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第19話 やさしそうな笑顔

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 おれはさけぶよゆうもなく、ヒンッとハナで息を吸って走り出した。体が重いけど、にげなきゃ殺される。




「待て!待ちなさい!」




 真っ黒おじさんがそんなことを言うけど、おれはにげた。待つわけない。



 全力でとにかく前に走っていくと、用水路があって、行き止まりになっていた。用水路のはばは三メートルはあって、飛びこえられそうにない。流れも昨日の雨のせいでかはげしかった。



 それでも、飛びこえなきゃ死ぬ!と思って飛ぼうとしたけれど、目のはしに工事現場で使われているような鉄の足場が、一本、橋としてかかっているのを見つけた。



 おれはそのかんたんな橋を急いで渡って、真っ黒おじさんが来る前にその橋を用水路にけ落とした。橋は用水路の流れでタテになって、大人でも手をのばして取るのは無理な位置になった。



 真っ黒おじさんは用水路の向こう側で、困った顔をして橋を見ていた。



 おれはゼイゼイいってたけど、心の中でホッとした。



 これでにげられる。おれはヒザに手をついて、休んだ。もうヘトヘト中のヘトヘトだった。




「しょうがない」




 真っ黒おじさんはあきらめて帰って行った。顔を上げると背中が見えた。

少し明るくなってたから、よく見えた。



コシにはビニールぶくろをつけて、真っ黒な服はジャージで、クツはスニーカーのどこにでもいるおじさんだった。



でも、こんなどこにでもいるおじさんが首つりおじさんを殺し、おれを殺そうとしつこく追って来た。ヤジマ君は無事かな?



やっぱり大人のおじさんにはヤバいやつがいる。



坂上はあやまりに行って、ノコギリを返してもらってないことがわかった。だって、アイツ生きてるから。



そんなことを考えるよゆうが出来たその時、真っ黒おじさんはふり返った。




「え?」




 間のぬけた声が出てしまった。



 真っ黒おじさんはクラウチングスタートをとった。



 あっという間だった。



 真っ黒おじさんはいきなりスタートを切り、にげ出すスキもないスピードで走り、ジャンプし、三メートルくらいある用水路をこえてしまった。



 そして、おれのすぐ目の前に着地した。



 足が、ふるえた。



 足に力が入らなくて、しりもちをついた。



 真っ黒おじさんは、まっすぐに立ち上がり、おれを見下ろした。



 おれは泣き出してしまった。歯がカチカチ鳴る。



 おれは、殺される。




「あ~、泣かないで」




 だけど、真っ黒おじさんはしゃがんでやさしい声をかけてきた。




「ごめんよ。説明したくて追ってきたんだ」




 おじさんはそう言った。



 顔は、困ったような、やさしそうな笑顔だった。
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