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春休みと禊
壱
しおりを挟む「じゃあな巫寿、また連絡するから!」
「うん! またね!」
迎門の面を身に付けた私たちは鬼門を通り鬼脈の中へ入ると、少しだけ立ち話をして別れを惜しんだあと手を振り各々の帰路についた。
今日は三学期の修了祭の日。高等部一年生の学校生活が終わり、つかの間の休息である春休みが始まる。
期間は2週間程度しかないけれど、宿題がない分たくさん遊べる。恵衣ちゃんとは最近こまめに連絡を取り合っているので、春休みの約束もバッチリだ。
聞いて欲しい話もあるし、聞きたい話も沢山ある。久しぶりにお兄ちゃんと二人きりでゆっくりする話す時間も取れそうだ。
そういえば昇階位試験の結果もまだ連絡できていなかった。試験の前日にしつこいくらいにメッセージアプリに連絡が来て、そこから全てのメッセージを無視していた。
人と妖で賑わう大通りを抜けて、家の近所にある"ゆいもりの社"の鬼門が見えてきた。
あそこをくぐれば現世に出られる。
たまらず駆け出すと鳥居のそばに一人の男性が立っているのに気づいた。長髪の黒髪に、髭を生やしたおじさんだ。
白い白衣に高位の神職であることを示す真っ白な袴が風に靡く。
足音に気が付いたのかパッと顔を上げた。私と目が合うなり目を弓なりにして目尻の皺を深める。小さく片手をあげたその人に、満面の笑みを浮かべた。
「禄輪さん!」
「おかえり巫寿。一年間お疲れさん」
ありがとうございます!と息を弾ませて駆け寄れば、硬くて大きな手のひらで私の頭を撫でる。
「薫から巫寿達が最終の便で帰って行ったと聞いてな、だったら待っていれば会えるかと思って。何でも最終日まで罰則を食らったんだって?」
にやりと笑った禄輪さんに慌てて「あれはとばっちりですっ」と抗議する。カラカラと笑った禄輪さんは軽く私の頭を叩く。
「まぁ元気ならそれでいい。それで、巫寿と祝寿に色々話したいことがあるんだが、今から家にいっていいか?」
話したいこと?と首を傾げる。
「えっと、大丈夫です。丁度今日は玉じぃと恵理ちゃんも呼んで、焼肉をする予定だったので」
「確か巫寿の友達だったか。私が邪魔してもいいのか?」
「もちろんです。むしろ喜ぶと思うので」
喜ぶ?と不思議そうな顔をした禄輪さん。
ミーハーな親友の反応が目に浮かびプッと吹き出した。
禄輪さんと神修の話をしながらのんびりと帰路を歩く。
とにかく本当に色々あった一年を振り返った。
神修、神役修詞高等学校は私が通う少し変わった高校だ。
そこに通うのは普通の人には見えない不思議な存在────妖が見える子供たち。そして言霊の力と呼ばれる、言葉を発することで言葉通りの事象を発生させることが出来る力を持つ子供たちだ。
神修ではその力の使い方を学び、その力を使って人と妖を導き統治する役職、神職になることを目指す場所だ。
私ももちろん言霊の力を持っている。
それに気がついたのはちょうど一年前の今頃、中学三年生の冬だった。たった一人の兄が何者かに襲われ失意の中私も魑魅とよばれる妖に襲われた。
その時に助けてくれたのが、この神母坂禄輪さん。亡くなった両親の友人であり、私たちの後見人をしてくれている人だ。
助け出された私は禄輪さんから両親に特別な力があること、その力を自分も受け継いでいることを教えらた。そして私は両親のこと、自分のことを知るために神修へ入学することを決意した。
右も左も分からず飛び込んだ神修ではたくさんの出会いがあった。この一年間苦楽を共にした五人のクラスメイトに頼もしい先輩たち、進むべき道を教え導いてくれる先生。
本当に色々あった一年間だったけれど、皆に支えてもらったおかげで何とか乗り越えることが出来た。
つい先日には昇階位試験と呼ばれる、神職の階位と階級を決める試験が行われた。
私が目標としていた直階四級にも無事合格して、少し自信も付いてきた。
これからもあの場所で頑張りたい。何よりも、守られて助けられてばかりだった自分から変わるんだと強く決意したばかりだ。
「そういえば、三学期の神社実習はどうだった?」
「凄く勉強になりました。授力についても教えてもらう機会があって……あ! 実習先、まなびの社だったんです!」
まなびの社、と聞いて禄輪さんが僅かに目を見開く。そうか、と小さく呟いた声には懐かしむ音が混じっていた。
神修の高等部は三学期の約三ヶ月間を使って全国各地の社で実際に奉仕をするという実習がある。私たち一年生は京都にある、まなびの社という所でお世話になった。
「千江さんや志らくは元気にしてたか」
「はい。志らくさんは禄輪さんに会いたがってましたよ。全然連絡くれないってちょっと怒ってました」
「志らくが? それは面目ないなぁ……」
志らくさんは、まなびの社で奉仕している本巫女だ。神社実習の間はとてもお世話になっただけじゃなく、私に授力の使い方を教えてくれた。
そして志らくさんは、花幡志ようさんの妹。全ての神職の頂点に立つ審神者と呼ばれる存在だった人だ。
志ようさんと両親、禄輪さんの四人は幼い頃からの知り合いで親友だったらしい。あの悪夢のような出来事、空亡戦が四人の仲を分かつまでは。
今から約十三年前。突如として現れた最強最悪の妖空亡は、沢山の神職を襲い現世を暴れ回った。
手も足も出ず犠牲者は増える一方で統制も上手く取れない状況の中、立ち上がったのが"かむくらの神職"と呼ばれる義勇軍だ。
両親もそれに参加し勇敢に戦い敗れた。そして沢山の犠牲者を生み深い傷を残した空亡戦は、禄輪さんと当時の審神者志ようさんによって終止符が打たれた。
「志らくから授力について習ったのか。志らくは信頼に足る人物だ。授力については私からは何も教える事が出来ないから良かったよ」
アパートの階段を登りながらそんな話をしていると、二階の私の部屋から「イコくん、多分巫寿帰ってきたよ! 今声聞こえたもん!」と賑やかな声が聞こえた。
インターホンを押すまでもなく、ドアの前に着くと同時に勢いよく扉が開いた。
「おかえり巫寿ッ!」
びっくり箱のように中から飛び出してきた恵理ちゃんは私に抱きつく。受け止めきれずふたりして後ろにひっくり返った。
「え、恵理ちゃん! ビックリした!」
「ねぇねぇ聞いてよ! もう私聞いて欲しい話すっごいあるんだから! とくに泰紀くん関連で~ッ!」
「分かった分かった……!」
ギブギブ、と恵理ちゃんの背中を叩く。頭の上で禄輪さんが目を弓なりにしてくすくすと笑う。
「元気なお嬢さんだな。君が巫寿の親友の恵理ちゃんだね」
そんな声に気が付いてハッと顔を上げた恵理ちゃん。
にこにこ笑う禄輪さんと目が合うなり、ぼっと顔を赤くして金魚のようにパクパク口を動かす。
「私は先に中へ入ってるぞ」
「あ、はい……!」
そう言って先に部屋の中へ入った禄輪さんの背中を見送る。すると目をかっぴらいた恵理ちゃんがガクガクと私の肩を譲った。
「ちょっとちょっとちょっと!! 何あの豊河悦司ばりのイケオジは~ッ!?」
「え、恵理ちゃん落ち着いて……」
きゃぁぁッ!と興奮する恵理ちゃんの雄叫びが響いた。
ミーハーな恵理ちゃんなら喜ぶとは思っていたけど私の想像以上だった。
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