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第2章
④ ドワーフの住処
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翌朝、オオカミのあの声が気になってあまり眠れなかったが、とりあえず出発することにした。
「そういえば、ここの魔物たちが我々の世界にやってくるなんてことはあるのかい?」
「基本的にはありません」
「今きている連中は?」
「はい。今きている連中は、勇者様が封印される瞬間に開いた時空の隙間を通り抜けてきた者ばかりです。つまり、何らかの強力な力によって時空の隙間が開かない限り、日本にモンスターがやってくることはあり得ません」
「では、そのときに何匹が日本にやってきたのか、ということが問題だね」
「その数は把握できておりませんが、いずれ殲滅しなければなりません」
「……いや、まあ、今まで通り社会になじんで生活してくれるなら、別にそれでもいいんだけど……」
二十年も連れ添った妻も魔王の配下だった。
敵となって襲ってきたとき、私は攻撃できるのか不安だった。
できれば戦いたくない。
しばらく歩くと森を抜け、湖が見えてきた。
以前、秋穂と冒険したときに見つけた湖と比べると段違いに大きい。しかも魔界の赤みを帯びた空気ではなく、ここも青々とした美しい空が広がっていた。
とてもリゾートな雰囲気だ。
「わー、きれいだなぁ」
「魔界にはこのようなオアシスがいくつか存在します」
「ねぇ、ねぇ。湖のまわりを走ってみようよ!」
なんだかすっかり童心に戻ってしまい、私はオオカミに命じて走り始めた。
「仙崎様!」
ぐるりと回るだけで、三キロくらいあったんじゃないだろうか。
オオカミにまたがっているだけなのに、お尻と太ももが痛くなるほどの運動になった。
「いやー、疲れたね」
「もう、仙崎様ったら……」
いづなもちょっと汗ばんで上気している。困った顔をしながらも、ちょっぴりうれしそうでよかったなと思う。
私が水辺に座ると、いづなもその横にそっと座った。
ちょんと指が触れ、思わず顔を合わせてしまう。
なんだか結婚前に妻とデートしたことを思い出した。
こんな感じで、初めてチューしたんだよな……
ふと見ると、いづなが笑顔でこちらを覗き込んでいた。
おっとっと。若い子とそんなことをするのはよくない。
「魔界に……なんでこんなところがあるのかな」
それは別に質問したというより、つぶやいただけに過ぎない。
「魔界の赤い空気は、魔王がもたらした魔素の影響によるものです。本来はこの世界も同じような青い空が広がる美しい土地でした。この魔素は人間には大した影響を与えませんが、魔物を凶暴化させ、なおかつ植物を枯らして不毛の地に変えてゆくのです」
そう考えるとやはり魔王が悪い奴なんだと思う。
「あそこの森は?」
「ええ、場合によっては魔素を取り込んでも生きていけるように変化した植物もいます。あの森はその例です。そういった森は食べるに適さない実をつけるばかりで、むしろ魔物の餌や隠れ家となって人間を寄せつけなくなりました。場合によっては、動き出して人を襲う植物が現れることもあります」
ああ、そういうモンスターもゲームではいるよね。
「じゃあ、こっちのほうがこの世界の本来の姿なんだね」
「はい、本来人間が暮らすのに適した空間は神素に満たされています。
神素と魔素は水と油のような性質です。水の上にちょっとの油を垂らすと油滴が何ヶ所かで集まるように、魔素が充満した世界でもこのように何ヶ所かだけはオアシスが残されているのです。
魔物にはこのような場所はおりづらいので、なかなか入ってくることはありません。
ですが、実際に人間が生活するにも不都合が多すぎるため、生き残った人間もはるか遠く、魔素の影響がほとんどない地まで追いやられています」
「そうなんだね……」
それは、悲しい現実であると同時に、この世界での人類がまだ生き残っていることを表す希望でもあった。
「ところで、ここまで来た理由は何なんだい?」
「はい、この湖は今後の魔王の城へ向かう上での拠点にしたいのです。ポータル登録と、住居の建設をすることが目的です」
「住居?」
「オアシスは魔物が入ってきにくいので、休憩するにはもってこいです。ただし攻略を進めていく上では、単に休憩できるだけでなく、きちんと戦略物資なども蓄えられる拠点が必要となりましょう」
「そうか。だけど、このオオカミたちはここにいても大丈夫なの?」
「単に入りにくいというだけで、懐いたご主人がおられるなら特に問題もございませんし、命を縮めたりするわけでもありません」
なるほど、オオカミたちも寛いでいるようだ。
「だけど、家をつくるとしても、私ときみだけでは随分と時間がかかってしまうのではないだろうか」
「はい、ここを拠点とすることを考えた理由はもう一つあるのです」
いづなはオアシスから離れると、今度は断崖の切り立つ険しい土地へと案内した。
しばらく進むと、崖をくりぬいて城をかたどった壮麗な石窟が現れた。
「すごいな」
「ここはドワーフの住処です」
「ドワーフ……」
ゲームにもよく登場するから知っている。
だけどゲームによって仲間だったり敵だったりして、詳しいところはよくわからない。
とりあえず、どのゲームでも冶金や工芸技術に優れていて土の穴倉に住んでいるというのは共通していたよな。
「このドワーフに協力してもらって、拠点をつくってもらおうということか」
「その通りです」
「でも、このドワーフは協力してくれるかな? 魔素の強いここで暮らしているということは敵かもしれない」
「その可能性は否定できません。しかし、敵だったとしても≪テイミング≫の能力で味方にすることはできるでしょう」
「だけど、その場合は味方にするよりも殺す数のほうが多いよね」
「そうなるかもしれません」
いろいろな不安はあるが、やはり拠点の確保は重要事項だ。
まずは接触して相手の感触を確かめてから考えるべきだ。
私は若い頃は営業課に所属していた。新規の会社への乗り込みなんて慣れたものだ。
第一印象だけは評価が高かったんだ!
第一印象だけは!
「初めまして。わたくし、仙崎と申します」
城でいうところの門番らしき槍をもった男たちに、営業スマイルであいさつする。
「なんだ? お前、人間か?」
ドワーフは身長が一メートルほどしかないが屈強な肉体をしている。
失礼だが、不細工な顔が多く、それを隠すわけでもないだろうが髭をたくわえていて誰もが同じ顔に見える。
「その通りでございます。いつもお世話になっております」
「いや、人間を世話した覚えはないが……」
ドワーフたちは困惑していた。
ここが勝負だ。
笑顔を絶やしてはいけない。ニタニタと気持ち悪い笑顔になってはいけない。さわやかな印象の笑顔で信頼感をもたせることが重要だ。
なぜならば、このあいさつの次には重要な取引が待っているのだから。
「今日は折り入ってのお話がございまして、代表者の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「代表者? 族長か?」
「族長は人間なんかに会わねえよ」
人間を知っていながら、会おうとしないのには何か理由があるのだろうか。だが、ここで引いては商売は成り立たない。
「そこを何とか」
「バカ言ってんじゃねぇよ。さっさと帰りな」
取りつく島もないらしい。
「……そうでございますか、残念です。良いお話と思って参ったのですが……」
ここで『お前たちのほうが損してるんだぜ』という空気をつくってみせるのがコツだ。
「ちょ、ちょっと待ちな」
「族長の都合を聞いてきてやるぜ」
数分後、私たちは族長との謁見を許された。
「さすがです。仙崎様」
むふふふ。ちょっとはいづなにかっこいいところを見せられたかな?
石窟内に通されたのはいいものの明かりがなくて非常に見えづらい。ドワーフは夜目が利くらしく何を苦にするでもなく、すたすたと足早に歩いて行ってしまう。
ここで置いて行かれては、商談なんてできない。
私はいづなの手を引いて慎重かつ急いで歩いた。
幸い、足元はきれいに整備されていたので、躓いたりすることもなくぼんやりとした人影を追えばなんとかなった。
重厚な石扉を開けて、その奥には明るい空間が広がっていた。
何十メートルもありそうな天井から光が差し込み、その最も明るいところに豪奢な椅子に腰かけたドワーフがいた。なんだか王様みたいな服装と貫禄だ。
「わしが族長だ。いい話とやらを聞かせてもらおう」
「これをお持ちしたしました」
私が族長に差し出したのは、緊急用の食糧として持ってきていたチョコレートだった。
家を建ててほしいとお願いしたところで、どんなにいい人でもタダでやってくれるはずはないし、それは気が引けるというものだ。やはり取引として、こちらも何かを提供しなければならないだろう。
勝手な私の推測だが、この魔界に甘くておいしい食べ物などないと思う。
これを取引材料として恒久的な商売に結び付け、お互いにwin-winの関係を築くことができれば、今後の話もスムースなはずだ。
もしかすると口に合わないかもしれないが、敵対的な関係にさえならなければ新しい何かをもってくることで今後の進展も見込める。
「ほう、甘くてうまいな」
念のために毒味係が試食してから、族長が口にして放った言葉だ。
毒味係も喜んでいる。
「これはチョコレートと申しまして、人間の食物でございます。我々は今後ドワーフの方々と協力関係を築きたいと考えており、そちらの力をお借りする対価として、例えばでございますが、このような珍味をご提供させていただきたいと考えております」
「なるほど、話は早いほうがよい。貴様らは我々にどのような力を求めるというのか」
お、この人、話が分かるぞ。
「はい、我々は今後の商売のために人間でも暮らしやすいあそこの湖近辺に拠点を設置できればと考えております。そこでなのですが、ドワーフの皆様に建築のお手伝いをお願いできないかと考えておりまして」
「ほう。それ以降は何を求める?」
「それは今後の成り行き次第でございます。ただ、我々はお互いの成長と発展を願ってこのようなことをしておるわけでございます。何とぞご理解とご協力を賜りたく」
いきなり訪れてこんなは話をするのは怪しいのかもしれない。
族長は、周囲の側近と顔を合わせて考え始めてしまった。
意外に疑り深いのかな。
怪しまれて、投獄とかされたらどうしよう。
その場合は音速で逃げるしかないけど、二度と交渉はできないだろうなぁ。
「何を悩んでおられますの?」
奥の部屋から女性の声が聞こえてきた。
そう言えば、このドワーフの住処で女性を見かけたことがなかったな。
歩み寄る影は、族長のそばに立った時に初めてはっきりと表れた。
男性と違って、女性のドワーフは背が高いらしい。私やいづなと同じくらいだ。
ドワーフらしい手の込んだデザインの服を着ていて、すらりとしたスタイルはとても見栄えがいい。
族長の妻らしく、最上位の女性というのもあるのかもしれないがとてつもない色香のある女性だ。なにより、おっぱいがこれまでに見たことがないほどにボーンを飛び出ている。
「いい話ではありませんか。おいしいものなら、女は大喜びでございますわ」
おやおや、奥さんの方が積極的に話を進めてくれているぞ。
奥さんいい人だなー、そう思った時だった。
「ひょー、いい女だな。一発やりてー」
私の口から、思いがけない言葉が飛び出ていた!!
口をおさえたときにはもう遅い。
側近たちが、私に向けて剣を構えて取り囲んでいた。
「そういえば、ここの魔物たちが我々の世界にやってくるなんてことはあるのかい?」
「基本的にはありません」
「今きている連中は?」
「はい。今きている連中は、勇者様が封印される瞬間に開いた時空の隙間を通り抜けてきた者ばかりです。つまり、何らかの強力な力によって時空の隙間が開かない限り、日本にモンスターがやってくることはあり得ません」
「では、そのときに何匹が日本にやってきたのか、ということが問題だね」
「その数は把握できておりませんが、いずれ殲滅しなければなりません」
「……いや、まあ、今まで通り社会になじんで生活してくれるなら、別にそれでもいいんだけど……」
二十年も連れ添った妻も魔王の配下だった。
敵となって襲ってきたとき、私は攻撃できるのか不安だった。
できれば戦いたくない。
しばらく歩くと森を抜け、湖が見えてきた。
以前、秋穂と冒険したときに見つけた湖と比べると段違いに大きい。しかも魔界の赤みを帯びた空気ではなく、ここも青々とした美しい空が広がっていた。
とてもリゾートな雰囲気だ。
「わー、きれいだなぁ」
「魔界にはこのようなオアシスがいくつか存在します」
「ねぇ、ねぇ。湖のまわりを走ってみようよ!」
なんだかすっかり童心に戻ってしまい、私はオオカミに命じて走り始めた。
「仙崎様!」
ぐるりと回るだけで、三キロくらいあったんじゃないだろうか。
オオカミにまたがっているだけなのに、お尻と太ももが痛くなるほどの運動になった。
「いやー、疲れたね」
「もう、仙崎様ったら……」
いづなもちょっと汗ばんで上気している。困った顔をしながらも、ちょっぴりうれしそうでよかったなと思う。
私が水辺に座ると、いづなもその横にそっと座った。
ちょんと指が触れ、思わず顔を合わせてしまう。
なんだか結婚前に妻とデートしたことを思い出した。
こんな感じで、初めてチューしたんだよな……
ふと見ると、いづなが笑顔でこちらを覗き込んでいた。
おっとっと。若い子とそんなことをするのはよくない。
「魔界に……なんでこんなところがあるのかな」
それは別に質問したというより、つぶやいただけに過ぎない。
「魔界の赤い空気は、魔王がもたらした魔素の影響によるものです。本来はこの世界も同じような青い空が広がる美しい土地でした。この魔素は人間には大した影響を与えませんが、魔物を凶暴化させ、なおかつ植物を枯らして不毛の地に変えてゆくのです」
そう考えるとやはり魔王が悪い奴なんだと思う。
「あそこの森は?」
「ええ、場合によっては魔素を取り込んでも生きていけるように変化した植物もいます。あの森はその例です。そういった森は食べるに適さない実をつけるばかりで、むしろ魔物の餌や隠れ家となって人間を寄せつけなくなりました。場合によっては、動き出して人を襲う植物が現れることもあります」
ああ、そういうモンスターもゲームではいるよね。
「じゃあ、こっちのほうがこの世界の本来の姿なんだね」
「はい、本来人間が暮らすのに適した空間は神素に満たされています。
神素と魔素は水と油のような性質です。水の上にちょっとの油を垂らすと油滴が何ヶ所かで集まるように、魔素が充満した世界でもこのように何ヶ所かだけはオアシスが残されているのです。
魔物にはこのような場所はおりづらいので、なかなか入ってくることはありません。
ですが、実際に人間が生活するにも不都合が多すぎるため、生き残った人間もはるか遠く、魔素の影響がほとんどない地まで追いやられています」
「そうなんだね……」
それは、悲しい現実であると同時に、この世界での人類がまだ生き残っていることを表す希望でもあった。
「ところで、ここまで来た理由は何なんだい?」
「はい、この湖は今後の魔王の城へ向かう上での拠点にしたいのです。ポータル登録と、住居の建設をすることが目的です」
「住居?」
「オアシスは魔物が入ってきにくいので、休憩するにはもってこいです。ただし攻略を進めていく上では、単に休憩できるだけでなく、きちんと戦略物資なども蓄えられる拠点が必要となりましょう」
「そうか。だけど、このオオカミたちはここにいても大丈夫なの?」
「単に入りにくいというだけで、懐いたご主人がおられるなら特に問題もございませんし、命を縮めたりするわけでもありません」
なるほど、オオカミたちも寛いでいるようだ。
「だけど、家をつくるとしても、私ときみだけでは随分と時間がかかってしまうのではないだろうか」
「はい、ここを拠点とすることを考えた理由はもう一つあるのです」
いづなはオアシスから離れると、今度は断崖の切り立つ険しい土地へと案内した。
しばらく進むと、崖をくりぬいて城をかたどった壮麗な石窟が現れた。
「すごいな」
「ここはドワーフの住処です」
「ドワーフ……」
ゲームにもよく登場するから知っている。
だけどゲームによって仲間だったり敵だったりして、詳しいところはよくわからない。
とりあえず、どのゲームでも冶金や工芸技術に優れていて土の穴倉に住んでいるというのは共通していたよな。
「このドワーフに協力してもらって、拠点をつくってもらおうということか」
「その通りです」
「でも、このドワーフは協力してくれるかな? 魔素の強いここで暮らしているということは敵かもしれない」
「その可能性は否定できません。しかし、敵だったとしても≪テイミング≫の能力で味方にすることはできるでしょう」
「だけど、その場合は味方にするよりも殺す数のほうが多いよね」
「そうなるかもしれません」
いろいろな不安はあるが、やはり拠点の確保は重要事項だ。
まずは接触して相手の感触を確かめてから考えるべきだ。
私は若い頃は営業課に所属していた。新規の会社への乗り込みなんて慣れたものだ。
第一印象だけは評価が高かったんだ!
第一印象だけは!
「初めまして。わたくし、仙崎と申します」
城でいうところの門番らしき槍をもった男たちに、営業スマイルであいさつする。
「なんだ? お前、人間か?」
ドワーフは身長が一メートルほどしかないが屈強な肉体をしている。
失礼だが、不細工な顔が多く、それを隠すわけでもないだろうが髭をたくわえていて誰もが同じ顔に見える。
「その通りでございます。いつもお世話になっております」
「いや、人間を世話した覚えはないが……」
ドワーフたちは困惑していた。
ここが勝負だ。
笑顔を絶やしてはいけない。ニタニタと気持ち悪い笑顔になってはいけない。さわやかな印象の笑顔で信頼感をもたせることが重要だ。
なぜならば、このあいさつの次には重要な取引が待っているのだから。
「今日は折り入ってのお話がございまして、代表者の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「代表者? 族長か?」
「族長は人間なんかに会わねえよ」
人間を知っていながら、会おうとしないのには何か理由があるのだろうか。だが、ここで引いては商売は成り立たない。
「そこを何とか」
「バカ言ってんじゃねぇよ。さっさと帰りな」
取りつく島もないらしい。
「……そうでございますか、残念です。良いお話と思って参ったのですが……」
ここで『お前たちのほうが損してるんだぜ』という空気をつくってみせるのがコツだ。
「ちょ、ちょっと待ちな」
「族長の都合を聞いてきてやるぜ」
数分後、私たちは族長との謁見を許された。
「さすがです。仙崎様」
むふふふ。ちょっとはいづなにかっこいいところを見せられたかな?
石窟内に通されたのはいいものの明かりがなくて非常に見えづらい。ドワーフは夜目が利くらしく何を苦にするでもなく、すたすたと足早に歩いて行ってしまう。
ここで置いて行かれては、商談なんてできない。
私はいづなの手を引いて慎重かつ急いで歩いた。
幸い、足元はきれいに整備されていたので、躓いたりすることもなくぼんやりとした人影を追えばなんとかなった。
重厚な石扉を開けて、その奥には明るい空間が広がっていた。
何十メートルもありそうな天井から光が差し込み、その最も明るいところに豪奢な椅子に腰かけたドワーフがいた。なんだか王様みたいな服装と貫禄だ。
「わしが族長だ。いい話とやらを聞かせてもらおう」
「これをお持ちしたしました」
私が族長に差し出したのは、緊急用の食糧として持ってきていたチョコレートだった。
家を建ててほしいとお願いしたところで、どんなにいい人でもタダでやってくれるはずはないし、それは気が引けるというものだ。やはり取引として、こちらも何かを提供しなければならないだろう。
勝手な私の推測だが、この魔界に甘くておいしい食べ物などないと思う。
これを取引材料として恒久的な商売に結び付け、お互いにwin-winの関係を築くことができれば、今後の話もスムースなはずだ。
もしかすると口に合わないかもしれないが、敵対的な関係にさえならなければ新しい何かをもってくることで今後の進展も見込める。
「ほう、甘くてうまいな」
念のために毒味係が試食してから、族長が口にして放った言葉だ。
毒味係も喜んでいる。
「これはチョコレートと申しまして、人間の食物でございます。我々は今後ドワーフの方々と協力関係を築きたいと考えており、そちらの力をお借りする対価として、例えばでございますが、このような珍味をご提供させていただきたいと考えております」
「なるほど、話は早いほうがよい。貴様らは我々にどのような力を求めるというのか」
お、この人、話が分かるぞ。
「はい、我々は今後の商売のために人間でも暮らしやすいあそこの湖近辺に拠点を設置できればと考えております。そこでなのですが、ドワーフの皆様に建築のお手伝いをお願いできないかと考えておりまして」
「ほう。それ以降は何を求める?」
「それは今後の成り行き次第でございます。ただ、我々はお互いの成長と発展を願ってこのようなことをしておるわけでございます。何とぞご理解とご協力を賜りたく」
いきなり訪れてこんなは話をするのは怪しいのかもしれない。
族長は、周囲の側近と顔を合わせて考え始めてしまった。
意外に疑り深いのかな。
怪しまれて、投獄とかされたらどうしよう。
その場合は音速で逃げるしかないけど、二度と交渉はできないだろうなぁ。
「何を悩んでおられますの?」
奥の部屋から女性の声が聞こえてきた。
そう言えば、このドワーフの住処で女性を見かけたことがなかったな。
歩み寄る影は、族長のそばに立った時に初めてはっきりと表れた。
男性と違って、女性のドワーフは背が高いらしい。私やいづなと同じくらいだ。
ドワーフらしい手の込んだデザインの服を着ていて、すらりとしたスタイルはとても見栄えがいい。
族長の妻らしく、最上位の女性というのもあるのかもしれないがとてつもない色香のある女性だ。なにより、おっぱいがこれまでに見たことがないほどにボーンを飛び出ている。
「いい話ではありませんか。おいしいものなら、女は大喜びでございますわ」
おやおや、奥さんの方が積極的に話を進めてくれているぞ。
奥さんいい人だなー、そう思った時だった。
「ひょー、いい女だな。一発やりてー」
私の口から、思いがけない言葉が飛び出ていた!!
口をおさえたときにはもう遅い。
側近たちが、私に向けて剣を構えて取り囲んでいた。
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