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初依頼
壱
しおりを挟む神職の一日は意外とやることが多い。
起床して身を清めたあとすぐに社頭や建物の清掃、そのあと早番の神職で朝拝を行ったあとその日の祈祷の予約や出張の予定などを確認する。
その後みんな揃って朝ごはんを食べて本格的に奉仕が始まる。
御守に御札の作成、お供え物の管理に次の神事や祭の用意。時には神前式の事前打ち合わせや命名の依頼なんかもある。
割と電話がかかってくることも多くて、悩み相談だったり言霊の力が必要な案件の以来だったり。手が空いている者は交代で授与所で御守を授与し、表に出て参拝客と交流するのも大切な役目だ。
神職は一生修行、空き時間に次の昇階位試験の勉強もしなければならない。
ここまでが午前、午後からはもっと忙しい。
早番と遅番の神職全員で夕拝を行ったあと、社頭は妖たちのために開放される。
学校のあるまねきの社は週末と祝日しか社頭を解放していないけれど、このまなびの社は毎日社頭が解放されている。
21時を過ぎた頃から徐々に妖たちが社頭に屋台を立てたり御座をひいて露天商を始め出す。そうなると必然的に揉め事も発生するわけで、その仲裁に駆り出されるのが神職だ。
交代で社頭を見回り、妖たちと交流を深めながら揉め事を仲裁したり違反者を未然に防いだり、困り事はないか聞いて回る。
授与所では御守と御札の他に妖たちのための漢方薬なんかも授与される。現世では妖たちの医者が少なく、軽い病気程度なら神職が面倒を見ているからだ。
さらに妖は人よりも信仰心が強いので、祈祷の依頼がぐんと増える。また、朝受付けた言霊の力が必要な案件も夜の神職が対応する。
とにかく遅番の神職はめちゃくちゃ忙しいんだとか。
けれど学校の規則によって一日八時間労働と時間が決められている私たちは、まなびの社のスタートが朝八時なので午後四時で奉仕は終わる。夕拝に参加する必要もなく遅番の仕事もない。
そこからは晴れて自由の身いうわけだ。
千江さんからは「もう高校生やしとやかく言わんけど、日付が変わる頃までには帰ってきや」とだけ言われている。
門限に縛られない生活にみんなが狂喜乱舞したのは言うまでもない。
「────後は御神酒用の日本酒を受け取れば終わりだね」
神社実習が始まって数日経ったある日の午後、私と来光くんは千江さんに頼まれて社務所の備品や神饌の買い出しに出かけていた。
流石に白袴に白衣で出かけるのは気が引けたので、二人とも神修の制服に着替えた。平日に制服で街中を歩いているのはなんだか不思議な感じだ。
買い物リストを確認してそう呟いた来光くん。
「御神酒のお店、名前なんだっけ? 私スマホで調べるよ」
両手に持っていた荷物を持ち変えようとして身じろぐと、「いや、大丈夫」と来光くんが片手を上げて制する。
勝手知ったる様子で歩みを進める来光くんに目を瞬かせた。
「道分かるの?」
「あー……うん」
視線を泳がせたあと、少し困ったように頭の後ろをかいた。
歯切れの悪い反応に首を傾げる。
「ここ、僕の地元なんだよね」
「えっと……?」
「神修来る前に、実の親と住んでたんだ。家はこの隣町なんだけどね」
「えっ、そうだったの!」
うん、と来光くんは苦笑いを浮かべた。
そういえばこれまで来光くんの実家の話をちゃんと聞いたことがなかった。あまり良い関係では無いと何となく聞いていたので、それ以上追求しても良いものかと思ってずっと聞けずにいた。
まさか、まなびの社の管轄する地域に来光くんの実家があったなんて。
「えっと……」
かける言葉に迷っていると、来光くんが「気遣わなくていいよ」と肩をすくめる。
「前にも話した通り両親とは絶縁状態だし、僕の住民票ってもう薫先生の別荘の住所に変わってるんだよね。だから地元って呼ぶのもなんか妙だけど」
「そう、なんだ」
「あ、僕が京都弁じゃないのは両親が関東の人で小二までは関東にいたからね。お父さんの仕事の都合でこっちに引っ越してきて、それ以降は神修に入るまでずっと京都」
来光くんはいつも以上に早口でよく喋った。あえて言いたくないことを勢いよく喋っているように見えた。
何ともないとという顔で取り繕ってはいるけれど、きつく握った拳は隠せていない。
「……本当にもう昔の話だし、悪い思い出ばっかりだったけど、楽しいことも少しはあったんだ」
来光くんは言葉を選ぶようにしてそう呟く。その言葉は本心のようだった。
やがて酒屋の看板が見えた。
「ま、そんな感じで僕の地元でした~……なんて」
来光くんは軽い口調で笑う。
「ほら、早く受けとって帰ろ」と酒屋の暖簾をくぐったその背中に、なんと声をかければいいのか分からなかった。
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