上 下
7 / 20

第7話 デイジー、弟子をとる

しおりを挟む
驚いて固まっているわたしの肩で、クロが舌打ちをしたわ。

「チッ!そう来たか」

猫って舌打ちできるのね。



そんなことよりも、わたしはハッとして「で、で、弟子ぃ!?」と声に出して驚いたの。

「はい!弟子です!お願いします!」



ルーファスはハキハキと答えてくる。なんかガンガン来る。もうそこはかとなく弟子モードだったわ。これはまずい。



「い、いや~、そんなわたし弟子とる身分じゃないですし…」

「ぜひデイジーさんがいいんです!」



グイと一歩寄せてくる。

「あっ!そうそう、それにおない年で弟子って変じゃないですか~」

「それでもデイジーさんがいいんです!」



グイグイっとさらに寄せてくる。

わたしはいつの間にか追い詰められて、家のドアにはりつけになっていたわ。

逃げ場がない。



顔がすぐ間近にあるのに、ルーファスは気にならないみたい。それも失礼な話だと思わない?



それにしても、まっすぐな少年に火が付くとこうなるの!?おそろしい…。昨日までのおとなしいルーファスは一体どこにいったの?



そんな疑問を発する余裕もなく、わたしは顔をそむけて逃げようとしたわ。だって、顔はすでに熱くて真っ赤だったんだもの。恥ずかしいよ…。



みんなご存じなことなのかもしれないけれど、美少年の顔の圧ってすごいのね…。

もう、無理…。

「わ、わかりました…」

「弟子にしてくれるってことですか!?」

「そうですぅ…」

わたしは負けたわ。それはもうあっさりと。



「あーあ、またルーファスに負けてるよ」

クロがボソッと言ったけど、しょうがないじゃない!ちなみにルーファスには聞こえていなかったみたい。

「やったー!」って無邪気に喜んでたから。ここらへんは可愛い少年って感じでホッとしたわ。





「て、勢いで師匠になっちゃったわけだけど」

わたしは紅茶を淹れてルーファスにふるまったわ。ちょっとお姉さん気分。

今は家のなか。

昨日ポーちゃんを診たテーブルのうえにティーカップを置いたわ。仕事用の台を買ったほうがいいのかしら?そうはいっても、わたしの場合、別に手術するわけでもないしなあ。

そんなことが現実逃避気味に頭をよぎりながら、とりあえずルーファスを座らせて、自分もイスに座ったの。



「いったい師匠っていうのはなにをしたらいいのかな?お師匠さんに教えてくれるかな、弟子君。それが最初の修行だ!」

「ノリノリじゃん」とクロ。

「ちがう。ヤケよ」

だけど、ルーファスは元気よく「はい!」と返事したわ。無垢か。



「お店の経営を教えてください!ボク、アイスクリーム屋さんになるのが夢なんです!」

「ちょ、まてまてまてまて」

わたしは思わず手を前にだして止めたの。ツッコみどころが多い。

「え?なんですか?」

ルーファスはきょとんとしている。無垢か。



「デイジー、こういうときは慌てず一個ずつ整理していくんだ」

「そうね、クロ。アドバイス感謝するわ」

わたしは自分を落ち着かせるためにも紅茶を一口すすったわ。



「え~と、まず、魔法使いの弟子じゃないんだ?」

「ええ、同系統の魔法使いなら師弟は意味ありますが、デイジーさんの魔法は残念なことにボクの魔法とはかけ離れていますから…。本当に残念です…」

ルーファスは心底残念だと思っているようだった。あなたは歴史上最強の魔法使いになるんだけどなあ。



「で、夢はアイスクリーム屋さんなの?」

「はい!」

「へ~」

夢が叶えば史上最強のアイスクリーム屋さんが誕生するだろうな。



でも、すくなくともわたしの知っている未来では、ルーファスがアイスクリーム屋さんをやっているという話は聞いたことがなかった。

それはどの未来でもそうだったように思う。

夢破れたのか、諦めたのか、変えたのか。



「ボク、氷系の魔法が使えまして。それを将来活かせればなと思ってるんです。アイス好きですし」

「可愛いなあ。ウチの弟子は可愛い!」

夢を語る笑顔に思わず声が出てしまったわ。

「師匠バカになるの速くない!?」

クロがすかさずツッコむ。



「ハッ!待てよ…!」

わたしは重大なことに気づいたの。



「よしっ!そういうことなら歓迎しよう!キミは今日からわたしの正式な弟子だ!オフィシャルデッシーだ!もう逃がさない!キミは一生わたしに刃向かうことは許されない!レッドドラゴンでもわたしがブルードラゴンといえばブルードラゴンだ!わかったな!?」

急にわたしは勢いに任せてしゃべりちらかしたわ。



クロは怪訝な顔をしたけど、無垢な美少年であるルーファスはむしろ身を引き締めるかのように直立不動になって返事したの。かわうぃい。

「はい!お師匠さま!よろしくお願いいたします!」

「むっ!いい響きだな!もう一度お師匠さまをたのむ!」

「お師匠さま!」

「もう一度だ!」

「お師匠さま!」

「よし!満足だ!」

「なんなんだ…」

クロが呆れていたわ。



「ルーファス君。いや、ルーファス、ちょっと耳をふさいでいたまえ」

「はい!」

「聞こえていないか?ルーファス?」

「え?なんですか?」

「聞こえているじゃないか。もっと奥までつっこみなさい」

「え?」

「こう、指をねじこむんだ」

わたしはジェスチャーでもっと奥まで指をつっこむことを指示したわ。

ルーファスは素直に従ったんだけど、なんだかほんのちょっとだけいけない気持ちになったのは内緒だよ?



「う~ぬ、こんなマヌケなポージングでも可愛いとは…ルーファスはやはり恐ろしいやつだな、クロ」

「オレはお前が恐ろしいよ」

「いやん、ひかないで。ちがうのよ、クロの旦那」

わたしはコソコソとクロに耳打ちしたの。これでも細心の注意を払う話題だもの。ちゃんと気を使ったわ。

「なんじゃ?申してみよ」

クロも一応小声で話してくれる。ノリがいい。



「実はね…ルーファスを弟子にして、アイスクリーム屋さんにしちまえば、史上最強の男なんて物騒なもんは未来から消せるんじゃないの?って思ったわけですよ」

「ふむ…少年の本来進むべき道を誤らせようってわけかい?」

「げへへ、よしてくだせえ旦那。あくまでも今のルーファスはアイスクリーム屋さんになりたいって言ってるんですよ?本来進むべき道なんてわからないじゃないですか。未来でも知らない限り。少年の応援をしたい、その一心ですよ、アタイは。げへへ…」

「ふむ、お主もワルよのぅ…しかし、なるほどのぅ。なかなかの妙案。いや、待てよ」クロはいったん納得しかけたもののツッコんだ。「でもお前、暴力しないって誓ってなかったかい?そうすればルーファスは最強になろうがなんだろうが、関係ないんじゃないのかい?それはお前、未来においては結局暴力沙汰になるってことなのかい?」



「ちがいますよ、旦那。そんなわけないじゃないですか。けど、未来は未定。予定は未定じゃないですか。本来はね」

「まあ、そうだな」

「なのに、なぜかわたしは大体ルーファスに殺られちゃうわけですよ。まるで確定事項のように」

「そうだな。まるでお前の未来、そこでドン詰まりみたいだもんな」

「その詰まりを解消するのには、二段構えにしとくのが望ましいってことですよ、旦那」

「一段目は非暴力、二段目はラスボスをアイスクリーム屋にしちまうってことかい?」

「そういうこと!」



「ふむ…」クロは肉球を口元にやって考えたわ。「…いいかもしれないな」

「でしょでしょ!」

二人の悪巧みを前に、ルーファス少年は指を耳につっこんだまま目をぱちくりさせていたわ。

「よし!ルーファス!」

ルーファスは耳に指をつっこんだままなので聞こえていない。よしよし、いい子だよ。ぐへへへ。



「もういい。そう。もういいんだ。ありがとう」

ルーファスは耳に入れていた小指をなぜかちょっと気にしていたわ。

「ん?なんだ?」

「いや、あの…」

恥ずかしそうに言い淀んでいたの。



「んん?なんだ?お師匠さまに言えないことでもあるのか?」

「いえ…そういうわけじゃ…」

「じゃあ、素直に申してみよ」

ルーファスはついに真っ赤になって白状したわ。



「その…耳垢が…」

どうやら小指の先に耳垢がついてしまったみたい。

「ん?そんなもの床に落としていいぞ?」

わたしは美少年でも耳垢でるんだなあ、と生命の神秘を感じていたわ。



「え、いや…」

「いいから、落としなさい」

厳然と言うと、ルーファスはまるで罪なことを強制されるかのように背徳感に頬をそめて、指先をわずかにうごかしたわ。

小さく、たおやかな指でした…。

「…ゴクリ」

「ヘンタイ!現行犯!」



クロがついにわたしの頭をぺチンと叩いたの。さすがに見逃せなかったらしいわ。

「ち、ちがう…!わたしはやってない…!」

わたしは言い訳したけれど、鼻息は荒いままだったわね。

「バカ野郎!弟子に手を出すなんて最低の所業だぞ!しかも弟子になってから数分でなんて世界記録でも狙ってんのか!?」

「そ、そんな最低な世界記録狙うわけないでしょ…!?」

わたしとクロが言い争っている間も、ルーファスの顔はまだ赤いままだったわ。照れ屋さんなのね。



けれど「ぷっ」と顔は赤いままにルーファスは噴き出したの。

「え?」

「どうしたの?」

クロとわたしが聞くと、ルーファスはハニカミながらも言ったわ。



「お二方はとても仲がいいんですね!クロさん、よくわからないけど心配してくれてありがとうございます!やさしいんですね」

「お、おう」クロはまさか話しかけられるとは思っていなかったらしくて、珍しく動揺していたわ。「ま、まあ、コイツがなんかしたらオレに言えよ?コイツはオレの下僕だからよ。ま、だから、オイラはお前の大師匠ってわけだな。シクヨロ」

後半はキャラブレブレになりながら、クロはルーファスに向かって二本爪を出して手をピッ!と振ったの。



「なにそれ!?」

いろんな意味で驚いたわ。

でも、ルーファスは一際元気よく「はい!」と返事していたわ。

「ちょ、ルーファス君!?」

こうしてわたしたちは師匠と弟子になったり、大師匠と孫弟子になったり、主人と下僕になったりしたわ。



新しい関係が始まったってわけね。なかなかドキドキするわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...