上 下
126 / 222
書宿の明

しおりを挟む


「泰紀それ向きが違う。もうちょっと右」

「こうか?」

「行き過ぎ行き過ぎ、ちょっと左に戻して」


約束の時間になって社務所に集った私たちは、千江さんに頼まれて本殿で神事の用意をすることになった。恐らく権宮司たちが持ち帰ってくるであろう呪いの媒介を修祓するための神事だ。

そういう神事は初めてなので、借りた教本を見比べながら祭壇を整えて行く。ああでもないこうでもないと言いながら三十分くらいかけてやっと完成させた。

千江さんの合格も頂戴し、祭壇の前に丸くなって座る。真ん中には禰宜から借りた本を広げて皆各々に覗き込む。


「俺も実は気になってたんだよね、最後まで任せて貰えなかったこと。タイムリミットが迫ってるとは言え、やっぱり任された仕事は最後までやり遂げたいじゃん」

「俺もせっかくなら最後まで見届けてぇかな」

「俺も俺もー!」


集まる前に三人で呪いについての調査を続けていたことを話せば、自分たちもやりたいと名乗り出てくれた嘉正くんたち。

結局やはりみんなで呪いを突き止める調査を続けることになった。

わいわいと賑やかな雰囲気で始まって、恵衣くんは物凄く迷惑そうな雰囲気を出していたけれど、来光くんと議論するうちに直ぐに真剣な顔になる。

私も負けてられないな、と気合いを入れ直した。


そして二時間後、時刻が丑三つ時に差し掛かった頃にやけに周りが静かな事に気がついた。

パッと顔を上げると慶賀くんと泰紀くんが後ろにひっくりかえって眠っている。嘉正くんですら少し眠そうに目頭を抑えては欠伸をこぼす。

仮眠を取ったとはいえ普段なら眠っている時間、昼間は色々あって疲れているだろうし仕方ない。

私も頬を叩いて気合を入れて何とか意識を保っているような状況だ。


「慶賀泰紀、起きて。一応僕達は待機組なんだから、ひっくり返って寝こけるやつがあるか」


来光くんにおでこを弾かれた二人が「フガッ」と変な音を立ててのそのそ起き上がった。


「やっぱりこれだけの条件が揃ってても絞り込むのは難しいね」


ふぅ、と息を吐いた来光くん。


「呪い関連の授業が始まってたら良かったんだけどね」

「あーあ、悔しいなぁ。禰宜たちもそろそろ終わった頃じゃね? 帰ってくるまでには俺達で突き止めたかったのにな~」

「半分以上も寝てたヤツが僕らと同じレベルで悔しがるなッ!」


欠伸をこぼした慶賀くんにすかさずそう噛み付いた来光くん。

そんなやり取りにくすくす笑いながらスマホの画面を叩く。23時から動き始める作戦だったからもう2時間は経った。そろそろなにか動きがあってもいい頃合だ。

何かあった時は社務所で待機している宮司か志らくさんにに連絡が来ることになっている。


「まぁ何事もなく終わるだろ。邪魔してくるような妖はいなかったし、無害な浮遊霊ばっかだったからな」


伸びをしながら泰紀くんがそう言う。

確かに校舎内で妖を見かけることがなかった。力の弱い妖は私たちに害を加えることはないけれど、音を立てて驚かしたりわざと足元を通って転ばせようとしたりする。

私も神修へ来てすぐの頃は、よく家鳴やなりと呼ばれる小さな鬼の妖にものを隠されたり転ばされたりした。

慣れるとそれなりに対処が出来るけれど、慣れないうちはかなり厄介だ。


「そういや青坊主あおぼうずもいなかったよな。俺昼飯の後トイレ行ったんだよ。あいつ、どこ行っても驚かしてくるから警戒してたとに結局出てこねぇの。逆に漏らすかと思ったわ!」

「俺はまなびの社に来た初日に驚かされたよ。分かっててもヒヤッとするよね」

「それが生き甲斐なんだろ、あのオッサン妖怪」


みんなが話す青坊主あおぼうずというのは、和式トイレに住み着いている妖怪だ。

青い顔をした坊主頭の一つ目をした妖怪で、和式トイレの中からひょっこり現れては人間を驚かせて楽しんでいる。

神修の男子トイレからは毎日誰かが驚く悲鳴が聞こえるくらいイタズラが好きで、私も一度だけ会ったことがある。

一学期の放課後、学校内を歩いていると『お嬢さーん』という声がして足を止めた。辺りを見回しても誰もいなくて空耳かと思って通り過ぎようとしたけれど、やっぱり『こっちじゃこっち、無視するでない~』という声が聞こえた。

声の方に歩みを進めると、やがて男子トイレに辿り着いた。

流石に中に入るのは気が引けるので、周りをキョロキョロ見渡したあとドアに近づき耳を澄ます。


『扉の前に居るか~?』


やっぱり男子トイレの中から声が聞こえた。


「えっと……います」

『バァッ!』


返事をした途端、そんな声が帰ってきた。

反応に困って沈黙する。


『久しぶりに来た編入生の事を、ずっと驚かしたかったんじゃ~。しかし今の時代女子トイレに入ったりすれば、瞬く間に祓われてしまうからのぉ』


楽しそうな声でそう言ったトイレの中の人。

正直全く驚いてないんだけどな、と心の中でつぶやく。


『顔を合わせて喋る事はないじゃろうが、以後お見知りおきを~』


急いで寮に帰って皆に教えてもらった情報によるとその愉快な声の主はやっぱり妖だったらしい。全国津々浦々の和式トイレに住む青坊主という妖怪なんだとか。

顔を合わせることはないと言ったのは、数年前に女子トイレで女子生徒を驚かせた際にご両親からクレームが来て立ち入り禁止になったらしい。

前も思ったけれど、妖もコンプラを守らないといけない時代とは何とも世知辛い。

とまあそんな感じで和式トイレがあれば基本バアッと飛び出してきて驚かせようとする愉快な妖だ。とにかく男子勢曰く、和式であれば何処にでも現れるらしい。


「あの学校でやな事でもあったんじゃねーの? 妖がいない場所なんて一周まわって怖ぇよ」


はぅ、と欠伸をこぼした泰紀くんがそう呟いたその瞬間。


「泰紀今なんて?」

「お前今なんて言った?」


恵衣くんと来光くんの声が揃った。

え?と目を瞬かせた泰紀くんに二人は詰寄る。目をかっぴらいた来光くんが激しく肩を揺すった。


「今なんて言った!? ねぇ泰紀!!」

「え、ええ? 俺なんか不味いこと言ったか?」


焦る泰紀くんの胸ぐらを恵衣くんが掴み捻り上げる。


「三秒前に自分が吐いた言葉も覚えてない鳥頭なのかお前は。いいからもう一度言え」


いつにもまして怖い顔をした恵衣くんに「ひぃッ」と泰紀くんが震え上がる。


「な、なんだよ二人してッ! 妖がいない場所なんて一周まわって怖いつっただけだろー!」


泣きそうな顔でそう叫んだ泰紀くんに、二人は顔を見合わせるならパッと離れた。二人してがさごそと本を漁り始める。

私がついでに持ってきた社務所に置きっぱなしにしていた西院高校のパンフレットを広げた来光くんはグッと顔を近づけて何かを探している。


「恵衣、やっぱりそうだ。創立から百年以上経ってる」

「そうか、となるとやっぱり────」

「ちょい待って二人とも、わかるように話して。じゃないと泰紀が浮かばれない」


脅迫まがいの詰められ方をした泰紀くんは膝を抱えてしくしく泣き真似をしている。慶賀くんがよしよし可哀想にと背中を撫でた。


「あ、ごめん。悪気はない。ただ泰紀にしてはなかなかいい所に気付いたからつい興奮しちゃって」

「お前らヤバい奴の目だったぞ」


あはは、と頬をかいた来光くんは私たちの中心に学校のパンフレットを広げた。


「建物に妖がいないことって、さして珍しい事ではないじゃん? 妖だって住む場所には好きこのみあるしさ」


来光くんの言う通り、妖にも住む場所には違いがある。

深海魚が淡水の川では生きられないように、種類によって住みやすい環境があるのだと授業で習った。


「それを踏まえて、これ見て」


来光くんがパンフレットを指さした。


「西院高校は2017年に百周年を迎え、創立時に市長より寄贈された置時計や記念品は校舎入口にて展示された……?」


代表して私が読み上げる。

この文の何が変なんだろう?


「てことはさ、あの学校には絶対に妖がいるはずなんだよ。"百年"経ってるってことは」

「何が────あ」


何がいるの、と聞き返す前に気が付いた。


「付喪神……!」


そう、と来光くんが頷く。

付喪神、長い年月を経た道具に魂が宿ったもので、地域によっては神や精霊として崇められている存在だ。から傘小僧や化け提灯なんかも付喪神の類にあたる。

名前には神と付いているけれど妖の一種だ。


「このパンフレットによると、創立時から使用されている道具があの学校内にはある。だったら付喪神がいるはずなのに、僕達は一度も見かけなかった」


校舎入口、学生の下足場を入ってすぐのところにガラスケースがあったのは覚えている。古そうな小物や写真が沢山陳列してあった。

そうか、あれは全て付喪神になった物たちだったんだ。

あれ、でもじゃあどうして付喪神の姿が見えなかったんだろう。物から付喪神になった道具は、本体そのものが壊れるか物に宿った魂が傷付けられない限り消えることは無い。

あのショーケースの中にあった置時計や小物は壊れているようには見えなかったけど……。


「じゃあ付喪神たちはどこへ行ったんだろう? 道具本体は壊れていない……つまり付喪神たちの魂が何かに攻撃されたってことだ」


嫌な胸騒ぎがした。


「もしかしたら、僕らが思っているよりも遥かに悪い事が起きているかもしれない」


そう呟いた来光くんに、私たちは戸惑い気味に視線を合わせる。

来光くんと恵衣くんが手当たり次第に書物をひっくり返していく。サッサッとページをめくる音が静かな本殿に響いた。


「わ、悪いことってなんだよ……! はっきり言えよ!」

「一度薫先生の別荘の本棚で、見た事があるんだ。一般的には虫とか小動物を使って行う呪術なんだけど、複数の妖で行う方法もあるんだって」


これだ、そう言った恵衣くんがページを開いた本を差し出した。来光くんがそれを確認して悲痛な面持ちで目を瞑るとひとつ頷いた。


「古代中国で用いられた呪術の一つだ。生き物を共食いさせて勝ち残った一匹を呪いの媒介にする、最悪の呪い」


ふぅ、と息を吐くと私たちの前に本を滑らした。



「────蠱毒こどくだ」



祭壇に灯したロウソクの灯りが揺れる。

反射した火の光で来光くんの瞳がゆらりと赤く光った。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

おしごとおおごとゴロのこと

皐月 翠珠
キャラ文芸
家族を養うため、そして憧れの存在に会うために田舎から上京してきた一匹のクマのぬいぐるみ。 奉公先は華やかな世界に生きる都会のぬいぐるみの家。 夢や希望をみんなに届ける存在の現実、知る覚悟はありますか? 原案:皐月翠珠 てぃる 作:皐月翠珠 イラスト:てぃる

薔薇と少年

白亜凛
キャラ文芸
 路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。  夕べ、店の近くで男が刺されたという。  警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。  常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。  ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。  アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。  事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
キャラ文芸
【第8回キャラ文芸大賞にエントリー中、次回更新は2025年1月1日前後】 自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

冷たい桜

shio
キャラ文芸
 上島勇朔(かみしまゆうさく)は、表向きは探偵業を営んでいるが、実際は霊媒師だ。日々、パトロンである冬馬郁子を通してやって来る依頼者の話を聴き、幽鬼を霊媒している。 勇朔には子どもの頃の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。それが何故なのか分からないまま霊媒師を続けている。勇朔は高校のときの同級生、医者である神楽千静(かぐらちせい)を相棒として、事件を解決していた。  そんな中、遺体を墓から掘り返し、桜の樹の下に放置したというニュースが流れる。唐突に郁子が姿を現し、勇朔に告げる。「あれは、貴方の事件よ」と。そして、事件に興味を向ける勇朔の元に、掘り返された遺体の妻だという小笠原香乃(おがさわらかの)が、犯人を捜して欲しいと依頼にやって来る。 それというのも、どうも奇妙な事件で―― 霊媒師と医者がバディを組んで謎を解決に導く! 霊媒師とは。そして幽鬼とは。上島勇朔の正体とは。 新感覚 お祓いミステリー、開幕。

処理中です...