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第3章

㉖ 覚醒

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「くっそおおおおおおおおお!」

 私は亜光速で隕石に突進した。

「粉々に打ち砕いてやる! ≪彗星剣≫!!」

 もうここまで地面に近づいていたら、爆裂魔法などで軌道を変えても大きな衝撃は免れない。小さな石ころにまで粉砕して衝撃を分散させるしか方法はない。

 さっきはこれで地面に巨大な穴を穿つことができたんだ。

 隕石を割ることだって不可能じゃない!!



 だが!



 隕石と衝突した瞬間、剣が砕けてしまったのだ。

「なんだと!?」

 ここまで彼が計算していたとは思わないが、おそらくはファリドゥーンと剣を交えているうちにひびが少なからず入っていたに違いない。

 結果的にその剣技の威力は一点に集中せず、分散して大きなへこみを与えるだけにとどまった。



「まだまだだ!」

 私はそのまま隕石に体当たりし、押し返すことを試みた。

「勇者の力は伊達じゃないぜ!」

 ガンダムではそのセリフで隕石の落下を食い止めた。だったら私だって!

 だが、重力に引かれて加速し続けてきた隕石の衝撃は私の肉体や骨をことごとく砕いた。

 それでも、何度もぐちゃぐちゃにされてきた私はこんなことで意識を失ったりはしない。

 諦めるな!

 諦めるな!!

 渾身の飛翔魔法で隕石を押し返す。



 しかし……



 地面へ向かおうとする加速度をマイナスにするまで至にらなかった。

「うおおおおおお! いづな! みーはん! ファラナークさん! 逃げてくれー!!」

 もはや、聞こえるはずもない叫びをするしかなかった。



 ずずずずずずずずず……



 隕石が地面に衝突した。

 私は、その間に閉じ込められてしまって、真っ暗で様子がわからない。

 ただ、爆発的な音がしなかったことやこの隕石周辺が消し飛ばなかったということは、周辺の消滅は免れたのだろう。おそらく幾分かは隕石の落下速度を弱めたに違いない。

 だが、肉体が砕けたまま回復しないので、このままの状態で動くことができない。

 そして、回復がないということはファラナークが治癒魔法を、魂を通してかけてくれていないということだ。

 まさか、隕石に潰されてしまったのではないだろうか?



 いづなは?

 みーはんは?

 不安ばかりが高まって焦るのだが、私の肉体は動かなかった。



 そしてしばらくすると、隕石が砕けて隙間から光が射し込んできた。

 気が逸っているだけに、光明が見えることは嬉しいことであった。

 だけど、それが何を意味するのかということに気づくと、もはや絶望しかなかった。

「ひょう、見つけたぜ」

 この声はフェニックスだ。やはり蘇っていたか。

「岩が邪魔だな」

 その声がすると、赤い空が見えた。

 何メートルもある巨岩を片手で取り除いたのは虎王だった。

「やれやれ、この隕石が通常の速度で落ちていたなら、閉じ込められた穴ごと吹き飛ばされて、死ぬところだったぞ、ファリドゥーン」

 その文句に対する返事はない。

「ひょう、ファリドゥーン。俺は高温の隕石に焼かれたおかげで復活できたぜ。フェニックスは灰になることで蘇ることができるからな。うひょひょひょひょ」

 これに対しても何の答えもなかった。



 次々と隕石の破片が取り除かれ、周囲の状況が明らかになってゆく。

 竜王城は健在だった。

 だけど、隕石の破片がのしかかって、半分近くが潰されていた。

 いづなやみーはんは無事だろうか?

 そして、すぐ目の前には……

 虎王、鳳王、そして竜王ファリドゥーンがいた。

 ファリドゥーンは母親であるファラナークを抱えていた。

 ボロボロに傷つき、ぐったりとして息子の腕の中で動く気配さえなかった。

 まさか、ファラナークは死んでしまったのだろうか?

 いや違う。私の中にある彼女の魂は確かに生きている。

 気を失っているのだ。

 こうなったのは、隕石の落下に巻き込まれた以外にありえないだろう。



「おいたわしや、母上……」

 自分で隕石を落としておきながら、彼の中での母に対する敬愛は当然のように残っているらしい。

「お前のせいだ!!」

 何を言っている。お前が隕石を落としたからじゃないか。

「なんでお前はあの程度の隕石を止めることができなかったのだ! そのせいで母上は……こんな目に……!」

 ファリドゥーンは私のほうへ歩み寄ると、なんとか形状を保っている顔を踏みつけた。

「お前のせいで! お前のせいで!」

 叫びながら私の顔を蹴り潰していった。

「あの程度の隕石も止められない! 弱いくせに! そのくせ身共に抗おうなどと、ふざけるから、母上が傷ついてしまわれた! 弱いくせに! 弱いくせに! 弱いくせに!」

 今更、彼の正常な論理的思考に期待などできようはずもなかった。

「待て、ファリドゥーン。こんなことに時間をかけていると、さっきみたいにいきなり回復して隙をつかれるとも限らん。さっさと封印してしまうべきだ」

「おう、俺ももう不意打ちを喰らうのはごめんだぜ」

 虎王と鳳王に諫められ、ファリドゥーンは母親をそっと瓦礫の上に寝かせた。



 鳳王が虎王と竜王に何やら瓶を投げて渡すと、彼らはその中身を飲んだ。

 すると、みるみる力が回復してゆくのが空気を通じてわかった。

 おそらくはMPの回復薬だ。

 そして、既視感のある正三角形で私を取り囲むと、突き出した腕から赤い円ができ、魔法陣のような文様を浮かび上がらせる。

 身体は動かない。

 MPは隕石を止めるために使い果たした。

 もはや、ファラナークの魂を人質に交渉する時間もない。

 万策尽きた――!!



 ズバッシュ――――――――!!!!



 魔法陣から放たれた稲妻が私の肉体を包み、文字通り粉々にするような衝撃が全身に走る。

「うがあああああああああああ!」

 バラバラになる!

 肉体がバラバラになるなんて、それはもう嫌というほど経験してきた。

 それとは違う。

 私が……それは魂のことだろうか? とにかく、私というものを形成する何かがバラバラになる!

 私が私でなくなる!

 私が……私が、消える!!!!



 ――――――――。

 これが、走馬燈というものなのか……



 ふと気づけば、祖父と祖母に囲まれ、学校に行くように仕向けられた。

 それ以前の記憶がなかった。

 言われるがままに勉強して受験し、地元の中堅大学に進んだ。そこでは様々な出会いがあったが、山岳部はとくに楽しかった。そこで、将来妻になる真純と出会った。

 就職活動が始まると、真純に勧められるまま地元の大手建設会社の子会社を受けてみたら内定をもらえた。正直、私の年代は就職氷河期であり、ダメもとだったので、こんな好都合があろうなどと思いもしなかった。

 社会人になり、祖父の体調がすぐれなくなってきたころ、結婚しようと真純のほうから言ってきた。その後結婚するとほどなくして祖父が他界した。嫁の姿を見せることができてよかった。

 だけど、このころから仕事の量が半端なく増え、責任も大きくなった。

 片づけたかと思えば新たに仕事を押しつけられる。

 無間地獄のようなタスクによってミスも出始めた。

 社内での私を見る目がどんどん冷ややかになっていくのがわかった。

 同時に、真純との関係も冷え込んできた。

 もうどこにも居場所などない、どこかに行ってしまおうか。

 そんなことを考えたこともあったが、娘を想うとどれだけ蔑まれようと頑張ることができた。

 なのに、その娘は私の実の子ではなかった。



 それだけだった。

 私の人生とは、たったそれだけだった。

 目標をもって何かを成し遂げるわけでもなく、ただただ他人に言われるまま、周りに合わせて無難に、流されて生きてきた。

 私が生きた証を誇れるものなど何もない。

 だってそうじゃないか。

 自分を押し殺して、他人に合わせて生きることが正しい。

 リスクを冒すことなく、安全に生きることが正しい。

 嫌なことにも耐え、歯を食いしばって生きていくことが正しい。

 社会が言っていることを信じて生きていけば、必然的にそうなる。

 だけど、社会が言っていることに逆らえば、社会が破綻する。

 みんなが不幸になる。

 だからそうするしかないんだよ!



 僕が僕であるために、勝ち続けねばならない――。



 ふと頭の中を流れる、歌のワンフレーズ。

 あれはいい歌だった……だけど、なぜ勝ち続けねばならないのか、カラオケで熱唱しながらも私には理解できなかった。

 だけど、今ならわかる気がする。



 私は負けを当然のように受け入れながら生きてきたのだ。

 大きな負けは嫌だけど、小さな負けを受け入るなら、無理して勝ちにいくよりもはるかに苦痛が少ない。

 だけど、結果としてそこには何も残らない。

 自分が存在しようがすまいが、どっちでもいい世の中があるだけだ。

 あの時、もっとわがままを押し通しておけば、もっと自分にも周りの人にもよかっただろうって後悔したことは何度あっただろうか。

 結局、私は弱かったのだ。

 第五の勇者のかけらが言っていたことがこのときになってわかったような気がした。



 ――そうだ、貴様は弱い!



 その声は……



 ――流されてばかりで、その実何もしていない。それは勇者になってからも変わっておらん。目的もなく、意志もなく、ただただその場限りで言われるがままにやってきたにすぎぬ。そんな勇者に何の価値があろうか。そんな弱き者がいかにして世界を救うというのか。



 勇者のかけらの声だった。



 ――勝たねば、世界は救われぬ!

 そんなことはわかっている! だから、力を貸してくれ!

 ――前も言ったはずだ。貴様が真の勇者であればおのずと力は目覚める。すなわち貴様はまだ勇者と呼ぶに値せぬということだ。我とてこの状況は望むものではない。

 私はここで封印されるわけには……負けるわけにはいかないんだ!

 ――しかし貴様は、先のファリドゥーンとの戦いにおいてさえ、何度も勝つ機会をみすみす逃してしまっておるではないか。

 だって、それは……

 ――ふん、優しさとは美しいものだな。そして美しいがゆえに誰かを救うかもしれんが、代わりに数百、いや数万もの人々が死んでゆくのだ。なんと優しいことだ。

 ち、違う! 彼を殺し損なったのは……

 ――貴様が「優しさ」という屁の役にも立たぬ自己陶酔に浸っておるうちに、世界は破滅に向かっておるのだ。

 …………!!!

 もはや、何を言い返すこともできない。



 ――貴様は勇者でありながら、「良識」を覆すだけの勇気をもたぬ!

 それがすべての弱さなのだ!

 良識とは、いかなるときも良い常識なのか?

 良識を持っていれば、全ての者は救われるのか?

 良識を持ちえぬ者はすべて悪なのか?

 貴様は、勇者として真実の道へと進んでいるのか?



 勇者として……



 ――世界を見よ! 時として良識が世界を破壊していることがどれだけ多いことか。良識を騙って侵略する者がどれだけ多いことか。それを打ち破って、真実へ導く者こそが本当に勇気のある者ではないのか?



 とても危険な言葉だと思った。

 だけど、そこには真実があるようにも思えた。



 ――問おう、勇者よ。貴様は真実の世界へ導くことができる者か?



 真実の世界だって?



 ――貴様が真実へと導くことができぬ者であれば、我の力が目覚めることはあるまい。さあ、答えよ、勇者アスラン!



 ……私には真実というものがよくわからない。

 私たちが正しいと思っていることが常にそうだとは限らない。古い常識に逆らって、よりよい世の中にする勇気は持ちたい。

 だけど、真実とはそんなに単純なものなのだろうか?



 ――質問に質問を返せと誰が言った?



 もし、誰かが幸せを感じることができるということが真実であるのであれば、それは理解できる。私に世界中すべての人を幸せにする力などないだろう。だけど、私の身の回りにいて支えてくれる人――いづなやファラナークさん、秋穂さん、みーはんも最近は協力的だからそうであってほしい。その人たちが幸せになるためなら、あらゆるものに逆らって勇気をもって生きていきたい。



 ――ほう。それは、求められれば愛するということか?



「え?」

 いやいやいや、それはまずいだろ。

 いづなは若すぎるし巫女だし、ファラナークはお母さんだし、秋穂は人妻だし。

 みーはんだけセーフだけど、彼女が一番精神的な距離が遠い。

 …………

 そもそも求められればって、都合よくものを考えすぎじゃないか。

 ああ、でもこれこそ昔からの私の考え方のパターンだ。

 これじゃいけないけど、安易に女性に手を出すなんてこれもいけないことだよ!

 だけど、彼女たちにとってそれが幸せなのであれば……



 ――で、どうなのだ? 貴様としてはどう考えるのだ?



「……それは、やりたいよ……」



 ――やりたい?



「ああ、そうだよ! いづなとも、ファラナークさんとも、秋穂さんとも、みーはんともズッコンバッコンやりたいに決まってるじゃないか! それで彼女たちが幸せなら、私はそうしてあげたい……っていうよりやりたくてしょうがないさ!!」

 うわー、言っちゃった。

 すごく恥ずかしい。

 勇者のかけらもしばらくは何も答えなかった。ドン引きしちゃっただろうか?



 ――くくくくく。よくぞ言った、勇者よ。

「え?」

 ――勇気とは、まずは己のあり方を定めることだ。

 他を推し量って己を変えてはならぬ!

 己を貫ことこそが勇気なのだ!



 そ、そういうものなのか?



 その瞬間、私の中に何かが生まれた。

 ……いや、蘇った。



「≪封破斬≫!!」

 私の肉体はみるみる元に戻り、動くようになった。そして、脳内のイメージのままに折れた剣で斬りつけた。

 パリィィン!

 ガラスが砕けるような音とともに魔法陣が割れた。

「なんだと!」

「こいつ、また復活しやがった!!」

「どうなっちゃってんだぁ?」



「≪回転斬り≫!!」

 私を軸として高速で回転しつつ横に薙ぐ。

「「「ぐはあ!」」」

 三人の将軍は吹き飛ぶ。

 彼らは私を見て戦慄していた。

 私自身にはわからないが、彼らは間違いなく感じ取っていた。

 私の中の大きな変化を。



「てめぇ! 今度は何をしやがった!」

 ファリドゥーンがいきり立った。

「≪次元斬≫!!」

 私は届くはずもないのに、折れた剣でファリドゥーンを斬った。

 いや、斬ったのは私とファリドゥーンの間の空間だ。

 空間にぱっくり切れ目ができる。

 そこに手を突っ込み、私は光り輝く玉のようなものを取り出した。

 取り出すと空間の切れ目はすっと閉じた。

「……なんだ?」

「何をしやがった?」

 虎王も鳳王も理解できていなかった。

「は!」

 ファリドゥーンは慌てて自分の胸に手を当てる。

「てめぇ、女の魂を盗みとりやがったな!」

 最初に盗んだのはそっちじゃないか。



 まあ、そんなことにかまっていても仕方がない。

「≪次元斬≫!!」

 またしても空間に切れ目を入れた。

 そこに手を突っ込み、目的のものをぐっと手につかむと、力強くかつ優しく引っ張った。

「なんだと!?」

 空間の切れ目から姿を現したのは、いづなだった。



 バニーガール姿のいづなは魂を抜かれて眠っていた。

 私は力ない身体を振り回して怪我をさせることのないよう、そっと抱きかかえた。

 そして、抜き取られた魂をいづなの胸に当てると、カッと光って吸い込まれていった。

「う……」

 すぐさま目を覚ますいづな。

「せ……仙崎……様」

「無事だったか、いづな?」

 しかし、八日間も眠らされていたいづなは力なく、声が嗄れて言葉もままならなかった。

「人質は返してもらった。もうこの手袋を外させてもらうぞ」

 ≪エナジードレイン≫を妨げる手袋を歯でぐいっと引っ張って外す。

 そして、その手をそっといづなに当てて私のエネルギーを送り込む。



「く……くくく、ぐっふっふっふ……あーっはっはっはっはっは!」

 なぜかファリドゥーンは大声で笑い始めた。

「勇者よ、知っているか? 女の魂は身共の中にあった、それがどういうことかわかるか!?」

 そんなこと知るわけがない。



「共存を迫られた魂は、宿主の魂と波長を合わせようとする。その結果として、宿主を愛するようになるのだ!!」



「なに!?」

 私は少なからず動揺してしまった。

「くくくくく、一日もあれば十分だというが、八日も身共の中にあったのだ! その女がどうなっているか説明の必要もあるまい!!」

 いづなはエネルギーを与えられて健康的な肌色を取り戻していた。

「さあ、女よ! そんなみすぼらしい老いぼれのもとを離れ、愛する身共のもとへ来い!」

 ファリドゥーンは自信に満ちて言い放った。



「くすくすくす。何をおっしゃっているのやら」



 いづなはそっと私の首に腕を回すと、ほっぺたがくっつくほどに顔を寄せてきた。

「勇者の従者である私が、あなたのような安っぽい男など、どうやって愛することなどできましょうか」

 私と顔を並べ、見下すような眼差しをファリドゥーンに向ける。

「な、ななななな……なんだとー!?」



「魂を自らの意志で抜くことができる私にとって、他者の肉体に干渉されることなく存在することは造作もないことです。ただ、かなりを引き抜かれてしまったため、自らの肉体に戻ることは叶いませんでしたが……」

 わずかに動揺した私だが、いづなへの信頼は不思議と消えることはなかった。

 いや、そんな理屈よりなにより、私以外の男を愛するいづななど想像すらできなかった。



 いづなは首に回した腕をさらに強く抱き寄せ、さらに私にくっついた。

 私も彼女をお姫様抱っこにして立ち上がった。



「どうやら、そういうことらしい」



 少し恥ずかしかったが、その時の私の顔はおそらく、勝ち誇っていたに違いない。

 ファリドゥーンは青ざめていた。
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