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第1章 春
第5話 直言
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(あまりにひどい・・・一言申し上げねば・・・)
紅之介は意を決すると、
「失礼いたします!」
と部屋に入り葵姫の前に座った。
「なんじゃ? 何か言いたいことでもあるのか?」
葵姫は紅之介に言った。よく考えるとこれが紅之介にかけた最初の言葉であった。紅之介は憤った心を落ち着かせながら言った。
「恐れながら。それはあまりにもひどい仕打ちかと存じます。」
「何じゃ! 私に意見しようというのか!」
葵姫は紅之介の前に来て、上から睨みつけた。だが紅之介はひるまなかった。
「はい。今回ばかりは申します。菊は、いえ、この屋敷の者は皆、姫様のことを大切に思っております。住み慣れた地を離れて、この地に来てお寂しいのはわかります。しかしこのようななされ様。御屋形様の御息女とも思えません。わがままが過ぎますぞ!」
紅之介はきっぱりと言った。その言葉に葵姫の目はさらに吊り上がった。険悪な空気が辺りに流れた。
「これ!姫様に向かって・・・」
千代はおろおろして止めようとしたが、紅之介は退く気はなかった。じっと葵姫の顔を見た。
「ただの地侍の分際で!」
葵姫は大きな声を上げた。しかし紅之介も負けていなかった。
「ご無礼は重々、承知しております。しかし御屋形様は今も敵と必死に戦っておられまするぞ。姫様がそのようなことでどうしますか! ご自分の身分をわきまえていただきたい!」
紅之介はさらに大きな声で言った。葵姫は紅之介を睨んでいたが、怒りのあまり声が出なかった。さらに紅之介は言った。
「できますれば、姫様は心穏やかに御屋形様のご武運をお祈りいただきますように。それが姫様の大事なお務めかと存じまする!」
紅之介は葵姫を睨み返した。その迫力に葵姫は圧倒されていた。
「もうよいわ!」
葵姫は苛立ちながら奥へ引っ込んでいった。千代は後から心配そうに追っていった。その光景を見ながら紅之介はため息をついた。
(言ってしまった・・・余計なことを・・・)
紅之介は少し後悔していた。葵姫の心の乱れには何か訳があるにも関わらず、それを思いやることをしなかった。ただ一方的に姫を咎めだて、わがままと断じて怒りに任せて言ってしまった。
「紅之介様・・・」
菊が心配そうに紅之介を見ていた。彼女は自分の不手際でこんなことのなってしまったと責任を感じているようだった。紅之介は「そうではない。」と菊に言いながら立ち上がった。
「心配いたすな。私が責めを負えばよいのだから。」
紅之介は穏やかに言った。
雨はまだ強く降り注いでいた。紅之介は警護を別の侍に代わってもらって母屋に出かけた。百雲斎に今日の出来事を報告するためだった。
(これでこのお役目から離れられる。)
紅之介はそう思いながら百雲斎の前に出た。強く叱責される、いや罰を受けるのは覚悟の上であった。
「頭領様。申し訳ありませぬ。姫様の気分を害してしまいました。それは・・・」
紅之介はことのあらましを百雲斎に告げた。しかし百雲斎は意外な反応をした。
「そうか。お前でも我慢ができなくなったか! はっはっは・・・」
百雲斎は豪快に笑っていた。それに対して(笑い事ではない!)と紅之介は思って、強い口調で百雲斎に言った。
「頭領様。笑い事ではございませぬ。これで私は姫様に嫌われました。どうぞ他の者をお役目にお付けください。」
「気にしておるのか? 女ならよくあることだ。すぐに忘れよう。お前にもわかるはずじゃ。紅之介は引き続き姫様にお仕えするのだ。なに、大丈夫だ。」
百雲斎はうなずきながら言った。今日の諍いのことなどまったく気にしていないようだった。
「はぁ・・・」
紅之介は答えたが、やはりこの役目は気乗りしなかった。しかし百雲斎からそう命じられては断るわけにはいかなかった。紅之介はこの役目を続けるためにまた雨の中、離れに戻っていった。
紅之介は意を決すると、
「失礼いたします!」
と部屋に入り葵姫の前に座った。
「なんじゃ? 何か言いたいことでもあるのか?」
葵姫は紅之介に言った。よく考えるとこれが紅之介にかけた最初の言葉であった。紅之介は憤った心を落ち着かせながら言った。
「恐れながら。それはあまりにもひどい仕打ちかと存じます。」
「何じゃ! 私に意見しようというのか!」
葵姫は紅之介の前に来て、上から睨みつけた。だが紅之介はひるまなかった。
「はい。今回ばかりは申します。菊は、いえ、この屋敷の者は皆、姫様のことを大切に思っております。住み慣れた地を離れて、この地に来てお寂しいのはわかります。しかしこのようななされ様。御屋形様の御息女とも思えません。わがままが過ぎますぞ!」
紅之介はきっぱりと言った。その言葉に葵姫の目はさらに吊り上がった。険悪な空気が辺りに流れた。
「これ!姫様に向かって・・・」
千代はおろおろして止めようとしたが、紅之介は退く気はなかった。じっと葵姫の顔を見た。
「ただの地侍の分際で!」
葵姫は大きな声を上げた。しかし紅之介も負けていなかった。
「ご無礼は重々、承知しております。しかし御屋形様は今も敵と必死に戦っておられまするぞ。姫様がそのようなことでどうしますか! ご自分の身分をわきまえていただきたい!」
紅之介はさらに大きな声で言った。葵姫は紅之介を睨んでいたが、怒りのあまり声が出なかった。さらに紅之介は言った。
「できますれば、姫様は心穏やかに御屋形様のご武運をお祈りいただきますように。それが姫様の大事なお務めかと存じまする!」
紅之介は葵姫を睨み返した。その迫力に葵姫は圧倒されていた。
「もうよいわ!」
葵姫は苛立ちながら奥へ引っ込んでいった。千代は後から心配そうに追っていった。その光景を見ながら紅之介はため息をついた。
(言ってしまった・・・余計なことを・・・)
紅之介は少し後悔していた。葵姫の心の乱れには何か訳があるにも関わらず、それを思いやることをしなかった。ただ一方的に姫を咎めだて、わがままと断じて怒りに任せて言ってしまった。
「紅之介様・・・」
菊が心配そうに紅之介を見ていた。彼女は自分の不手際でこんなことのなってしまったと責任を感じているようだった。紅之介は「そうではない。」と菊に言いながら立ち上がった。
「心配いたすな。私が責めを負えばよいのだから。」
紅之介は穏やかに言った。
雨はまだ強く降り注いでいた。紅之介は警護を別の侍に代わってもらって母屋に出かけた。百雲斎に今日の出来事を報告するためだった。
(これでこのお役目から離れられる。)
紅之介はそう思いながら百雲斎の前に出た。強く叱責される、いや罰を受けるのは覚悟の上であった。
「頭領様。申し訳ありませぬ。姫様の気分を害してしまいました。それは・・・」
紅之介はことのあらましを百雲斎に告げた。しかし百雲斎は意外な反応をした。
「そうか。お前でも我慢ができなくなったか! はっはっは・・・」
百雲斎は豪快に笑っていた。それに対して(笑い事ではない!)と紅之介は思って、強い口調で百雲斎に言った。
「頭領様。笑い事ではございませぬ。これで私は姫様に嫌われました。どうぞ他の者をお役目にお付けください。」
「気にしておるのか? 女ならよくあることだ。すぐに忘れよう。お前にもわかるはずじゃ。紅之介は引き続き姫様にお仕えするのだ。なに、大丈夫だ。」
百雲斎はうなずきながら言った。今日の諍いのことなどまったく気にしていないようだった。
「はぁ・・・」
紅之介は答えたが、やはりこの役目は気乗りしなかった。しかし百雲斎からそう命じられては断るわけにはいかなかった。紅之介はこの役目を続けるためにまた雨の中、離れに戻っていった。
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