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以津真天の待ち人
弐
しおりを挟む入学式は午前中で終わり、ホームルームで明日からの時間割を配られると、直ぐに解散になった。詩子と明日からの約束をして最寄り駅で別れる。
神社へ向かう途中で、その異変に直ぐに気が付いた。
日の出ている間は決して見ることのないはずの彼らが、同じ方角を目指して歩いているのだ。妖たちが道を歩いている。それも一匹や二匹ではなく、たくさんの妖が往来を走っていた。
彼らが走っている道の先には、辿り着く場所はひとつしかない。結守神社だ。
辺りを見回すと、見知った妖狐の兄弟があった。皆が必死に走っている中、ふたりは手を繋いでその場に佇んでいる。急いでそのふたり近寄る。泣きながら立っているふたりに声をかけた。
「ふたりとも、こんにちは。 こんな時間にどうしたの?」
ふたりは私の声に気が付き振り返る。
私と目が合うなり、ふたりは一層ぼろぼろと涙をこぼした。
「巫女さまっ……! 母さんが、先に行けって、先にって言ったのっ」
「待ってるのに来ないの~~っ」
うわあ、と号泣しながら私の腰に抱きついたふたり。困惑しながらも「大丈夫だよ」と小さなその頭を撫でた。
「どこへ行くつもりだったの?」
「お、おやしろっ」
お社? と首を傾げた。今は丁度十二時を少し過ぎた時間帯だ。妖たちの時間では真夜中のはず。大人の妖はさておき、妖狐の兄弟のような子どもの妖は眠っている時間のはずだ。
「みんな、おやしろに逃げるの」
「三門さまに助けてもらうの」
鼻を啜りながらそう言った兄弟。
逃げる、という言葉に眉根を寄せる。じゃあこの走っている他の妖たちも、何かから逃げるために社へ向かっているということなのだろうか。
とりあえず一緒に行こう、とふたりの手を取って私も走り出した。
表の鳥居が見えてきて、私は目を丸くした。
社へ逃げてきた妖たちが表の鳥居から入っている。普段、妖は裏の鳥居から裏の社へ、ひとは表の鳥居から表の社へ入ると決まっており、お互いに反対の鳥居から反対の社へは入れないことになっている。入れるのは、神職や巫女、神使に招かれて許可されたものだけだ。
訳が分からずに、とりあえずその波に乗って社へ続く階段を駆け上がる。階段の途中には疲れ果てたように座り込む妖がたくさんいた。
社頭には、裏の社が開いている時よりもさらに多くの妖たちで溢れかえっていた。妖狐の兄弟の手を引きながらその間を縫うようにして歩く。たくさんの妖に囲まれた三門さんが本殿の前にいた。
「三門さんっ」
「麻ちゃんおかえり、見ての通り今すぐ手伝ってほしくて、着替えたら社頭に出てきてもらえる? 説明は後で必ずするから」
切羽詰まった様子の三門さんは一息でそう言うと、私の返事を聞く前に他の妖たちにまた囲まれた。
「あっ、母さん……!」
私の手をぱっと話駆け出して行った兄弟を慌てて追いかける。兄弟のお母さんとは何度か顔を合わせたことがあるので、直ぐに本人であることが分かった。お母さんも兄弟のことを探していたらしく、少し目に涙を浮かべながらふたりを強く抱きしめた。
兄弟が「巫女さまがつれてきてくれたの」と私を見上げてにっこり笑う。お母さんはふたりの頭を無理やり下げさせて何度も礼を言った。
「ありがとうございます、ほんとうにありがとうございます巫女さま……!」
「そんな、無事合流出来てよかったですね」
「本当に、こんな時に限ってこの子たちは」
そう言ったお母さんは兄弟の手を引いて去っていった。
急いで自宅へ戻った私は制服を着替えてまたすぐに外へ出る。着替える前よりも妖が増えていて、階段からぞくぞくと昇ってきているのが見える。
本当に一体何があったんだろう。表の鳥居を使えるようにしたくらいだから、きっと何か重大なことがあったに違いない。
三門さんの姿を探しながら参道を歩いていると、御神木の前にババの後ろ姿を見つけた。小走りで駆け寄る。
「ババ!」
「麻、帰ってきていたんだね」
「うん、さっきね。それで、何があったの? 表の鳥居が妖たちも使えるようになっていたの」
他の山姥たちと話していたババは、険しい顔を浮かべた。
「まだ私も何が何だか分からないんだけどね、一時間くらい前に、妖を祓う呪が裏山で唱えられたみたいなんだよ」
声を潜めたババ。眉間に皺を寄せて、ぐっとババに顔を近づける。
「妖を祓う呪?」
「裏山全体に届くほどの規模でね、幸い呪の力は自体は弱かったから被害は少なかったみたいだけれど。社は三門がいて安全だから、みんなここへ避難してきたわけだよ」
そんなことが、と息を飲んだ。だからみんな、何かを恐れるように必死で走ってここを目指していたんだ。
「でも、一体誰が……?」
「みくりとふくりが現場を見に行っているよ。この辺りは昔から結守神社が面倒を見ていると土地なんだ。だから今までこんなことは一度もなかったんだよ」
目を伏せたババにはっと気が付く。ババもここへ逃げてきた一人で不安なはず。それなのにしつこく聞きだすのは良くなかった。
「ありがとう。ごめんねババ。ゆっくり休んでて」
「いいんだよ。気を遣わせて悪いね」
「ううん。きっと大丈夫だから。何かあったらすぐに呼んでね」
そう言ってババに別れを告げると、また参道の方へ戻った。きょろきょろと辺りを見回すと、神楽殿の近くにその姿を見つける。急いで駆けよると、三門さんのそばにふくりとみくりがいた。
ちらりと私を一瞥したみくりは、また三門さんと話し始める。ふくりが「おかえり」と尻尾を振ってくれた。
「それじゃあ、裏山の麓で術が使われたんだね?」
「ああ、間違いない。麓から山頂まで大きな力が動いたあとがあった。相当な術者とみた」
「よりによって裏山一帯か。山に住んでいる妖は多い。逃げてくる妖がどんどん増えていくかもしれないね」
腕を組んだ三門さんは一層顔を険しくさせる。
「ふたりとも、また何かわかったことがあったら知らせて」
頷いた二匹は妖でごった返す社頭を風のように走り抜けていった。依然として険しい顔の三門さんは小さく息を吐く。
「三門さん……?」
「麻ちゃん、待たせてごめんね。移動しながら話すよ」
頷いた私は三門さんの隣に並ぶ。三門さんは目を伏せて話し始めた。
大体はババに教えてもらったことと同じだった。
一時間ほど前に、裏山のほうで突然強い呪が使用された。それが妖を祓う力のある呪だということに気が付いた三門さんは、直ぐにふくりとみくりと呼んで裏山へ向かわせた。しばらくすると社へたくさんの妖が逃げてきて、あまりにもたくさんの妖が押し寄せてきたため、妖たちでも表の鳥居をくぐれるように開けたというわけだ。
そしていま、混乱する妖たちや親とはぐれた子どもたちの対応に追われているらしい。
本殿の前まで来ると、三門さんを慕っている妖の子どもたちが駆け寄ってきた。その場にしゃがんだ三門さんは子どもたちの頭をひとりずつ撫でていく。
「みんな、お母さんの所にお戻り。心配しているかもしれないよ」
「ねえ、祓い屋が町に来てるの?」
「三門さま怖いよっ」
「僕たち祓われちゃうの? やだよお……」
三門さんは子どもたちをぎゅっと抱きしめた。涙を浮かべる子どもたちに胸が痛くなる。
ふと、足元に気配を感じて視線を落とす。おかっぱ頭に角を生やした三歳くらいの妖が私の袴を掴んで、私をじっと見上げている。その頭をそっと撫でて、小さな手をきゅっと握る。
「大丈夫だよ。神使さまが、いま安全かどうか見てきてくれてる。直ぐにお家に帰れるからね」
何かを堪えるようにぎゅっと目を瞑った三門さん。子どもたちをもう一度強く抱きしめると、ゆっくりと立ち上がった。
「麻ちゃん、皆をお母さんの所までお願い」
「わかりました」
「今日は神楽殿を開放するから、泊りたい妖はそこへ来るように伝えて」
ひとつ頷くと、子どもたちの手を引いて歩き出した。
やがて日が暮れて、帰ってきたふくりとみくりから裏山はもう安全であることを伝えられると、みんなは少し不安げな顔を浮かべながらもぞろぞろと戻っていった。そして小さな子供のいる家族や年老いた数十人の妖だけが神楽殿に残った。
今日は社頭で出店を開く妖は少なく、とても静かな夜だった。
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