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4章 白豚腐女子×軟派騎士=?
4-7
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エヴァ・トーン子爵令嬢は俺より5つ年下の18歳で、この間婚約破棄を受けてから、まだ決まった相手はいない。
セオドア・トーン子爵(俺の所属する第三騎士団副団長)の一粒種。見たことがある顔だと思ったら、副団長の娘だったのだ。そりゃ騎士団の演習や見学に来ているはずだ。だが顔は見たことがあったが、話しかけられた事はなかった。奥手な令嬢なのかも知れない。
エヴァと出会う少し前からゼストは騎士団の兵舎に寝泊まりしていた。実家から通える第三騎士団部舎に続く街道の橋が崩落したからだ。兵舎で仲間とワイワイと集団生活をするのは悪くないし慣れていた。
だが、ある日副団長が酒の席でゼストの状態を知ると、「不都合がないのか?」と聞いてくれたので、これはチャンスだと思い、「仲間と過ごすのも悪くないですが、少し不自由です」と少し嘘を言った。すると仏の副団長のトーン子爵は「うちに滞在するか?」と聞いてくれた。貴族同士の誼で声を掛けてくれたのだろう。もちろんゼストは下心でトーン子爵家にお世話になることにするのだった。
トーン子爵家は実家の伯爵家よりずっと小さな屋敷にも関わらず、ゼストには実家よりもずっと居心地が良かった。使用人の質が良く、空気が柔らかで優しい屋敷の雰囲気はトーン子爵親子が醸し出しているのかもしれない。
子爵も、使用人も優しく、ゼストは甘えて、ゆっくりと羽を伸ばした。
エヴァ嬢にはなかなか接触させてもらえず、たまに時間が合った時に晩餐を一緒にするぐらいで、厳しい侍女が睨みを利かせて話もできない。
もう一度あの肌に触れたいと思ってしまうと、ついつい距離が近くなって、さらに侍女の監視が厳しくなる。
最初の印象が悪かったのか、なかなかエヴァ嬢は警戒を解いてくれなかった。
でも子爵と共に行う朝の鍛錬の時などにエヴァ嬢がこちらを見ていることもあり、意識はしてくれているのかと少し期待を持っていた。
少しずつ距離を近くしていって、いつ手を出そうかと考えていた時、エヴァが王城のお茶会に出席するというので図々しくもエスコートを名乗り上げた。
下心がバレているのか厳しめの侍女殿がお供に付いていたので、あまり下手な事は出来なかった。でも夢にまで見た彼女の肌に触れることができて、俺はまた感動した。
なんて滑らかなんだろう。ああ、早く手以外の場所も触りたい。
エヴァ嬢は王城で緊張しているのか、頬も上気させていて、桃みたいだった。可愛いな。
だがこの茶会の最中俺のアピールは彼女には届いていなかったことが判明した。
公爵令嬢のナンシー嬢が茶会を中座したのに気付いたエヴァ嬢は「ちょっとナンシー嬢が気になるから追いかけます」と言って中庭の方に歩いていってしまう。俺は急いで追いかけた。今日は護衛とエスコートを兼ねているのだ。
エヴァ嬢は時間を置かず後を追いかけたのでナンシー嬢を見失うことは無かった。俺は少し距離を開けて彼女達を見守った。ナンシー嬢が林の木の裏にしゃがみ込んでいたので、体調不良なら従者を呼ばないとなぁと思っていたら、急にナンシー嬢が泣き喚き始めたのだ。
かなり俺も驚いた。貴族令嬢がああいう風に泣くのは初めて見た。エヴァ嬢と喧嘩でも始めたのかと思って少し近づくと、エヴァ嬢はためらいもなくナンシー嬢をその腕に包んだ。
え?
俺はその様子に目を疑った。
まるで、自分の子供の様に慈悲深く、泣いているナンシー嬢を抱きしめたのだ。
彼女が良い。
やっぱり俺は彼女が好きだ。
こんな感情は初めてだった。
今までは女なんてただの性欲の処理相手で、遊ぶ相手で、都合の良い存在だった。
手しか触った事のない、あの手ごたえの無い令嬢が欲しくて欲しくて。
俺は今までなんとなくで動いていた自分の気持ちをはっきりと確認した。
彼女が欲しい。
目立つ程綺麗ではないし、プロポーションが良いわけでもない。だけど、彼女が俺の事を好きになってくれたら、俺は絶対に嬉しい。
そう思っていたら、風の向きのせいか彼女たちの話が聞こえてきた。
「--…ので…、あ…そろそろ、戻った方がいいかしら。貴女のお相手がこちらを見ているわ」
ナンシー嬢がこちらをチラリと見て言った。
エヴァ嬢は振り返って俺を見ると、また向き直って手を大きく振りながら言った。
「え?相手なんて、違います。彼は今屋敷に滞在している騎士様で、私とは何の関係も…今日たまたま暇だからエスコートするっていきなり付いてきたんですよ」
「嘘!?貴女達…?だって…彼は新しい婚約相手じゃなくって?」
「ええ。そんな事ありませんわ」
「えー?…彼、凄くあなたの事好きそうよ?気付いてないの?私、羨ましくって…」
「あの人女の人にすごく距離が近いんだと思うんですよ。ああいうのよりは、私にはジョージ王太子様がさりげなく、かつ上品なエスコートをナンシー様にする方が素敵だと思っていましたよ!なにより、凄い美形ではないですか」
ゼストはショックだった。
彼女たちはゼストに聞こえていないと思っているのか、結構な声量で話をしていた。明け透けな本音が全部聞こえてしまった。
俺は全然意識されていなかったのか…
それどころか、ジョージ王太子の方が良いとか…
俺が必死でアピールしてるっていうのに、「女の人に距離が近い」って…
全然伝わっていない…
当たり前の事だが、今までの女達とエヴァは全く違う事にゼストは愕然としていた。
そして、彼は激しい渇望を抱いた。あの女を手に入れると。
自分の気持ちを自覚したゼストの行動は早かった。
それからは下手に彼女に手を出さないよう気を配り、侍女殿にも好印象になるようにした。
エヴァの父のトーン子爵には早めにエヴァが気になっていることを伝えると、彼は嬉しそうに交流を持つことに賛成してくれた。が、俺の噂を聞いて少し警戒しているのか、「お手柔らかに」と釘を刺される。本当にトーン子爵は優しい。自分の父親もこんな風だったら良かったのにと思ってしまう。
ゼストは今までの女性関係を清算した。
関係が薄くなっていた女には手紙で別れを告げ、最近まで肉体関係を持っていた未亡人や遊び人の令嬢には直接会って別れを告げた。関係が希薄だったのだろう、彼女達にほとんど否は無かった。泣かれたり、引き留められることは無かった。
それには意外なことに自分でも落ち込んだ。
いかに自分がいい加減な異性関係を持っていたのか…薄っぺらな交流をしていたのか思い知らされたからだ。
けれど、彼は騎士団の同僚や仲間には恵まれていた。周りの貴族令息に結婚の事を聞いたり、男女関係の一般的な進め方を聞いたりと、人に頼ったり教えてもらう事もできた。
いつもは両手に女を連れて歩いているゼストが人に頭を下げて教えを乞う姿に優越感もあったのかもしれないが、彼ら全員が快く色んな事を伝授してくれた。
ある程度体裁を整えて、彼はトーン子爵に婚約申し込みの話を持って行った。子爵はまず交際をすることから進めてくれた。思っていた通り、子爵は反対しなかった。だからゼストはその場でデートの約束を取り付けた。
どうでも良いが、実家には直ぐに了承を貰えた。問題の多い3男が身を固めるなら、平民でもなんでも良いと言っていた両親だ。相手が領を持つ一人っ子の子爵令嬢なら万々歳だったのだろう。
エヴァ嬢とのデート当日、完全な貴族令息の恰好をして、今までの軟派さを封印した。もともとは伯爵家で教育を受けていたし、特に難しくはない。
恰好に気を付けたからか、彼女のガードがかなり薄くなったと感じた。エヴァ嬢は最初は恐々としていたようだが、劇を見て感涙したり、夕食に満足していたし、かなり打ち解けられたと思う。
でも、一つ気になった。
ディナーの途中で劇の話になったのだが、その話の延長で男色家の同僚が騎士団にもいると零した時だ。
彼女は俺と話しているというのに、一つ壁の向こう側を見ているような視線でニコニコと笑うのだ。
彼女がここにいない何かを想っているのは分かるが、どうもこの目には見覚えがあった。
俺が鍛錬をしている時、ジョージ王太子を見ていた時、俺がトーン子爵と話している時…
こんな顔をして笑っていた。
何かを想っている。それはここにはない彼女の頭の中の想いだろう。
詩や作文を書く彼女の頭の中はもしかしたら色んな想像が膨らんでいるのかもしれない。
違う。今、ここにいる俺を見てくれ。
そう気づくと居ても立っても居られなくなり、ゼストは帰り際、衝動的にエヴァの唇を奪っていた。
あんなに品行方正に正攻法で攻めようと思っていたのに。少し後悔した。
折角エヴァ嬢とデートをしたのに、それから騎士団の遠征警備が始まってしまった。第三騎士団は北から西への砦の視察と周辺貴族領の治安の動向を担っている。第一は王都周辺、そのほかの第五までの騎士団は東西南北をそれぞれ守っているのだ。
運の悪いことに今回ゼストは遠征の副責任者になってしまった。今のところ周辺国のきな臭い噂は聞かないが、治安や山賊などの賊の把握もしておかないといけないし。国境付近の村々での聞き込みも大事な仕事だ。どんなに見積もっても1カ月かかり、王太子夫妻の婚姻披露パーティにギリギリ間に合うか間に合わないかの日程だった。エヴァにはエスコートの申し込みを受け入れられたので、ホッとした。
このパーティでまたエヴァ嬢に意識してもらおうと計画していたのになかなか上手くいかない。
ゼストはギリギリと歯噛みしながらも真面目に国境警備視察を続けていた。
「おーい、ゼストー次の村で泊まって行こうぜー」
同僚ののんきな声が後方の馬上から聞こえてきた。今は国境の村から村への警護の監視調査と、村人への聞き取り作業のため、次の村へ移動している途中である。
午後の太陽が真上から落ち始めた時間帯だ。
「なぜ?」
「ほら、次の村は少し良い酒場があるだろう?そこで、ほら、お姉ちゃん達とさー、なぁ?いいだろ?ゼストー?」
「駄目だ」
「なんだよー!女に事足りているからって!俺なんて1カ月もヤってないんだぞ!」
同僚騎士はゼストに歯を剥きだして抗議してきた。
「俺だって2カ月はやってない」
「嘘だろ!!?」
俺がご無沙汰なのがそんなに変なのか、同僚騎士はそれ以上文句も言わず、黙り込んだ。それ以後俺の指示に忠実に従ってくれた。
そんなこんなで必死に早く帰ってこようとしたのに、王都に帰って来れたのはパーティが始まる2時間前だった。急いで自宅に帰り、旅の汚れを落として支度をした。もうそろそろエヴァ嬢は王城に到着しているだろうか…
時間までに帰ることができないと、先に出した手紙は届けられただろうか…
心配になりながら俺も馬車に乗り込んだ。
王城に着いてエヴァ嬢を探そうと大広間に向かっていた時、大回廊で一人の令嬢に捕まった。
エヴァ嬢と出席した花見の会の時に王太子にくっついていた令嬢だ。ベルゼル侯爵令嬢…名前は分からない。
「ゼスト様~!あなただけなんですぅーもう貴方だけなのぉ!」
何やらおかしな酔い方をしているのか、変な事を言いながらしなだれかかってくる。
…早くエヴァ嬢を探したいのだが…
あの時以外の面識が無かったと思うが、相手は俺のことを知っているのか馴れ馴れしい。
「ジョージ王太子はなんで結婚しちゃうのぉ?」
とか、意味の分からない事を嘆いている。婚約者と結婚する事は普通だと思うが。
「私の筈なのにぃー」
酔っているせいか、怖い発言を繰り返すこの令嬢は心を病んでいるのだろうか?
「ゼスト様はいつ近衛騎士団に移動されるんですかぁ?」
はぁ?移動願いなど出してないし、意味がわからん。
「ご令嬢、少し酔いを覚ましましょう?さ、こちらに…」
俺は王城勤務の侍従に後を任そうと連れて行こうとした。
だけど、
「いゃぁ!ゼスト様から離れないのっ」
と、俺の腕をしっかりと掴んで離してくれない…
本当に酔っ払いは…とイライラしながらも、また王城の車止めまで彼女を連れて行き、王城の車廻し係の侍従に彼女を託した。彼女はまた意味不明な事を喚いていたが、なんとか彼女の家の馬車に乗り込んで行くところまで見送ってから、また回廊を急いだ。
ようやくパーティの大広間には着いたが、そこにはエヴァ嬢が居ない。何人かの御婦人や令嬢に話かけられるのを適当にかわしながら、俺は大広間からバルコニーに出て周りを探した。
バルコニーから大回廊の近くでラウラさんの声がした。
どうやらラウラさんとエヴァ嬢が話しているようだ。
俺はそこに急ぐ。
そこにはもう一人酔っ払い令嬢が出来上がっていた。
セオドア・トーン子爵(俺の所属する第三騎士団副団長)の一粒種。見たことがある顔だと思ったら、副団長の娘だったのだ。そりゃ騎士団の演習や見学に来ているはずだ。だが顔は見たことがあったが、話しかけられた事はなかった。奥手な令嬢なのかも知れない。
エヴァと出会う少し前からゼストは騎士団の兵舎に寝泊まりしていた。実家から通える第三騎士団部舎に続く街道の橋が崩落したからだ。兵舎で仲間とワイワイと集団生活をするのは悪くないし慣れていた。
だが、ある日副団長が酒の席でゼストの状態を知ると、「不都合がないのか?」と聞いてくれたので、これはチャンスだと思い、「仲間と過ごすのも悪くないですが、少し不自由です」と少し嘘を言った。すると仏の副団長のトーン子爵は「うちに滞在するか?」と聞いてくれた。貴族同士の誼で声を掛けてくれたのだろう。もちろんゼストは下心でトーン子爵家にお世話になることにするのだった。
トーン子爵家は実家の伯爵家よりずっと小さな屋敷にも関わらず、ゼストには実家よりもずっと居心地が良かった。使用人の質が良く、空気が柔らかで優しい屋敷の雰囲気はトーン子爵親子が醸し出しているのかもしれない。
子爵も、使用人も優しく、ゼストは甘えて、ゆっくりと羽を伸ばした。
エヴァ嬢にはなかなか接触させてもらえず、たまに時間が合った時に晩餐を一緒にするぐらいで、厳しい侍女が睨みを利かせて話もできない。
もう一度あの肌に触れたいと思ってしまうと、ついつい距離が近くなって、さらに侍女の監視が厳しくなる。
最初の印象が悪かったのか、なかなかエヴァ嬢は警戒を解いてくれなかった。
でも子爵と共に行う朝の鍛錬の時などにエヴァ嬢がこちらを見ていることもあり、意識はしてくれているのかと少し期待を持っていた。
少しずつ距離を近くしていって、いつ手を出そうかと考えていた時、エヴァが王城のお茶会に出席するというので図々しくもエスコートを名乗り上げた。
下心がバレているのか厳しめの侍女殿がお供に付いていたので、あまり下手な事は出来なかった。でも夢にまで見た彼女の肌に触れることができて、俺はまた感動した。
なんて滑らかなんだろう。ああ、早く手以外の場所も触りたい。
エヴァ嬢は王城で緊張しているのか、頬も上気させていて、桃みたいだった。可愛いな。
だがこの茶会の最中俺のアピールは彼女には届いていなかったことが判明した。
公爵令嬢のナンシー嬢が茶会を中座したのに気付いたエヴァ嬢は「ちょっとナンシー嬢が気になるから追いかけます」と言って中庭の方に歩いていってしまう。俺は急いで追いかけた。今日は護衛とエスコートを兼ねているのだ。
エヴァ嬢は時間を置かず後を追いかけたのでナンシー嬢を見失うことは無かった。俺は少し距離を開けて彼女達を見守った。ナンシー嬢が林の木の裏にしゃがみ込んでいたので、体調不良なら従者を呼ばないとなぁと思っていたら、急にナンシー嬢が泣き喚き始めたのだ。
かなり俺も驚いた。貴族令嬢がああいう風に泣くのは初めて見た。エヴァ嬢と喧嘩でも始めたのかと思って少し近づくと、エヴァ嬢はためらいもなくナンシー嬢をその腕に包んだ。
え?
俺はその様子に目を疑った。
まるで、自分の子供の様に慈悲深く、泣いているナンシー嬢を抱きしめたのだ。
彼女が良い。
やっぱり俺は彼女が好きだ。
こんな感情は初めてだった。
今までは女なんてただの性欲の処理相手で、遊ぶ相手で、都合の良い存在だった。
手しか触った事のない、あの手ごたえの無い令嬢が欲しくて欲しくて。
俺は今までなんとなくで動いていた自分の気持ちをはっきりと確認した。
彼女が欲しい。
目立つ程綺麗ではないし、プロポーションが良いわけでもない。だけど、彼女が俺の事を好きになってくれたら、俺は絶対に嬉しい。
そう思っていたら、風の向きのせいか彼女たちの話が聞こえてきた。
「--…ので…、あ…そろそろ、戻った方がいいかしら。貴女のお相手がこちらを見ているわ」
ナンシー嬢がこちらをチラリと見て言った。
エヴァ嬢は振り返って俺を見ると、また向き直って手を大きく振りながら言った。
「え?相手なんて、違います。彼は今屋敷に滞在している騎士様で、私とは何の関係も…今日たまたま暇だからエスコートするっていきなり付いてきたんですよ」
「嘘!?貴女達…?だって…彼は新しい婚約相手じゃなくって?」
「ええ。そんな事ありませんわ」
「えー?…彼、凄くあなたの事好きそうよ?気付いてないの?私、羨ましくって…」
「あの人女の人にすごく距離が近いんだと思うんですよ。ああいうのよりは、私にはジョージ王太子様がさりげなく、かつ上品なエスコートをナンシー様にする方が素敵だと思っていましたよ!なにより、凄い美形ではないですか」
ゼストはショックだった。
彼女たちはゼストに聞こえていないと思っているのか、結構な声量で話をしていた。明け透けな本音が全部聞こえてしまった。
俺は全然意識されていなかったのか…
それどころか、ジョージ王太子の方が良いとか…
俺が必死でアピールしてるっていうのに、「女の人に距離が近い」って…
全然伝わっていない…
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そして、彼は激しい渇望を抱いた。あの女を手に入れると。
自分の気持ちを自覚したゼストの行動は早かった。
それからは下手に彼女に手を出さないよう気を配り、侍女殿にも好印象になるようにした。
エヴァの父のトーン子爵には早めにエヴァが気になっていることを伝えると、彼は嬉しそうに交流を持つことに賛成してくれた。が、俺の噂を聞いて少し警戒しているのか、「お手柔らかに」と釘を刺される。本当にトーン子爵は優しい。自分の父親もこんな風だったら良かったのにと思ってしまう。
ゼストは今までの女性関係を清算した。
関係が薄くなっていた女には手紙で別れを告げ、最近まで肉体関係を持っていた未亡人や遊び人の令嬢には直接会って別れを告げた。関係が希薄だったのだろう、彼女達にほとんど否は無かった。泣かれたり、引き留められることは無かった。
それには意外なことに自分でも落ち込んだ。
いかに自分がいい加減な異性関係を持っていたのか…薄っぺらな交流をしていたのか思い知らされたからだ。
けれど、彼は騎士団の同僚や仲間には恵まれていた。周りの貴族令息に結婚の事を聞いたり、男女関係の一般的な進め方を聞いたりと、人に頼ったり教えてもらう事もできた。
いつもは両手に女を連れて歩いているゼストが人に頭を下げて教えを乞う姿に優越感もあったのかもしれないが、彼ら全員が快く色んな事を伝授してくれた。
ある程度体裁を整えて、彼はトーン子爵に婚約申し込みの話を持って行った。子爵はまず交際をすることから進めてくれた。思っていた通り、子爵は反対しなかった。だからゼストはその場でデートの約束を取り付けた。
どうでも良いが、実家には直ぐに了承を貰えた。問題の多い3男が身を固めるなら、平民でもなんでも良いと言っていた両親だ。相手が領を持つ一人っ子の子爵令嬢なら万々歳だったのだろう。
エヴァ嬢とのデート当日、完全な貴族令息の恰好をして、今までの軟派さを封印した。もともとは伯爵家で教育を受けていたし、特に難しくはない。
恰好に気を付けたからか、彼女のガードがかなり薄くなったと感じた。エヴァ嬢は最初は恐々としていたようだが、劇を見て感涙したり、夕食に満足していたし、かなり打ち解けられたと思う。
でも、一つ気になった。
ディナーの途中で劇の話になったのだが、その話の延長で男色家の同僚が騎士団にもいると零した時だ。
彼女は俺と話しているというのに、一つ壁の向こう側を見ているような視線でニコニコと笑うのだ。
彼女がここにいない何かを想っているのは分かるが、どうもこの目には見覚えがあった。
俺が鍛錬をしている時、ジョージ王太子を見ていた時、俺がトーン子爵と話している時…
こんな顔をして笑っていた。
何かを想っている。それはここにはない彼女の頭の中の想いだろう。
詩や作文を書く彼女の頭の中はもしかしたら色んな想像が膨らんでいるのかもしれない。
違う。今、ここにいる俺を見てくれ。
そう気づくと居ても立っても居られなくなり、ゼストは帰り際、衝動的にエヴァの唇を奪っていた。
あんなに品行方正に正攻法で攻めようと思っていたのに。少し後悔した。
折角エヴァ嬢とデートをしたのに、それから騎士団の遠征警備が始まってしまった。第三騎士団は北から西への砦の視察と周辺貴族領の治安の動向を担っている。第一は王都周辺、そのほかの第五までの騎士団は東西南北をそれぞれ守っているのだ。
運の悪いことに今回ゼストは遠征の副責任者になってしまった。今のところ周辺国のきな臭い噂は聞かないが、治安や山賊などの賊の把握もしておかないといけないし。国境付近の村々での聞き込みも大事な仕事だ。どんなに見積もっても1カ月かかり、王太子夫妻の婚姻披露パーティにギリギリ間に合うか間に合わないかの日程だった。エヴァにはエスコートの申し込みを受け入れられたので、ホッとした。
このパーティでまたエヴァ嬢に意識してもらおうと計画していたのになかなか上手くいかない。
ゼストはギリギリと歯噛みしながらも真面目に国境警備視察を続けていた。
「おーい、ゼストー次の村で泊まって行こうぜー」
同僚ののんきな声が後方の馬上から聞こえてきた。今は国境の村から村への警護の監視調査と、村人への聞き取り作業のため、次の村へ移動している途中である。
午後の太陽が真上から落ち始めた時間帯だ。
「なぜ?」
「ほら、次の村は少し良い酒場があるだろう?そこで、ほら、お姉ちゃん達とさー、なぁ?いいだろ?ゼストー?」
「駄目だ」
「なんだよー!女に事足りているからって!俺なんて1カ月もヤってないんだぞ!」
同僚騎士はゼストに歯を剥きだして抗議してきた。
「俺だって2カ月はやってない」
「嘘だろ!!?」
俺がご無沙汰なのがそんなに変なのか、同僚騎士はそれ以上文句も言わず、黙り込んだ。それ以後俺の指示に忠実に従ってくれた。
そんなこんなで必死に早く帰ってこようとしたのに、王都に帰って来れたのはパーティが始まる2時間前だった。急いで自宅に帰り、旅の汚れを落として支度をした。もうそろそろエヴァ嬢は王城に到着しているだろうか…
時間までに帰ることができないと、先に出した手紙は届けられただろうか…
心配になりながら俺も馬車に乗り込んだ。
王城に着いてエヴァ嬢を探そうと大広間に向かっていた時、大回廊で一人の令嬢に捕まった。
エヴァ嬢と出席した花見の会の時に王太子にくっついていた令嬢だ。ベルゼル侯爵令嬢…名前は分からない。
「ゼスト様~!あなただけなんですぅーもう貴方だけなのぉ!」
何やらおかしな酔い方をしているのか、変な事を言いながらしなだれかかってくる。
…早くエヴァ嬢を探したいのだが…
あの時以外の面識が無かったと思うが、相手は俺のことを知っているのか馴れ馴れしい。
「ジョージ王太子はなんで結婚しちゃうのぉ?」
とか、意味の分からない事を嘆いている。婚約者と結婚する事は普通だと思うが。
「私の筈なのにぃー」
酔っているせいか、怖い発言を繰り返すこの令嬢は心を病んでいるのだろうか?
「ゼスト様はいつ近衛騎士団に移動されるんですかぁ?」
はぁ?移動願いなど出してないし、意味がわからん。
「ご令嬢、少し酔いを覚ましましょう?さ、こちらに…」
俺は王城勤務の侍従に後を任そうと連れて行こうとした。
だけど、
「いゃぁ!ゼスト様から離れないのっ」
と、俺の腕をしっかりと掴んで離してくれない…
本当に酔っ払いは…とイライラしながらも、また王城の車止めまで彼女を連れて行き、王城の車廻し係の侍従に彼女を託した。彼女はまた意味不明な事を喚いていたが、なんとか彼女の家の馬車に乗り込んで行くところまで見送ってから、また回廊を急いだ。
ようやくパーティの大広間には着いたが、そこにはエヴァ嬢が居ない。何人かの御婦人や令嬢に話かけられるのを適当にかわしながら、俺は大広間からバルコニーに出て周りを探した。
バルコニーから大回廊の近くでラウラさんの声がした。
どうやらラウラさんとエヴァ嬢が話しているようだ。
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相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
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陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
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