43 / 56
第4章 冬
第2話 攻撃開始
しおりを挟む
派遣された兵助の軍勢は砦の山裾周囲にびっちりと陣を敷いた。砦を威嚇するかのように旗印が無数に立ち、周囲に急造の柵が立ち並んだ。それは何者も生きてそこから逃さぬという態勢だった。
陣には多くの武将や侍、兵が攻撃の備えて忙しく動き回り、騒然としていた。それに対してその本陣には敵方の大将の山田兵助が一人、ひっそりとした中でどかりと床几に腰を下ろしてじっと座っていた。だが彼はそこで何もしていないわけではない。砦の中でひときわ目立つ櫓を見つめて考えを巡らしていた。その頭の中でが砦はすでに攻略されていた。後は兵を動かすのみ・・・。
「あそこに我らの目的のものがある。雪が降る前にきっと落としてみせるぞ!」
兵助は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。この度の役目は失敗するわけにはいかない。砦に籠った東堂の敗残兵など、もはや取るに足りない敵ではあった。だが万代宗長は兵助に命じて軍勢を差し向けたのだ。
「必ず葵姫を殺せ。生かしてはならんぞ! もしできなければ将来に禍根を残す。」
宗長は兵助に厳命していた。目的は葵姫の首だったのだ。もし東堂の血につながる者が生き残ると、必ず万代家に災いをもたらすと確信していた。家を滅ぼされた恨みは根深いものだと宗長は知っていた。そしてそのことを兵助は重々承知していた。
「この軍勢をもってすれば、あの程度の砦など一ひねりだろう。だが葵姫だけは逃さぬようにせねば。」
だから兵助は砦の周りをがっちりと包囲して砦から誰一人脱出できなくしたのだ。あとは力攻めですりつぶすように砦を攻略するだけだった。
戦いは次の日のまだ薄暗い早朝から始まった。軍勢が陣から順序良く出て行き、山の中腹まで静かに登った。そこで攻撃態勢を整えると頃合いを見て武将が声をかけた。
「行け!」
その声で兵たちが一斉に砦に向かって来た。
「うわー!」
という地鳴りのような鬨の声が山々にこだました。いよいよ総攻撃が始まったのだ。先頭の兵が大盾に身を隠しながら近づいてくる。門に迫ってそれを破壊して中に飛び込もうというのだ。それを封じようと砦の塀の上に並ぶ兵が弓を射かけきた、だが攻撃してくる敵の兵の動きは止まらない。そのうちに近くまで来た敵の兵が砦に向かってさかんに矢を飛ばしてきていた。その矢の多さは生半可なものではない。
砦の兵はその矢をやり過ごそうと身を伏せていた。その隙に敵の兵たちは大木をもって門にぶち当たってきた。
「バーン!」
大きな音を立てたが、頑丈に補強した門は簡単に壊されなかった。それは何度やっても同じだった。そうしているうちにその兵に向かって砦の塀の上から矢が放たれた。それは次々に敵の兵を倒していった。そうして敵がひるんだところに門がすっと開いた。そこには砦の兵たちがずらりと並んでいた。
「うおー!」
砦の兵が鬨の声をあげて逆襲した。それに浮足立った敵の兵は大した抵抗もできずに一目散に逃げ出した。砦の兵は中腹まで追って行ったが、それ以上の深追いはしない。敵の兵を門の前から追い払うだけで十分なのだ。
砦への攻撃は毎日のように続けられた。だが結果は同じだった。攻撃しても撃退されるのがずっと繰り返されているのだ。それでも兵助はあきらめずに、
「こんなはずではない」
と何度も何度も力任せに兵を送り込んだ。だが砦を落とすどころか、門一つを突破することさえできなかった。このことは本陣で指揮を執る兵助に歯ぎしりをさせていた。だが10日を過ぎるうちにさすがに兵助は考えを改めた。
「甘く見ていたわ! なかなかやりおる! ならばこちらも手を選んでおられぬ。」
と砦への力攻めを変更しなければならなくなった。だがそれなら別の手を使うだけだと攻め方の切り替えができるのだ。兵助の陣にはあの者がいるから・・・。
「お呼びでござるな?」
その者は兵助が呼ぶ前にもうそばに来ていた。兵助の気配からそろそろ自分の出番だと察したのであろう。
「さすがだな。もうそこまで読んでおったのか? 三郎。」
その者とは武藤三郎だった。自らが集めた兵での里への襲撃に失敗して、激怒した宗長からは放擲されていた。だが兵助はこの者の腕を見込んでこの戦に連れて来ていたのだ。兵助は三郎に言った。
「お前の力が必要になった。一番門は頑丈でなかなか開くまい。二番門を開けよ。兵を突入させる。」
「承知した。今夜にでも・・・しばし待たれよ。」
三郎は残った左目をきらりと光らせた。この不気味な雰囲気を醸し出す忍びの頭はいかにもやり通せる期待を抱かせた。兵助が「うむ」とうなずくと、三郎はすぐに姿を消した。
陣には多くの武将や侍、兵が攻撃の備えて忙しく動き回り、騒然としていた。それに対してその本陣には敵方の大将の山田兵助が一人、ひっそりとした中でどかりと床几に腰を下ろしてじっと座っていた。だが彼はそこで何もしていないわけではない。砦の中でひときわ目立つ櫓を見つめて考えを巡らしていた。その頭の中でが砦はすでに攻略されていた。後は兵を動かすのみ・・・。
「あそこに我らの目的のものがある。雪が降る前にきっと落としてみせるぞ!」
兵助は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。この度の役目は失敗するわけにはいかない。砦に籠った東堂の敗残兵など、もはや取るに足りない敵ではあった。だが万代宗長は兵助に命じて軍勢を差し向けたのだ。
「必ず葵姫を殺せ。生かしてはならんぞ! もしできなければ将来に禍根を残す。」
宗長は兵助に厳命していた。目的は葵姫の首だったのだ。もし東堂の血につながる者が生き残ると、必ず万代家に災いをもたらすと確信していた。家を滅ぼされた恨みは根深いものだと宗長は知っていた。そしてそのことを兵助は重々承知していた。
「この軍勢をもってすれば、あの程度の砦など一ひねりだろう。だが葵姫だけは逃さぬようにせねば。」
だから兵助は砦の周りをがっちりと包囲して砦から誰一人脱出できなくしたのだ。あとは力攻めですりつぶすように砦を攻略するだけだった。
戦いは次の日のまだ薄暗い早朝から始まった。軍勢が陣から順序良く出て行き、山の中腹まで静かに登った。そこで攻撃態勢を整えると頃合いを見て武将が声をかけた。
「行け!」
その声で兵たちが一斉に砦に向かって来た。
「うわー!」
という地鳴りのような鬨の声が山々にこだました。いよいよ総攻撃が始まったのだ。先頭の兵が大盾に身を隠しながら近づいてくる。門に迫ってそれを破壊して中に飛び込もうというのだ。それを封じようと砦の塀の上に並ぶ兵が弓を射かけきた、だが攻撃してくる敵の兵の動きは止まらない。そのうちに近くまで来た敵の兵が砦に向かってさかんに矢を飛ばしてきていた。その矢の多さは生半可なものではない。
砦の兵はその矢をやり過ごそうと身を伏せていた。その隙に敵の兵たちは大木をもって門にぶち当たってきた。
「バーン!」
大きな音を立てたが、頑丈に補強した門は簡単に壊されなかった。それは何度やっても同じだった。そうしているうちにその兵に向かって砦の塀の上から矢が放たれた。それは次々に敵の兵を倒していった。そうして敵がひるんだところに門がすっと開いた。そこには砦の兵たちがずらりと並んでいた。
「うおー!」
砦の兵が鬨の声をあげて逆襲した。それに浮足立った敵の兵は大した抵抗もできずに一目散に逃げ出した。砦の兵は中腹まで追って行ったが、それ以上の深追いはしない。敵の兵を門の前から追い払うだけで十分なのだ。
砦への攻撃は毎日のように続けられた。だが結果は同じだった。攻撃しても撃退されるのがずっと繰り返されているのだ。それでも兵助はあきらめずに、
「こんなはずではない」
と何度も何度も力任せに兵を送り込んだ。だが砦を落とすどころか、門一つを突破することさえできなかった。このことは本陣で指揮を執る兵助に歯ぎしりをさせていた。だが10日を過ぎるうちにさすがに兵助は考えを改めた。
「甘く見ていたわ! なかなかやりおる! ならばこちらも手を選んでおられぬ。」
と砦への力攻めを変更しなければならなくなった。だがそれなら別の手を使うだけだと攻め方の切り替えができるのだ。兵助の陣にはあの者がいるから・・・。
「お呼びでござるな?」
その者は兵助が呼ぶ前にもうそばに来ていた。兵助の気配からそろそろ自分の出番だと察したのであろう。
「さすがだな。もうそこまで読んでおったのか? 三郎。」
その者とは武藤三郎だった。自らが集めた兵での里への襲撃に失敗して、激怒した宗長からは放擲されていた。だが兵助はこの者の腕を見込んでこの戦に連れて来ていたのだ。兵助は三郎に言った。
「お前の力が必要になった。一番門は頑丈でなかなか開くまい。二番門を開けよ。兵を突入させる。」
「承知した。今夜にでも・・・しばし待たれよ。」
三郎は残った左目をきらりと光らせた。この不気味な雰囲気を醸し出す忍びの頭はいかにもやり通せる期待を抱かせた。兵助が「うむ」とうなずくと、三郎はすぐに姿を消した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
懴悔(さんげ)
蒼あかり
歴史・時代
嵐のような晩だった。
銀次は押し込み強盗「おかめ盗賊」の一味だった。「金は盗っても命は取らぬ」と誓っていたのに、仲間が失態をおかし、人殺し盗賊に成り下がってしまう。銀次は何の因果かその家の一人娘を連れ去ることに。
そして、おかめ強盗に命を散らされた女中、鈴の兄源助は、妹の敵を討つために一人、旅に出るのだった。
追われ、追いかけ、過去を悔い、そんな人生の長い旅路を過ごす者達の物語。
※ 地名などは全て架空のものです。
※ 詳しい下調べはおこなっておりません。作者のつたない記憶の中から絞り出しましたので、歴史の中の史実と違うこともあるかと思います。その辺をご理解のほど、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる