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第1話 小熊蜜柑は人間らしい暮らしがしたい

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どうやら異世界転生したっぽい。

わたしは見たこともない荒野に気づいたら、突然立っていた。



わたしの名前は小熊蜜柑。保育士だ。職場の愛すべきヤンチャな子どもたちからは、ミカンちゃんと呼ばれている。今年の春から働き始めた。

連日の残業に、ハロウィンのための工作が重なって、遅くなってしまった帰り道。いきなり真横から声をかけられた。

「お嬢さん」

「うおっ!」

横にいたのはまさにハロウィンの魔女のようなコスプレをした老婆だった。わたしがすごい勢いで飛び退いたからか、驚いた表情をしていた。

「ホッホ、元気なお嬢さんだこと」

元気もなにも、こんな真夜中に人通りのまったくない道で、唐突に声をかけられれば、普段ボッーとしているわたしでも危機回避能力が発動しようというもの。

「な、なんですか?」

わたしは思わずバッグを盾にして、後退りしながら聞いた。

「ホホ、そんなに怖がらんでもええ。暇じゃからな、どれ、占ってしんぜよう」

そう言って、老婆は後ろに設えていた椅子に座り、机の上に置かれた水晶玉にマイペースに手をかざした。

怪しい。

はっきり言って、めちゃくちゃ怪しい。

こんな田舎町の住宅街の一本道で、この人は何をしているのか?

ハロウィンは来週だ。確かにハロウィンは、いつやったら良いのかイマイチわからないところはあるが、とりあえず月末だろう。老婆は、ついはしゃぎすぎて先取りしてしまったのだろうか?

周りを見渡してみる。誰もいない。薄らぼんやりした蛍光灯が点滅する、闇の中の狭い道があるのみだ。せめて老婆はパーティーピープルであって欲しかった。ファンキーな老人会が仕掛けたドッキリと言われた方が、同様にシュールではあるが、怖くない分だけマシだ。いや、怖いか。

本当に占い師なのだろうか?だとしたら、なぜこんなところに出店をしたのか。街中に行ってください。

怪しい、というか、怖い。正直言って、怖すぎる。

だって、この老婆、さっきからわたしから目を離さない。

うぉぉ、頼むから、水晶玉のぞきこんでくれ。その瞬間ダッシュで逃げるから。

「ムムッ!」

「ヒッ」

 老婆が大声を出し、わたしが怯む。

「こ、これは!」

老婆は驚いてみせる。しかし、全然水晶玉を見ていない。ずっとこっち見てる。

「お主!逃げる気じゃろ!」

すごい剣幕で言われた。

わたしはその瞬間、ダッシュで逃げようとした。

「頼む!後生だから、占わしてくれ!」

けど、老婆が悲壮な声で言った。

「お主で四人目なんじゃ!頼む!」

見ると、老婆が頭を下げていた。

やめて欲しい。そういうの弱い。こんな真夜中にポツンと頭を下げた老婆を残して走りされるだろうか?

「四人目って?」

わたしが聞く。

「お主みたいに不審者扱いされて逃げられるのは、四人目という意味じゃ!」

ううっ、この老婆、的確に罪悪感をえぐってくる。

「ただ人間らしいコミュニケーションを取ろうとしているだけなのに、この扱い。ワシが何したと言うのか、くっ」

手を目にやる。ヤメテ!

「わ、わかりました!少し占ってもらっていいですか?」

わたしは老婆の前の丸椅子に座った。

「はい。三千円になりまーす」

老婆はケロッとして、手を出した。

ヤラレタ。この老婆、びた一文泣いてない。ドライアイかというほど目が乾いていた。

「結構です。そんなお金ありませんので」

わたしは頭に来て、席を立とうとする。実際、お金はないのだ。保育士の給料は安い。残業代も出ない。今日だって、これから冷凍してある鳥の胸肉を解凍して焼いて、キャベツを千切りして、食パンにはさんで食べるというわびしい食生活がボロアパートで待っているのだ。占いなんぞに三千円も出している余裕はない。

「あー、待って待って!お願いー!」

袖をつかまれる。

「ちょっ、伸びる!」

「冗談!冗談だから!タダだから!」

そう言われては仕方がない。タダには弱いのだ。

「わかりました」

わたしがおとなしく座ると、老婆はようやく水晶玉を覗き始めた。

「して、なにか困ったことはあるかの?」

「え?」

「なんでも良いのじゃ、願いとかでもの。ほれほれ」

「うーんと」

わたしは少し考えてから、ポロッと言った。

「人間らしい暮らし、とかしたいですかねぇ。ハハッ、なんつって」

言ってから急に恥ずかしくなった。

「ふむ」

老婆はやさしく微笑んだ。

「ムムッ!」

そして、水晶玉に顔がぶつかる位のいきおいで、急接近した。

えっ?なんですか?

「異世界転生、と出とるな」

老婆は大真面目にそう言った。

「はぁ」

このおばあちゃん、案外趣味が若いなーと思った。けど、よく考えればコスプレ歴ウン十年の歴戦の猛者なのかもしれない。気が抜けない。

「ぬし、あそこの道の右に行けば、日常じゃ」

老人は細長い手で、道を指し示した。わたしの帰り道だった。右に折れれば、わたしのボロアパートがある。

「しかし、左に行けば、非日常がある。そして、そこには、ぬしの望むような人間らしい暮らし、があるじゃろう」

「はぁ」

老婆はまたやさしく微笑んだ。どうやら、これで占い終了らしい。

「じゃ、どうも。おやすみなさい」

わたしがそう言って、席を立つと、老婆は「Have a nice trip!」と流暢に言った。

わたしはつい笑ってしまい、愉快な気持ちになった。

思えば、これが最大の過ちだったのかもしれない。

わたしは分かれ道に向かうまでの道のりで、多くのことを思った。まるで走馬灯のように。
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