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第5章 虜になるもの
異変
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街は騒然としていた。
「うおー!」一人の男が大声を上げて急に暴れ出したからだった。通行人は悲鳴を上げて逃げ惑い、野次馬が遠くから彼を取り囲んだ。
「あの男・・・」
「ああ、そうだ。シンガーのマスーダだ。」
「一体、どうしてしまったんだ?」
確かにその男は若手のシンガーで、最近ヒット曲を出したマスーダだった。今は超売れっ子で寝る暇がないほど多忙であるはずだが・・・。
マスーダは近くの看板を持ち上げ、それを人々の方に投げつけた。
「ガラン! ガラン!」看板が大きな音を立てて転がった。
「うわっ!」遠巻きにしていた人は声を上げた。それに刺激を受けたかのようにマスーダは人々に向かって来た。その手には刃物が握られていた。
偶然、その場に飛鳥がいた。彼女は逃げ遅れたふりをして、そっと足を出してマスーダを引掛けて転ばせた。その拍子にマスーダの手から刃物が離れ、地面に転がっていった。
そこにちょうど地球取締局の取締官がバイオノイドを連れて到着した。わめき散らすマスーダを力ずくで押さえ、そのまま逮捕して連れて行った。
(一体何なの?)飛鳥は起き上がって連行されていくマスーダの方を見ていた。彼は明らかに精神に異常をきたしていた。
「ん?」飛鳥は何か甘い匂いをそこで嗅ぎ取った。それは今まで覚えのないものだった。
地球取締局でジャコー取締官がサンキン局長の部屋に報告に来ていた。
「精神に異常をきたした地球人が街で暴れていましたので取り押さえました。」それはありふれた事件だった。ただ一つのことを覗いては・・・。
「どうも薬のようです。地球外の。」ジャコー取締官が言った。
「何だと! 異星人が持ち込んだというのか!」サンキン局長は声を上げた。地球では麻薬や覚せい剤、その他のドラッグと言われる精神に異常をきたす薬物はすでに撲滅したはずだった。医療用ですら、銀河世界のテクノロジーでその代替物で置き換わっていた。だからこの地球にその様な薬物は存在しないはずだった。
「はい。ジョーグ星のビーロンと呼ばれる薬物らしいです。作用は緩やかで自信と安心感を与えるようですが、常用しているとある時に急に異常をきたすようです。銀河帝圏ではすでに禁止となり撲滅したと思っていましたが。」ジャコー取締官は言った。
「何者かが地球に持ち込んだ。金のためか、それとも別の企みがあるのか・・・」サンキン局長は頭をひねった。
「とにかく出所を捜索します。」ジャコー取締官はそう言って局長室を出て行った。
ある大きなスタジオでは、売り出し中のモデルのスチール撮影が行われていた。
「いいよ。もっと笑顔で。ポーズを決めて。」カメラマンの指示が次々に出されていた。その若いモデルは嫌な顔一つせず、その注文に答えていた。
「は、お疲れ。」やがて撮影が終わり、彼女はホッとした表情をして控室に入った。
「美亜ちゃん。頑張ったわね。」そこに飛鳥が待っていて冷たいお茶の入ったボトルを差し出した。
「お姉さん、ありがとう。」美亜はそれを受け取って椅子に腰かけた。
「どうだった?」飛鳥が尋ねた。
「なんとか・・・。お姉さんがついてきてくれたから助かったわ。一人では不安で・・・」
「大丈夫よ。美亜ちゃんなら。なんだって事務所の一押しなんだから。」
「でも慣れないみたい。私向いていないのかな?」美亜はため息をついた。
「そんなことはないわ。あなたならきっと一流のモデルになれるわ。私と違って。ファイトよ!」飛鳥は美亜の肩をポンと叩いて励ました。
「そうかしら・・・」
「きっと大丈夫よ。じゃあ、私はみなさんにあいさつしてくるから。しばらくここで待ってて。一緒に帰ろう。」飛鳥は笑顔でそう言って控室から出て行った。その後ろ姿を見送りながら美亜はまたため息をついていた。
街ではまた狂ったように暴れる者がいた。今度は若い女性だった。か細い体をしているにもかかわらず、落ちていた角棒をぶんぶんと振り回していた。その勢いに誰も近寄れなかった。
「あははは・・・。」その女性はおかしな笑いを振りまいており、精神に異常をきたしているのは確かだった。集まったやじ馬が遠巻きに見物していたが、彼女は急に怒り出してそれらの人たちに角棒を振り上げて向かって来た。
「バン!」急に飛び出してきた人影が彼女に近づき、その腹に当て身を食らわせた。そしてそのままその人影は建物の陰に消えた。その若い女性は気を失ってその場に倒れ込んだ。近くにいた人が彼女を心配してそのそばに寄った。死んだように眠り込んでいる様子を見て、
「しっかりしろ!・・・だめだ。意識がない。誰か! 救急車! 早く呼んで!」悲鳴にも似た声で叫んだ。辺りはまだ騒然としていた。
「これで今週だけで10件目だ。一体どうなっているのだ・・・」建物の陰に隠れた人影の正体は正介だった。彼は密かに街に潜んで探っていた。
総督府にサンキン局長が呼ばれていた。連続するあの不可解な事件についてだった。管理官室でリカード管理官が待っていた。
「どこまで捜査が進んでいる?」
「人体の検査からはビーロンと呼ばれる薬物が原因とわかりました。」サンキン局長が答えた。
「ビーロン? ジョーグ星のか? そんなものが地球に持ち込まれているのか! 一体、どういう経路でだ?」リカード管理官が尋ねた。
「それがわからないのです。取締官が捜索していますが手がかりすらつかめていない状況です。それどころか薬物をどういう風に摂取したのかもわかっておりません。ビーロン自体が何処からも見つかっていないのです。所持品や家や職場でも。申し訳ありません。」サンキン局長はそう言うと、緊張から額から汗が噴出した。目の前のリカード管理官は眉間にしわを寄せて、肘を机について何かを考えているようだった。
「管理官。もう少し時間をください。」サンキン局長は頭を下げた。リカード管理官はサンキン局長の方を見ると
「これは単なる薬の密売ではないかもしれない。とにかくビーロンが広がれば地球の統治は難しくなる。一刻も早く解決するように。」と言った。
地球代表部の大山参事の執務室は夜遅くなっても明かりがついていた。ただし大山参事は仕事をしているわけでもなく、ただ机に肘をついて両手を組んで誰かをひたすら待っているようだった。
「我を待っておられるのかな?」急に声が響いた。それは半蔵のものだった。大山参事は組んだ両手を緩めて辺りを見渡しながら、
「半蔵、待っていたぞ。」と言った。すると部屋の影が盛り上がり、忍び装束の半蔵が現れた。
「街で頻発している暴力事件を知っているな?」大山参事が尋ねた。
「ああ。この目で見た。気が狂ったようにいきなり暴れ出していた。原因はわかっているのか?」
「ある筋から情報を手に入れた。ジョーグ星のビーロンという薬物のようだ。緊張を解きほぐし自信と安心感を与えるようだが、急に精神に異常をきたすことがある。銀河帝圏では禁止薬物に指定されている。それが地球に持ち込まれたらしい。」大山参事が言った。
「そんなものが・・・。他にわかっていることはないのか?」
「そこまでだ。地球取締局もそこまでしかつかんでいない。どうやってビーロンを摂取させたかもわかっていない。」大山参事が言った。
「そうか。しかし我らに何を頼みたいのか?」
「このビーロンという薬物の根を絶ってほしい。相手は薬だ。もしこんなものが広くばらまかれてしまったら地球は終わりだ。」大山参事はそう言ってため息をついた。
「わかった。なんとかしよう。」半蔵はそう言うと姿を消した。
「うおー!」一人の男が大声を上げて急に暴れ出したからだった。通行人は悲鳴を上げて逃げ惑い、野次馬が遠くから彼を取り囲んだ。
「あの男・・・」
「ああ、そうだ。シンガーのマスーダだ。」
「一体、どうしてしまったんだ?」
確かにその男は若手のシンガーで、最近ヒット曲を出したマスーダだった。今は超売れっ子で寝る暇がないほど多忙であるはずだが・・・。
マスーダは近くの看板を持ち上げ、それを人々の方に投げつけた。
「ガラン! ガラン!」看板が大きな音を立てて転がった。
「うわっ!」遠巻きにしていた人は声を上げた。それに刺激を受けたかのようにマスーダは人々に向かって来た。その手には刃物が握られていた。
偶然、その場に飛鳥がいた。彼女は逃げ遅れたふりをして、そっと足を出してマスーダを引掛けて転ばせた。その拍子にマスーダの手から刃物が離れ、地面に転がっていった。
そこにちょうど地球取締局の取締官がバイオノイドを連れて到着した。わめき散らすマスーダを力ずくで押さえ、そのまま逮捕して連れて行った。
(一体何なの?)飛鳥は起き上がって連行されていくマスーダの方を見ていた。彼は明らかに精神に異常をきたしていた。
「ん?」飛鳥は何か甘い匂いをそこで嗅ぎ取った。それは今まで覚えのないものだった。
地球取締局でジャコー取締官がサンキン局長の部屋に報告に来ていた。
「精神に異常をきたした地球人が街で暴れていましたので取り押さえました。」それはありふれた事件だった。ただ一つのことを覗いては・・・。
「どうも薬のようです。地球外の。」ジャコー取締官が言った。
「何だと! 異星人が持ち込んだというのか!」サンキン局長は声を上げた。地球では麻薬や覚せい剤、その他のドラッグと言われる精神に異常をきたす薬物はすでに撲滅したはずだった。医療用ですら、銀河世界のテクノロジーでその代替物で置き換わっていた。だからこの地球にその様な薬物は存在しないはずだった。
「はい。ジョーグ星のビーロンと呼ばれる薬物らしいです。作用は緩やかで自信と安心感を与えるようですが、常用しているとある時に急に異常をきたすようです。銀河帝圏ではすでに禁止となり撲滅したと思っていましたが。」ジャコー取締官は言った。
「何者かが地球に持ち込んだ。金のためか、それとも別の企みがあるのか・・・」サンキン局長は頭をひねった。
「とにかく出所を捜索します。」ジャコー取締官はそう言って局長室を出て行った。
ある大きなスタジオでは、売り出し中のモデルのスチール撮影が行われていた。
「いいよ。もっと笑顔で。ポーズを決めて。」カメラマンの指示が次々に出されていた。その若いモデルは嫌な顔一つせず、その注文に答えていた。
「は、お疲れ。」やがて撮影が終わり、彼女はホッとした表情をして控室に入った。
「美亜ちゃん。頑張ったわね。」そこに飛鳥が待っていて冷たいお茶の入ったボトルを差し出した。
「お姉さん、ありがとう。」美亜はそれを受け取って椅子に腰かけた。
「どうだった?」飛鳥が尋ねた。
「なんとか・・・。お姉さんがついてきてくれたから助かったわ。一人では不安で・・・」
「大丈夫よ。美亜ちゃんなら。なんだって事務所の一押しなんだから。」
「でも慣れないみたい。私向いていないのかな?」美亜はため息をついた。
「そんなことはないわ。あなたならきっと一流のモデルになれるわ。私と違って。ファイトよ!」飛鳥は美亜の肩をポンと叩いて励ました。
「そうかしら・・・」
「きっと大丈夫よ。じゃあ、私はみなさんにあいさつしてくるから。しばらくここで待ってて。一緒に帰ろう。」飛鳥は笑顔でそう言って控室から出て行った。その後ろ姿を見送りながら美亜はまたため息をついていた。
街ではまた狂ったように暴れる者がいた。今度は若い女性だった。か細い体をしているにもかかわらず、落ちていた角棒をぶんぶんと振り回していた。その勢いに誰も近寄れなかった。
「あははは・・・。」その女性はおかしな笑いを振りまいており、精神に異常をきたしているのは確かだった。集まったやじ馬が遠巻きに見物していたが、彼女は急に怒り出してそれらの人たちに角棒を振り上げて向かって来た。
「バン!」急に飛び出してきた人影が彼女に近づき、その腹に当て身を食らわせた。そしてそのままその人影は建物の陰に消えた。その若い女性は気を失ってその場に倒れ込んだ。近くにいた人が彼女を心配してそのそばに寄った。死んだように眠り込んでいる様子を見て、
「しっかりしろ!・・・だめだ。意識がない。誰か! 救急車! 早く呼んで!」悲鳴にも似た声で叫んだ。辺りはまだ騒然としていた。
「これで今週だけで10件目だ。一体どうなっているのだ・・・」建物の陰に隠れた人影の正体は正介だった。彼は密かに街に潜んで探っていた。
総督府にサンキン局長が呼ばれていた。連続するあの不可解な事件についてだった。管理官室でリカード管理官が待っていた。
「どこまで捜査が進んでいる?」
「人体の検査からはビーロンと呼ばれる薬物が原因とわかりました。」サンキン局長が答えた。
「ビーロン? ジョーグ星のか? そんなものが地球に持ち込まれているのか! 一体、どういう経路でだ?」リカード管理官が尋ねた。
「それがわからないのです。取締官が捜索していますが手がかりすらつかめていない状況です。それどころか薬物をどういう風に摂取したのかもわかっておりません。ビーロン自体が何処からも見つかっていないのです。所持品や家や職場でも。申し訳ありません。」サンキン局長はそう言うと、緊張から額から汗が噴出した。目の前のリカード管理官は眉間にしわを寄せて、肘を机について何かを考えているようだった。
「管理官。もう少し時間をください。」サンキン局長は頭を下げた。リカード管理官はサンキン局長の方を見ると
「これは単なる薬の密売ではないかもしれない。とにかくビーロンが広がれば地球の統治は難しくなる。一刻も早く解決するように。」と言った。
地球代表部の大山参事の執務室は夜遅くなっても明かりがついていた。ただし大山参事は仕事をしているわけでもなく、ただ机に肘をついて両手を組んで誰かをひたすら待っているようだった。
「我を待っておられるのかな?」急に声が響いた。それは半蔵のものだった。大山参事は組んだ両手を緩めて辺りを見渡しながら、
「半蔵、待っていたぞ。」と言った。すると部屋の影が盛り上がり、忍び装束の半蔵が現れた。
「街で頻発している暴力事件を知っているな?」大山参事が尋ねた。
「ああ。この目で見た。気が狂ったようにいきなり暴れ出していた。原因はわかっているのか?」
「ある筋から情報を手に入れた。ジョーグ星のビーロンという薬物のようだ。緊張を解きほぐし自信と安心感を与えるようだが、急に精神に異常をきたすことがある。銀河帝圏では禁止薬物に指定されている。それが地球に持ち込まれたらしい。」大山参事が言った。
「そんなものが・・・。他にわかっていることはないのか?」
「そこまでだ。地球取締局もそこまでしかつかんでいない。どうやってビーロンを摂取させたかもわかっていない。」大山参事が言った。
「そうか。しかし我らに何を頼みたいのか?」
「このビーロンという薬物の根を絶ってほしい。相手は薬だ。もしこんなものが広くばらまかれてしまったら地球は終わりだ。」大山参事はそう言ってため息をついた。
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