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やりたい事

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「帰ってくんのが早えーよぉ……」

「俺帰ってくんの嫌すぎて3日前から蕁麻疹出た」

「僕も」


ガランガランと本坪鈴ほんつぼすずを鳴らしながら嘆いたのは慶賀くんだった。

この数日で遊び尽くしたんだろうなと推測ができるほどに真っ黒になった顔をへにゃりとさせて項垂れる。

見ろよこれ、と袖をたくしあげて赤い発疹の出た腕を見せつけ合う泰紀くんと来光くんにプッと吹き出す。


「確かにあっという間だったね」


帰ってきた、という表現の方がしっくりくるまねきの社の拝殿を見上げてそう笑った。

二週間の夏期補習がある私たちは数日間の夏休みを過ごし、またこうして神修に帰ってきた。


「まあ仕方ないよ。二週間でも夏休みを確保してくれたくゆる先生に感謝しないとね」

「あはは、そうだよ問題児ども」


明るい笑い声が聞こえてぱっと振り返ると、紋入りの紫袴に着崩した白衣姿の男の人が立っていた。


「薫先生!」

「やあやあ。短い夏休みはなかなか愉快に過ごしたらしいねえ?」


げ、と声を揃えた私たちに薫先生はケラケラと笑う。

何もかもが筒抜けだったらしい。


「強烈な拳骨を食らったらしいじゃん。ちょっと凹んだんじゃない? 見せて見せて」


薫先生が後頭部を触ろうと来光くんに手を伸ばす。やめてください、と顔を顰めて逃げると薫先生は余計に喜んでお腹を抱えて笑った。


「はーっ可笑し。今回は、それに免じて俺からのお説教は免除してあげるけど、"自分たちの力量を理解させろ"って俺も怒られたんだよねぇ。とばっちりだよ全く」


腰に手を当て息を吐く薫先生に、すみません、と肩を竦めた。


「いい機会だからこの二週間で、きっちり特訓してあげる。この多忙な薫先生がわざわざマンツーマンレッスンの時間を設けて上げたからね、喜びなよ子供たち」


ぱっと両手を広げて満面の笑みを浮かべた薫先生に、私以外のみんながヒッと息を飲んだ。

なんだか見覚えのある光景に「ん?」と眉根を寄せる。


「とりあえず今から、課外授業だよ。あはは」

「ほ、補習は明日からだろ!?」

「予定は未定、っと」


パン、と手を合わせた薫先生にみんなが「ワアッ」と悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。


「逃げるよ巫寿!」


嘉正くんにそう声を掛けられて慌てて私も走り出す。


「いいねいいね。じゃあ初日はリアル鬼ごっこと洒落こもうか」


懐から出した形代にふっと息を吹きかけると、白い煙がポンと弾けて煙の中から何かが現れる。

憤怒の人相に赤い皮膚、二本のツノにごつごつしたからだ。

思わず止まりそうになった足を必死に言い聞かせて動かした。


「そーれ、全員捕まえろ」


空気が震えるほどの咆哮を響かせた鬼がその巨大な体から想像できないほどの速さで追いかけてくる。


「こらこら、逃げるだけじゃ特訓にならないでしょ。祓っても良いし封じても良いし、好きにして良いよ」

「出来るかッ!」


泰紀くんの鋭いツッコミは早速掴まった来光くんの悲鳴で掻き消される。

こうして私たちの長い夏期補習が幕を開けた。


「────はい、一旦そこまで!」


ぱん、と手を打った音で動きを止める。


「大きな舞台に立ったからか、体の使い方も良くなったわねぇ」


納得したように何度も頷く富宇ふう先生に少しはにかんで肩を竦めた。

夏期補習が始まって数日がたった。

薫先生が組んだ補習の時間割は、休んだ二ヶ月分を一気に取り戻すためだけあって朝から晩まで色んな科目がみっちり詰まっている。

今は巫女舞の授業で、男の子たちは雅楽のクラスだ。

ふう、と手ぬぐいで額の汗を拭う。

確かに神話舞の練習を経て、少し体の使い方が分かってきた気がした。ぎこちなかった腕の動きもかなり滑らかになったと思う。

五分休憩しましょう、と言われて壁のそばに寄せていた水筒を一気に煽った。


「それにしてもせっかくの夏休みなのに毎日大変ねぇ」

「あはは……自業自得なので。富宇先生は夏休みじゃないんですか?」

「残念ながら先生たちは本庁所属だから、学校業はお休みでも出社しなくちゃいけないの」


大変なんだなぁ、と息を吐く。


「富宇先生も空亡の残穢を回収しに行ったり修祓に行ったりするんですか?」

「まさか! 戦線にでるのは若くて高位の神職よ。先生はもうおばあちゃんだし、そもそも巫女職はご祈祷や舞奉納のお仕事がメインになるの」


そんな違いがあるんだ。

そういえば、薫先生が一年生の終わりに進路相談があるって言ってたっけ。

まだ神主と巫女のどちらを選ぶか考えることすらしていない。二学期が始まれば専門分野の選択科目も増えるだろうし、そろそろ進路についてもちゃんと考えないといけないな。


「さ、休憩はこの辺にして。さっき止めたところから再開しましょう」

「はーい」


膝の上に乗せていた神楽鈴を持ち立ち上がる。その時、カランと音を立てて神楽鈴の小さな鈴がひとつ転がり落ちた。


「わっ、すみません」


慌てて床を転がる鈴を拾い上げる。本体と繋げる金具の部分が駄目になっていた。


「あらー、それもダメになっちゃったのね」

「ごめんなさい、富宇先生……」

「大丈夫大丈夫。卒業生の使い古しを寄贈してもらったから、元から壊れているものが多いの。それもきっと寿命だったのね」


よっこらせ、と立ち上がった富宇先生は「他に綺麗なのあったかしら」と探し始める。


「巫寿さんも巫女職に進むなら、自分のを用意してもいいかもしれないわねぇ」


はい、と返事をしながら鈴を光にかざす。

神具が壊れるなんてなんだか縁起が悪いな。


授業が終わって体操服から制服へ着替えるとホームルーム教室へ戻ってきた。他のみんなは既に帰ってきていて、談笑しているところだった。


「あ、巫寿ちゃんおかえり~」

「めちゃくちゃいいタイミング!」


首を傾げながら机の横に手提げを引っ掛ける。


「いいタイミングって何の話……?」

「泰紀と恵理ちゃんだよ! こいつ何も喋んねーの!」

「巫寿ちゃんは恵理ちゃんからなんか聞いてないの!?」


身を乗り出す二人の頭を顔を真っ赤にした泰紀くんが後ろから押さえ付ける。


「やめろ馬鹿! プライバシーの侵害だろッ!」

「お前にプライバシー保護が必要なほどの繊細さなんてねぇーだろ!」

「何だとこいつッ!」


いつも通り取っ組み合いが始まって、私たちは笑いながらそれを眺めた。

すすす、と静かに私に歩み寄った嘉正くんが「実際のところどうなの?」と私に耳打ちをする。思わず「嘉正くんまで?」と小さく吹き出した。


「当たり前でしょ。こんな面白い話当分出てこないよ」

「でも泰紀くんがちょっと可哀想」

「こういうのは初めに盛大に弄られる方が後々の泰紀のためにもいいんだよ」


そういうものなの?と首を傾げる。


でも、何か知っているかと聞かれても、恵理ちゃんから大した話は聞いていない。

連絡先を交換した日からメッセージはマメに送っているけれど返信が遅いのだと嘆いていたのはよく覚えているんだけれど。


「恵理ちゃんが、もう少し連絡が欲しいって言ってたかな」

「うぇーい! もうちょっと連絡してやれよ泰紀!」


お湯がわかせそうなほど顔を真っ赤にした泰紀くん。もう少しで蒸気でも噴き出しそうだ。


「なんで直ぐに返事してあげないの?」

「なっ! 嘉正お前まで!」

「純粋な疑問だよ。俺たちからの連絡はすぐに返すじゃん」


そう言われてみればそうだ。

トークアプリの「チーム出仕」グループでは夏休みの間もよくみんなで喋っていた。

だいたい慶賀くんと泰紀くんが一番最初に反応して、次に私と来光くん、一番最後に嘉正くんがメッセージを送ってくる流れが多い。

私たちと話す時は早いのに、どうして恵理ちゃんには連絡を返さないんだろう?


「し、仕方ねーだろ!」

「何がだよ」


泰紀くんは肩をふるふると震えさせて噛み付くように答えた。


「俺のことが好きだって言ってきた女の子だぞ! 何話したらいいのかわっかんねぇし、そもそも緊張しちまうじゃねぇか!!」


数秒の沈黙、そして皆は弾けるように笑い転げた。申し訳ないけれど私もくすくすと笑ってしまう。


「し、死ぬっ……まさか泰紀に女の子と話す時に緊張するほどの繊細さが……」

「俺だって繊細だ!!」


その言葉にまた皆がぶっと吹き出す。

泰紀くんは可哀想な程にぷるぷる震えて耳から首まで真っ赤っかだ。

後で恵理ちゃんに連絡しよう。あまりの連絡の無さに「脈ナシなのかなぁ」と不安がっていたから「心配無用だよ」って言ってあげよう。


そしてお昼休憩を挟んで、幽世動物学に妖生態学と順調に受講し七時間目の神役諸法度の授業。

今日は巫女舞もあったから少しウトウトしてしまいノートに大きなミミズを書いていた時、教室のドアがガラガラと開く音がしてハッと覚醒する。


「授業中すみませーん」


そう言って顔をのぞかせたのは薫先生だった。


「巫寿」


薫先生はちょいちょいと私に向かって手招きをする。どうしたものかと黒板の前の先生を見ると、行きなさいと目で示される。

そろそろと立ち上がって教室を出た。


「薫先生? どうしたんですか」

「いい知らせだよ。禄輪のおっさんから連絡来てるから、見てみ」


薫先生はニヤッと笑ってそう言う。

不思議に思いながらもスカートのポケットに入れていたスマホを出してみると、確かに禄輪さんからメッセージが届いていた。

ほらほら、と急かす薫先生を苦笑いでかわしながらロック画面を解除してアプリをたちあげる。

届いたメッセージをトンと叩いて開けた。


『直ぐに病院まで来なさい。祝寿が目を覚ました』


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