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ゆいもりの社へ
壱
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────追伸 麻ちゃんが良かったらなんだけど、冬休みの間はうちで過ごしませんか? 何も無い所ですが、とても静かで心安らげます。是非僕に連絡をください、列車のチケットをお送りします。もしかしたら、何か麻ちゃんの役に立てるかも知れません。
一定のリズムで揺れる車内で、ぼんやりとその手紙を見つめていた。ふう、と小さく息を吐き、車窓の外へと視線をむける。競うようにビルが建っていた三時間前の景色とは打って変わって、どこまでも田園が続くのどかな風景が広がっていた。
『松野三門』この手紙を送ってきた人物の名前だ。
最後に三門さんと会ったのは私が五歳の時らしく、正月に一族が集まった新年会の写真に、まだ少年だった頃の姿が写っていた。去年大学を卒業したばかりらしい彼は、私の父方の祖父の長男の息子といった具合にとても縁の遠い人で、普段から手紙のやり取りをするような仲ではない。
けれどこうして私は届いた手紙を握り締め、おくってもらったチケットを使って列車に揺られているのには、少し訳があるのだ。
「お次は、おもてら町~」
革靴のかかとをカツカツと鳴らしながら、車掌が通路を通り過ぎた。私はショルダーバッグに手紙をしまうと、座席から立ち上がった。
ぷしゅう、と後ろで扉が閉まる音がして、列車がゆっくりと動き始める。徐々に小さくなっていく列車を見送って、重いスーツケースを転がしながら歩き出した。
酷く寂れた無人駅は、私以外誰も下車した人はおらず、冷たい風に吹かれた枯葉がひび割れた床をカラカラと転がっている。「ようこそ、おもてら町へ」と書かれた横断幕は、至る所が解れ破れていて、さらにインクが滲んでおどろおどろしい。
本当に歓迎する気があるのか微妙なところだ。
急に不安が胸の中に広がり、怖々とあたりを見回しながら足早に駅を出た。
「麻ちゃん!」
薄暗い駅から出た途端、眩しい太陽に照らされると共に私の名前が呼ばれた。
あたりを見渡せば、一台の軽自動車が線路沿いのあぜ道に止められていて、その運転席から誰かが手を振っていた。パタン、とドアが開き、乗っていた人がこちらへ駆け寄ってくる。
優しげな目元が印象的な、聡明そうな顔立ちの青年は、私の前まで走ってくると、手を差し出して微笑んだ。
「待ってたよ、麻ちゃん。僕が君に手紙を送った、松野三門です」
目を弓なりに細める三門さんのその服装に、私は目を瞬かせた。よく神社で奉仕している人が来ている水色の袴に白衣、足袋に草履を履いていた。
「あ、この服装? そっか、最後に会ったのは麻ちゃんが三歳だったから、覚えていないよね」
私の視線で気がついたのか、水色の袴を摘んで少し照れくさそうに頬をかいた三門さん。
「僕ん家、神社なんだ」
もっと目を丸くすれば、三門さんは「前もって言わなくてごめんね」と肩をすくめる。
慌てて首を振った。
「それじゃあ、とりあえず行こうか」
私の手からスーツケースを取った三門さんが歩き出す。慌ててその背中を追いかけながら、用意していた言葉を頭の中に思い浮かべる。
『中堂麻です。冬休みの間お世話になります。よろしくお願いします』
たったそれだけ。大丈夫。そう自分に繰り返すも、鼓動は徐々に速まって行き、次第に息苦しくなっていく。
なんで。たくさん練習したのに。その時は大丈夫だったはずなのに。
三門さんを追いかける足が止まる。足が重い。小刻みに震え出す両手を胸の前で握りしめた。
「麻ちゃん?」
三門さんが不思議そうに私の名前を呼んだ。
ダメだ、三門さんにも変に思われる。ちゃんと話さないと、他の人と同じように。
震える唇を開こうとしたその時、ぽんと頭に温かい何かが触れる。はっと顔をあげれば、私の頭に手を乗せて柔らかく微笑む三門さんと目が合った。
「麻ちゃん、『大丈夫、大丈夫』」
そう言って私の頭を軽く叩いた三門さんは、私の背中をそっと押して歩き出す。すると先程まで重かった足が嘘のように動き出し、鼓動が落ち着きを取り戻す。胸の中を占めていた焦りが、スっとどこかへ消えていく。
え? と目を瞬かせていると、助手席に促される。何が起こったのか理解する前に、車が発進した。
「────麻ちゃん。麻ちゃん、起きて」
肩を揺すられる感覚で、次第に頭が覚醒していく。ぼんやりした視界の先で、男の人が私の顔を覗き込んでいた。なんでだろう、とはっきりしない頭で考える。
「着いたよ」
その言葉にハッと目が覚めた。
慌てて運転席の方を見れば、口元に拳をあててくすくすと笑う三門さんの姿がある。赤くなる頬を隠すように俯きながら頭を下げれば、また頭の上に手がぽんと置かれた。
「長旅だったもんね。直ぐに部屋へ案内するよ、そこでゆっくり休んだらいい」
そう言って運転席から降りた三門さん。私も慌てて車から降りた。
「……ッ!」
車の影から出た途端、目の前に大きな朱色の鳥居が現れ思わず息を飲んだ。
そしてその鳥居の奥を守るようにして植えられた大きな木々が、風でざわざわと揺れている。この森の続きは山になっているらしく、見下ろすように雄大な景色が続いている。
いつの間にかトランクから私のスーツケースを下ろしていた三門さんが、私の隣に並んでいた。
「鎮守の森って言うんだよ。神殿や参道を囲むようにして維持されている森林でね、隠世と現世の境目の役割になっているんだよ」
────カクリヨとウツシヨの境目。
胸の中で繰り返しながら、何処か恐ろしさをも感じさせる鎮守の森を眺めた。ざわざわ、ざわざわ。木々が揺れている。
「今日は麻ちゃんが来ることを知らせておいたからか、木々が騒がしいなあ」
そう言って穏やかな表情を浮かべた三門さんの横顔をまじまじと見つめる。
その言いようじゃ、まるで木々達が意志を持っているみたいだ。
こっちだよ、そう言って迷わず鳥居を目指して歩き出した三門さんの背中を追いかけた。
鳥居をくぐるとその先は、赤灯篭が両端に並べられた石の階段が続いていた。生い茂る木々の隙間から太陽の光が差し込むで、足元を照らしてくれる。土と木の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、何だか胸がすうっと落ち着く。湿っぽい空気が心地良かった。
階段を上りきると、茅葺きが青く苔むした大きな社殿が現れた。建物は全体的に色褪せてはいるものの、厳かでどこか神秘的な尊さが感じられる。白い砂利が敷き詰められた参道を挟むようにして、本殿前にしゃなりと立つ二体の狛狐。
よく見てみると、その二体ともが顔つきや体格が全く違っていて少し面白い。
「顔つきが優しくてふっくらしているのが、ふくり。猫目で背筋がしゃんとしている方が、みくり。どちらもこの神社の神使だよ。可愛がってあげてね」
そういって穏やかに笑った三門さん。
石像を可愛がる? と怪訝な顔を浮かべたが、すぐに「私の緊張を解くための冗談を言ってくれているだ」と気が付き、私は素直にひとつ頷いた。
「今日は麻ちゃんも疲れているだろうし、社頭の案内はまた明日にするね」
ありがとうございますの意味を込めて頭を下げる。
参道からそれて本殿を通り過ぎると、少し小さめの家屋の前に来た。本殿と同じ茅葺きの、木でできた建物だ。
「ここが自宅兼社務所だよ。表の横開きの扉は参拝者用の入り口だから、入るときは裏の扉からね」
そして社務所の裏側に案内される。驚いたことに裏の入り口は我が家と同じで、ドアノブとガラスの小窓が付いたドアだった。しかもオートロックが完備されていて、三門さんは慣れた手つきで番号を入力していく。神社なのにオートロック式なのが何だか少しおかしかった。
数秒も経たないうちに電子音が鳴って、カシャンと鍵が外れる。
「さあ、どうぞ」
ドアを押さえて中へ促す三門さん。小さく頭を下げながら靴を脱いで中へ上がると、三門さんも続いて中へ入ってくる。
「ついてきてね」と先を歩き始めた三門さんを追いかけた。
ぎしぎしと軋む木張りの廊下が続く。左右の白い襖は閉じられていた。いくつかの部屋を通り過ぎ、角を曲がって一つ目の襖の前で止まった三門さんは、そっとその襖を開けた。五畳ほどの広さで、部屋には机と本棚、クローゼットしが用意されているとても清潔感のある部屋だった。
「布団はその押し入れの中にあるよ。居間と台所は廊下の突き当りで、お手洗いはその隣。僕は大体社務所にいるから、分からないことがあったらいつでもおいで」
そう微笑んだ三門さん。「聞きにおいで」とは言わなかった三門さんの心遣いに、胸がじんわりと熱くなった。
「晩御飯ができたら声を掛けるから、それまではゆっくり休むといいよ」
私の頭にぽんと手を乗せた三門さんは、それだけ言うとくるりと背を向け歩いていった。
スーツケースを転がしながら、部屋の中へ入った。
お祖母ちゃんの家のような、落ち着いた雰囲気とどこか懐かしい匂いにほっと胸をなでおろす。畳の上に転がるとどっと疲れが押し寄せてきて、静かに目を閉じた。
*
まどろむ意識の中で、どこからか笛や太鼓の音色が聞こえたような気がした。それと共に、お祭りの時みたいにがやがやと人が集って話す声が聞こえてくる。
社頭のほうからだろうか、それとも、どこかでお祭りでもしているのだろうか。
うつらうつらする中で、そんなことを考える。
『三門さま、あの子が帰ってきているって本当ですか?』
『あの子の気配がします、三門さま。近くにいるのですか?』
『ああ、本当だよ。でも今日は会えない。まずはゆっくり休ませてあげたいんだ』
三門さんが、誰かと話す声だ。
『つまらん! ユマツヅミさまの神使であるこのみくりに、まずは挨拶をするべきじゃ!』
『そうだねえ。猫目のみくり、にね』
『なっ、黙れふくり! そうだ忘れはせぬぞ三門! 私は狐だぞ、猫目とはなんだ猫目とは!』
楽しそうな笑い声が、雅楽に乗って届く。誰が、笑っているのだろう。
『こら、みくりにふくり、他の皆も。静かに、人の子は眠る時間なんだから』
しー、と三門さんが声を潜める。その声を最後に、私はまた眠りに落ちた。
一定のリズムで揺れる車内で、ぼんやりとその手紙を見つめていた。ふう、と小さく息を吐き、車窓の外へと視線をむける。競うようにビルが建っていた三時間前の景色とは打って変わって、どこまでも田園が続くのどかな風景が広がっていた。
『松野三門』この手紙を送ってきた人物の名前だ。
最後に三門さんと会ったのは私が五歳の時らしく、正月に一族が集まった新年会の写真に、まだ少年だった頃の姿が写っていた。去年大学を卒業したばかりらしい彼は、私の父方の祖父の長男の息子といった具合にとても縁の遠い人で、普段から手紙のやり取りをするような仲ではない。
けれどこうして私は届いた手紙を握り締め、おくってもらったチケットを使って列車に揺られているのには、少し訳があるのだ。
「お次は、おもてら町~」
革靴のかかとをカツカツと鳴らしながら、車掌が通路を通り過ぎた。私はショルダーバッグに手紙をしまうと、座席から立ち上がった。
ぷしゅう、と後ろで扉が閉まる音がして、列車がゆっくりと動き始める。徐々に小さくなっていく列車を見送って、重いスーツケースを転がしながら歩き出した。
酷く寂れた無人駅は、私以外誰も下車した人はおらず、冷たい風に吹かれた枯葉がひび割れた床をカラカラと転がっている。「ようこそ、おもてら町へ」と書かれた横断幕は、至る所が解れ破れていて、さらにインクが滲んでおどろおどろしい。
本当に歓迎する気があるのか微妙なところだ。
急に不安が胸の中に広がり、怖々とあたりを見回しながら足早に駅を出た。
「麻ちゃん!」
薄暗い駅から出た途端、眩しい太陽に照らされると共に私の名前が呼ばれた。
あたりを見渡せば、一台の軽自動車が線路沿いのあぜ道に止められていて、その運転席から誰かが手を振っていた。パタン、とドアが開き、乗っていた人がこちらへ駆け寄ってくる。
優しげな目元が印象的な、聡明そうな顔立ちの青年は、私の前まで走ってくると、手を差し出して微笑んだ。
「待ってたよ、麻ちゃん。僕が君に手紙を送った、松野三門です」
目を弓なりに細める三門さんのその服装に、私は目を瞬かせた。よく神社で奉仕している人が来ている水色の袴に白衣、足袋に草履を履いていた。
「あ、この服装? そっか、最後に会ったのは麻ちゃんが三歳だったから、覚えていないよね」
私の視線で気がついたのか、水色の袴を摘んで少し照れくさそうに頬をかいた三門さん。
「僕ん家、神社なんだ」
もっと目を丸くすれば、三門さんは「前もって言わなくてごめんね」と肩をすくめる。
慌てて首を振った。
「それじゃあ、とりあえず行こうか」
私の手からスーツケースを取った三門さんが歩き出す。慌ててその背中を追いかけながら、用意していた言葉を頭の中に思い浮かべる。
『中堂麻です。冬休みの間お世話になります。よろしくお願いします』
たったそれだけ。大丈夫。そう自分に繰り返すも、鼓動は徐々に速まって行き、次第に息苦しくなっていく。
なんで。たくさん練習したのに。その時は大丈夫だったはずなのに。
三門さんを追いかける足が止まる。足が重い。小刻みに震え出す両手を胸の前で握りしめた。
「麻ちゃん?」
三門さんが不思議そうに私の名前を呼んだ。
ダメだ、三門さんにも変に思われる。ちゃんと話さないと、他の人と同じように。
震える唇を開こうとしたその時、ぽんと頭に温かい何かが触れる。はっと顔をあげれば、私の頭に手を乗せて柔らかく微笑む三門さんと目が合った。
「麻ちゃん、『大丈夫、大丈夫』」
そう言って私の頭を軽く叩いた三門さんは、私の背中をそっと押して歩き出す。すると先程まで重かった足が嘘のように動き出し、鼓動が落ち着きを取り戻す。胸の中を占めていた焦りが、スっとどこかへ消えていく。
え? と目を瞬かせていると、助手席に促される。何が起こったのか理解する前に、車が発進した。
「────麻ちゃん。麻ちゃん、起きて」
肩を揺すられる感覚で、次第に頭が覚醒していく。ぼんやりした視界の先で、男の人が私の顔を覗き込んでいた。なんでだろう、とはっきりしない頭で考える。
「着いたよ」
その言葉にハッと目が覚めた。
慌てて運転席の方を見れば、口元に拳をあててくすくすと笑う三門さんの姿がある。赤くなる頬を隠すように俯きながら頭を下げれば、また頭の上に手がぽんと置かれた。
「長旅だったもんね。直ぐに部屋へ案内するよ、そこでゆっくり休んだらいい」
そう言って運転席から降りた三門さん。私も慌てて車から降りた。
「……ッ!」
車の影から出た途端、目の前に大きな朱色の鳥居が現れ思わず息を飲んだ。
そしてその鳥居の奥を守るようにして植えられた大きな木々が、風でざわざわと揺れている。この森の続きは山になっているらしく、見下ろすように雄大な景色が続いている。
いつの間にかトランクから私のスーツケースを下ろしていた三門さんが、私の隣に並んでいた。
「鎮守の森って言うんだよ。神殿や参道を囲むようにして維持されている森林でね、隠世と現世の境目の役割になっているんだよ」
────カクリヨとウツシヨの境目。
胸の中で繰り返しながら、何処か恐ろしさをも感じさせる鎮守の森を眺めた。ざわざわ、ざわざわ。木々が揺れている。
「今日は麻ちゃんが来ることを知らせておいたからか、木々が騒がしいなあ」
そう言って穏やかな表情を浮かべた三門さんの横顔をまじまじと見つめる。
その言いようじゃ、まるで木々達が意志を持っているみたいだ。
こっちだよ、そう言って迷わず鳥居を目指して歩き出した三門さんの背中を追いかけた。
鳥居をくぐるとその先は、赤灯篭が両端に並べられた石の階段が続いていた。生い茂る木々の隙間から太陽の光が差し込むで、足元を照らしてくれる。土と木の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、何だか胸がすうっと落ち着く。湿っぽい空気が心地良かった。
階段を上りきると、茅葺きが青く苔むした大きな社殿が現れた。建物は全体的に色褪せてはいるものの、厳かでどこか神秘的な尊さが感じられる。白い砂利が敷き詰められた参道を挟むようにして、本殿前にしゃなりと立つ二体の狛狐。
よく見てみると、その二体ともが顔つきや体格が全く違っていて少し面白い。
「顔つきが優しくてふっくらしているのが、ふくり。猫目で背筋がしゃんとしている方が、みくり。どちらもこの神社の神使だよ。可愛がってあげてね」
そういって穏やかに笑った三門さん。
石像を可愛がる? と怪訝な顔を浮かべたが、すぐに「私の緊張を解くための冗談を言ってくれているだ」と気が付き、私は素直にひとつ頷いた。
「今日は麻ちゃんも疲れているだろうし、社頭の案内はまた明日にするね」
ありがとうございますの意味を込めて頭を下げる。
参道からそれて本殿を通り過ぎると、少し小さめの家屋の前に来た。本殿と同じ茅葺きの、木でできた建物だ。
「ここが自宅兼社務所だよ。表の横開きの扉は参拝者用の入り口だから、入るときは裏の扉からね」
そして社務所の裏側に案内される。驚いたことに裏の入り口は我が家と同じで、ドアノブとガラスの小窓が付いたドアだった。しかもオートロックが完備されていて、三門さんは慣れた手つきで番号を入力していく。神社なのにオートロック式なのが何だか少しおかしかった。
数秒も経たないうちに電子音が鳴って、カシャンと鍵が外れる。
「さあ、どうぞ」
ドアを押さえて中へ促す三門さん。小さく頭を下げながら靴を脱いで中へ上がると、三門さんも続いて中へ入ってくる。
「ついてきてね」と先を歩き始めた三門さんを追いかけた。
ぎしぎしと軋む木張りの廊下が続く。左右の白い襖は閉じられていた。いくつかの部屋を通り過ぎ、角を曲がって一つ目の襖の前で止まった三門さんは、そっとその襖を開けた。五畳ほどの広さで、部屋には机と本棚、クローゼットしが用意されているとても清潔感のある部屋だった。
「布団はその押し入れの中にあるよ。居間と台所は廊下の突き当りで、お手洗いはその隣。僕は大体社務所にいるから、分からないことがあったらいつでもおいで」
そう微笑んだ三門さん。「聞きにおいで」とは言わなかった三門さんの心遣いに、胸がじんわりと熱くなった。
「晩御飯ができたら声を掛けるから、それまではゆっくり休むといいよ」
私の頭にぽんと手を乗せた三門さんは、それだけ言うとくるりと背を向け歩いていった。
スーツケースを転がしながら、部屋の中へ入った。
お祖母ちゃんの家のような、落ち着いた雰囲気とどこか懐かしい匂いにほっと胸をなでおろす。畳の上に転がるとどっと疲れが押し寄せてきて、静かに目を閉じた。
*
まどろむ意識の中で、どこからか笛や太鼓の音色が聞こえたような気がした。それと共に、お祭りの時みたいにがやがやと人が集って話す声が聞こえてくる。
社頭のほうからだろうか、それとも、どこかでお祭りでもしているのだろうか。
うつらうつらする中で、そんなことを考える。
『三門さま、あの子が帰ってきているって本当ですか?』
『あの子の気配がします、三門さま。近くにいるのですか?』
『ああ、本当だよ。でも今日は会えない。まずはゆっくり休ませてあげたいんだ』
三門さんが、誰かと話す声だ。
『つまらん! ユマツヅミさまの神使であるこのみくりに、まずは挨拶をするべきじゃ!』
『そうだねえ。猫目のみくり、にね』
『なっ、黙れふくり! そうだ忘れはせぬぞ三門! 私は狐だぞ、猫目とはなんだ猫目とは!』
楽しそうな笑い声が、雅楽に乗って届く。誰が、笑っているのだろう。
『こら、みくりにふくり、他の皆も。静かに、人の子は眠る時間なんだから』
しー、と三門さんが声を潜める。その声を最後に、私はまた眠りに落ちた。
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