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調査
弐
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早朝の志らくさんとの特訓を終えて朝のお勤めもこなし、恵衣くんも回復したということで西院高校の怪異事件についての調査がいよいよ始動することになった。
昼休みの後、社務所の会議室に集まった私たちはまずホワイトボードに現地調査でわかった結果を書いていく。
何らかの呪いが原因というところまでは前回の調査でつきとめているので、次に私たちがするべきことはその呪いが何なのか、呪者は誰なのかを突き止めなければならない。
「被呪者って学校関係者だけ?」
テーブルの上に広げた書類を見比べながら、泰紀が顎に手を当ててそう呟く。
「校長から聞いただけだから、報告に上がってるのは今のところ先生と生徒だけみたい」
「学校外にも被呪者がいた場合、調べるのかなりキツくなるんじゃね?」
「だね。とりあえず、範囲がウチかソトかだけでも絞りたいね」
皆の会話に心の中で「なるほど」と息を吐く。
私はてっきり学校内で起きた事件かと思っていたのだけれど、確かに皆の言う通りだ。
今回依頼人が校長先生だったから、被害の詳細は学校内での出来事に絞られている。けれど呪いの種類によってはもっと広い範囲で人を呪うことだって出来る。呪いや妖の存在が今よりももっと当たり前だった平安の時代は、村全体を呪う呪術だってあった。
改めて、中学生の頃から授業と称して薫先生に色んな現場に連れ回されていた皆の経験値を思い知る。
一二学期と沢山のことを勉強して自分も成長したんだと思っていたけれど、皆に追いつくにはまだかなり時間がかかりそうだ。
「恵衣はどう思う?」
嘉正くんが顔を上げてふとそう尋ねた。黙って話を聞いていた恵衣くんが視線を泳がせたあと、「……俺もそう思う」と同調する。
少し不思議そうな顔をした嘉正くんだったけれど、すぐに「そう」とだけ言ってまた話し合いに戻る。
「となると、俺たちがしなきゃ行けないことはひとつだね」
「だな」
皆は顔を上げた。
「まずは聞き込みだ!」
奉仕が終わった後、禰宜から許可をとって白袴から制服に着替えた私達は西院高校を目指しバスに乗り込んだ。時刻はちょうど16時半を少し過ぎた頃で、バスの中は帰宅する学生で溢れかえっていた。
どんどん人が乗り込んできて後方に追いやられる。手すりに捕まる前にバスが動きだし「わっ」と心の中で声を上げると同時に二の腕を掴まれた。そのまま腕を引っ張られて手すりを握るよう促される。
顔を上げると呆れたようにこちらを見下ろす恵衣くんの冷めた目と視線がぶつかった。
「あ、ありがとう」
「他人に迷惑をかけるな」
ごもっともだけれどもっと別の言い方は出来ないのかと頭が痛くなる。そう言ったところで鼻で笑われて無視されるだけなので、とりあえずこれ以上文句を言われないように銀の手すりを握り直した。
窓の外をじっと見つめていると反射した硝子に、何かもの言いたげに視線を彷徨わせる恵衣くんが映った。
そういえば社務所で話し合いをした時も同じような態度だったことを思い出す。
バスの停車駅を二つすぎた頃に「……おい」と頭の上から声が掛けられた。そっと顔を上げると、いつもの不本意そうな顔が私を見下ろしていた。
「お前……」
「私?」
口篭る恵衣くんに首を傾げる。ギュッと唇を一文字に結んだ恵衣くんは目を閉じで眉間に皺を寄せ一呼吸置いた。
「お前、誰にも話してないよな?」
抽象的な物言いに首を傾げた。
話してない? 一体なんのことを────あ。
「恵衣くんが鬼が苦手ってこ────」
見た事がないほどの物凄い形相で睨まれて口を閉じた。
「口に出すなって言っただろ!」
小声でまくし立てる恵衣くん。怖い顔をしているはずなのにあまりにも必死に見えておかしい。笑いを堪えながら答える。
「誰にも話してないってば。言わないって約束したんだし」
「本当だろうな? じゃあ何で三馬鹿が今朝から俺の事ちらちら見てくるんだよ!」
そうだったっけ?とみんなの様子を思い出す。
『なぁ恵衣の後頭部いつもより若干膨らんでね?』
『ヒヒッ、めっちゃデカいタンコブ出来てんだろうな』
『ぶつけた拍子にあの尖った性格も丸くなれば良かったのに』
確かに今朝からちらちら何度も見ていたかもしれない。
「……心配してたんだよ皆」
「何だよその妙な間は」
じっと見つめられて視線を泳がせる。
「……とにかく喋ってないならいい」
そう言って目を逸らした恵衣くん。その横顔はさっきと比べて幾分かリラックスしているように見えた。
もしかして話し合いの最中に様子がおかしかったのは、皆に苦手な事がバレていると思ったから……? だとしたら、
「────ふふ」
「何笑ってんだよ」
「何でもない」
「なら黙れ。……変なやつ」
やがてバスは最寄りの停留所へ着く。人混みをかき分けて何とかバスを降りた。
バスから降りた私たちは各々に伸びをして「疲れた~」とこぼす。神修にいるとこういう人がたくさんいる場所にはすっかり縁がなくなるから人混みはどっと疲れる。
「西院高校ってどっちだっけ。バス降りて右?」
「なんかこっちの方面だった気がする!」
走り出そうとした二人の襟首を嘉正くんが捕まえる。
「こら野生児二人、野生の勘で行こうするな。今調べるからちょっと待って」
「一昨日訪ねた場所すら覚えてないのか? これだからお前らと組みたくないんだ」
すっかりいつもの調子を取り戻した恵衣くんが鼻を鳴らしてスタスタと歩き出す。私たちは慌ててその背中を追いかけた。
「何だよ恵衣! じゃあお前は教科書一回読んだら全部覚えられんのかよ!」
「しょうもない。当たり前のことを聞くな」
慶賀くんの渾身の売り言葉はその一言で一蹴される。
まぁそう答えるよね、と苦笑いを浮かべる。
クラス一の秀才は教科書の中身を一度で覚えることなど造作ないのだろう。ちなみにクラスで2番目に賢い嘉正くんも教科書は一度読めばほぼ暗記できるタイプらしい。
クソォと地団駄を踏む慶賀くんを宥めつつ歩いていると、見覚えのある制服を着た高校生たちが向かいから何人も歩いてくる。
どこで見かけたんだろう。さっきのバスの中で見かけたからそう思うだけなのかな。しかし来光くんの「あ……」という小さな呟きでそうじゃないことを思い出す。
隣を歩いていた来光くんの顔が少し強張っていた。その視線の先には見覚えのある制服を着た高校生たちがバス停へ向かっているのか談笑しながら歩いてくる。
その制服に見覚えがあったのは、嫌な思い出として記憶に残っていたからだ。
「来光くん……」
「あ、ごめん。何? どうかした?」
「あの、嫌なこと聞いてごめん。西院高校ってもしかして」
「あー……それね。僕もバス乗ってるあたりから何となく気付いてた。そうらしいね」
やっぱりそうなんだ。
以前道端で会った感じの悪い高校生の集団。来光くんのことを嫌なあだ名で呼んでいた男の子たちが着ていた制服と同じ、つまり彼らの通う高校が西院高校だったんだ。
「でもほんと大丈夫。皆に迷惑はかけないから」
最後尾を歩いていた私たち二人が遅れているのに気づいたみんなが振り返った。
「どうしたー?」と泰紀くんが手を振る。
「ありがと、巫寿ちゃん」
そう笑った来光くんは「今行く!」と駆け出した。
「ねぇねぇ、ちょっといい~?」
西院高校の正門前まで来た私達は聞き込み調査を開始した。来光くんはいつも通りの顔に戻っているけれど、やはり少し心配だ。
早速慶賀くんが女子高生二人に声をかけた。後ろに立つ嘉正くんと恵衣くんの顔を見るなり「わっ、イケメン!」とお互いの腕を小突き合う。
「俺は!?」と目をかっぴらいて身を乗り出した慶賀くんを片手で押さえ込んだ泰紀くんが後ろに引っこめる。少し引き気味な女の子達に嘉正くんが「騒がしくてごめんね」と万人受けする笑顔で声をかける。
「この学校でちょっと変わった事が起きてるよね? その事について教えて欲しいんだけど」
二人は顔を見合せたヒソヒソと耳打ちして、一層不審がる顔で私たちを見回す。
流石の嘉正くんでもやっぱり厳しいんじゃ────。
「実は妹が三月に西院高校を受験する予定だから、母親が不安がって話聞いて来いって言われちゃって」
まるで用意されていた台本を読見上げるかのようにスラスラと嘘を並べる。さらに花でも背負っていそうなほど爽やかな笑みを浮かべた。
「あの……実は少し前にテレビで取り上げられるくらい話題になってしもて、そん時先生たちから部外者には喋るなって言われてて……」
嘉正くんのキラキラスマイルに少し頬を赤らめながら申し訳なさそうに二人はそう言う。
そっか……と残念そうに方を落とした嘉正くん。
すると恵衣くんが突然「いっ……!」と痛そうに小さな悲鳴をあげて嘉正くんの隣に並んだ。太ももの後ろを抑えて鬼の形相で振り向く。どうやら泰紀くんが蹴り飛ばしたらしい。
行け、と口パクで指示を出す泰紀くん。大きなため息をつこうとして不自然に止めると、こめかみを抑えた恵衣くんが頬をひきつらせながら彼女たちを見る。
「……た、のむ。教えてくれないか」
「あなたも妹さんが心配で……?」
目を向いた恵衣くんが「違うッ!」と言いかけた瞬間、嘉正くんが隣から光の速さで恵衣くんの口を抑える。
「そうそう。こいつかなりシスコンでさ。心配になったんだな、オニイチャン?」
泰紀くんが恵衣くんの肩に腕を回してそう言う。駄目だ、恵衣くんのこめかみの血管がはち切れそうになっている。
「笑えよ恵衣、貴重な情報提供者だぞ。お前が可愛く"お願い"って語尾にハートでも付けて言えば何でも聞き出せるって」
泰紀くんがそう耳打ちをする。
恵衣くんの色んな感情を堪えるために握られた拳がぶるぶると震えていた。
これは調査のためのいうよりも完全に悪ノリに近い気がする。社に帰った時がかなり怖いのだけれど、みんなは大丈夫なのだろうか。
「お願い、します」
流石に「お願い」は厳しかったらしい。恵衣くんは口角を引き攣らせながらもなんとか笑った。
「やっぱり駄目?」
手を合わせた嘉正くんがほほ笑みを浮かべて二人の顔を伺う。女の子二人は「じゃあ少しだけ……」と頬を染めて頷いた。
隣でピコン、とスマートフォンの録画機能を停止させる音が聞こえた。慶賀くんが一部始終を撮っていたらしい。
本当に帰った時が怖いんだけれど、大丈夫なんだろうか。
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