3 / 4
第3話 スタンピード
しおりを挟む
“獅子の翼”をクビになって飛び出したリンはクサっていた。
「クソが!」
ついつい声が漏れてしまう。
それも無理のないことである。
“獅子の翼”やメンバーに愛着がなかったといえばウソになる。
まだ駆け出しの冒険者であった頃にあの三人と出会い、雑用クエストをこなしていく内に意気投合し、“獅子の翼”を結成した。
苦楽を共にした。死線を共に超えたのは一度や二度じゃない。
歯車が狂い始めたのは、Bランクパーティになり、周囲が“獅子の翼”を注目し始めてからだ。
具体的に言えば、ラッツがルアとソフィーに手を出し始めた。
それまでは戦友だったのが、いつの間にやらラッツとルアとソフィーはそういう仲になっていた。
初めはルアから手を出したのか、ソフィーから手を出したのか。それとも初めから二人いっぺんにだったのか、恋愛事に疎いリンにはわからなかった。
だが、別にリンは三人が幸せならそれでいいと思っていた。
問題は、ラッツがリンにまで手を出そうとしたことだった。
当然撃退した。
拳で。
ラッツは騎士だ。
最前衛職だ。皆の前で盾になるのが仕事であり、ジョブの特性でもあった。
それが後衛かつ支援職、さらにいえば支援補助職である“治癒補助師”に一撃のもとに叩きのめされたのである。
その日以来、ラッツ及びソフィーとルアの態度は急変し、リンは冷遇されたのだった。
そして、ついには本日クビを言い渡されるに至ったのである。
「完っ全に私怨じゃねーか!あのうんこ共め!」
ラッツの女になっておけばよかったとでもいうのか?
リンはあり得ないと思った。
リンはたしかに一際目を引く美少女である。
白い肌にさらに白い髪、神秘的な赤目。目鼻立ちは整い、アクセントのように紅い唇が妖艶でさえある。
しかし、まだ13歳であった。
冒険者になるため、歳は偽っている。
今は16歳ということにしている。
バレたことはない。
歳のことを差し引いても、ラッツなんかと寝たいとは思わなかった。
騎士のクセにひょろいし。
思い出すと、諸々腹立たしかった。
(私だってモンクになれてたらなってるっつーの。でも固有ジョブ持ちなんだからしょうがないじゃん!最初は才能あるって言われた気がしてうれしかったけど、まさか転職もできない不遇レア職だなんて…)
リンは己の天職“治癒補助師”を恨んだ。
「あー!暗くなるのやめやめ!」
しかし、暗くなるのが苦手で嫌いなリンはすぐに頭に浮かぶ雑念を打ち消した。
目の前に、偉大な筋肉を誇るカズマ・ハラキリの石像があった。
〈初代“拳王”の功績をここに称える〉と刻まれている。
「立派だねえ…」
リンは思わず見上げ、つぶやいた。
リンがまだ小さかった頃、リンは孤児院にいた。
“クーナサグラダ孤児院”。
カズマが“覇道の車輪”の株を寄付した施設だった。
小さいリンは、傷だらけでヒザを抱えていた。
意固地な顔で、子供に似合わぬ思いつめた表情をしていた。
そこへ修道女がやってきた。
まだ若い。髪をフードに押し込めているから、むしろ美人であることが強調されていた。
「あらあら、またケンカしちゃったの?」
おっとりとした口振りだった。
リンは弾かれたように告白した。
「あいつらが悪いんだ。新入りの人形壊して…お母さんの形見だって言ってたのに…!」
シスターローザはリンの頭を撫でた。
「そっか。これ、シスター長には内緒だけどね」ぎゅっとリンを抱きしめた。「えらいわね。私はあなたを誇りに思うわ」
「ゔん…」
リンは鼻水をシスターローザの服でふいた。
「あー、やったなー」
「えへへ。ねえ、カズマの話して!」
リンはもう笑っていた。あどけない子供の笑みだった。
「ふふ、また?好きねぇ」
「いいじゃん」
「そうねぇ。カズマはねえ…」
数々の華々しい偉業、それとは裏腹な無口な性格、でも、本当は照れ屋なだけでだれかを助けるために一生懸命になれる人…。
そう話すシスターローザの顔は美しかった。
リンは、そんなシスターローザの美しい顔を見るのが好きだった。
「あんな美人残して死ぬとか、よっぽどダンジョンは魅力的なんだねえ…」
リンはカズマの石像に触れた。
その時だ。
街の人々に急速に恐怖が拡がって行ったのは。
「“スタンピード”だ!」
誰かが叫ぶ。
“スタンピード”。それは街の真ん中に聳える巨大ダンジョンから大挙してモンスターが溢れ出してくることを指す。
それだけでなく、街中のあらゆる空間が裂けて、そこからもモンスターが溢れ出してくるということもあった。
今回はそれが二つ同時に起きていた。
久しぶりの大スタンピードだと言えた。
「な、なんだありゃ!?」
人々が空を見上げた。
すると大空に大亀裂が入っていた。
そこから巨大な目が人々を見下ろしていたのである。
こんなのは初めてだ…。嫌な予感がする…。
リンの胸はざわついた。
「キャー!」
小さい女の子の悲鳴が響いた。
見ると、巨大なトロールが亀裂から出現し、少女を踏み潰そうとしていた。
リンは迷わず身を投げ出した。
「クソが!」
ついつい声が漏れてしまう。
それも無理のないことである。
“獅子の翼”やメンバーに愛着がなかったといえばウソになる。
まだ駆け出しの冒険者であった頃にあの三人と出会い、雑用クエストをこなしていく内に意気投合し、“獅子の翼”を結成した。
苦楽を共にした。死線を共に超えたのは一度や二度じゃない。
歯車が狂い始めたのは、Bランクパーティになり、周囲が“獅子の翼”を注目し始めてからだ。
具体的に言えば、ラッツがルアとソフィーに手を出し始めた。
それまでは戦友だったのが、いつの間にやらラッツとルアとソフィーはそういう仲になっていた。
初めはルアから手を出したのか、ソフィーから手を出したのか。それとも初めから二人いっぺんにだったのか、恋愛事に疎いリンにはわからなかった。
だが、別にリンは三人が幸せならそれでいいと思っていた。
問題は、ラッツがリンにまで手を出そうとしたことだった。
当然撃退した。
拳で。
ラッツは騎士だ。
最前衛職だ。皆の前で盾になるのが仕事であり、ジョブの特性でもあった。
それが後衛かつ支援職、さらにいえば支援補助職である“治癒補助師”に一撃のもとに叩きのめされたのである。
その日以来、ラッツ及びソフィーとルアの態度は急変し、リンは冷遇されたのだった。
そして、ついには本日クビを言い渡されるに至ったのである。
「完っ全に私怨じゃねーか!あのうんこ共め!」
ラッツの女になっておけばよかったとでもいうのか?
リンはあり得ないと思った。
リンはたしかに一際目を引く美少女である。
白い肌にさらに白い髪、神秘的な赤目。目鼻立ちは整い、アクセントのように紅い唇が妖艶でさえある。
しかし、まだ13歳であった。
冒険者になるため、歳は偽っている。
今は16歳ということにしている。
バレたことはない。
歳のことを差し引いても、ラッツなんかと寝たいとは思わなかった。
騎士のクセにひょろいし。
思い出すと、諸々腹立たしかった。
(私だってモンクになれてたらなってるっつーの。でも固有ジョブ持ちなんだからしょうがないじゃん!最初は才能あるって言われた気がしてうれしかったけど、まさか転職もできない不遇レア職だなんて…)
リンは己の天職“治癒補助師”を恨んだ。
「あー!暗くなるのやめやめ!」
しかし、暗くなるのが苦手で嫌いなリンはすぐに頭に浮かぶ雑念を打ち消した。
目の前に、偉大な筋肉を誇るカズマ・ハラキリの石像があった。
〈初代“拳王”の功績をここに称える〉と刻まれている。
「立派だねえ…」
リンは思わず見上げ、つぶやいた。
リンがまだ小さかった頃、リンは孤児院にいた。
“クーナサグラダ孤児院”。
カズマが“覇道の車輪”の株を寄付した施設だった。
小さいリンは、傷だらけでヒザを抱えていた。
意固地な顔で、子供に似合わぬ思いつめた表情をしていた。
そこへ修道女がやってきた。
まだ若い。髪をフードに押し込めているから、むしろ美人であることが強調されていた。
「あらあら、またケンカしちゃったの?」
おっとりとした口振りだった。
リンは弾かれたように告白した。
「あいつらが悪いんだ。新入りの人形壊して…お母さんの形見だって言ってたのに…!」
シスターローザはリンの頭を撫でた。
「そっか。これ、シスター長には内緒だけどね」ぎゅっとリンを抱きしめた。「えらいわね。私はあなたを誇りに思うわ」
「ゔん…」
リンは鼻水をシスターローザの服でふいた。
「あー、やったなー」
「えへへ。ねえ、カズマの話して!」
リンはもう笑っていた。あどけない子供の笑みだった。
「ふふ、また?好きねぇ」
「いいじゃん」
「そうねぇ。カズマはねえ…」
数々の華々しい偉業、それとは裏腹な無口な性格、でも、本当は照れ屋なだけでだれかを助けるために一生懸命になれる人…。
そう話すシスターローザの顔は美しかった。
リンは、そんなシスターローザの美しい顔を見るのが好きだった。
「あんな美人残して死ぬとか、よっぽどダンジョンは魅力的なんだねえ…」
リンはカズマの石像に触れた。
その時だ。
街の人々に急速に恐怖が拡がって行ったのは。
「“スタンピード”だ!」
誰かが叫ぶ。
“スタンピード”。それは街の真ん中に聳える巨大ダンジョンから大挙してモンスターが溢れ出してくることを指す。
それだけでなく、街中のあらゆる空間が裂けて、そこからもモンスターが溢れ出してくるということもあった。
今回はそれが二つ同時に起きていた。
久しぶりの大スタンピードだと言えた。
「な、なんだありゃ!?」
人々が空を見上げた。
すると大空に大亀裂が入っていた。
そこから巨大な目が人々を見下ろしていたのである。
こんなのは初めてだ…。嫌な予感がする…。
リンの胸はざわついた。
「キャー!」
小さい女の子の悲鳴が響いた。
見ると、巨大なトロールが亀裂から出現し、少女を踏み潰そうとしていた。
リンは迷わず身を投げ出した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
蒼炎の魔法使い
山野
ファンタジー
笹山翔はちょっと魔法が使えるだけの日本の大学に通う、孤高気取りで明るいボッチの18歳。
彼は大学の帰り道に何故か知らない森に飛ばされそこが異世界だと気付く。
魔法で異世界無双?! チート能力で俺tueeeeeee?! 異世界のテンプレ展開?! チョロインハーレム?! 死亡フラグの乱立… 俺の異世界ライフ思ってたんとなんか違う…
これは脳内会話が多く、年相応にエロい、異世界への拘りがやや強めな主人公が使う蒼い炎が有名になり、騙し騙し世界を救っていくことになるかもしれない話。
小説家になろう様、カクヨム様でも投稿してます
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
娘の命を救うために生贄として殺されました・・・でも、娘が蔑ろにされたら地獄からでも参上します
古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
ファンタジー
第11回ネット小説大賞一次選考通過作品。
「愛するアデラの代わりに生贄になってくれ」愛した婚約者の皇太子の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してクローディアは絶望の淵に叩き落された。
元々18年前クローディアの義母コニーが祖国ダレル王国に侵攻してきた蛮族を倒すために魔導爆弾の生贄になるのを、クローディアの実の母シャラがその対価に病気のクローディアに高価な薬を与えて命に代えても大切に育てるとの申し出を、信用して自ら生贄となって蛮族を消滅させていたのだ。しかし、その伯爵夫妻には実の娘アデラも生まれてクローディアは肩身の狭い思いで生活していた。唯一の救いは婚約者となった皇太子がクローディアに優しくしてくれたことだった。そんな時に隣国の大国マーマ王国が大軍をもって攻めてきて・・・・
しかし地獄に落とされていたシャラがそのような事を許す訳はなく、「おのれ、コニー!ヘボ国王!もう許さん!」怒り狂ったシャラは・・・
怒涛の逆襲が始まります!史上最強の「ざまー」が展開。
そして、第二章 幸せに暮らしていたシャラとクローディアを新たな敵が襲います。「娘の幸せを邪魔するやつは許さん❢」
シャラの怒りが爆発して国が次々と制圧されます。
下記の話の1000年前のシャラザール帝国建国記
皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/129494952
小説家になろう カクヨムでも記載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる