上 下
18 / 19

第17話 辺境の外

しおりを挟む
女性の村人が言った。



「あらあら、領主様と奥様よ」



ルーネとムソンがそれぞれ馬に乗り、連れ添っていた。



ムソンは愛馬カスタードに乗っていた。黒い巨大な馬だ。



対してルーネは、白い馬に乗っていた。サイズもカスタードに比べてふたまわりは小さい。



「お似合いのふたりねえ。遠乗りデートかしら?」



別の女性が言った。



ふたりは辺境の内と外を隔てる長大な壁に沿って、馬を歩かせていた。





「ここです」



ムソンはまわりに誰もいないのを確認してから、カスタードを止めた。



巨大な岩の前だった。その岩は、どういうわけか、ずっと連なっている壁の途中で急に出現していた。壁を壊して、そこにハマっていた。壁よりも背の高い岩だった。



(隙間はないけど……)



ルーネが思っていると、ムソンが言った。



「離れていてください」



ムソンはカスタードから降りると、もう一度まわりを確認してから、岩に触れた。



「そっち側、だれもいないな!」



ムソンは岩の向こう側に話しかけた。返事はない。



「……ふんっ!」



「えっ!?」



ムソンはおもむろに岩を押した。すると、まるでハリボテのように岩が動いた。



「さ、速く」



ムソンはカスタードをひいて、ルーネは白馬に乗ったまま、辺境の外側へと出たのだった。



「ふん!」



ムソンは岩を戻した。



「行きましょう」



平然とムソンは言った。



「……」



ルーネは訝しげに岩に触れた。硬かったし、重かった。本物の岩だった。



つい首をひねった。混乱していた。



「……こんなことある?」



「ヒヒン?」



白馬はつぶらな瞳でルーネを見返してくるのみだった。



「行きますよ」



「あ、はい」



ルーネはムソンについて行った。





やがて川に着いた。



ルーネは目を輝かせた。



「わあ!こんな大きな川があったんですね!」



「ええ。こちらの言葉でユコン川というそうです」



大きな魚が、ふたりの目の前で跳ねた。



「まあ!美味しそうな魚!」



「……いきなり味に行きますか」



ムソンはやや呆れたように言った。



「なんですか?なにか言いたいことでも?」



ルーネがニヤッと微笑んだ。目は笑っていない。



「いいえ、なにも」



ムソンは目をそらした。



その目に驚きの色が映った。



「あれは……!?」



ルーネも見た。川の上流の方だった。



少女が熊に襲われていた。熊の大きさは、少女の三倍はあろうかというサイズだった。



ムソンがカスタードを即座に疾走らせた。ルーネも白馬を駆って、追った。



「ああ……!」



ルーネの口から声が漏れた。



熊が少女のうえにのしかかり、押しつぶしてしまったのが見えた。



「くっ……!」



ムソンも声をあげ、カスタードを急がせた。



「たーーーー!」



甲高い声が聞こえた。少女の声だった。断末魔にしては、気合の入った声だった。



次の瞬間、巨大な熊が宙に浮いていた。少女が熊を巴投げしたのだった。



「え、ええーーーー!」



ルーネは驚愕した。



熊が落ちてきて、川岸に派手な音をたてて、背中から叩きつけられていた。



「がふぉ……!」



熊が断末魔のような声をあげて倒れた。



巻き上げられた砂塵のなかから、悠然と少女が出てきた。



「え……?」



少女は巨大だった。



実に可愛らしい顔立ちをしているのだが、白馬に乗っているルーネと目の高さが同じだった。ムソンより大きい。



髪は長く、うしろで三つ編みにしていた。肌は健康的に日に焼けていた。大きなどんぐり眼に、微笑を浮かべていた。



「ムソン!」



少女がうれしそうに走り寄ってきた。



「ディバ!無事でよかった!」



ムソンもいつになく快活な様子だった。



(女の子と接する時は、いつもブスッとしているのに……!)



ルーネはそれを見て、ちょっとショックを受けた。



「あはは!クマゴローと遊んでただけだよ!クマゴロー、またねー!」



ディバは無邪気な子どもがするように、ぶんぶんと手を振った。



ルーネとムソンが振り向くと、いつの間にか起き上がった熊が森のなかへと分け入っているところだった。言葉がわかるのか、片手をあげて返事をしていた。



「……でかいな」



川べりに生えている木よりも、熊は巨大だった。



「クマゴローはここらへんの長だからね!」



「……そうなのか」



「ところで、この子は?」



ディバは好奇心に満ちた目でルーネを見た。



ルーネは白馬から降りた。



(……おっきい!)



ルーネはディバを見上げて、改めて思った。230センチくらいあるのではないか?



「ルーネ・ゼファニヤ・ペリシテと申します。ムソン・ペリシテの妻です」



しかし、ルーネは心の声をおくびにも出さず、優雅にスカートの裾を持ち、挨拶をした。



「……?」



なんの反応もなかった。ルーネはちらりとディバを見上げた。



ディバはぽかんとしていた。



そして、ハッとすると、「え、ええっ~~~!ムソン結婚したの!?」と両手を前に縮めて、可愛らしい女の子のように驚いた。



「ああ」



ムソンは照れたようにすこし頬を染めて、短く答えた。



「そうなんだ……!そうなんだ……!」



ディバは反芻していた。



だが、また急にハッとすると、「あ、あああ、あの、ボク、ディバ・ダランです!よ、よよよ、よろしく……!」と慌てて言った。なぜか片手をヨッ!とあげた。



いかにも世慣れていない女の子という感じだった。



「あー、ディバはまだ10歳なんです」



ムソンがフォローするように言った。



「そ、そーなんす……!ボク、10歳」



ルーネは、しかし、驚かなかった。



なぜなら前の生で、ディバの一族は、子どもの頃からみんな大きいということを知っていたからだ。ここに来る前に、ムソンに言われていたというのもあった。



だから特段驚いてみせる必要もないし、驚くのも失礼だなと思った。



(それにしても……)



前の生でディバと直接しゃべる機会はなかった。



(ボクっ娘だったとは!)



「ディバさん。仲良くしましょうね」



ルーネが微笑むと、ディバはうれしそうに笑みを返した。



「うんっ!」



ルーネは本心から仲良くしたいと思ったし、また、今回の目的のためにも仲良くなりたいと思った。



ちらりと見ると、ムソンは安心したような、それでも不安そうな、微妙な表情をしていた。



ムソンはルーネの視線に気づき、目をそらしてしまった。



(う~ん、なにか隠してる?)



ルーネはじっーと圧をかけて見た。だが、ムソンは耐えるようにこちらを見なかった。



(まあ、いっか)



ルーネはご機嫌だった。



(ルーネ・ゼファニヤ・ペリシテ……!ペリシテって名乗っちゃった!)



そんなに悪くない響きだと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

令嬢キャスリーンの困惑 【完結】

あくの
ファンタジー
「あなたは平民になるの」 そんなことを実の母親に言われながら育ったミドルトン公爵令嬢キャスリーン。 14歳で一年早く貴族の子女が通う『学院』に入学し、従兄のエイドリアンや第二王子ジェリーらとともに貴族社会の大人達の意図を砕くべく行動を開始する羽目になったのだが…。 すこし鈍くて気持ちを表明するのに一拍必要なキャスリーンはちゃんと自分の希望をかなえられるのか?!

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

都合のいい女は卒業です。

火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。 しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。 治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。 どちらが王家に必要とされているかは明白だった。 「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」 だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。 しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。 この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。 それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。 だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。 「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

処理中です...