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4章 白豚腐女子×軟派騎士=?
4-8
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「へぁ?ゼスト様?なんでいるの?」
ワインの瓶を抱きかかえたままトロンとした顔でこちらを見ているエヴァ嬢は子供みたいにニコニコしている。
「大丈夫…か?」
俺が手を差し出すとサッとエヴァ嬢の表情が崩れた。
「触らないでよ!」
「え?」
「さっきまで他の令嬢をエスコートしていたんでしょ?!知ってるんだから!どうせ、私なんてっ……」
そこまで言うとエヴァ嬢は口を押えて、植え込みの方に顔を向けて蹲った。
オエエエエ…
俺とラウラさんは白目を剝いた。
呆れながらも、王城の従者に取り付けて客室を借りることになり、俺はなんとか暴れまわるエヴァ嬢を客室まで運んで行った。ほとんど意識は寝ている状態なのに、エヴァ嬢は浮気者とかヤリチンとかベンジョビッチだとかブツブツ言っている。よく分からない単語を言っているが外国語だろうか?
侍女のラウラさんは小柄な女性なので、とてもじゃないがエヴァ嬢を止められなかっただろう。
「ゼスト様がお嬢様を押さえて下さったから、不名誉な噂が立つのは最小限でいられたと思います…たぶん。本当にありがとうございます」と、とても感謝された。
エヴァ嬢は客室のベッドに寝かされていたけど、たまにベッドサイドに用意された汚物入れの壺に胃の中身をぶちまけていた。
ラウラさんは優しく介抱していたので、俺は水を貰いにいったり、新しい壺を貰いに行ったりと手伝いをした。
エヴァ嬢の体調が落ち着いてきた時、ラウラさんが馬車止めで待っている執事に連絡をしてくると言って、俺にお嬢様の護衛を頼んで部屋から出て行ってしまった。
いいのか?
俺は酔って意識のない女性に無体を働くほどのクズではないが、あまり信用は無いのだと思っていた。いつの間にかラウラさんにまで頼られて、信用を勝ち取っていたようだ。
この間のデートも結局キスしたのに…
俺は大人しく、ベッドサイドの椅子に座って、フニャフニャ言っているエヴァ嬢の寝顔を眺めた。
切れ長の目は固く閉じていて、長い睫毛がふっくらした頬に影を落としていた。
今は気分が悪いのかいつもピンク色の頬が白くて、少し心配だ。
俺はさっき言われた事を思い出した。
…もしかしたら彼女が飲み過ぎたのは……俺が他の令嬢をエスコートしていたのを見ていたからか?
あれはもう一人の酔っ払いを車止めまで連れて行っただけなのだが、それを勘違いして?
ドクドクと心臓が高鳴った。
もしかして…もしかして…
俺は答えが欲しくて、つい、エヴァ嬢に質問を投げる。聞こえていないだろうが…
「エヴァ嬢?俺が浮気者だって言ってたけど…他の令嬢をエスコートしたからか?」
「うー…」
小さなうめき声しかかえって来ないけど、俺の期待は消えなかった。
「や…やきもちを焼いたのか?それで自暴自棄になったのか?…自惚れてもいいのか…?」
俺はほとんど独り言を呟いた。
「ゼス…様…ヤリチンやろ…バカ…」
やっぱりエヴァ嬢はよく分からない事をブツブツ漏らすだけで俺の質問への答えはもらえなかった。
-----
エヴァは頭痛を抱えながら意識を取り戻した。窓からうっすらと朝日が差し込んでいた。
見覚えのない天井と、ガチガチに着飾った状態での睡眠で体がギシギシと悲鳴をあげている。
ベッドサイドに饐えた匂いのする壺。
なんとなく、なんとなく覚えている。昨日の夜…
ベッドサイドの椅子に大柄の男性が腕を組んで座った状態で寝ていて、エヴァは血の気が引いた。
「ゼ…ゼスト様!」
思わず大きな声が出てしまい、自分の手で自分の口を塞ぐ。
「あぁ、…エヴァ嬢、おはよう」
ゼスト様は声で目覚め、まだ眠そうに目をゴシゴシ擦っていた。
今日も彼は貴族らしい黒のイブニングコートを着こなしていて、ステキ…
じゃなくて!!
今は朝?
ここはどこ?
私がパニックになってキョロキョロしていると、ゼスト様は笑って言った。
「覚えてないのかな?昨日飲み過ぎて…」
「うそぉー!」
私は頭からベッドに突っ伏して、布団をかぶった。
消えたい。飲み過ぎて失態するなんて…
エヴァが掛布に包まって現実逃避していると、ゼスト様から質問された。
「その…昨日はなんで飲み過ぎたんだ?」
えーっと昨日は少し酔い覚ましに王城のバルコニーに出たら、そこでゼスト様と女性を見て…見たから…
…
「…」
「もし、勘違いしてたら、言っておきたいんだが…昨日、酔っ払いに会ったのはエヴァ嬢で2人目だ」
「え?」
エヴァは顔だけチラリとゼスト様に向けて布団を捲った。
目の前にゼスト様が移動していて、エヴァは少し驚いた。
ゼスト様は少し顔を傾けて、
「彼女も酔っていたから、馬車止めまで連れて行ったんだが…もしかして、その令嬢と俺との仲を疑って酒を飲んだのか?」
と直球で問う。
エヴァはまた顔を隠してその質問には無言を通した。
この~陽キャめ!凄いド直球で質問するんじゃないわよ!!
「その、…もし誤解していたら、彼女とは何も無かったし、それに俺は今誰とも付き合ったりしてないし…エヴァ嬢の事が好きだし…」
「だから…その…」
ゼスト様は着地点が見つからないのかモゴモゴと口ごもっていた。
エヴァは布団にくるまったまま、硬直していた。
廊下側のドアが開いてラウラの声がした。
「お嬢様は起きられましたか?」
後で聞いたが、お父様に取り付けてもらって騎士団の王城詰所の休憩室でコメットと御者さんも仮眠をとっていたらしい。ラウラはこの部屋のソファで仮眠をとっていて丁度王城で借りたものを返しに行っていたみたいだ。ゼスト様は別の客室で寝ていて、朝方この部屋にやってきて、椅子に座って居眠りをしていたらしい。
「ああ、今。だけど、布団から出てくれなくて…」
ラウラは布団にくるまるエヴァを見て何か思うところがあるのか、ゼストに断りを入れてくれた。
「ゼスト様。お嬢様は起きましたが、昨日の事で体調も悪うございますでしょうから、お話の続きはまたの機会にお願いできますか?着の身着のままでございますし…」
静かにラウラが深く頭を下げると、ゼスト様の明るい声がした。
「ああ。遠征も終わったし、こちらに帰ってきているから、またトーン子爵家にお邪魔させてもらうよ。エヴァ嬢も無事で良かった。では、失礼する」
「ありがとうございます。是非。その際はしっかりとお嬢様からもお礼させていただきますので…」
エヴァは出るに出れない状態で、布団にくるまったまま彼を見送ることもできず硬直していた。
この後ひとしきりラウラから怒られた。
いつもエヴァに甘々のラウラからはっきり叱られる経験をしたエヴァはラウラだけは怒らせてはいけないという事を思い知った。
そして、いつもエヴァに甘いラウラを怒らせるまでの事をしでかした自分を恥じた。
帰りの馬車で、エヴァはラウラにチラリと言った。
「さっきゼスト様に…私の事好きだって…言われたの」
と言うと、ラウラは口角を上げた。
「良うございますわね」と言うと嬉しそうにしていた。
エヴァは照れてしまい。それ以上は何も言えなかった。
この失態にはいつもは優しい父もエヴァを叱った。
エヴァはお詫びのために、ゼストに自分から手紙を書いて、近々晩餐に招待して謝罪する事となった。
晩餐当日
食事のメニューや屋敷の飾り付けを指示したり、最後に出すデザートを作ったりと、エヴァは当日忙しくしていた。しかも、やっと準備が終わったと思ったのに、ラウラとアナに湯あみをさせられ、体中磨き上げられた。
ヘトヘトになったら、次は着替えである。さらに化粧と髪結いまで受けて、エヴァは死にそうになった。前世でもこんなに飾った事ないわー…ああ、成人式ならやったなぁ…朝早かったなぁ…とかぼんやり考えていた。
なんとかゼスト様が家に到着する頃に用意が出来て、出迎えることができた。
ゼスト様は今日は騎士服でお父様と共に騎士団からこの家に帰って来た。
馬車から降りてきたお父様とゼスト様に向かって、エヴァは使用人を後ろに携えて深くお辞儀した。
「いらっしゃいませ、ゼスト様。先日はお世話になりました。お父様、おかえりなさいませ」
「エヴァ嬢お招きありがとう。今日はお邪魔するよ」
ゼスト様は自然にエヴァの手を取ると手の甲にキスをする。
うううっ…こういうの自然にできるのなんなの…
「ただいま、エヴァ。さあさあ、玄関先で話すのもなんだ、空腹だ、食堂へ移動しようか」
お父様はズンズンと食堂へと向かう。
ゼスト様は持っていたエヴァの手をそのまま自分の腕に乗せてエスコートしていく。
流れるような自然な所作。左上にあるゼスト様の顔をチラリと盗み見ると、ブルーの瞳と目が合う。うわぁ吸い込まれそう。
慌てて目を逸らす。くそぉ、イケメンめ。顔面で攻撃してくる…
主食堂にてエヴァが選んだゼスト様とお父様の好きな料理を食べて、3人で歓談した。
最初は王太子夫妻の話をしたり、最近のお菓子の話題を出したりと、今日のホストはエヴァになるので楽しい話題を振った。
二人とも機嫌良さそうにディナーとお酒を楽しんでくれた。
エヴァは今日の晩餐は成功したと心の中でガッツポーズをとって、最後に自分の作ったフルーツタルトを用意してもらった。
全員甘いものが好きなので切り分けたケーキはすぐになくなった。食べる事が好きなエヴァと体力無尽蔵で年中食べ盛りな騎士二人である。15センチ型のタルトケーキはすぐに無くなる。
二人が食べ終わるのを見計らって、エヴァは今回晩餐に招待した本題を言おうとした。
「あのゼスト様…今日、晩餐にお越し下さってありがとうございます。先日の事ですが、大変お世話をかけてしまいまして、心よりお詫びいた…」
「大丈夫だ!エヴァ。ゼストはそんな事気にしてないよ!それよりどうだ?婚約受ける気になったか?」
お、お父…このクソジジイ!!
だから、そういう事を本人の前で聞くんじゃないわよ!デリカシーないわね!
エヴァが急な話題に口をパクパクさせているとデリカシー皆無の父は続ける。
「まぁ、王城で酒の失敗はあまり聞かないが、若いうちは良くある事だ!気にしなくて良いよエヴァ。ゼストもそう言ってくれたし、なぁ?」
「はい。酔った姿もお可愛いらしかったです。ふふふ」
くそ!追い討ちかけるなー!!
イエスしか許されない空気にエヴァは汗をかいて「謹んでお受け致します」としか言えなかった。
真っ白に燃え尽きたエヴァは、その後晩餐終了になり、「食後に二人でお茶でも飲みなさい」と父から無理矢理お部屋デートを強制されたのである。後から撃たれた。敵は身内にいたとは…
いつもはゼスト様に厳しいラウラまでお茶を淹れ終わるとエヴァの部屋から出て行ってしまうではないか。
嘘でしょ?!
ラウラの出て行った扉を恨めしく見ていると、視界の端にこちらを見つめているゼスト様がいる。うー顔が見れない。
黙ってお茶を飲んで手元に視線をやっているとゼスト様が口を開けた。
「エヴァ嬢、さて、婚約者になった事だし…」
なに?肉オナホとして、体貸せとか言われるー?!!紙袋被せてやるやつ…酷い…
「エヴァと呼んでも良いかな?」
「は、はい…」
「エヴァ」
お茶の用意されたテーブルで二人は対面に座っていたが、小さな丸テーブルだ。ゼストの手が伸びて卓上のエヴァの手を優しく包み込んだ。
「俺のこと嫌いか?」
直球過ぎて、エヴァはまた困る。
手を握られていては逃げる事も出来なくて目を瞑ってブンブンと首を振った。
「良かったー」
恐る恐るゼスト様を見ると、いつもは妖しく感じる笑顔が今日は屈託の無い普通の笑顔になっていて、少しエヴァの胸がドキリとする。
「なぁ、好きだよ。エヴァ。俺のことも好きになってくれないか?」
手をしっかりと握られて、真っ直ぐそう言われ、エヴァは鼻血を吹き出した。
「わー!ラウラさーん!!誰かタオル持って来てー!」
慌てたゼスト様がナプキンをエヴァの鼻に当てると、外に控えているラウラを呼んでくれて、その騒動でやっとエヴァは解放されたのである。
陽キャのヤリチン…恐るべし。
言葉がストレート過ぎて、BL好きの陰キャ喪女にはレベルが高すぎると思うの…
私には無理よ…
こうして私の男性への耐性の無さの露見は、父の知るところになり、婚姻まで慣らすようにと余計ゼスト様を家に呼ぶ回数が増えることとなった。
しかもラウラもゼスト様が私に触れていても何も言わなくなった。
今までなら「婚姻前の淑女になんてことをっ」って怒ってくれたのにー!
ちょっと自分に恋人ができたからって…
私知ってるんだからね!ラウラの首筋の襟ギリギリのところにいっぱいキスマークつけてるの、おばちゃん知ってるからな!ジュノにいっぱい色々されて絆されちゃって!
ラウラの裏切り者ぉぉ…
ワインの瓶を抱きかかえたままトロンとした顔でこちらを見ているエヴァ嬢は子供みたいにニコニコしている。
「大丈夫…か?」
俺が手を差し出すとサッとエヴァ嬢の表情が崩れた。
「触らないでよ!」
「え?」
「さっきまで他の令嬢をエスコートしていたんでしょ?!知ってるんだから!どうせ、私なんてっ……」
そこまで言うとエヴァ嬢は口を押えて、植え込みの方に顔を向けて蹲った。
オエエエエ…
俺とラウラさんは白目を剝いた。
呆れながらも、王城の従者に取り付けて客室を借りることになり、俺はなんとか暴れまわるエヴァ嬢を客室まで運んで行った。ほとんど意識は寝ている状態なのに、エヴァ嬢は浮気者とかヤリチンとかベンジョビッチだとかブツブツ言っている。よく分からない単語を言っているが外国語だろうか?
侍女のラウラさんは小柄な女性なので、とてもじゃないがエヴァ嬢を止められなかっただろう。
「ゼスト様がお嬢様を押さえて下さったから、不名誉な噂が立つのは最小限でいられたと思います…たぶん。本当にありがとうございます」と、とても感謝された。
エヴァ嬢は客室のベッドに寝かされていたけど、たまにベッドサイドに用意された汚物入れの壺に胃の中身をぶちまけていた。
ラウラさんは優しく介抱していたので、俺は水を貰いにいったり、新しい壺を貰いに行ったりと手伝いをした。
エヴァ嬢の体調が落ち着いてきた時、ラウラさんが馬車止めで待っている執事に連絡をしてくると言って、俺にお嬢様の護衛を頼んで部屋から出て行ってしまった。
いいのか?
俺は酔って意識のない女性に無体を働くほどのクズではないが、あまり信用は無いのだと思っていた。いつの間にかラウラさんにまで頼られて、信用を勝ち取っていたようだ。
この間のデートも結局キスしたのに…
俺は大人しく、ベッドサイドの椅子に座って、フニャフニャ言っているエヴァ嬢の寝顔を眺めた。
切れ長の目は固く閉じていて、長い睫毛がふっくらした頬に影を落としていた。
今は気分が悪いのかいつもピンク色の頬が白くて、少し心配だ。
俺はさっき言われた事を思い出した。
…もしかしたら彼女が飲み過ぎたのは……俺が他の令嬢をエスコートしていたのを見ていたからか?
あれはもう一人の酔っ払いを車止めまで連れて行っただけなのだが、それを勘違いして?
ドクドクと心臓が高鳴った。
もしかして…もしかして…
俺は答えが欲しくて、つい、エヴァ嬢に質問を投げる。聞こえていないだろうが…
「エヴァ嬢?俺が浮気者だって言ってたけど…他の令嬢をエスコートしたからか?」
「うー…」
小さなうめき声しかかえって来ないけど、俺の期待は消えなかった。
「や…やきもちを焼いたのか?それで自暴自棄になったのか?…自惚れてもいいのか…?」
俺はほとんど独り言を呟いた。
「ゼス…様…ヤリチンやろ…バカ…」
やっぱりエヴァ嬢はよく分からない事をブツブツ漏らすだけで俺の質問への答えはもらえなかった。
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エヴァは頭痛を抱えながら意識を取り戻した。窓からうっすらと朝日が差し込んでいた。
見覚えのない天井と、ガチガチに着飾った状態での睡眠で体がギシギシと悲鳴をあげている。
ベッドサイドに饐えた匂いのする壺。
なんとなく、なんとなく覚えている。昨日の夜…
ベッドサイドの椅子に大柄の男性が腕を組んで座った状態で寝ていて、エヴァは血の気が引いた。
「ゼ…ゼスト様!」
思わず大きな声が出てしまい、自分の手で自分の口を塞ぐ。
「あぁ、…エヴァ嬢、おはよう」
ゼスト様は声で目覚め、まだ眠そうに目をゴシゴシ擦っていた。
今日も彼は貴族らしい黒のイブニングコートを着こなしていて、ステキ…
じゃなくて!!
今は朝?
ここはどこ?
私がパニックになってキョロキョロしていると、ゼスト様は笑って言った。
「覚えてないのかな?昨日飲み過ぎて…」
「うそぉー!」
私は頭からベッドに突っ伏して、布団をかぶった。
消えたい。飲み過ぎて失態するなんて…
エヴァが掛布に包まって現実逃避していると、ゼスト様から質問された。
「その…昨日はなんで飲み過ぎたんだ?」
えーっと昨日は少し酔い覚ましに王城のバルコニーに出たら、そこでゼスト様と女性を見て…見たから…
…
「…」
「もし、勘違いしてたら、言っておきたいんだが…昨日、酔っ払いに会ったのはエヴァ嬢で2人目だ」
「え?」
エヴァは顔だけチラリとゼスト様に向けて布団を捲った。
目の前にゼスト様が移動していて、エヴァは少し驚いた。
ゼスト様は少し顔を傾けて、
「彼女も酔っていたから、馬車止めまで連れて行ったんだが…もしかして、その令嬢と俺との仲を疑って酒を飲んだのか?」
と直球で問う。
エヴァはまた顔を隠してその質問には無言を通した。
この~陽キャめ!凄いド直球で質問するんじゃないわよ!!
「その、…もし誤解していたら、彼女とは何も無かったし、それに俺は今誰とも付き合ったりしてないし…エヴァ嬢の事が好きだし…」
「だから…その…」
ゼスト様は着地点が見つからないのかモゴモゴと口ごもっていた。
エヴァは布団にくるまったまま、硬直していた。
廊下側のドアが開いてラウラの声がした。
「お嬢様は起きられましたか?」
後で聞いたが、お父様に取り付けてもらって騎士団の王城詰所の休憩室でコメットと御者さんも仮眠をとっていたらしい。ラウラはこの部屋のソファで仮眠をとっていて丁度王城で借りたものを返しに行っていたみたいだ。ゼスト様は別の客室で寝ていて、朝方この部屋にやってきて、椅子に座って居眠りをしていたらしい。
「ああ、今。だけど、布団から出てくれなくて…」
ラウラは布団にくるまるエヴァを見て何か思うところがあるのか、ゼストに断りを入れてくれた。
「ゼスト様。お嬢様は起きましたが、昨日の事で体調も悪うございますでしょうから、お話の続きはまたの機会にお願いできますか?着の身着のままでございますし…」
静かにラウラが深く頭を下げると、ゼスト様の明るい声がした。
「ああ。遠征も終わったし、こちらに帰ってきているから、またトーン子爵家にお邪魔させてもらうよ。エヴァ嬢も無事で良かった。では、失礼する」
「ありがとうございます。是非。その際はしっかりとお嬢様からもお礼させていただきますので…」
エヴァは出るに出れない状態で、布団にくるまったまま彼を見送ることもできず硬直していた。
この後ひとしきりラウラから怒られた。
いつもエヴァに甘々のラウラからはっきり叱られる経験をしたエヴァはラウラだけは怒らせてはいけないという事を思い知った。
そして、いつもエヴァに甘いラウラを怒らせるまでの事をしでかした自分を恥じた。
帰りの馬車で、エヴァはラウラにチラリと言った。
「さっきゼスト様に…私の事好きだって…言われたの」
と言うと、ラウラは口角を上げた。
「良うございますわね」と言うと嬉しそうにしていた。
エヴァは照れてしまい。それ以上は何も言えなかった。
この失態にはいつもは優しい父もエヴァを叱った。
エヴァはお詫びのために、ゼストに自分から手紙を書いて、近々晩餐に招待して謝罪する事となった。
晩餐当日
食事のメニューや屋敷の飾り付けを指示したり、最後に出すデザートを作ったりと、エヴァは当日忙しくしていた。しかも、やっと準備が終わったと思ったのに、ラウラとアナに湯あみをさせられ、体中磨き上げられた。
ヘトヘトになったら、次は着替えである。さらに化粧と髪結いまで受けて、エヴァは死にそうになった。前世でもこんなに飾った事ないわー…ああ、成人式ならやったなぁ…朝早かったなぁ…とかぼんやり考えていた。
なんとかゼスト様が家に到着する頃に用意が出来て、出迎えることができた。
ゼスト様は今日は騎士服でお父様と共に騎士団からこの家に帰って来た。
馬車から降りてきたお父様とゼスト様に向かって、エヴァは使用人を後ろに携えて深くお辞儀した。
「いらっしゃいませ、ゼスト様。先日はお世話になりました。お父様、おかえりなさいませ」
「エヴァ嬢お招きありがとう。今日はお邪魔するよ」
ゼスト様は自然にエヴァの手を取ると手の甲にキスをする。
うううっ…こういうの自然にできるのなんなの…
「ただいま、エヴァ。さあさあ、玄関先で話すのもなんだ、空腹だ、食堂へ移動しようか」
お父様はズンズンと食堂へと向かう。
ゼスト様は持っていたエヴァの手をそのまま自分の腕に乗せてエスコートしていく。
流れるような自然な所作。左上にあるゼスト様の顔をチラリと盗み見ると、ブルーの瞳と目が合う。うわぁ吸い込まれそう。
慌てて目を逸らす。くそぉ、イケメンめ。顔面で攻撃してくる…
主食堂にてエヴァが選んだゼスト様とお父様の好きな料理を食べて、3人で歓談した。
最初は王太子夫妻の話をしたり、最近のお菓子の話題を出したりと、今日のホストはエヴァになるので楽しい話題を振った。
二人とも機嫌良さそうにディナーとお酒を楽しんでくれた。
エヴァは今日の晩餐は成功したと心の中でガッツポーズをとって、最後に自分の作ったフルーツタルトを用意してもらった。
全員甘いものが好きなので切り分けたケーキはすぐになくなった。食べる事が好きなエヴァと体力無尽蔵で年中食べ盛りな騎士二人である。15センチ型のタルトケーキはすぐに無くなる。
二人が食べ終わるのを見計らって、エヴァは今回晩餐に招待した本題を言おうとした。
「あのゼスト様…今日、晩餐にお越し下さってありがとうございます。先日の事ですが、大変お世話をかけてしまいまして、心よりお詫びいた…」
「大丈夫だ!エヴァ。ゼストはそんな事気にしてないよ!それよりどうだ?婚約受ける気になったか?」
お、お父…このクソジジイ!!
だから、そういう事を本人の前で聞くんじゃないわよ!デリカシーないわね!
エヴァが急な話題に口をパクパクさせているとデリカシー皆無の父は続ける。
「まぁ、王城で酒の失敗はあまり聞かないが、若いうちは良くある事だ!気にしなくて良いよエヴァ。ゼストもそう言ってくれたし、なぁ?」
「はい。酔った姿もお可愛いらしかったです。ふふふ」
くそ!追い討ちかけるなー!!
イエスしか許されない空気にエヴァは汗をかいて「謹んでお受け致します」としか言えなかった。
真っ白に燃え尽きたエヴァは、その後晩餐終了になり、「食後に二人でお茶でも飲みなさい」と父から無理矢理お部屋デートを強制されたのである。後から撃たれた。敵は身内にいたとは…
いつもはゼスト様に厳しいラウラまでお茶を淹れ終わるとエヴァの部屋から出て行ってしまうではないか。
嘘でしょ?!
ラウラの出て行った扉を恨めしく見ていると、視界の端にこちらを見つめているゼスト様がいる。うー顔が見れない。
黙ってお茶を飲んで手元に視線をやっているとゼスト様が口を開けた。
「エヴァ嬢、さて、婚約者になった事だし…」
なに?肉オナホとして、体貸せとか言われるー?!!紙袋被せてやるやつ…酷い…
「エヴァと呼んでも良いかな?」
「は、はい…」
「エヴァ」
お茶の用意されたテーブルで二人は対面に座っていたが、小さな丸テーブルだ。ゼストの手が伸びて卓上のエヴァの手を優しく包み込んだ。
「俺のこと嫌いか?」
直球過ぎて、エヴァはまた困る。
手を握られていては逃げる事も出来なくて目を瞑ってブンブンと首を振った。
「良かったー」
恐る恐るゼスト様を見ると、いつもは妖しく感じる笑顔が今日は屈託の無い普通の笑顔になっていて、少しエヴァの胸がドキリとする。
「なぁ、好きだよ。エヴァ。俺のことも好きになってくれないか?」
手をしっかりと握られて、真っ直ぐそう言われ、エヴァは鼻血を吹き出した。
「わー!ラウラさーん!!誰かタオル持って来てー!」
慌てたゼスト様がナプキンをエヴァの鼻に当てると、外に控えているラウラを呼んでくれて、その騒動でやっとエヴァは解放されたのである。
陽キャのヤリチン…恐るべし。
言葉がストレート過ぎて、BL好きの陰キャ喪女にはレベルが高すぎると思うの…
私には無理よ…
こうして私の男性への耐性の無さの露見は、父の知るところになり、婚姻まで慣らすようにと余計ゼスト様を家に呼ぶ回数が増えることとなった。
しかもラウラもゼスト様が私に触れていても何も言わなくなった。
今までなら「婚姻前の淑女になんてことをっ」って怒ってくれたのにー!
ちょっと自分に恋人ができたからって…
私知ってるんだからね!ラウラの首筋の襟ギリギリのところにいっぱいキスマークつけてるの、おばちゃん知ってるからな!ジュノにいっぱい色々されて絆されちゃって!
ラウラの裏切り者ぉぉ…
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