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第12話 オーク族の王ファルコ
しおりを挟む面通しと言われるとなぜか気楽だと思い、流理は各種族の王とやらに会いに行くことにした。
「おかしくないですか?」
アベルが不満顔で流理に抗議した。
「え?」
「なんでお食事会は渋って、面通しにはちょっとウキウキしてるんですか」
「なんだろう?血が滾る?」
流理は中学時代に、友人が他校の不良に捕らえられて、それを単身助けに怪しげな倉庫へと乗り込んで行ったことを思い出した。
「……心配です。ついていきます」
流理はジッとアベルを見て、それから「ふふっ」と吹き出した。
アベルはさすがに気を悪くしたようで「足手まといにはなりませんから、どうかお気になさらず」とスネたように言った。
「おっと、ゴメンよ。バカにしたわけじゃないんだよ。ただ心配されるのが新鮮でさ」
流理はアベルの頭に手を置いて「頼りにしてるよ」と微笑んだ。
アベルは「……ハイ!」と赤面しながらも、うれしさをこらえきれない笑顔で元気よく返事したのだった。
「う~む、アベルきゅんは普段は猫ちゃんのようなクールさがあるのに、ルリの前だと子犬のようにコロコロ表情が変わるのぅ……ゲヘヘ、アリじゃな」
アカーシャはヨダレをふいて、一行は出発したのだった。
「いやー、まさか空飛ぶとは思わなかったね」
流理は一服しながら言った。目の前には大きな洞窟があり、そこにこれから入っていくらしい。しかし、なにはともあれ一服が必要だった。
紫煙が空に吸い込まれていくのを目で追って、この空をアカーシャに担がれてひとっ飛びして来たんだなあと思うとなんだか感慨深かった。異世界にいるなあ、と今さらのようにしみじみと思ったものだ。
「ね、アベルくん」
流理はタバコを携帯灰皿に押し付けて、アベルに同意を求めた。
「え、ええええ、おも、おもわなかった、です、ね……!」
アベルは震えていた。無理もない。空を飛んでいる最中、ジェットコースターよりもすごいGが常にかかっていた。
「だいじょうぶかい?」
「だ、だいじょうぶ、です……!ただ、アカーシャちゃんの肩も手も小さいなあって……」
「ああ、うん、そうだよね」
Gよりも怖かったのは、座席部分の不安定さだ。竜の王らしい人外の力強さでガッチリつかんでくれているのだが、アカーシャはいかんせん小さい。もみじのような小さな手がふたりの太ももをホールドするのだが、片方の足にしか届いていなかった。
「いやー、でも肩車なんてされたの久しぶりだったよ。ついでに言えば、ダブル肩車なんて初めてのことさ」
アカーシャは小さい体でふたりを両肩に担ぎ、空を飛んだのだった。
「アカーシャちゃん、ありがとう。疲れてないかい?」
「余裕なのじゃ!帰りも任せるのじゃ!」
アカーシャは意気揚々と請け負ってくれたのだった。
「うう、もう勘弁して……」というか細い声がアベルから漏れたが、気づいていないようだった。
「おやおや、人間臭いと思ったら、案の定ですか」
いきなり背後から巨大な影がヌッと現れた。
振り向くと、スタイリッシュな黒い衣装とサングラスで身を固めた集団がおり、その先頭にいるのは一際大きな二足歩行の豚だった。
「オーク族の王、ファルコじゃ」
アカーシャが教えてくれる。
「へえ、人間臭いとは初対面からご挨拶じゃないかい。招待されたから来たというのに、オーク族の王とやらはずいぶん礼儀正しいんだねえ」
流理が皮肉を込めて言った。
「まったく…」ファルコはサングラスをクイッと上げると「すばらしい臭いだと言わざるを得ませんね。もっと近くであなたのフレグランスを嗅がせて頂けませんか?」と鼻息も荒く宣った。
サングラスからのぞく目はマジだった。うしろに居並ぶ家来たちも同じく鼻息を荒くし、ウンウンと頷いていた。
流理とアベルが一斉にアカーシャを見た。
「オークたちは臭いフェチなんじゃ」
アカーシャは何でも無いことのように朗らかに答えた。
「竜の王アカーシャよ。あなたもお人が悪い。このように芳しい方々ならば事前に言ってもらわねば……!まったく、鼻も眩むばかりですぞ。そちらの少年は得も言われぬノーブルな香り、そしてそちらのお嬢さんは異国情緒たっぷりなスパイシーな香り」
「ノーブル…」
「スパイシー…」
アベルと流理は思わず自分の服を嗅いだ。
「まるで究極と至高のマリアージュ……。おっと、失礼。あまりの芳醇さについつい不躾になってしまいました。あなたが盟約を守りしものですね、お嬢さん」
「ん?どうやらそのようだね。よくは知らないんだけどね」
「ハハハッ!よくは知らぬうちに均衡を守ってくれたというわけですか。なかなか豪気な方だ。改めまして、私はファルコです。以降お見知り置きを」
「うん、よろしくね」
「して、そちらのノーブルな少年はルリさんのツガイですかな?」
「は、はいぃ!?」
アベルは驚きのあまり大きな声を出した。
「おや?ちがう?なにやらあなたさまから出ているただならぬ臭いがルリさんに向かっているもので、てっきり」
「うわー!うわー!なに言ってるんですか!」
「臭いというか、フェロモンは想いを表しますからな。あなたのフェロモンがまとわりつくようにルリさんに……」
「だー!ちがうちがう!ボクはアルドラド王国の第二王子、アベル・アルドラドです!本日は偶然ながら諸王にお目通り叶う機会と知り、ルリさんにお供した次第です!」
「おや、そうでしたか。ゼーダ王は元気ですかな?」
「父を知っているのですか?」
「ええ。王になられる時、古き盟約を結びなおすのです。もしかしたら、アベルさんにもそういう機会が訪れるかもしれませんね」
「いえ、兄がいますから。兄が伺うことになると思います」
アベルはきっぱりと言った。
「ふむ、そうですか。いろいろお有りのようだ。本日は浮世のことは忘れ、楽しんでいかれるとよいでしょう」
「楽しむ?」
アベルはどういうことかと疑問顔になった。
流理もなにやら思っていた面通しとはちがうかも、と思い始めていた。
「さ、そろそろ中に入るのじゃ!」
アカーシャが先頭に立ち、一行は巨大な洞窟のなかへと入っていった。
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