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始まりの詞

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「────よく聞きなさい」


両肩を掴んで私の顔を覗き込む。

真剣な声でそう言われ、戸惑い気味に頷いた。


「もし巫寿みことが本当に、自分の身に何が起きたのか知りたいと思うのなら、神役修詞しんえきしゅうし高等学校へ行くべきだ。巫寿の兄さんや父さん母さんが学んだ場所だ」

「しん、えき?」

「巫寿の両親は、妖から巫寿を隠そうとした。祝寿もその想いを受け継いで今まで巫寿を守ってきた。俺のこの提案は、巫寿を大切に守ってきた人達の意思に反してしまうかもしれない」


ばくばくと、心臓が騒ぎだす。


「両親のこと、自分のこと、これからのこと、身の守り方……巫寿が知らない、一恍や泉寿や祝寿の過ごした歳月をそこで知ることが出来るはずだ」


開け放たれた障子から花吹雪が舞い込んだ。

まるでなにかに答えるように、まるで何かを祝福するように、まるで何かを手招くかのように。


「私……」


本当は怖くてたまらなかった。

今なら「普通」の生活に戻ることだってできる。日常に戻ることを心の中では望んでいたはずなのに。

まるでもう一人の自分が、そうさせているようだった。


「知りたいです」


お父さんとお母さんが、何と戦っていたのか。お兄ちゃんは何から私を守ろうとしてくれていたのか。

受け継いだ私の中に宿る力はなんなのか。







『────大雪の影響により関東地方ではJRが全線で運転を見合わせており、夕方から深夜にかけてはライフラインへの影響も懸念されています。』

ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げるのを横目に、毛糸のマフラーをくるくると巻き付ける。


「お兄ちゃん、私もう行くねー?」

キッチンにいる兄に聞こえるようにそう声をかける。

「え、もう出るの? 今日早かったっけ?」


胸元に大きなうさぎのアップリケが付いてある水色のエプロンを着たお兄ちゃんが、フライパンを持ったままドタバタとキッチンから出てくる。

フライパンの上で熱々のタコさんウィンナーがじゅうじゅうといい音を立てていた。

「もー、昨日言ったよ。恵理ちゃんと待ち合わせてから試験会場行くから、いつもよりも早く出るって」

スクールバッグの中を整えながらそう伝えると、お兄ちゃんは「あちゃー」と頭を搔く。


「ごめん、すっかり忘れてた。まだお弁当出来てないや……。おにぎりだけでも握ろうか? 5分あればできるよ」

「急いでるからいいよ。コンビニで何か買ってく」

「朝ごはんは? パン直ぐに焼くからそれだけでも、」

「それも途中で買う!」


そう言ってくるりと背を向けるとお兄ちゃんが慌てて追いかけてくる。

「待って待って! 行ってきますのおまじないもしてないだろ!」

「もー、急いでるの。それにいつまでも子供扱いしないでって言ってるじゃん!」

「15は十分子供だ馬鹿!」


追いかけてくるお兄ちゃんの手から逃げるように小走りで玄関へ向かう。

ちょうどその時、プシューっとヤカンが音を立てるのがキッチンから聞こえた。お兄ちゃんが「ああっ」と悲鳴をあげてまたドタバタと戻っていく。

その隙にスニーカーのつま先をトンと叩きつけてドアを開けた。

鼻先には真っ白な景色が広がった。どこもかしこも粉のような雪をふわりと被っている。ツンと肌を刺す冷たい空気に、吐く息が染った。


「いってきまーす」

「あっこら巫寿みこと!」とお兄ちゃんの怒った声が聞こえて、慌ててドアを閉めた。

昨夜のニュースで大寒波が直撃すると言っていたけれどその予報は大当たりで、明け方からしんしんと細かい雪が降っていた。

アパートの外階段にもうっすら積もっていて、滑らないようにしっかり踏み締めながら降りる。

受験の当日に"すべる"なんて、縁起が悪いもん。今日は第一志望校の受験日だ。


いつもよりも時間をかけて慎重に階段を降りていると、私たちの部屋の真下、一階右端の部屋のドアががちゃりと開く。
顔を出したその人は、私を見上げて顔を綻ばす。


巫寿みこと


アパート一階の右端、私たちの部屋の真下にあるその部屋は管理人さんの部屋だ。

津々楽玉嘉さん、私は玉じいと呼んでいる。奥さんを随分前に亡くなくして以来ずっと一人暮らしをしているおじいさんだ。昔から良く面倒をみてもらっていて、小さい頃はお兄ちゃんが仕事から帰ってくるまでの時間を玉じいの部屋で待たせてもらってたりもした。

最近はお兄ちゃんと3人で玉じいの76歳のお誕生日をお祝いしたばかりだ。

背筋は私よりもしゃんと伸びて全然おじいちゃんっぽくないハキハキしたひと。昔はちょっと怖い人だと思っていたけど、笑った時の目尻の皺が優しくて、いつも私の髪の毛をボサボサに撫でる大きな手が昔からずっと好きだ。


「玉じいおはよ、行ってきます!」

「気をつけてな」


はーい、と元気に手を振り返した。



「みこ~! おはよー!」


待ち合わせの駅前に、同じくマフラーをぐるぐる巻きにした恵理ちゃんが手を振って立っている。
二つくくりのお下げが良く似合う私の大親友。幼稚園の頃からの付き合いだ。

手を振り返しながら、駆け寄った。


「おはよ、やっぱり雪降ったね」

「ね! 寒すぎる~! 手繋ごっ」


恵理ちゃんと身を寄せ合い改札口を通る。

電車が来るまでの時間は英単語のクイズを出し合って過ごした。



「────それでは、始めて下さい」

サラリ、と紙を捲る音が教室中に響く。

試験は順調に進み、昼休みを挟んで四科目めの理科のテストが始まった。


あ、ここ。恵理ちゃんとお昼に教科書で見たとこ。


そんなことを考えながら順調に問題を解いていると、始まってから30分くらい経ち試験官の先生が私の席の横で足を止めた。

少しドキッとしながらも問題用紙を見つめていると、机の上にスっと紙が置かれた。

不思議に思ってその紙を見る。


【急を要するお話があります。荷物をまとめて静かに立ち上がり、試験官と教室を出てください。】


目を見開いてその紙を見つめる。

戸惑い気味に先生を見上げると、先生は険しい顔でひとつ頷いた。

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