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異文化理解学習

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「さぁて、あとはこれどうするかだね」


授業の終わりを知らせる鐘が鳴った後、薫先生は鬼市くんがすっぽ抜いた松の木を見下ろして唸り声を上げた。

言わんこっちゃない……。

鬼市くんが薫先生の隣に並ぶ。


「俺、植えましょうか?」

「ホント? できる?」

「はい、元はと言えば俺がやった事なんで。最後に土だけちゃんと戻せば何とか」


パチンと指を鳴らした薫先生が「それで行こう。証拠隠滅だ」と不敵に笑う。

証拠隠滅って。


「えっと、今日の日直さん誰だっけ?」

「あ、私です」

「そうだ巫寿だ。悪いけど土戻すの手伝ってもらっていい?」


はい、と頷き松の木を持ち上げる鬼市くんに駆け寄った。


「薫先生ってなかなかめちゃくちゃだな」

「あはは……」


薫先生と三人で何とか松の木を元に戻し、教室へもどる廊下を歩きながら鬼市くんがそう言った。

会ってまだ数日しか経っていないのにめちゃくちゃ認定されるなんてどうかと思う。間違いではないけれど。

思い返せば入学初日に「経験を積ませるため」と称して任務に連れていかれたり「荒療治」と言って牛鬼に私たちを襲わせたり、とでもないことばかりされてきた。

今がこんな感じじゃ、学生時代なんてもっと酷かったんじゃないだろうか。


「鬼市くんの担任の先生はどんな人なの?」

「かなり変わってる人だな。そういう意味じゃ薫先生と似てるかも」

「お互い苦労するね……」

「だな」


顔を見合せてクスッと笑う。

そんな風に談笑しながら校舎の中へはいると、あちこちからチラチラとこちらを伺う視線が向けられた。


「ね、あの話ほんと?」

「神楽部の子から聞いたからホントだって」

「同級生だけじゃなくて他校の男の子にまでたらしこんでるって事じゃん」

「しかも婚約者を蹴落としたらしいよ」


潜めるつもりのないひそひそ話が耳に届き顔を強ばらせた。

どくん、と嫌な感じに鼓動が速くなる。

鬼子ちゃんに話しかけられたあとまた変な噂になりそうだなとは思ったけれど、案の定尾ひれだけじゃなく背ひれまで付いて広まっている。

特に女子生徒からの視線が前よりも厳しくなった気がした。

鬼市くんが何か話しかけてくれているのにどんどん頭は重くなってつま先を見つめる。笑っている頬が引き攣る。その時。


「お前ら何なの」


鬼市くんのそんな声がして「え?」と顔を上げる。隣を歩いていたはずの鬼市くんがいない。

慌てて振り返ると私の噂話をしていた中等部の女の子達の前で足を止めていた。


「ひそひそ聞こえてすげぇ感じ悪い。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ」


眉間に皺を寄せた鬼市くん。無表情なのと背が高いのも相まって迫力がある。

中等部の女の子たちは怯えたように身を寄せあって、困惑気味に視線を逸らす。


「こっちの神修では"言祝ぎを口にしろ"って習わないのか」


慌てて駆け寄って鬼市くんの腕を引く。


「鬼市くん、いいから……」


険しい顔をした鬼市くんが私を見下ろす。


「次の授業始まるから……もう行こう」


もう一度手を引くと、女の子たちはその隙にパタパタと走っていく。

その背中を睨むように見た鬼市くん。


「何あれ。どういうこと」

「あの、気にしないで。仕方ないことだから」


苦笑いで頬をかく。


「仕方ない? 何だよそれ。気にするに決まってるだろ。あれどう見ても巫寿に向かって言った言葉だよな。婚約者ってことは、また鬼子か?」

「違うの。その……説明しにくいんだけど今ちょっと問題があって、微妙な立場っていうか」


いっそう顔を険しくした鬼市くんが私に一歩詰め寄る。俯きかけたその時、次の授業の開始を知らせる鐘が鳴り響いた。

とりあえず教室戻ろう、と声をかけると鬼市くんは渋々頷く。

少し心配そうな目で私を見て、教室に向かって走り出した。




その日の放課後、神楽部顧問の富宇先生に呼ばれていた私はいそいそとカバンに教科書をしまっていると鬼市くんに声をかけられた。


「巫寿、ちょっといいか」


聞きたいことがあるんだけど、と続けた鬼市くんは教室の外を指さす。

間違いなく詞表現実習のあとのことを聞きたいんだろう。あんな場面を見せておいて何も話さない訳にはいかないか……。

「うん」とひとつ頷いて教室の外に出ようとしたその時。

ガラッと教室の外から扉が開いて恵衣くんが現れた。さっき薫先生の手伝いでプリントを職員室に届けに行っていたので、ちょうど今帰ってきた所なんだろう。

恵衣くんは揃って外に出ようとしていた私たちを見た。


「恵衣、だっけ。そこ通りたいんだけど」


鬼市くんが相変わらずの無表情でそう言う。そんな鬼市くんはスルーして場所を開ける訳でもなく私を見る。


「おい。あんな噂が立ってるのに、よくもまぁ安易に男とふたりになろうと思えるな」


カッと耳が熱くなる。


「べ、別に鬼市くんとはただ少し話をしようとしただけで」

「それが安直な考えだと言ってるんだ。馬鹿なのかお前は」


う、と言葉につまる。

確かに恵衣くんの言う通り皆が私の動向をちらちらと気にしている今、男の子と二人きりになっている場面を誰かに見られたらまた変な噂が立つかもしれない。

でもそれにしたって言い方が悪い。

唇を尖らせて眉間に皺を寄せると、眉を釣りあげた恵衣くんに睨まれた。ろくな反論も出来ずに縮こまる。

その時、二の腕を引かれたかと思うと鬼市くんが背中に私を隠した。目を丸くして顔を上げる。


「おい恵衣。気になるからって巫寿にちょっかい出すのやめろ。流石に目に余る」

「は……はぁ!?」


恵衣くんが見たことの無いような顔をして聞いた事のない声を上げた。

目をかっぴらいて顔を真っ赤にしてわなわな震えている。


「俺が、そんなこと……ッ」

「してるから今こうして止めてんだろ」

「うるさいッ!」


あの冷静沈着でどんな時もクールな毒舌恵衣くんが手の上で転がされている。

すごい、と思わず尊敬の眼差しを鬼市くんに向ける。それが恵衣くんは気に入らなかったのか大きな舌打ちをした。


「じゃ、関係ない奴は黙ってて」


そう言って恵衣くんの肩を押し退けた鬼市くんは私の手首を掴むとつかつか歩いていく。振り返ると恵衣くんが険しい顔でこちらを見ていた。

ちょっと後が怖い……。


その後鬼市くんに問い詰められて、自分が今どんな立場にいるのかを洗いざらい話した。表情には出ないけれど声からとても心配してくれているんだと分かった。

「噂話してるやつ片っ端から土に植えようか?」と冗談まで言って私まで元気づけてくれたくらいだ。

冗談……冗談だよね?

職員室へ向かう道中で首を傾げていると、廊下の反対側から歩いてくる聖仁さんと瑞祥さんが見えた。

「おーい巫寿!」と手を振られて小さく頭を下げる。小走りで駆け寄ると「相変わらず可愛いなコノヤロウ!」と瑞祥さんに抱きしめられた。


「瑞祥止めなさい。巫寿ちゃんにヘッドロック決めないの」

「ヘッドロックってなんだよ! どうみても後輩可愛がってんだろ!」


相変わらず仲が良い二人に頬を弛める。


「おふたりも職員室に用事ですか?」

「おう! 富宇先生に呼ばれてな!」

「えっ、私も富宇先生に呼ばれたんです」

「そうなのか? 巫寿がいるってことは説教ではないってことか!」


ふー、と息を吐いた瑞祥さんに苦笑いを浮べる。ここに来るまで説教されるかもしれないと疑うくらいには心当たりがあるんだ。

そんな瑞祥さんき聖仁さんがからからと笑った。


「まぁこの時期に富宇先生からの呼び出しと言ったら────」



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