上 下
160 / 181
異文化理解学習

しおりを挟む


『────アハハハッ! それ間違いなく巫寿に嫉妬してんじゃん!』

「笑い事じゃないよ恵理ちゃん……!」

『はぁー、私の知らない間にそんな面白いことになってたなんて!』


その日の夜、夕飯とお風呂を済ませた私はすぐに恵理ちゃんに電話した。話を聞くなりブハッと吹き出した親友はおそらくお腹を抱えて転げ回っている。

笑い事じゃないのに……。


「あの後鬼市くんにも謝られて余計気まずかったんだから……」


夕飯の時の出来事を思い出す。

いつも通り大広間の隅っこで皆と夕飯を食べていると、お膳をもった鬼市くんたちが私たちの元へやってきた。

鬼市くんの後ろには、私のことを貧相なちんちくりんと言った鬼子ちゃんも。『巫寿、ちょっといいか』そう声をかけられて箸を置くと、鬼市くんが鬼子ちゃんを押し出す。

『ほら鬼子、巫寿に謝れ』

『嫌です! 私は椎名さんに事実を申し上げたまでですもの!』

鬼子ちゃんが私の苗字を呼んで、今度は嘉正くんたちがヒッと息を飲んだ音が聞こえた。鬼市くんの無表情が、怒りの表情に変わる。

『いい加減にしろよ、鬼子』

お腹のそこに響く太い声に、周りにいた私たちまでぶるりと震える。

その声を向けられた鬼子ちゃんは私たちよりも顔を引き攣らせた。

それでも涙を浮かべた瞳で気丈に鬼市くんを睨む。

『椎名さんが鬼市さんを誑かしたのが悪いんです! わ、私は何も悪くありませんから、絶対に謝りません!』

そう言むて鬼市くんの手を振り切り走り去って行った。

今誑かしたって言った!? 言った言った! なんかめっちゃ修羅場じゃない?

近くで耳をそばだてていた噂好きの神修生達によって瞬く間にその話は広まって、五分後には私が気まずくなってご飯をかきこみ逃げ出した次第だ。

思い出すだけでもため息がこぼれる。


「あることないこと噂されて本当に大変なんだから」

『その鬼市くんって格好いいの?』

「え? あー……そうだね。格好いいよ。普段は無表情だから、何考えてるのか分かりにくいところもあるけど」

『へぇ? 巫寿が誰かのこと格好いいなんて言うの珍しいね? それによく見てるじゃん』


恵理ちゃんのそんな一言に目を剥いた。

だって今のは恵理ちゃんが「格好いいの?」って聞いてきたから……!

電話の向こうで楽しげに笑う親友をちょっとだけ恨む。


『でもちょっと安心した。元気そうな声が聞けて』

「あ……その節は心配おかけしました」

『いいえ~! その代わりと言っちゃなんだけど、恋のライバル鬼子ちゃんの行動、逐一報告してね』

「ライバルじゃないってば……! ていうか恋もしてない!」


あははっ、と軽快な笑い声が聞こえて深い息を吐く。

これは当分恵理ちゃんからもからかわれそうだなと頭を抱えた。






「折角の異文化理解学習だし、みんなで力を披露し合おうか」


鬼市くんたち鞍馬の神修勢が異文化理解学習で神修へ来て初めての詞表現実習。白砂の敷き詰められた実践練習場に集まった私たちに薫先生がうきうきした顔でそう言った。


「薫先生! しつもーん!」

「はい慶賀」


あてられた慶賀くんは腕を組んで首を傾げる。


「どっちの神修も勉強してることなんて似たり寄ったりじゃねぇの? 披露するも何もないだろ」

「確かに慶賀の言う通り、カリキュラムはうちとほぼ変わらないね。でも妖には妖、人には人にしかない力があったよね。分かる人~?」


妖には妖、人には人にしかない力……?

あ、それって。

一番に手を挙げた恵位くんが指名されて立ち上がった。


「妖力と授力です」

「そ! その通り」


薫先生がパチンと指を鳴らす。

妖力、妖が生まれ持つ力。

二学期に漢方薬学の授業で豊楽先生が軽く妖力について教えてくれたことを思い出した。

"言葉通りにする力"の言霊の力に対して、妖が持つ妖力は"イメージ通りにする力"。

妖は妖力を使って力をどういうふうに使いたいのかをイメージすることで言霊の力と同じような力を得ることが出来る。妖力を扱うことは言霊の力を扱うことより27倍難しいと言われているらしい。


「そもそも妖力っていうのは、言霊を起こすための力じゃないんだよね。あくまで言霊の力は応用ってだけで、本来の力は種族ごとによって違ってくるんだけど────と、見せた方が早いか」


首を傾げる私たちに薫先生はケラケラ笑った。


「鬼市、信乃しのろう。見せてもらっていい?」


ほいきたとばかりに立ち上がった三人が練習場の真ん中に立った。

まずは鬼市から、と言われてひとつ頷いた鬼市くんはそのままスタスタと練習場の奥まで歩いていく。

不思議に思いながらも見守っていると、練習場を囲うように植えられている太い松の木の前に立った鬼市くんが振り返る。


「薫先生、一本いいですか」

「あはは、いいよいいよ。思いっきりやっちゃって」


一本いいですか?

鬼市くんは一体何をするつもりなの?


薫先生が頭の上で丸を作る。

ひとつ頷いた鬼市くんが松の木と向き合った。そして両手を松の木に添えた次の瞬間────ブチブチバキッ、と生まれて初めて聞く音と共に松の木の根っこが地表に現れる。

目の前で起こった光景にみんな目を点にした。

鬼市くんはまるで小さな子供を高く持ち上げる時のように軽々と松の木を引っこ抜いてしまった。


「……すっげぇ~!!」

「まじかよ!!」


ワンテンポ送れて拍手喝采が起きる。

私も慌てて拍手を送った。


「これが俺の本来の妖力。妖力を使えば通常よりも倍の力が出る。平たく言えば、妖力が怪力になって出力される感じ」


おお~と皆が感嘆の声をあげる。


「ありがとう鬼市。戻っていいよ。木はその辺に転がしといて」

「はい」


言われた通り鬼市くんは地面に松の木を放る。足裏にその衝撃が伝わって頬をひきつらせた。

これ絶対あとから怒られるのでは。

鬼市くんが私の隣に座ると私の顔を覗き込む。


「どうだった」

「あ、凄かったよ! なんでも持ち上げられるなんて、頼もしいね」


鬼市くんは目を細めた。


「あとで巫寿も持ち上げてやる」

「わぁ、楽しみ────え?」


そこお喋りしないよー、と注意されて鬼市くんが前を向く。

いま鬼市くん何て言った?


「じゃあ次は俺らやな。ろう

「ん」


ひとつ頷いた瓏くんが懐から形代を取り出してフッと息を吹きかける。

ポンと軽い音を立てて大きく膨らんだ形代は瓏くんになにかを命じられてトコトコと練習場の奥へと走っていく。

一体何が始まるんだろう。


「まぁ妖狐って時点で大体検討はつくやろうけど」


そう言った信乃くんが手を前に差し出した次の瞬間、手のひらの上にボワッと青い火の玉が現れた。

おおっ、と皆がまた拍手を送る。


「妖狐の狐火きつねびゆう火ぃを出す妖力を持っとる」


信乃くんがくるりと振り返って形代と向かい合った。そして野球選手のごとく大きく振りかぶって手のひらの狐火を投げる。

ヒュオッと音を立てて形代にぶつかった狐火は瞬く間に形代を包み込み隅々まで燃やした。


「すげー! かめはめ波みてぇじゃん!」

「他にどんな事できるんだ!?」


気を良くしたのか信乃くんが狐火を三つ出してジャグリングを始める。みんな大盛り上がりで思わず苦笑いを浮かべた。

瓏くんが戻ってきて鬼市くんの隣に腰を下ろした。瓏くんも狐火を披露してくれるのかと思っていたのでちょっと残念だ。


「はいはーい、凄いけどそろそろ仕舞ってね。練習場は結界が貼ってあるから平気だけど、狐火ジャグリングは校舎ではやっちゃダメだよ」

「すみませーん」

「あはは、素直でよろしい。さて、次はうちの番だ。授力について説明できる人~?」


またもや一番に手を挙げた恵衣くんが指名される。


「言霊の力とは別に宿る第二の力の総称で、言霊の力では対応しきれない部分を補うことが出来ます。基本的には人間の親から子へ遺伝しますが、稀に突発的に発現することもあります」

「素晴らしいね。みんな拍手~」


ぱらぱらとやる気のない拍手が送られる。さっきの鬼市くん達との落差が凄い。


「恵衣が言った通り、残念なことに授力は人間にしか宿らない。だから妖側にすれば学ぶ意味はないんだけれど、どんなものなのかを知っておけば、いつか来るかもしれない二種族が協力する時にとても役に立つでしょ? という訳で来光、巫寿。できる?」


もちろん、と鼻を鳴らした来光くんが立ち上がり前に出た。少し遅れて私も前に出る。

鞍馬のみんなが私たちを興味深そうに見上げた。


「あ。言い忘れてたけど人間側では授力の話はタブーだから、むやみやたらに人前では話したり聞いたりしないこと。これについては質問もナシね。そういうもんだと思っといて」


ふーん、と信乃くんが唇を尖らせる。

授力の話がタブーになったのは先の戦い、13年前の空亡戦の終結からだったはずだ。授力保有者が空亡に次々と狙われたことで、神職たちは授力を持っていることを隠すようになり保有者証明の提出も自由になった。

どうして薫先生はその理由を話さないんだろう?

質問もしちゃダメって……。

首を捻りかけてすぐに気がついた。


彼らが妖側だからだ。

空亡戦については以前文殿で調べた時に、人側も妖側も沢山の被害者が出たと書いてあった。彼らも被害者とは言えど妖であることに変わりはない。

けれど"妖のせいで人側はそうするようになった"と言われれば、少なからず傷付く人がいるはずだ。


「じゃあまずは来光から。サクッと行ってみよう」

「ちょっと薫先生! 簡単に言わないでよ!?」


来光くんが頬を膨らましながら紙を取りだす。

そうして初めての合同実習は賑やかな雰囲気で幕を閉じた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら
恋愛
 長年片思いしていた幼馴染のレイモンドに大失恋したアデレード・バルモア。  自暴自棄になった末、自分が不幸な結婚をすればレイモンドが罪悪感を抱くかもしれない、と非常に歪んだ認識のもと、女嫌いで有名なペイトン・フォワードと白い結婚をする。  しかし、初顔合わせにて「君を愛することはない」と言われてしまい、イラッときたアデレードは「嫌です。私は愛されて大切にされたい」と返した。  あまりにナチュラルに自分の宣言を否定されたペイトンが「え?」と呆けている間に、アデレードは「この結婚は政略結婚で私達は対等な関係なのだから、私だけが我慢するのはおかしい」と説き伏せ「私は貴方を愛さないので、貴方は私を愛することでお互い妥協することにしましょう」と提案する。ペイトンは、断ればよいのに何故かこの申し出を承諾してしまう。  かくして、愛され妻と嫌われ夫契約が締結された。  出鼻を挫かれたことでアデレードが気になって気になって仕方ないペイトンと、ペイトンに全く興味がないアデレード。温度差の激しい二人だったが、その関係は少しずつ変化していく。  そんな中アデレードを散々蔑ろにして傷つけたレイモンドが復縁を要請してきて……!? *小説家になろう様にも掲載しています。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる

青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。 ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。 Hotランキング21位(10/28 60,362pt  12:18時点)

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

大精霊の契約者~邪神の供物、最強の冒険者へ至る~

猫子
ファンタジー
 ある秘境の村では、百年に一度、高いマナを持つ子供を邪神の生贄として捧げる風習があった。『災禍を呼ぶ悪魔の子』とされる白髪を持つ少年マルクは、生まれながらにして生贄となることが運命付けられていた。  そうしてマルクは生贄として邪神の許へと送られたのだが、どうにも長い年月の中で伝承が歪んでいただけで、当の邪神は人間大好きの大精霊様だったようで――。  大精霊ネロディアスに気に入られ、その契約者となったマルクは、村を出て外の世界を旅することを選ぶのであった。

婚約者と幼馴染が浮気をしていたので、チクチク攻撃しながら反撃することにしました

柚木ゆず
恋愛
 ※3月25日、本編完結いたしました。明日26日からは番外編として、エドゥアルとカーラのその後のお話を投稿させていただきます。  8年間文通をしている姿を知らない恩人・『ハトの知人』に会うため、隣街のカフェを訪れていた子爵家令嬢・ソフィー。  一足先に待ち合わせ場所についていた彼女は、そこで婚約者・エドゥアルと幼馴染・カーラの浮気を目撃してしまいます。  婚約者と、幼馴染。  大切な人達に裏切られていたと知り、悔し涙を流すソフィー。  やがて彼女は涙を拭いて立ち上がり、2人への復讐を決意するのでした――。

処理中です...