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第2章 夏
第8話 神一刀流
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草花が咲き誇る草原に今や、斬り合いが始まろうとしていた。紅之介と対するのは3人の手練れの忍び、葵姫は恐ろしさのあまり顔を手で覆った。
「いくぞ!」
「たあー!」
「うおーっ!」
3人の忍びが紅之介に向かって刀を振り下ろしてきた。そこで紅之介の目が獣のようにきらめいた。それは一瞬の風のような出来事だった。
「ズバッ!」「バサッ!」「グサッ!」
という3つ音が連続して辺りに響いた。それは3人の男が刀を体に受けた音だった。彼らは一瞬にして斬られたのだ。紅之介が前に出て刀を抜きざま、一人を。そして返す刀でもう一人、そして最後の一人は心の臓を一突きして引き抜いたのだった。辺りは急に静かになった。風の鳴る音だけが耳に残っていた。
葵姫はずっと目を閉じて顔を手で覆って震えていた。だが物音がしなくなったのでそっと手を開いて目を開けてみた。すると目の前は血の海になっていた。その中に3人の忍びは無残に斬り倒されていた。そして紅之介は返り血を浴びて、体を赤く染めて立っていた。
「姫様。帰りましょう。」
その顔はいつもの優しい表情ではなく、厳しい顔になっていた。まるで鬼のように・・・。それは命を賭けた真剣勝負をした者の顔だった。その場はまだ殺気を含んだとげとげしい空気が支配していた。恐ろしい斬り合いの場に居合わせて、葵姫は気が遠くなっていた。
「紅之介・・・」
葵姫はそれだけつぶやいて気を失った。倒れ行く彼女を紅之介は刀を放り出してしっかり受け止めた。
百雲斎の屋敷では山形甚兵衛が葵姫のお付きの紅之介について尋ねていた。甚兵衛にはどうしても紅之介が腕の立つ男と思えなかった。
「あの者がのう…どれほどの腕の者なのか?」
「それはそれはもう。」
「じらさずに詳しいことを教えてくれぬか。気になって仕方がない。」
百雲斎はもったいぶっていたが、ようやく本当のことを言う気になった。
「ふっふっふ。山形殿がそう思われていたのも仕方がなかろう。ならばお教えしよう。紅之介は相当な使い手ですぞ。この里で、いやこの江獄の国で敵う者はまずおりますまい。」
「真か?」
甚兵衛はまだ信じられぬという風だった。
「はい。実は、紅之介は一子相伝の神一刀流の継承者でござる。」
「神一刀流? そう言えば聞いたことがある。確か、恐るべき殺人剣とか。」
「神一刀流はその圧倒的な強さゆえに忌み嫌われてきた剣。目の前の敵を瞬時に斬り殺す、そしてその後には辺りは真っ赤な血の色で染まる。それゆえ紅剣とも呼ばれまする。」
百雲斎はそう話した。それを聞いて甚兵衛は大きくうなずいた。紅之介の剣の腕が確かなら、もしもの場合でも姫様を守ってくれようと。
「そうか。それであの者を姫様のお付きにしたのか。」
「まあ。そればかりではありませぬが・・・」
百雲斎は言葉を濁した。だが甚兵衛にはまだ懸念があった。それは里の者のうわさだった。「紅之介が葵姫をたらしこんだ。」とか、「葵姫が紅之介にうつつを抜かしている。」と。いずれにしても、もし2人が結ばれることがあったら・・・これは東堂家にとって大問題だった。御屋形様のお子は葵姫、ただ一人。ゆくゆくはそれ相当の家から婿を迎えて東堂家を継がせることは誰もが思っていた。
「いくぞ!」
「たあー!」
「うおーっ!」
3人の忍びが紅之介に向かって刀を振り下ろしてきた。そこで紅之介の目が獣のようにきらめいた。それは一瞬の風のような出来事だった。
「ズバッ!」「バサッ!」「グサッ!」
という3つ音が連続して辺りに響いた。それは3人の男が刀を体に受けた音だった。彼らは一瞬にして斬られたのだ。紅之介が前に出て刀を抜きざま、一人を。そして返す刀でもう一人、そして最後の一人は心の臓を一突きして引き抜いたのだった。辺りは急に静かになった。風の鳴る音だけが耳に残っていた。
葵姫はずっと目を閉じて顔を手で覆って震えていた。だが物音がしなくなったのでそっと手を開いて目を開けてみた。すると目の前は血の海になっていた。その中に3人の忍びは無残に斬り倒されていた。そして紅之介は返り血を浴びて、体を赤く染めて立っていた。
「姫様。帰りましょう。」
その顔はいつもの優しい表情ではなく、厳しい顔になっていた。まるで鬼のように・・・。それは命を賭けた真剣勝負をした者の顔だった。その場はまだ殺気を含んだとげとげしい空気が支配していた。恐ろしい斬り合いの場に居合わせて、葵姫は気が遠くなっていた。
「紅之介・・・」
葵姫はそれだけつぶやいて気を失った。倒れ行く彼女を紅之介は刀を放り出してしっかり受け止めた。
百雲斎の屋敷では山形甚兵衛が葵姫のお付きの紅之介について尋ねていた。甚兵衛にはどうしても紅之介が腕の立つ男と思えなかった。
「あの者がのう…どれほどの腕の者なのか?」
「それはそれはもう。」
「じらさずに詳しいことを教えてくれぬか。気になって仕方がない。」
百雲斎はもったいぶっていたが、ようやく本当のことを言う気になった。
「ふっふっふ。山形殿がそう思われていたのも仕方がなかろう。ならばお教えしよう。紅之介は相当な使い手ですぞ。この里で、いやこの江獄の国で敵う者はまずおりますまい。」
「真か?」
甚兵衛はまだ信じられぬという風だった。
「はい。実は、紅之介は一子相伝の神一刀流の継承者でござる。」
「神一刀流? そう言えば聞いたことがある。確か、恐るべき殺人剣とか。」
「神一刀流はその圧倒的な強さゆえに忌み嫌われてきた剣。目の前の敵を瞬時に斬り殺す、そしてその後には辺りは真っ赤な血の色で染まる。それゆえ紅剣とも呼ばれまする。」
百雲斎はそう話した。それを聞いて甚兵衛は大きくうなずいた。紅之介の剣の腕が確かなら、もしもの場合でも姫様を守ってくれようと。
「そうか。それであの者を姫様のお付きにしたのか。」
「まあ。そればかりではありませぬが・・・」
百雲斎は言葉を濁した。だが甚兵衛にはまだ懸念があった。それは里の者のうわさだった。「紅之介が葵姫をたらしこんだ。」とか、「葵姫が紅之介にうつつを抜かしている。」と。いずれにしても、もし2人が結ばれることがあったら・・・これは東堂家にとって大問題だった。御屋形様のお子は葵姫、ただ一人。ゆくゆくはそれ相当の家から婿を迎えて東堂家を継がせることは誰もが思っていた。
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