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雨と傘と

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その日を境に、またみんなの関心は私に向くようになった。

明らかに事実無根の噂まで出回り始めて、怒った嘉正くんたちが薫先生に相談しようと提案してくれた。

けれど事の発端である「私が直階一級を取ったこと」は動かぬ事実で、薫先生に相談したところで皆が認めてくれなければどうにもならない。

それに薫先生は一学期の報告祭の日にこう言っていた。


"これから結構キツいと思う。どうしようもなくなる前に、俺でもクラスメイトでもお兄ちゃんでも、誰でもいいから頼って"


恐らく薫先生はこうなることが分かっていたんじゃないだろうか。

そして今の状況になった時に、どうにもすることが出来ないから周りを頼るように言ったんだろう。

幸いなことに、ゴールデンウィーク前の頃の方がもっと状況は酷かったので、前みたいに体調を崩すことはなかった。それに連日の神話舞の稽古や誉さんとの授力の稽古で忙しかったおかげで他のことを考える余裕もなかった。

自分の力じゃどうにもできないなら、みんなに認めて貰えるように頑張ればいい。

神話舞だって私の実力を評価してくれたから選ばれたんだって、みんながそう思ってくれるように。



「瑞祥さん、ここの振り付けの所見てもらえますか?」

「お? やる気満々だな巫寿!」


皆から認めて貰えるように。


「聖仁さん、今日のお昼からお時間ありますか? 昨日の稽古で注意された所、直ってるかどうか見てほしくて」

「それは全然構わないんだけど……休みの日は身体を休めるのも大事だよ」


私が努力すれば。


「巫寿は今日も自主練?」

「なんだよ~。たまには亀釣りに行こうぜ」

「巫寿ちゃん大丈夫? 無理してない?」


努力して、努力して、努力して。

そうすればきっと皆から認められる。そしたらきっと前みたいに戻れる。

大丈夫、頑張れば。私が頑張れば。

 

「────……い。おい、巫寿。巫寿ッ!」


強く肩を揺すられてハッと我に返った。

目の前には恵衣くんが立っていて相変わらずの仏頂面で私を見下ろしている。


あれ、なんで恵衣くんが? 私何してたんだっけ。ああ、そうだ。今日は楽人の部との神話舞の合同稽古だった。稽古中にぼんやりするなんてダメだな私。


喧鵲けんじゃく禰宜が呼んでる。さっさと行け」

「え……? あれ、稽古は」


何言ってんだこいつ、とでも言いたげに眉を寄せた恵衣くん。

キョロキョロと当たりを見回せば、稽古後の後片付けが始まっていた。


「禰宜を待たせるな」

「あ……うん」


ひとつ頷いて禰宜の姿を探すと、出入口のそばで巫女頭と話しているのを見付けた。

小走りで駆け寄ると空気を読んだのか巫女頭が一つ頭を下げて立ち去る。


「お疲れ、巫寿さん。ちょっと話したいことがあるから社務所まで来てもらっていいか」


話したいこと?

もしかして稽古中にぼんやりしていたことに対するお説教だろうか。

咄嗟にそんなことを考える。それが分かりやすく顔に出ていたようで「説教ではないから安心しなさい」と笑われてしまった。

神楽殿の外に出ると外はどんよりと曇っていて細い雨が降っていた。禰宜と小走りで社務所へ駆け込む。案内されたのは社務所二回の狭い会議室だった。

巫女助勤の若い神職さまがお茶とタオルを持ってきてくれた。ありがたく頂戴して濡れた肩にそれをかける。


「朝から曇ってたけど、やっぱり降り始めたな」

「え……? あ、はい」


朝、どんな天気だったっけ。

記憶を辿ってみるけれど何一つ思い出せず曖昧な返事を返した。


「あの、それで……」


恐る恐るそう尋ねると、喧鵲禰宜は「ああ、うん」と少し言いづらそうに言葉を濁す。

ふう、と一つ息を吐いた禰宜は先程お茶を持って来た巫女助勤が一緒に持ってきたクリアファイルを手に取ると、中から茶封筒を引き抜いて私の前に滑らした。


「まねきの社の、社務所の郵便受けに投函されていたものだ」

「私が見てもいいんですか……?」


禰宜が険しい顔で頷く。

茶封筒を手に取った。宛名も送り主の名前もない。封はすでに切られている。社務所宛に届いたものだから、すでに神職さまが中身を確認したんだろう。

封筒の中には三つ折された白い紙が一枚入っていた。紙を広げて中身を検める。

乱雑な文字で書かれたその内容に目を見張った。

"椎名巫寿は不正している。
神話舞に相応しくない。
すぐに役から降ろすべきだ。

有志一同"

たった三行、でも悪意を感じるには十分すぎる内容だった。

紙を持つ手が震える。心が凍り付いていくのが分かった。心臓が耳の横にあるみたいにばくばく煩くて、息の仕方を忘れたみたいに胸が苦しくなる。


「数日前から似た内容の手紙が何通か投函されている」


何通か、と言い濁したのは恐らく禰宜の優しさなんだろう。


「巫寿さんを神話舞に選んだのは私だ。もちろん君の実力を評価して声をかけた。不正なんてものがない事はこの私が一番よく分かっている」


禰宜の声が遠くに聞こえる。


「こんな投書なんて神職一同誰も相手にしていない。ただこういう事実があった以上、巫寿さんから話を聞いておきたくてな」


禰宜が少し困ったように笑う。


「私生活で何か困っていることはないか?」


テレビをぼんやり見ているような気分だった。


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