから。
彼の熱を知ってしまったから。

きっと誰と付き合っても比べてしまう。
きっと相手を傷つける。

それを承知で新しい恋なんて出来ない。
だから開き直ることにした。


どんなに気持ちを消そうとしても、彼を恋しく思ってしまうのだから仕方ない。どうしてなのか理由なんかわからない。自分でもバカだと思う。

客観的に見たら、彼は長年私を冷遇し、挙句に浮気した男だ。過去を羅列すれば、どこにも好きになる要素なんかない。

それでも、太陽の光を求める月のように、眩しい彼に惹かれてしまうのだ。その光が強すぎて瞼の裏に焼きついてしまうほどに、その光に触れたくて手を伸ばしてしまう。

私は平民で、彼は遠い国の王子様で、この先運命が交わることなどないのに、もし願いが叶うなら、もう一度、彼に名を呼んで欲しい。

寂しい夜は、そんなバカなことを夢見てしまう時がある。

遠目でいいから。


あの太陽のような人に、もう一度会いたいと。








「オリヴィア」



部屋の鍵を開けようとしていた手が止まる。

(嘘……そんなはずない)


「いや、今はオリヴィアじゃなくてリアだったな」


きっと幻聴だ。

一人身が寂し過ぎて、幻聴を生み出したのかもしれない。

そう思い、振り返らずにそのまま鍵を開け、ドアノブを回した時、後ろから抱きしめられた。


「リア、無視するなよ」

視界の端に赤い髪が見える。
大好きな彼の香りがふわりと舞った。


「ど……して」


私を抱きしめる腕が優しくて、暖かくて、目の奥がツンと痛くなる。もう二度と会えないと思っていた彼が、ここにいる。

大好きだった王子様が、私の名を呼んでいる。



「会いたかった、リア。お前はまだ一人か?他の男と結婚なんかしてないよな?」

突然なんの冗談かと思えば、私を抱きしめる腕が震えていて、本気で聞いているのだと気づく。


「まだ……一人です」

そう答えると、深いため息と共に抱きしめる腕にギュッと力が込められた。私の肩に頭を埋めている彼から「良かった」と小さな呟きが聞こえる。


(どういう意味……?)

そんな疑問は、次の彼の言葉で真っ白に飛んでしまった。



「俺と結婚してくれ、リア」


そのまま固まってしまった。
だって、意味がわからない。

結婚?

誰と誰が?

え?これなんの話?


次々と頭に疑問が浮かび、処理が追いつかず思考が停止する。


「リア」

耳元で囁かれ、体が跳ねた。
更に体が硬直する。

「あ、いや……えーと……」

「リア……っ」


私の反応を拒絶と受け取ったのか、顎を掴まれて口を塞がれた。最初から手加減なしの深いキスだった。

「やっ……やめっ、殿下っ」

「頼むから俺を拒絶しないでくれ。愛してるんだ、君を愛してる、リア……っ」

後頭部を大きな手でがっしり捕まれ、キスを避けることが出来ない。唇ごと食べられてしまいそうな激しいキスに翻弄され、彼の熱に体が反応してしまう。


──愛してる。


その言葉が夢みたいで、涙が出る。
嬉しくてどうにかなってしまいそう。

私も──と言いそうになったその時、外の通りから人の話し声が聞こえ、キスが止んだ。ハッとして彼の腕の中から逃れるが、手を捕まれてそれ以上逃げられない。

「リア!」

「は、離してください……っ」

(流されてキスを許してしまうなんて……何やってるの私……つ)

羞恥で動揺し、手を振り解こうと暴れるが、彼は一向に手を離してくれない。

「殿下っ」

「話を聞いてくれ!頼むよ、リア……っ」


切羽詰まったような、今にも泣き出しそうな表情に力が抜けてしまう。

そろそろ他の社員も寮に帰ってくる頃だろう。こんなところで揉めてる姿を見られたくない。かと言って、もう彼を部屋に入れるわけにはいかない。


「──近くに公園があるので、そこで話を聞きます」

「部屋に入れてくれないのか?」

「入れません」

「……わかった」




◇◇◇


重苦しい気持ちで公園に向かう。
その間、二人の間に会話はなかった。

(さっき、結婚してくれって言ってたわよね?どういうことなの?私を国に連れ戻しに来たの?)

醜聞で王子妃候補が見つからないのだろうか?


公園に着き、噴水前のベンチに二人で座る。
しばらく無言の時間が過ぎ、焦れた私が先に尋ねた。


「あの……何故またこちらにいらしたのですか?」

「リアにプロポーズしに来た」

「私は平民だし純潔ではないから無理だと、一年前にお断りしたはずですが」

「問題ない。俺も今は平民だから」

「────は?」

「だからもう殿下ではなく、名前で呼んでくれ」


信じられない言葉が聞こえた気がする。

彼は今、自分も平民だと言った?


驚いて口をパクパクさせていると、私の顔がおかしかったのか、ルミナスがクスリと笑う。


「陛下に廃嫡を願い出て、平民になったんだ」

「な、なぜですか!!貴方はあんなに……国王になるために心血注いで努力されていたのに!王太子の座だけではなく、王族籍まで捨てたのですか!?」

「バカ!声が大きい!」


ルミナス様の手で口を塞がれ、ハッとして周りを見渡す。夕食前だからか、人がいなくて助かった。こんな所に他国の王子がいるなんて知られたら一大事だ。

私が落ち着くと、彼がそっと手を離した。


「何故ですか……ルミナス様。何故そんなバカなことを」

「バカなこと……か。そうだな。俺は大馬鹿者だ」


彼が自嘲するように笑う。

「俺はリアの苦しみに気づかず、前世でも今世でも君を傷つけてばかりだった。優秀な王太子と謳われていた男が聞いて呆れるよな。女を見る目が全くなかった。簡単なハニートラップに引っかかって、信じるべき女を間違えた。あまつさえ、それで君を死なせてしまったんだから目も当てられない。万死に値するよ」



待って──ちょっと待って。

今、なんて言った?


──?

私を死なせた──?


再び泣きそうな顔で彼が私を見つめる。




「その反応……やっぱり前世の記憶があるんだな」

「ルミナス様も……?」


「ああ、回帰したのは君が俺の前から消えた後だった」

「…………」

膝の上に置いた彼の拳が、強く握りしめられ、震えている。



「君を追いつめて死なせた俺を、恨んでいるか?」




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