上 下
162 / 208
雨と傘と

しおりを挟む


「おっ、今年も選ばれたか問題児。最終日までぶっ倒れんなよ~」


若い神職さまにそう声をかけられた。本日で十三人目となるその人に「あはは」と愛想笑いをうかべる。

自分は違うと思っていたけれど、いつの間にか私までも問題児認定されていたことへのショックが隠せない。

三馬鹿と言われた時の来光くんはこんな気持ちなんだろうか。


「ガハハッ、そうへこむなよ巫寿!」

「そうそう。それだけ色んな神職さまに目をかけてもらえてるってことだし」


先輩たちが私の肩を叩く。ガックリと項垂れた。

目をかける、と言うよりも要注意人物として警戒されているの間違いじゃないだろうか。


「ほら、そろそろ始まるよ」


そう言われてひとつ頷く。気を取り直して姿勢を正した。

これから今年の開門祭かいもんさいで奉納する神話舞の顔合わせだ。

放課後、富宇先生に呼ばれた私たち三人は去年と同様に神話舞の出演を打診された。去年は初日に事件が起きたせいで出演できず悔しい思いをしたので、二つ返事で引き受けた。

早速顔合わせがあって訪れた神楽殿で、その事件のことを知っている神職さまたちから「今年は事件に首を突っ込むなよ」やら「今年は最後まで気を失うなよ」やらとからかわれた。

もちろん去年一年で散々説教を食らって拳骨を頂戴してきたんだから私だって学んでいる。

もう二度とあんな無茶はしない。


去年同様参加メンバーが一人ずつ挨拶をして、まねきの社の権宮司が概要の説明を始める。

配られたプリントに目を通しながらメンバーを見渡す。去年とあまり顔ぶれは変わっておらず、また始まるんだなと実感した。

顔合わせは成功祈願の神事で締められた。去年仲良くなった神職さまに挨拶をしてから三人で寮へ戻る。

去年はやり遂げれなかったんだ。今年こそは最後まで完走したい。

頑張るぞ、と両頬を叩いて気合を入れた。


寮へ戻るとまだ夕飯時には少し早かった。時間まで広間で待ってようか、と聖仁さんに提案されて中へはいると賑やかな笑い声が聞こえた。


「何か楽しそうな声がするね」

「初等部の子達か~?」


顔をのぞかせると広間の真ん中辺りで、初等部の子供たちのジャングルジム代わりになっている信乃くんの姿があった。

傍には嘉正くん達もいる。


「おいお前ら、よじ登るないうとるやろ~。俺お前らと遊ぶために来たんとちゃうで」

「いやだー!」

「あそぶの!」


子供たちが次々と信乃くんの体をよじ登る。からからと笑った信乃くんは仕方なく子供たちの相手をしていた。


「お、信田妻一族の次期頭領だ。さすが面倒みいいね」

「妖狐の一族は子供が多いっていうもんな」


へぇ、と目を丸くする。

信乃くんって次期頭領だったんだ。確かに自己紹介の時から兄貴肌のような雰囲気はあったし、頼りになるお兄ちゃんっぽい。

次期頭領と言われても納得だ。


「なぁ信乃、お前はこん中だったらどれが一番好き~?」

「俺は一番右だな」

「僕は断然左」


子供たちが戯れている隣で、テーブルに何かを広げて頭を突合せていた慶賀くんたちがそう話す。

何の話だろう?

そっと歩みよって声をかけた。


「何の話してるの?」


そう言いながらみんなの中心に置かれていた雑誌に目を落とす。

一番にピンク色のビキニを着た若いお姉さんが目に飛び込んできて「え?」と声を上げた。


そこからのみんなの動きは無駄がないほど素早かった。

ゴキブリでも潰す勢いでその雑誌を閉じた慶賀くんが泰紀くんに向かって放り投げた。キャッチした泰紀くんは隣に座る来光くんの前合わせを引っ張り懐にそれを突っ込む。

突っ込まれた来光くんは「何でだよ!」と激しく突っ込んだあとあわあわしてから背を丸めた。


「違うんだよ巫寿ちゃん! これは嘉正の私物で!」

「はっ倒すよ」


離れたところで傍観していた嘉正くんが間髪入れずにそう言ってにっこり笑う。

ヒッと息を飲んだ来光くんは隣の泰紀くんと抱き合った。


「アハハッ、別に男子高校生がエロい姉ちゃんが載ってる雑誌の一つや二つ持っててもおかしないて」


子供たちを腕にぶら下がらせながら信乃くんがそう笑う。

「雑誌ー?」「ぼくもみたーい!」と騒ぐ子供たちを「お前らはまだ早いわ」と宥めて歩み寄ってくる。

来光くんの懐からその雑誌を取り上げて、「俺はこのケツでかい子やなぁ」なんて感想を言う。

前言撤回だ、頼りになる兄貴肌なんて言っちゃダメな人だった。


「子供たちの教育に良くないから、そういうのは隠れて部屋で見なさい。バカタレ」


聖仁さんが呆れた顔でそう言った。

そして「おわっすげぇ!」と感嘆の声を上げながら中身を見聞する瑞祥さんに拳骨を落とした。


「それで、まさかこんな公衆の面前でずっとそんな雑誌読んでたわけじゃないよね?」


聖仁さんの問いかけに三人は赤べこのように首を振った。

そしてテーブルの隅に寄せられていた「第1回1学期奉納祭攻略作戦会議」と書かれたA4の紙を慶賀くんが掲げる。


「奉納祭に向けて作戦会議してたんだよ! これはガチ! 信じて巫寿!」


あまりにも必死な形相で私を見るので思わず苦笑いだ。


「もう奉納祭のこと話し合ってるの? ちょっと早くない?」

「確かに毎年奉納祭終わったあたりからだけど、俺ら去年は参加できなかったからさぁ。今年は全種目で一位かっさらうために早めに準備してんの!」


なるほどね、と聖仁さんが頷く。

奉納祭というとその学期の学習成果を発表する学校行事で、年に二回一学期の終わりの二学期の終わりに行われる。感覚としては体育祭や文化祭に近い。

去年は開門祭の日に起きた事件のせいで大ダメージをくらった私たちは一学期の後半をずっとベッドの上で過ごすことになったせいで奉納祭には参加出来なかった。

だからうちのクラスからは参加したのは恵衣くんだけで、恵衣くんはかなり大健闘したらしいけれど他が全て棄権だったので惨敗したらしい。


「今年は怪力の鬼市がいるから力技系の種目は圧勝できるだろうし、信乃とろうの妖火も汎用性が高いからな」

「巫寿の授力で全員のステータスも底上げもできるから、持久戦だけ人選誤らなければなかなかいい線いくと思うぜ」


ふむふむと頷きながら話す慶賀くんと泰紀くん。

聖仁さんはそんなふたりに苦笑いを浮べる。


「お前ら、そういうこと考える時だけは賢い会話するね」


ふふん、とふたりが自慢げに胸を張る。

褒められてはないんだけどな。


「そういえば……私、奉納祭は二学期しか出たことがないんだけど、一学期の奉納祭は具体的にどんなことをするんだっけ?」

「よくぞ聞いた巫寿!」


パチンと指を鳴らして私を指さした慶賀くんがニヤリと笑って立ち上がる。

ダンッとテーブルに片足をついてトンと胸を張った。


「一学期奉納祭のと言えばこの俺、志々尾慶賀! 神修のお祭り男と呼んでくれ!」

「お行儀悪いから足下ろしなさい」


聖仁さんの冷静なツッコミに胸を張ったまま足だけ下ろした。

なるほど、慶賀くんって体育祭で張り切る系の男子だったんだ。


「そもそも奉納祭は、学期ごとに趣向が違うってのは知ってるよな!」

「うん。一学期が詞表現実習で習ったこととか運動系ので成果発表で、二学期が雅楽とか舞の文化系の発表なんだよね?」


初めて奉納祭の存在を教えてもらった時に、一学期が体育祭で二学期が文化祭みたいな感じなんだなと思ったのをよく覚えている。

二学期の奉納祭はクラスや部活動ごとの発表もあって、中学の時の文化祭とよく似ていた。


「そ! 巫寿が言う通り、一学期の奉納祭は体を使って競い合う競技がメインなわけ! 例えば鎮火祝詞ひしずめのりとで怪火の鎮火スピードを競い合ったり、文鳥を目的地までどれだけ正確に早く飛ばせるか競い合ったり!」


普通の体育祭では絶対に聞かないような種目にへぇと目を丸くした。


「でもやっぱりメインは後頭部の全生徒が出る模擬修祓もぎしゅばつだな!」

「あれは毎年盛り上がるよなぁ」


模擬修祓?と聞き返す。

よくぞ聞いてくれましたとばかりに慶賀くんがまた立ち上がって嬉々として教えてくれた。

模擬修祓とは名前の通り実践を想定した修祓のことで、神修の教員によってフィールド上に用意された残穢や呪いを習った知識で祓っていく個人競技らしい。


「でもそれって一年生は不利なんじゃない? 知らない祝詞もあるだろうし」

「この競技は正確性が一番重要視されるんだよ。だからただ難しい祝詞を奏上して強い呪いを祓ったところで加点にはならないし、習ったことさえちゃんと出来ていれば一年でも優勝できるんだぜ」


なるほど、よく考えられた競技だ。それなら学年が違っても不平等にはならない。

ちなみに去年の優勝は聖仁さんで、二位が恵くん衣だったらしい。納得だ。


 「今年こそは根こそぎ一位かっさらって、絶対優勝するぞ! お前ら、寝る間も惜しんで練習だ!」

「おおー!」


盛り上がる男子勢にやや置いてけぼりになる。

そんなに奉納祭にかけてるんだ……。


「盛り上がってるなぁ。まぁ優勝したら金一封あるしね」


暖かい目で見守る聖仁さんに「金一封ですか?」と聞き返す。


「そ、金一封。優勝したクラスには色んな特典があるんだよ。例えば夕飯の献立をなんでもリクエストしていい権利とか、朝拝一週間免除とか」


それを聞いて納得だ。だからあんなに必死なんだ。確かにどれも魅力的な特典だもんね。

それから過去の奉納祭の話になって、慶賀くんが熱中しすぎて袴のおしりが裂けているのに最後まで気が付かなかった話が始まる。

就寝時間になるまで、みんなでゲラゲラ笑い転げた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

後宮の右筆妃

つくも茄子
キャラ文芸
異母姉の入内に伴って「侍女」として後宮入りした杏樹。巽家の三女に生まれた杏樹は炎永国において珍しい赤い髪と翡翠の目を持っていた。杏樹が姉についてきた理由は婚約者をもう一人の異母姉に寝取られたためであった。皇帝には既に数多の妃と大勢に子供がいるが、何故か皇后と皇太子がいない。そのため後宮では日夜女達の争いが勃発していた。しかも女官の変死が相次いでいるという物騒な状況。ある日、書庫で褐色の肌に瑠璃色の目をした失礼な少年と出会った。少年と交友関係を築いていくうちに後宮の事件に巻き込まれていく。杏樹の身を守る措置として彼女には「才人」の位が与えられた。遥か昔に廃止された位を皇帝はわざわざ復活させたのだ。妃でもあり、女官でもある地位。なのに四夫人の次の位に位置付けられ「正二品」となった。杏樹は夜伽をすることが無かったが、周囲から寵妃と思われていた。皇帝は杏樹に多大な権利を与えてゆく中、朝廷と後宮はめまぐるしく動くいていく。

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

母獣列島

櫃間 武士
キャラ文芸
 瀬戸内海の離島、女岩島で父親から虐待を受けていた少年、藤原育人は人ならざるものから生まれた魔少年であった。  育人に触れられた女性は瞬時に常軌を逸した母性愛を抱き、育人のためなら死をも辞さない母獣と化す。  育人はその能力を使って島中の女性を下僕にし、父や周囲の男を殺害して島を征服する。  やがて育人の行動は、日本中を巻き込んだ女性対男性の戦いへと発展してゆく。  シナリオ形式です。

後宮の系譜

つくも茄子
キャラ文芸
故内大臣の姫君。 御年十八歳の姫は何故か五節の舞姫に選ばれ、その舞を気に入った帝から内裏への出仕を命じられた。 妃ではなく、尚侍として。 最高位とはいえ、女官。 ただし、帝の寵愛を得る可能性の高い地位。 さまざまな思惑が渦巻く後宮を舞台に女たちの争いが今、始まろうとしていた。

処理中です...