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第3話 スタンピード

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“獅子の翼”をクビになって飛び出したリンはクサっていた。




「クソが!」




ついつい声が漏れてしまう。



それも無理のないことである。



“獅子の翼”やメンバーに愛着がなかったといえばウソになる。



まだ駆け出しの冒険者であった頃にあの三人と出会い、雑用クエストをこなしていく内に意気投合し、“獅子の翼”を結成した。



苦楽を共にした。死線を共に超えたのは一度や二度じゃない。



歯車が狂い始めたのは、Bランクパーティになり、周囲が“獅子の翼”を注目し始めてからだ。




具体的に言えば、ラッツがルアとソフィーに手を出し始めた。



それまでは戦友だったのが、いつの間にやらラッツとルアとソフィーはそういう仲になっていた。



初めはルアから手を出したのか、ソフィーから手を出したのか。それとも初めから二人いっぺんにだったのか、恋愛事に疎いリンにはわからなかった。



だが、別にリンは三人が幸せならそれでいいと思っていた。



問題は、ラッツがリンにまで手を出そうとしたことだった。



当然撃退した。



拳で。




ラッツは騎士だ。



最前衛職だ。皆の前で盾になるのが仕事であり、ジョブの特性でもあった。



それが後衛かつ支援職、さらにいえば支援補助職である“治癒補助師”に一撃のもとに叩きのめされたのである。



その日以来、ラッツ及びソフィーとルアの態度は急変し、リンは冷遇されたのだった。



そして、ついには本日クビを言い渡されるに至ったのである。




「完っ全に私怨じゃねーか!あのうんこ共め!」




ラッツの女になっておけばよかったとでもいうのか?



リンはあり得ないと思った。



リンはたしかに一際目を引く美少女である。



白い肌にさらに白い髪、神秘的な赤目。目鼻立ちは整い、アクセントのように紅い唇が妖艶でさえある。



しかし、まだ13歳であった。



冒険者になるため、歳は偽っている。



今は16歳ということにしている。



バレたことはない。



歳のことを差し引いても、ラッツなんかと寝たいとは思わなかった。



騎士のクセにひょろいし。




思い出すと、諸々腹立たしかった。



(私だってモンクになれてたらなってるっつーの。でも固有ジョブ持ちなんだからしょうがないじゃん!最初は才能あるって言われた気がしてうれしかったけど、まさか転職もできない不遇レア職だなんて…)



リンは己の天職“治癒補助師”を恨んだ。




「あー!暗くなるのやめやめ!」




しかし、暗くなるのが苦手で嫌いなリンはすぐに頭に浮かぶ雑念を打ち消した。



目の前に、偉大な筋肉を誇るカズマ・ハラキリの石像があった。



〈初代“拳王”の功績をここに称える〉と刻まれている。



「立派だねえ…」



リンは思わず見上げ、つぶやいた。






リンがまだ小さかった頃、リンは孤児院にいた。



“クーナサグラダ孤児院”。



カズマが“覇道の車輪”の株を寄付した施設だった。



小さいリンは、傷だらけでヒザを抱えていた。



意固地な顔で、子供に似合わぬ思いつめた表情をしていた。



そこへ修道女がやってきた。



まだ若い。髪をフードに押し込めているから、むしろ美人であることが強調されていた。




「あらあら、またケンカしちゃったの?」




おっとりとした口振りだった。



リンは弾かれたように告白した。




「あいつらが悪いんだ。新入りの人形壊して…お母さんの形見だって言ってたのに…!」




シスターローザはリンの頭を撫でた。




「そっか。これ、シスター長には内緒だけどね」ぎゅっとリンを抱きしめた。「えらいわね。私はあなたを誇りに思うわ」



「ゔん…」




リンは鼻水をシスターローザの服でふいた。




「あー、やったなー」



「えへへ。ねえ、カズマの話して!」




リンはもう笑っていた。あどけない子供の笑みだった。




「ふふ、また?好きねぇ」



「いいじゃん」



「そうねぇ。カズマはねえ…」




数々の華々しい偉業、それとは裏腹な無口な性格、でも、本当は照れ屋なだけでだれかを助けるために一生懸命になれる人…。



そう話すシスターローザの顔は美しかった。



リンは、そんなシスターローザの美しい顔を見るのが好きだった。








「あんな美人残して死ぬとか、よっぽどダンジョンは魅力的なんだねえ…」



リンはカズマの石像に触れた。



その時だ。



街の人々に急速に恐怖が拡がって行ったのは。




「“スタンピード”だ!」




誰かが叫ぶ。



“スタンピード”。それは街の真ん中に聳える巨大ダンジョンから大挙してモンスターが溢れ出してくることを指す。



それだけでなく、街中のあらゆる空間が裂けて、そこからもモンスターが溢れ出してくるということもあった。



今回はそれが二つ同時に起きていた。



久しぶりの大スタンピードだと言えた。




「な、なんだありゃ!?」




人々が空を見上げた。



すると大空に大亀裂が入っていた。



そこから巨大な目が人々を見下ろしていたのである。



こんなのは初めてだ…。嫌な予感がする…。



リンの胸はざわついた。




「キャー!」




小さい女の子の悲鳴が響いた。



見ると、巨大なトロールが亀裂から出現し、少女を踏み潰そうとしていた。



リンは迷わず身を投げ出した。
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