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書宿の明

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全員で勢いよく駆け込んだ社務所はがらんとしていて、宮司も志らくさんの姿もない。

壁にかけられた予定表の黒板を見ると、丁度ご祈祷の予約が入っていた。ということは千江さんもそちらを手伝っている。巫女助勤の二人は今日は非番だ。


「権宮司と禰宜に連絡は!?」


焦った様子でそう聞いた来光くんに、電話をかけていた恵衣くんが眉根を寄せて首を振る。


「落ち着きな来光。何かあったら二人から連絡が来るはずだ。連絡が無いってことはまだ何も起きてないってことだよ」

「でも早くこの事を伝えないと……ッ」

「一旦メッセージで送ろう。電話に出られない状況なだけかもしれない」


そう言った嘉正くんに恵衣くんが「ハッ」と鼻で笑った。


「電話に出れない状況でメッセージか読めると思うか?」


そう言って社務所の扉を開けて外に出る。


「恵衣くんどこ行くの……!」


スタスタと歩き出した背中を慌てて追いかけながら叫ぶ。


「直接行って伝える」

「え……えッ、直接?」


思わずそう聞き返す。

すると後ろから「僕も行く」という声が聞こえて、来光くんが前に出た。


「ちょっ、おい待てよ! 二人とも!」


泰紀くんが二人の手首を掴んで引き留めようと引っ張る。次の瞬間ブォンと掴まれた手を振りほどいた二人。泰紀くんは目を点にした。


「お前らどこにそんな力あったんだよ……ってそうじゃねぇ! 一旦止まれ!」

「そうだぞ! てかお前らそんな猪突猛進だったか!? キャラぶれてんぞ!」


普段なら噛み付くはずのそんな言葉も全部無視して二人はズンズン歩いていく。

今度は嘉正くんが二人の前に立ちはだかった。前に立たれては流石に無視できなかったようで二人は足を止めた。


「恵衣はさておき来光、あれだけ叱られたのにもう忘れたの? また同じ間違いをするつもり?」


来光くんが僅かに目を見開き、フッと顔を逸らした。

脳裏に浮かぶのは夏休みの出来事。私たちは土地神の怒りに触れて、あの泰紀くんと慶賀くんが泣き叫ぶほどの災いをその身に受けた。

私たちは何とか災いからは逃れられたけれど、忘れられないくらい痛いビンタを食らって二度と同じ過ちは犯さないと心に決めた。

来光くんがあの日のことを忘れるわけが無い。


「ちょっと行って、禰宜たちに伝えるだけだから」

「例えそれだけだとしても駄目だ。それは身勝手な行動になるんだよ」

「……ッ、そんなの分かってるよ!」


来光くんが声を張り上げた。


「でも、でもさ! 今は嫌われてたとしても、僕の親友が危ないんだよ……ッ!」



それは、と嘉正くんが眉根を寄せる。

数分前の会話を思い出した。


『もしもノブくんが使った呪いが蠱毒だったとしたら、ノブくんが危ない』


広げた本を顔を埋めるようにして読んでいた来光くんがそう言った。


『危ないってどういう事だよ? 確かに素人が途中でやめようとしたら呪いが跳ね返ってくるかもしれねぇけど、解呪するのは神職だぞ?』


そんな初歩的なミスするか?そう尋ねた泰紀くんに来光くんは険しい顔で首を振る。


『ここ見て。これに書いてある通りだと、何通りかあるやり方のほとんどが最後の一匹になった虫を神同様にして祀ることで願い……呪いを遂行して貰うんだって』

『それの何が危険なんだ?』

『祀るってことは自分の位置を下に位置付けるってことだよ。つまり正しいやり方で解呪しなければ、立場が逆転する』


みんながその意味に気付いて息を飲む。

禰宜たちよりも先にノブくんが慌てて呪いを終わらせようとしたら、ノブくんも蠱毒の対象になってしまうということだ。

来光くんは勢いよく立ち上がると、本殿から飛び出した。

禰宜たちは私たちに手に負えない相手だから待機を命じた。来光くんならちゃんと全部分かっている。わかっている上で飛び出してしまうほど、やっぱりまだノブくんのことを大切な存在だと思っているんだ。

酷いことを言われて酷いことをされて、突き放されて遠ざけられて。それでも一人ぼっちだった頃に差し出された手は間違いなく自分を救ってくれた。

来光くんの過去の話を聞いて、彼が友達という存在をとても大切にしているのはよく分かった。だからその手を絶対に振り払ったりしないのも分かる。

でも────。


「俺らが行っても出来ることはない。また迷惑をかけるだけだよ。同じことは繰り返さないって決めたはずだろ」


来光くんの気持ちは痛いほどに分かる。でもこればかりは、嘉正くんが正しい。

まだ私たちには知識のない分野、だから待機を言い渡された。駆けつけたところで出来ることはない。むしろ足を引っ張る可能性の方が高い。


「そんなの嫌ってほど分かってる! 分かってるよッ……」


唇を噛み締めた来光くんが俯く。

その時、


「勝手にやってろ。俺は行く」


立ちはだかる肩を押しのけて恵衣くんが歩き出した。


「恵衣!」


嘉正くんが険しい顔で名前を呼んだ。私たちは慌ててその背中を追いかける。

鳥居を出てすぐに広がる鎮守の森は月明かりを遮り、手を伸ばした先も見えないほど暗い。街灯の灯りだけじゃ心許なかった。


「いい加減にしろ、自分勝手が過ぎるぞ」


嘉正くんの苛立った声が響く。

恵衣くんは耳もくれずに歩き続ける。


「少しは聞けってば」

「うるさい黙れ。お前たちが散々やらかしたのは知ってる。俺はそんな馬鹿な真似はしない。俺には蠱毒に対する知識も対処するための技術もある」

「その驕りが命取りだってこと、この三馬鹿ですら分かってるのにお前は分からない?」


途端眉を釣りあげた恵衣くんが振り返った。一触即発の雰囲気に息を飲む。

小声で「僕を勘定に入れるなよ」と来光くんがいつものツッコミを入れる。悪いけれどそれどころでは無い。

「馬鹿野郎、止めとけ」すかさず泰紀くんが二人の間に体を滑り込ませる。


「言い争ってる場合じゃないだろ嘉正。お前もどうしたよ恵衣、カッカしちゃってらしくねぇぞ」


泰紀くんに抑えられた右肩を勢いよく振り切った恵衣くんがギッと歯を食いしばって私たちを睨んだ。


「俺にも……俺にだって目に見える結果が必要なんだよッ!」


勢いよく走り出した恵衣くんに「あッ!」と声を上げる。


「誰か宮司に連絡して!」

「わ、分かった!」


すかさず懐から形代を取りだして何かを書き留めた来光くんは、その紙にフッと息を吹きかける。

ポンッと音を立てて来光くんと同じ背丈に膨らんだそれは本殿へ向かって駆け出した。

形代操術の授業は二年生の科目なのに、いつの間にマスターしてたんだろう。


「お前そんなんいつマスターしたんだよ!?」

「試験近いんだし、何にもせずに引きこもる訳ないだろ!」


ちょっと誇らしげにそう言った来光くんの背中を「やるじゃねぇか!」と皆が叩く。


「追いかけるよ!」


おう、と皆の声が揃い勢いよく駆け出した。


バスも電車も終わっているこんな時間に、どうやって高校まで行くつもりなんだろう。バスで30分はかかるから歩けば一時間以上かかるはずだ。

そう思っていると、鎮守の森を抜けてすぐに恵衣くんは参拝者用の駐輪場へ向かった。

なるほど、自転車で向かうつもりなんだ。

私の予想通り、まなびの社専用と書かれた札のかかった三台の銀色の自転車へ歩みよる恵衣くん。

あれ……三台?


「待てよ恵衣! 俺らも一緒に行くから!」

「勝手にしろ。邪魔だけはするなよ」


そんなやり取りの後さも当然かのように恵衣くん、嘉正くん、泰紀くんがサドルにまたがり、嘉正くんの後ろには来光くん、泰紀くんの後ろには慶賀くんが座る。

二人乗りが駄目だとかそういうのはさておき、私に残された座席は一つだけ。

バッと振り返ると荷台に座った二人が「ごめん巫寿」という顔をして私を小さく拝む。

額に手を当てて溜息をつきたい気持ちを何とか我慢して空いた一席へ歩み寄る。恵衣くんがぎゅっと眉間に皺を寄せた。私だって同じ気持ちだ。

それでも状況が状況だけに「さっさとしろ」と私を促す。恐る恐る荷台に腰を下ろした。ギシッと軋んだ音がして、慌ててサドルの後ろの部分を持つ。

恵衣くんがペダルを強く踏んだ。少しフラフラしたあとすぐにスピードに乗って真っ直ぐ進む。

後ろから皆もちゃんと付いてきている。

ふぅ、と小さく息を吐いた。


静けさに包まれた夜の街を三台の自転車が突き進む。

吹き付ける風は頬を刺し、ギュッと身を縮めて恵衣くんの背中に隠れた。白い息が昇ってつられるように夜空を見上げる。灰色の分厚い雲に覆われた月が鈍く光っている。

そういえば禄輪さんと初めて出会った日、私がこの世界へ踏み込むきっかけになったあの日もこんな空だった。


「巫寿ちゃん、大丈夫?」


隣を走る自転車の荷台から来光くんが不安げな顔でそう言った。


「本当に恵衣の後ろが嫌だったら言ってね。僕が────か、代わるから」


妙な間があって思わずくすくすと笑う。

本当はものすごく嫌なのだろう。


「大丈夫だよ。今のところ気まずい以外は何ともないから」

「そっか。良かった」

「別にいいけど、二人ともその会話恵衣にも聞こえてるからね」


嘉正くんが呆れた声でそう言う。

何も言わないけれどメラメラと怒りのオーラが燃えたぎっている恵衣くんの背中に私達は口を閉ざした。


「もうすぐ着くぞー!」


先頭を走っていた泰紀くんがそう叫ぶ。

皆は強くペダルを踏みしめた。

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