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鞍馬の神修
陸
しおりを挟む一学期に鞍馬の神修の皆が私たちの神修へ来た時、部活動に入っている学生は一緒に稽古したり練習試合を設けて交流を深めた。
今回も同じように鞍馬の神修の各部活動は、練習に私達を受け入れてくれることになっている。私や聖仁さん、盛福ちゃんは鞍馬の神修の神楽部に参加することになった。
神楽部に参加するということはつまり。
「何であなたがいるんですか」
入るなり、というか半歩入った瞬間私の前に立ち塞がったのは長い黒髪が綺麗な切れ長の目の美人な女の子。
「お、お久しぶりです……鬼子ちゃん」
あまりの迫力に思わず敬語になる。
中等部三年の鬼子ちゃんは鬼市くんと同じ八瀬童子一族の鬼の妖だ。
「まさかあなた、鬼市さんを誑かすためにここまで来たんですか?」
「ち、違うよ! 異文化理解学習だから!」
「どうだか」
はん、と鼻を鳴らした鬼子ちゃんは鋭い眼光を私に向けると黒髪を靡かせて友達の所へ歩いていった。胸に手を当てて「はぁー」とひとつ深い息を吐く。
初めて会った一学期から、鬼子ちゃんは私を目の敵にしている。
「相変わらずキョーレツだな、あの鬼っ娘」
はぇー、と目を丸くした瑞祥さんが私の隣に並ぶ。
「婚約者を横取りされたんだから、そりゃ目の敵にするよねぇ」
盛福ちゃんがその隣に並んでそう続けたので目を剥いて反論する。
「とってないよ……! 完全に勘違いだから!」
「分かってるよぅ。巫寿ちゃん可愛いもんね、鬼子ちゃんの婚約者くんが勝手に巫寿ちゃんに惚れたんでしょ?」
間違ってはいないけれどそうだとも言い難い内容に顔を赤くして俯く。
聞いた話では鬼市くんと鬼子ちゃんは少し前まで婚約関係だったらしい。妖一族は早い段階から婚約者がいることが当たり前なのだとか。二人の場合は、親同士が酒の席で冗談交じりに交わした口約束程度のものだった。
事態が変わったのは去年の冬頃、鬼市くんが突然「お前と結婚はできない」と申し出たらしい。理由は「好きな子ができたから」。
それが、なんと────私らしい。
そして鬼市くんに婚約破棄されたのは私が理由だと思った鬼子ちゃん。実際のところは今年の春に赤狐族から鬼子ちゃんに婚約の申し入れがあって、それが婚約破棄の大部分を閉めている理由らしいけれど。
初対面の場で「貧相なちんちくりん」と言われた衝撃は今でも忘れられない。
『鬼市さんはあなたには相応しくありません。あなたが鬼市さんの婚約者だなんて笑止千万。身の程をわきまえてください』
そしてなぜか鬼子ちゃんのなかで婚約者に位置づけられた私は、それ以降突き刺さるような視線を浴び続ける日々が続いた。
一学期中は色々あって誤解を解くチャンスがなかったけれど、二学期こそは鬼子ちゃんの誤解を何としても解きたい。
「ああ、あともうひとつ」
鬼子ちゃんが遠くからこちらを睨んだ。
「ここは妖たちの領域です。くれぐれもでしゃばないように。"椎名さん"」
私の苗字が呼ばれたことで賑やかだった稽古場が水を打ったように静まり返った。愕然としたみんなの視線が痛い。
思い返せば、一学期も鬼子ちゃんに苗字を呼ばれた瞬間皆は衝撃を受けたような顔をしていた。
ぎこちなく動き始めた皆。私は瑞祥さんにすすすと歩み寄る。
「あの、瑞祥さん?」
「どうした? 巫寿」
下の名前を呼んだ瑞祥さん。その事にちょっと安心する。
「苗字で名前を呼ぶことって、何か特別な意味があるんですか?」
瑞祥さんは「あー……」と苦い笑いを浮かべて頬をかいた。
「この界隈じゃ、とにかく他人を下の名前で呼ぶことが大事なんだよ。名前を呼ぶことで相手を言祝ぎを高める手伝いもできるからな。だから苗字で名前を呼ぶって言うのは、マナー違反なんだ」
「えっと、つまり?」
「あー……だからマナー違反をしてでも名前を呼びたくない相手、遠回しに"お前のことが大嫌いだ、お前が呪われようと知ったことか"って言ってんだよ」
絶句した。嫌われていることは伝わっていたけれど、まさかそこまで徹底的に嫌われていたなんて。
"お前のことが大嫌いだ、お前が呪われようと知ったことか。"────か。
和解への道のりは遠いどころか、視野にすら入らない果てしない先にあるようだ。
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