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対峙

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「……なあ、方賢さん遅くないか?」


その一言に皆がはっと顔を上げた。

言いつけられた罰則の文殿の書棚整理、手分けしながらそれに取り組みつつ、今朝から方賢さんを見守っていた。


『みなさん、私はちょっと御手洗に。逃げ出さずに取り組めば最終日くらい遊べるように計らってあげますから、真面目に取り組むんですよ』


そう行って文殿を出ていったのは、確か三十分前の出来事だった。

確かに遅いね、そう言おうと口を動かすも、自分の声は音にならず口がぱくぱくと動くだけだった。それだけでなく、自分の手足のはずなのに、まるで第三者に操られているかのように勝手に手足が動き出す。

慌てて文殿を飛び出す皆に、少し遅れをとって走る私の体。


「嬉々先生につけた来光くんの形代は?」


そう言ったのは紛れもなく私の声なのに、私はそれを言おうとはしていないし意識もしていない。

まるで誰かの体の中に意識だけ入ったような感覚だった。


どういうこと? 何が起きてるの?


これは確かに私の体のはずなのに、言うことが聞かない。まるで決められた動きを辿っているような感覚だ。


「なんにも変化ないよっ! 今も神修の自分の研究室に籠ってる!」

「なんだよそれっ、どういう事だよ!」

「そんなの知らないよ! 僕の形代はちゃんと仕事してるから!」


ばたばたと学舎へ続く石階段を登って学舎へ飛び込む。

先頭を走っていた嘉正くんが足を止めて、みんな膝に手を着いて息をした。


「まず調薬室に向かおう。鳥居を開けるギミックが決められた場所を通ることなら、調薬室からじゃないと」


そうだね、と相槌をうつのもやっぱり私であって私では無い。


「みんなこれ、厄除けの御札。書宿の明で大祓詞を書いたから、暫くは瘴気を避けられると思う」


ありがとう、と手を伸ばしたその瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ。

そしてまるでテレビの映像を倍速で見ているかのように目の前の景色が流れるように移り変わる。自分の体はそのスピードについていくのに感覚だけが取り残される。

やがてそれがぴたりと止まれば、紫暗の瘴気が立ち込める薄暗い廊下に立っていた。
 


「瘴気が前より溢れかえってる……」

「どうしてこんな」



景色はどんどん移り変わって進んでいく。ジェットコースターに乗っているような感覚に近い。

どんどん奥へ進んでいく私たち。そのたびに身震いしそうなほどの嫌な感じが大きくなっている気がする。

この先に危険が迫っている、痛いほどにそう感じる。


同じ私のはずなのになぜ「私」は気がついていないの? どうして意識だけが切り離されて体は言うことをきかないの?

やがて映像が切り替わるように、パッと目の前にあの鳥居が現れた。以前にも増して禍々しさがましたその鳥居の奥からは強い風が吹き付けるようにして瘴気が溢れて圧迫する。

はっと当たりを見回せば、皆が床に倒れていた。気を失っているのかピクリとも動かない。

駆け寄りたいのに自分の体はやっぱり言うことを聞かなくて、その場に棒のように立ちつくすだけだった。


鳥居の奥に人影が見えた。

ざ、ざ、と床と雪駄が擦れる音が響く。


「にげ、ろ……っ巫寿!」


はっとそちらに視線を向ければ、頭から血を流した嘉正くんが私に向かってそう手を伸ばした。


何とかしないと、逃げないと、みんなを助けないと……っ。

うごけ、うごけ、うごけ────!







「────っ、!」


ガシャン、と激しい音をたて椅子が倒れた。目を見開いてそれを見つめる。

服の上から抑えた心臓はマラソンを走った後のようにばくばくと高鳴っていた。嫌な汗がこめかみをつたった。


「ゆ、め……」


そう呟いた自分の声は震えている。

夢、そうだあれは夢だ。夢だから体が動かなかったんだ。現実は今、あれはただの夢だ。

頭の中で何度もそう繰り返すことで、やがて手の震えが収まった。


肺の中の空気を全部吐き出す勢いで深く息を吐けば、体の力が抜けてへろへろとその場にしゃがみこんだ。


「嫌な夢……」


いや、それ以上だ。みんながあんな目に会う夢を見るなんて、夢とはいえ不謹慎すぎる。

見た景色や感覚があまりにもリアルで、まだ鳥肌が立っている。

夢だと割り切るにはあまりにも鮮明すぎる。

額を押えて息を吐いた。



夢じゃないとしたら、あれは何?

まるで先のことを、未来を見ているような。

先の────未来を……?


以前かむくらの社で禄輪さんから言われた言葉がふと脳裏を過ぎった。


『巫寿は"先見の明"、未来を見通す力と、"鼓舞の明"、舞を舞う事で言霊を強くする力がある』


その瞬間、弾けるように立ち上がった。



転がり込むように文殿に入れば、いつも方賢さんが座っている席にその姿はなかった。本棚の間を確認しながら駆け抜けると漢方薬学の棚に嘉正くんたちの姿があった。


「あれ巫寿? どうしたのそんなに慌てて」

「神話舞終わったのかー?」


きっと屋台で買ったんだろういかの串焼きを齧りながら、首を傾げた。


「方賢さんは!?」

「あれ、すれ違ってない? 丁度巫寿と入れ替わりでトイレ行ったよ」

「真面目に片付ければ最終日は遊んでいいってさ~! さすが方賢さんだよな!」


みなさん、私はちょっと御手洗に。逃げ出さずに取り組めば最終日くらい遊べるように計らってあげますから、真面目に取り組むんですよ

あの夢の中で方賢さんはそう言った。

あの夢が未来で、あの鳥居の奥にいたのが嬉々先生なのだとしたら。


「方賢さんが危ない……っ! 早く、早く助けないと」

「巫寿?」


嘉正くんが心配そうに私の顔を覗きこむ。


「急にどうしたの? 方賢さんはたった今トイレに行ったばかりだよ」

「それに僕の形代もちゃんと嬉々先生を見張ってる。今も学舎の────」

「研究室にいるんだよね!?」


え、と目を見開いた来光くん。なんで知ってるの?とでも言うように驚いた顔で私をみあげる。

それもこれも、あの夢の通りだ。

じゃあ今すぐ助けに行かないと方賢さんが危な────駄目だ。助けには行けない。


もしも全部あの夢がその通りだったとしたら?

そうすれば、あの場へ行った皆はまた倒れてしまう。


逃げろ、と私に腕をさし伸ばす嘉正くんの顔が脳裏を過った。苦痛に歪んだ顔で頭から血を流した嘉正くん。

私は何も出来なかった。

じゃあどうすればいいの? このままだったら方賢さんが危ない目に会うかもしれない。

何も分からない私に丁寧に文字の読み方を教えてくれた。おすすめの本を探してくれて、話を聞いてくれた。そんな方賢さんを見捨てるようなことなんて出来るはずがない。

でも、どう説明すればいい? そもそも夢で見たと言うだけで皆は信じてくれるだろうか。本当かどうかも分からない、本当だったとしたらとても危険な場所へ行くことになる。

どうしたら、どうしたら────。


「行こう」


ぽん、と肩を叩かれてはっと顔を上げる。笑った皆が私を見ていた。


「なん、で」

「巫寿が意味もない嘘をつくはずないもん。巫寿がそういうんだったら、俺は信じるよ」


目を見開いてみんなの顔を見た。

うん、と頷いた皆が立ち上がる。


「慶賀ならまだしも、巫寿が言うんだ! 俺は信じるぜ」

「お? やるか泰紀、買ってやるぜその喧嘩!」

「もー、今はそれどころじゃないでしょ!」


いつも通りのみんなの笑顔に、張り詰めていたものがふっと弛む。

ありがとう、と言った声は少し震えた。

文殿を飛び出して学舎へ続く外の石階段をみんなで駆け上がる。


「でも、ほんとに危険なの。私たちだけじゃどうにもならないかもしれない」


なんの根拠もない私の言葉を信じてくれたみんなには本当に感謝しているけれど、私のせいで危険なことに巻き込むかもしれない。

夢であろうと現実であろうと、もうあんな風にみんなが倒れているところは見たくない。


みんなが険しい顔でお互いの顔を見合せた。


くゆる先生に連絡しよう。あの人変わり者だけど、今度こそちゃんと伝えれば聞いてくれると思う」

「それ無理かも。今朝の開門の儀にいなかったから、多分他の任務で外に出てるんじゃないかな」

「他の先生は?」

「そもそも信じてもらえないんじゃねえか? 開門祭初日でバタバタしてるし、あの薫先生が全く取り合ってくれなかったんだぜ」


下足場でスリッパに履き替えると、やはり嘉正くんの一言で調薬室へ向かった。



「取り合って貰えないとしても、メッセージだけでも残しとくべきだよ」

「了解、薫先生にメッセージ入れとく」


ポケットからスマホを取りだした来光くんは素早く片手でメッセージを打ち込み、「オッケー、入れといた」と指で丸を作った。


走りながら、自分の中の中心を捉えるように意識を集中した。


眞奉まほう、聞こえる?


声には出さずに胸の中でそう問いかける。そう間を空けずに、「はい」と頭の中に声が響いた。



禄輪さんは今どこにいる?

鬼脈に。



そうだ、禄輪さんもたしか今朝の開門の儀には出席していなかった。鬼脈ということは、電話やメッセージを送っても届かない。 

禄輪さんにこのことを知らせに行って欲しい、とまた心の中で伝えれば、すぐに「致しかねます」と返事が帰ってきた。

眞奉、と彼女を窘めるように呼べば、再度「今、君から離れることは出来ません」と声が響く。


薫先生が連絡に気付いてくれなかったら、私たち皆危ない目に会うかもしれないの。だから現状を禄輪さんに伝えて。

君が危険な目に晒される可能性のある状況で、私がこの場を離れるとお思いですか。

淡々とした返事に言葉が詰まる。


眞奉の言い分は分かる。でも、もしもの事が会った時に皆を助けられるのは薫先生か禄輪さんだ。



お願い眞奉。今助けを呼べるのは眞奉だけなの。心の中で必死にそう伝える。

十秒くらい沈黙が流れて次の瞬間、薄い羽織を脱いだ時のように体からふわりと何かが離れる感覚がした。

お怪我なさいませんよう。

耳元でそんな声が聞こえたかと思うと、暖かい風がふわりと頬を撫でて流れていく。

ありがとう、と気持ちを込めてその風を見つめた。



調薬室につくと、来光くんは私たちに例の厄除けの御札を配った。両手で大切に受けとって制服の内ポケットに忍ばせる。

夢の中もこれのおかげで、鳥居の近くまで進むことが出来た。今度作り方を教えてもらいたいな、とポケットの上からそっと触れる。


「行くよ、皆」


先頭に立った嘉正くんが振り向いた。みんなは顔を見合せて力強く頷いた。


調薬室の前から嘉正くんの記憶を頼りに、あの鳥居へ向かって走った。廊下を進みドアを通り、その度に辺りの空気が重くなっていくのが感じとれた。

前よりも瘴気が濃い気がする。あまり覚えていないけれど、この廊下を通るときはまだ瘴気を感じなかったはずだ。


「濃いね、瘴気」

「来光の御札がなかったら辿り着くまでにぽっくり逝ってたかもな!」

「ちょっと縁起でもないこと言わないでよ! 褒めてくれるのは嬉しいけどさっ!」


慶賀くんの言う通り来光くんが作ってくれた御札が効力を発揮しているのか、濃い瘴気の中を難なく進ことができている。

ここまではいい、けれどこの先で何が起きるのかは夢では見ることができなかった。見たのはみんなが倒れる姿と、鳥居の奥にいる人影だけだ。

でも、あの夢で見た人影って……。

巫寿? と名前が呼ばれて顔を上げる。


「何か気になることでもあるの?」

「……ううん。大丈夫。急ごう」

「ああ」


嘉正くんは足を速めた。

嘉正くんがガラリと扉を開けた瞬間、むせかえるほどの瘴気が流れ込んできた。

思わず咳き込めば、他のみんなも顔を顰めて口元を押さえる。まるで台風の中を歩いているかのように強い圧迫感が前から押し寄せる。

尻餅をつきそうになった私の腕を咄嗟に慶賀くんと泰紀くんが掴んで支えてくれた。


「あ、ありがとう……!」

「気をつけろ巫寿。にしてもなんだこれ、前よりひどくなってないか? 俺でもひっくり返りそうだ」


一歩一歩踏み締めながら扉をくぐる。

目の前に夥しいほどの鳥居が現れた。その鳥居に違和感を感じたけれど、その鳥居の下に立つ人物を見て違和感などどこかへ吹っ飛ぶ。

鳥居の奥から溢れ出る瘴気がその浅葱色の袴をはためかせる。骨張ったほっそりとした背中に叫んだ。


「方賢さん……っ!」


ふらりと振り返ると、そのおぼろな目と目があった。


「巫寿さん?」

「助けに来ました! 早く、こっちにっ」


ゴオオ、とまるでダムの水が流れ出すかのように激しい音が響く。間違いなく瘴気が鳥居の奥から溢れ出す音だった。

く、と歯を食いしばって両腕で顔を覆う。一瞬でも力を抜けば、吹き飛ばされそうだった。

息をする度に目が回って、身体中を不快な何かが這い回る。刺すように肺が痛い。

粘土のように身体中にねっとりまとわりついて少しずつ隙間を埋めていき、思うように息ができなくなっていく。


「何をしているんです! ここは危険です、早く逃げなさい!」


方賢さんがそう叫ぶ。


「嬉々先生がここの封印を破ろうとしているんです、もう私では抑えられない!」


一瞬、意味がわからず動きが止まった。

少し間を開けて「え……?」と聞き返す。一歩前に出たそのとき、嘉正くんが咄嗟に私の二の腕を掴んだ。

困惑しながら見上げれば、嘉正くんが険しい顔で方賢さんを睨みつける。


「どういうことですか」


見たことの無い怖い顔でそう問いただす。


「空亡の残穢です! ここに封印されている残穢を、喜々先生が狙っているんです!」


二度目の「え」という声は、困惑よりも恐怖の色が強かった。

自分達が思い浮かべていたことよりも、はるかに恐ろしいことが起きているということがその瞬間にわかった。

嬉々先生ではなかった。全ての犯人は嬉々先生ではなかったんだ。


「なぜ、それを知っているんですか」


そう問うた嘉正くんの声も震えている。

方賢さんはすっと目を細めて私たちを見据える。その視線がずっと感じていた胸騒ぎの嫌な感じと重なった。


「空亡の残穢の封印場所はその保管先の禰宜以上の神職と、神社本庁の上層部しか知らないはずです」


ゴールデンウィークの何日目だったか、薫先生が空亡の残穢を回収しに沖縄へ行って、神修に帰ってきた時に私たちへ教えてくれたことだ。

残穢を一箇所に集めず全国各地の社に保管していて保管されているということは社の禰宜以上の神職と神社本庁の上層部しか知らない、そう言っていた。

空亡の残穢はそれほど厳重に扱われていいるということだ。


それをなぜ、方賢さんが知っているの? だって方賢さんは権禰宜、禰宜の一つ下の階級だ。その情報を知っているはずがないのに。


「権禰宜のあなたが知っているはずのない情報だ」


心臓がバクバクとうるさい。耳の横にあるみたいだ。

方賢さんはじっと私たちを見つめる。その細い目を初めて怖いと思った。



「────邪魔な人達ですね」


全身がぞわりと震えた。


「方賢、さん……? 何を」

「申し訳ありませんが、ちょっと黙っていてください」


懐から帛紗ふくさを取り出した方賢さんは半紙を人の形に切り取った形代かたしろを取り出した。

ふっと息を吹きかけた次の瞬間、ぶわりと大きくなって私たちに向かってくる。


「っ!」


避ける間も無く目の前に迫ってきたそれは、私たちを押し倒すと床に縫い付けるように覆いかぶさった。


「何すんだよ方賢さん! なんで、なんでこんなこと!」

「意味わかんねえよ、説明しろよ!」


そう叫んだ二人を、冷たい目で一瞥する。その瞬間、二人に覆いかぶさる形代が彼ら頭を強く床に押し付けた。鈍い音がして二人の悲鳴が聞こえた。

喉が震えて、吐く息ですら情けないほどに細い。

私たちに背を向けた方賢さんは一番手前の鳥居に手をかけた。その先には色褪せて角が千切れかけた御札がある。

そこでさっきここへきた時の違和感がわかった。御札の数が明らかに減っている。

朱色の柱が見えないほど貼り付けられていたはずの御札がほとんど剥がされていて、鋭いナイフで切り刻まれたような紙切れが足元に積もっている。誰かに切り裂かれたのは一目瞭然だった。


方賢さんは目を閉じ胸の前で静かに手を合わせると短く息を吸った。

まるで金属を擦り合わせるような、黒板に爪を立てるような、ドリルで何かを削るような。とにかくその声は不快で顔を顰めて耳を塞いだ。

聞いたことのない言葉の羅列は、祝詞とは違ってまるで不協和音だった。聞かなくてもわかる、これは呪詞だ。

祝詞とは正反対の力を持つ、負の作用をもたらす詞。全身の細胞がその言葉から逃げようとしている。聞いているだけなのに体が芯から震えた。

最後の一語を唱えた瞬間、パンッと鳥居に貼られた御札の数枚がはじけた。紙切れになったそれは瘴気に吹き飛ばされてこちらに流れてくる。

その光景に言葉が出なかった。


小さく息を吐いて目を開けた方賢さん。眉間に皺を寄せて袂を探ると何かを取り出した。長方形のその紙はまるで墨で塗りつぶされたかのように余すことなくどす黒い色に染まっている。


それには見覚えがあった。


「この御札、素晴らしいですね」


そうだ、それは来光くんが書宿の明で書いた厄除けの札だ。

嬉々先生に呪いをかけられていると思ったから、方賢さんを助けたくて用意したものだ。


「ここを護るその御札は、破れば呪者に呪いが跳ね返るようになっているんですよ。初めはどうにもならなくて苦戦していたのですが、この御札を頂いてからはすべて呪いがこちらに流れてくれたので、私が呪いを被ることもなく破壊することが出来たんです。なので、貴方には感謝しているんですよ、来光くん」


来光くんは泣きそうな顔をして歯を食いしばった。


「僕はっ……僕は方賢さんを助けたくてその御札を渡したんだッ!」

「ええ、大いに私を助けてくれましたよ。貴方の思惑とは違ったでしょうけれど」


ふふ、といつも文殿で見せるような笑みを浮かべた方賢さん。

けれど今はその笑顔の奥の冷たさが手に取るように分かった。


「さて。立て続けに呪詞を唱えたのでだいぶ力が削られてしまったようですね。少しこちらの作業は休みましょうか。その間に貴方がたをどうするか考えましょう」


御札を袂に仕舞いながら、方賢さんは私の頭のそばに歩み寄った。

睨むように方賢さんを見上げれば、方賢さんは顎に手を当てて首をひねった。


「どうしましょうかね。口封じのために殺そうと思ってましたが、私の手を汚さなくても放っておけば勝手に死にそうですし」


そう言われてハッと周りを見た。

青い顔をしたみんなが抵抗する力もなくぐったりと床に伏せている。ハッと内ポケットに入れていた札に手を伸ばせば、指先が触れた途端さあっと砂のように崩れる。

札の効果が切れてしまって、瘴気にあてられたんだ。


「な、なんでこんなこと」


震える声でそう問えば、方賢さんはニコリと微笑んだ。


「いいですよ、退屈しのぎに答えて差し上げます。これから悲願が達成できるので、気分がいいんです。……まあ答えたところで貴女がたには死んでもらいますので、無意味だとは思いますが」


私のそばにしゃがんだ方賢さんはその白い腕を伸ばし、私の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。

痛みに呻き声がもれた。


「方賢、さ……っ」

「それですよッ!」


聞いた事のない怒鳴り声に体がすくんだ。


「方賢"さん"方賢さん方賢さん! 貴方がたはまるで馬鹿の一つ覚えのように私をそう呼ぶッ」


言葉の意味がわからず、髪を引っ張られる痛みと困惑で顔を顰めながら方賢さんを見た。


「馬鹿にしているんですか? 私がこの歳になってもまだ正階三級であること、権禰宜であること、社でのお勤めも許されず文殿に追いやられていることをっ!」


本当になんの話しをしているのかが分からなかった。

今までに見たことの無い怒りに震える方賢さんに言葉を失う。


「なぜ私のことを、誰も「権禰宜」とは呼ばないのですか? 私が自分たちよりも下であると思っているからですか!」


権禰宜……? 自分たちよりも下?

方賢さんは何を言ってるの?


「力がなければ役立たず────どれだけ時代が移ろうとも変わらないこの界隈の考え方には反吐が出そうです」


吐き捨てるようにそういった方賢さんの瞳は怒りの炎で燃えている。

なのに何故か、その目が今にも泣き出しそうに思えた。



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