上 下
12 / 53
妖狐の願い

しおりを挟む

「おーい、そっち持ち上げてくれ!」

「この看板はどこに置くんだ?」

「誰か金づち貸してくれ!」


真夜中にも関わらずたくさんの提灯が灯り、いつも以上に明るい社頭はまるで文化祭の前日みたいな雰囲気だった。たくさんの妖が忙しなく動き回りながら、楽しそうに何かの作業に取り組んでいた。

私はと言うと、夕食後三門さんから「裏のお社で手伝ってもらいたいことがあるんだ」と頼まれて、その三門さんを探している真っ最中だった。

それにしても、いつも以上に賑わっているのはどうしてだろう。

御神木の側で首を傾げながらきょろきょろと辺りを見回していると、突然背後から声がした。


「ああ。なんだ、こんなところにいたのかい」


振り返るとそこにはあのおばあさんの姿があり、ほっと息を吐く。


「三門の坊やが呼んでいたよ。一緒に行こうか」

「あ、ありがとう、おばあさん」

「おばあさんだなんて照れくさいじゃないか。ババでいい、みんなそうよんでいるんだ」


ちょっとこそばゆい気持ちで一つ頷けば、しわしわの手で頬を撫でられる。目を細めながらそれを受け入れる。


「……あの、ババ、ひとつ聞いてもいい?」

「ああ、いいさ。どうしたんだい」

「今日って、お祭りなの……?」


手を止めたババは「え?」と目を瞬かせる。数秒後、呆れたように溜息を零すと、やれやれと肩を竦めた。


「なんだ、三門の坊やはまた何も教えていなかったのかい! たく、あの子は本当に仕方のない子だね」


そう独り言ちたババに、私は一層首を傾げた。ババは数歩歩くと振り返って手招きをした。慌てて横に並んで歩き出す。


「今日は開門祭の準備をする日なんだよ」

「開門祭……?」


そうさ、とババがひとつ頷く。


「表の鳥居は表のお社へ、裏の鳥居は裏のお社へつながっていて、表から裏、裏から表へはいけないことは知っているね?」


私が首を振れば、ババは自分の額に手を当てた。


「本当に何も教えてもらってないんだね。知らなければ麻が危険な目に遭ってしまうかもしれないに、あの三門の坊やは全く! あとで説教をしてやらないといけないねえ」


ふん、と鼻を鳴らしたババに、よくわからないが「三門さんは悪くないよ」と弁護しておく。

大きなため息を零したババは、「いいかい?」と人差し指を立てた。


「妖が参拝する裏のお社も、人が参拝する表のお社も、どちらも同じ結守神社ではあるけれど、入り方を知らない限りお互いに反対のお社へは入れない仕組みになっているんだ」


時間が時間なだけに人が来ないのかもしれないが、たしかに裏のお社が開く時間に社頭で人の姿を見かけたことがなかった。

反対に、日中はババ以外の妖を見かけたことがない。


「だから大晦日と三が日を含む師走の二十八日から七日間だけ、昼夜を問わず両方の種族が参拝できるように、ひとつのお社を開ける。開門祭はそのもうひとつのお社、『おもてらのお社』を開けるお祭りだよ」


いつの間にか神楽殿の裏まで歩いてきていた私たち。ババは神楽殿のそばにいる人だかりを指さした。


「開門祭で披露する『結眞津々実伝説』の芝居を練習しているんだ」


私と同い年くらいの、狐の耳をはやした少女が琴の音に合わせて軽やかに舞を舞っていた。そばには三門さんの姿ある。


「妖たちは開門祭をいつも楽しみにしているからねえ、毎年前日からこのどんちゃん騒ぎなのさ」


楽しげに笑ったババは「ここで待ってな」と言い残すと、人だかりの中に突き進みんでいった。そして少女と言葉を合わす三門さんに声をかける。すると三門さんが小走りでこちらへ向かってきた。


「ごめんね麻ちゃん、お待たせしました。ババに捕まっちゃって」

「何が捕まった、だよ。ろくに説明もしないでほっぽり出して」


ババがじろりと三門さんを睨みながら言う。


「もうババ、そんなに怒らないでよ。ちゃんとした理由があるんだから」

「麻以上に大切にしなければならない理由ってのがあるのなら、聞いてみたいもんだねえ」


苦笑いを浮かべて首を竦めた三門さん。

よくわからにけれど「私は大丈夫ですよ……?」と答えてみれば、ババがより一層怖い顔をした。

げ、と小さく零した三門さんは私の手を取ると、「これお待ち!」というババの声から逃げるように、その場から走り出した。


「ババの説教はみくりと同じくらいに長いからね」


本殿の前に戻ってくると、三門さんは息を吐きながらそう言った。思わず笑ってしまう。


「開始祭のことは……」

「もうひとつのお社を開けるお祭りだって……」

「他には何か聞いた?」


他には? と首を傾げた。

他にはということは、もうひとつのお社を開けること以外にも何かあるのだろうか。

三門さんは「いや、何でもないよ。気にしないで」と曖昧に笑うと歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋
キャラ文芸
時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。 陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。 とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。 勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。 この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。 分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。

幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
キャラ文芸
「お前はやつがれの嫁だ」 涼音は名家の生まれだが、異能を持たぬ無能故に家族から迫害されていた。 お遣いに出たある日、涼音は鬼神である白珱と出会う。 翌日、白珱は涼音を嫁にすると迎えにくる。 家族は厄介払いができると大喜びで涼音を白珱に差し出した。 家を出る際、涼音は妹から姉様が白珱に殺される未来が見えると嬉しそうに告げられ……。 蒿里涼音(20) 名門蒿里家の長女 母親は歴代でも一、二位を争う能力を持っていたが、無能 口癖「すみません」 × 白珱 鬼神様 昔、綱木家先祖に負けて以来、従っている 豪胆な俺様 気に入らない人間にはとことん従わない

ローリン・マイハニー!

鯨井イルカ
キャラ文芸
主人公マサヨシと壺から出てきた彼女のハートフル怪奇コメディ 下記の続編として執筆しています。 「君に★首ったけ!」https://www.alphapolis.co.jp/novel/771412269/602178787 2018.10.16ジャンルをキャラ文芸に変更しました 2018.12.21完結いたしました

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

下宿屋 東風荘 5

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆ 下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。 車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。 そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。 彼にも何かの能力が? そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__ 雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!? ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。

常世の狭間

涼寺みすゞ
キャラ文芸
生を終える時に目にするのが このような光景ならば夢見るように 二つの眼を永遠にとじても いや、夢の中で息絶え、そのまま身が白骨と化しても後悔などありはしない――。 その場所は 辿り着ける者と、そうでない者がいるらしい。 畦道を進むと広がる光景は、人それぞれ。 山の洞窟、あばら家か? それとも絢爛豪華な朱の御殿か? 中で待つのは、人か?幽鬼か? はたまた神か? ご覧候え、 ここは、現し世か? それとも、常世か?

あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ
キャラ文芸
 ストーカーから逃げるために、格安のオカルト物件に引っ越した赤城雪子。  だが、彼女が借りた部屋の隣に住む男、黒川一夜の正体は、売れない漫画家で、鬼の妖怪だった!  しかも、この男、鬼の妖怪というにはあまりにもしょぼくれていて、情けない。おまけにド貧乏。  担当編集に売り上げの数字でボコボコにされるし、同じ鬼の妖怪の弟にも、兄として尊敬されていない様子。  ダメダメ妖怪漫画家、黒川さんの明日はどっちだ?  この男、気が付けば、いつも涙目になっている……。  エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。十二万字程度で完結します。五章構成です。

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

処理中です...