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雨と傘と

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禰宜とは何かを話したような気もするけれど何と答えたのかはあまり覚えていない。

気がつけば社務所を出て、雨の降る中寮へ続く階段を登っていた。

えっと、部屋に戻ったらまず宿題して。今日の稽古で注意されたところもノートにまとめなきゃ。瑞祥さんが稽古の動画を撮影してたから、それも貰いに行って。昨日と同じところを注意されたからそこの練習もして。

いつご飯食べよう。雨にも濡れたしお風呂入らなきゃ。でも食堂行きたくないな。お風呂場も洗面所も誰かいるだろうし。

鉛がついたみたいに体が重い。風邪を引いてしまうし、早く部屋に戻らないといけないのに思うように体が進まない。

 明かりのついた寮を見上げた。顔中に大粒の雨が降りかかる。

気が付けば寮に背を向けて、階段を駆け下りていた。



まねきの社の庭園まで歩いてきた。雨が降っているおかげで人気はない。近くにあった松の木の根元に座って、膝に顔を埋めた。

気にするな、と言われて「うん、そうだね。気にしない」と気持ちを切り替えれる性格ならどれほど良かったか。

廊下を歩けば聞こえてくる嘲笑、広間でご飯を食べていれば耳に入る悪意に満ちた噂話。

聞こえないふりなんてできるわけが無い。考えないようになんて、気にしないようになんてできるわけがない。

前例のない飛び級合格、それもこの世界に来て一年しか立っていないこの私が。

私ですら未だにどうして一級を貰えたのかは分からないくらいなんだから、皆が不正やコネを疑うのは無理もない。

だから、信じてもらえないなら認めてもらえるように頑張ろうと思った。そのために寝る間も惜しんで努力したし、できる限りのことを精一杯頑張った。

それでも皆が私を見る目は変わらなかった。どれだけ努力しても無駄だった。


どうしてこうなってしまったんだろう? 私は何か間違ったことをしたんだろうか。悪いことをしたんだろうか。

昇階位試験で私を直階一級にしたのは本庁で、神話舞に選んだのは喧鵲禰宜だ。ズルも不正もコネもない。その時に私ができる最大限のことをしただけだ。

じゃあ私はどうすればいいの? 皆は私がどうなれば嘲笑って無視して、後ろ指を指すのを止めてくれる?

神話舞を降りれば納得する? 私から直階一級を取り上げてくださいと本庁にお願いすれば納得する?

そうしたら、前みたいに笑ってくれる?


もう嫌だ、辛い。苦しい。

無視される毎日は悲しい。嘲笑する声に心が削られる。何より誰もが私を疑うように見る目に晒され続ける日々は、息ができなかった。

冷たい雨粒が私の顔を濡らした。時折熱い雫が頬を流れる。そのまま全部流してくれるから今の私にはちょうど良かった。


その時、濡れた地面を走る足音が小さく聞こえた。

すぐに遠くなっていくだろうと思ったその足音はむしろどんどん近付いてくる気がする。

幹の影に隠れるように身を縮めたその時、足音は私から少し離れたところで止まった。傘が雨粒を弾く音が聞こえる。

恐る恐る顔を上げて目を瞠る。



「……頭おかしいのかお前。風邪ひくぞ」



目が合うと同時に吐かれた悪態。でもいつもみたいにキレはなくて、どちらかと言うと声色は優しい。

ザァッと雨足が強まってギュッと眉間に皺を寄せて空を見上げると、幹を挟んだ反対側の木の下に入ってきた。

不機嫌そうな顔で傘を閉じる。


「恵衣くん……なんで」

「お前すぐに戻る気はないんだろ。だったらこれ一本しかないんだから一緒に戻るしかないだろうが。俺に濡れて戻れとでも言いたいのか?」


そうじゃなくて、と言う声は涙で湿る。

どうして来てくれたの? どうしてここが分かったの?

なんで、無視せず一緒にいてくれるの。


「お前さ、もうちょっと場所考えろよ。寒い」

「ごめ……」


いい切る前に頭からばさりと布をかけられた。

松葉色の硬い布地が頬にあたり、柔軟剤の優しい匂いがふわりと香る。


これ、恵衣くんの制服……?


「ガタガタ震えてる奴見てる方が寒い」


ぶっきらぼうな物言いなのに、冷えた心にじわりと沁みる。

頭にかけられたブレザーを握りしめたその瞬間、ボタボタと大粒の涙が溢れた。嗚咽が漏れそうになって必死に膝に顔を押し付ける。

強まる雨の音と松葉色のブレザーが、それを隠してくれているみたいだった。


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