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部活見学

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「なんか、ろくな事が起きないね」


階段を降りながらそう呟いた来光くんに「はは……」と苦笑いをうかべる。

槍術部では手がボロボロになるまでしごかれ、流鏑馬部では馬から落馬、漢方学部では爆発事件に巻き込まれた。


今日は厄日だったんだろうか。そういえば今年って厄年だったっけ。そんなことを考えながら遠い目をする。


「流石に究極祝詞研究会では爆発も落馬もないと思うけど。ね、来光?」

「あったら困るよ……」


情けない声でそう言う。


「あはは、ノリケンはオタクの溜まり場だからね。運動部のノリもなけりゃ、爆発も落馬もないよ」

「ノリケン?」

「究極ノリケン究会、略してノリケン。基本的には教室で祝詞の作成をして、完成したら屋外演習場で実践してみたりするよ」


実践、と聞いて先程の爆発が脳裏を過ったけれど、すかさず「まあ、実践までたどり着いた人は滅多にいないけど」と訂正が入る。

辿り着かないって、どういうことだろう?


「完成してなかったり、間違った言葉が使われた祝詞に言霊が乗ると暴走しやすいんだよ。だから使ってもいい祝詞になるまでに、何百回と色んな人にチェックしてもらうんだ」

「へえー、そんなに手間がかかるんだ」

「死ぬよりかはマシでしょ」


はは、と笑った来光くんに顔をひきつらせる。

もしかしてこれから行くところが、一番危険な部活なのかもしれない。




究極祝詞研究会の活動場所は今はもう使われなくなった空き教室を使用しているらしい。

「こんにちは」と中へ入った来光くんに続いて教室へはいると、四方の壁が天井まで本棚になっていて古い巻物がびっしりと詰め込まれていた。


こんにちはー、と緩い返事が返ってきて、誰も私を気に止める様子もなく自分の目の前のノートに齧り付いている。


「いつもこんな感じだから。ほとんどが自分か祝詞にしか興味無い人達なんだよね」


空いている席に私たちを案内した来光くんは机に齧り付く一人の男性に話しかける。

丸メガネに目にかかるくらいの長いもじゃもじゃの髪が印象的な男の人は、浅葱色の袴姿から神修の先生なのだと分かった。

立ち上がったその人は私たちの元へ歩み寄る。


「えっと、椎名巫寿さん?」

「あ、はい。部活見学でお邪魔してます」

「見ての通り見学するにはなんの面白みもない部活ですが、どうぞゆっくりして行ってください。祝詞作成は己との戦いですからね、はい。巫寿さんにもその孤独の先にある面白さを実感して欲しいものです。そして正しい詞の美しさに思う存分酔いしれて下さい」

「はぁ……」


早口で捲し立てるようにそう言うと、また席に戻りノートに顔を埋めた。

困惑気味に来光くんを見ると、彼は「変わった人でしょ」と肩を竦めた。



「巫寿ちゃんはどんな祝詞を作ってみたい?」

「うーん、どんな祝詞だろ」


授業で習ってきた祝詞を思い出してみる。大祓詞、禊祓詞、火鎮祝詞。

どれも長くて難しい言葉が多く覚えるのにも一苦労した。

言祝ぎの力がコントロールできるようになったとはいえ、言霊にしたい祝詞の本文を覚えていなければ話にならない。


「短くて難しい言葉も少なくて万能な祝詞とか……作れないよね」

「できるよ」

「え、できるの!」

「威力はそんなに強く出来ないけどね。語彙数によってより効果が具体的になるから、少ないとどうしても弱まっちゃうんだ」


机の中から紙を取りだした来光くんはそれを私に手渡した。



「二行で作れるよ。祝詞の基本って一行目の続きには力をお借りしたい神様の名前を。二行目の続きには、どういう力を借りたいのかを書けばいいだけだから」

「すごい……こんなに簡単にできるんだ」


とりあえず書いてみなよ、と紙を渡されて首を捻る。


神様の名前と借りたい力、か。

色んな場面で使えるといいから、神徳が幅広い神様の名前を入れたいな。

厄除、守護、和合……あと平癒なんかもあればいい。


借りたい力は、それら全般をお借りしたいから、ひとまとめにして「その神徳をお貸しください」にしよう。


えっと確か、始まりの基本が「懸けまくも畏き」で、終わりは「恐み恐み謹んで」。「その」が吾大神あがおおかみで、「ご神徳」が大御稜威おおみいづだから……。

さらさらと紙に鉛筆を走らせる。


「お、いいじゃん。────先生、これみてください!」


もじゃ髪先生がのそっと立ち上がって歩み寄ると、私が書いた祝詞の紙をじっと覗き込む。口の中でブツブツと呟いたかと思うと、親指と人差し指で丸を作ってひとつ頷く。


「お、すごい。一発合格だよ」

「一発合格?」

「今日からこの祝詞使っても良いって」


えっ、と目を丸くした。

まじまじと自分で作った祝詞を見つめる。

学校の授業で穴埋め形式で祝詞を作ったことはあるけれど、自分で一から考えて作ったものは初めてだった。


「奏上してみなよ」

「え、ええ……? 大丈夫かな、変な風になったしないかな」

「大丈夫だよ、先生の合格が出たんだから」


自分の祝詞を見つめ、ばくばく波打つ鼓動を沈めようと深く息を吐いた。

胸の前でパン、と手を合わせた。


「────懸けまくも畏き大国主神おおくにぬしのかみよ。恐み恐み謹んで吾大神あがおおかみ大御稜威おおみいづかがふり奉る」




次の瞬間、合わせた手のひらがじんわりと熱くなって咄嗟に手を離した。


見れば、皮が向けて赤くなっていた手のひらの赤みが引いている。

試しに握ったり開いたりしてみると、ずっと感じていたじくじくとした痛みはなくなって、すっかりいつも通りになっていた。


「うわ……っ」


興奮気味に声を上げると、来光くんが嬉しそうに笑う。


「嬉しいよね、初めて作った祝詞が成功すると」

「うん、でもびっくり……。こんなにちゃんと効果があるなんて」

「巫寿ちゃんは言祝ぎが強いから、それもあるんじゃない?」

「なるほど……」


祝詞の書かれた紙を掲げる。初めて作った祝詞だけあって何だか感慨深い。

究極祝詞研究会、すごく面白いかもしれない。


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