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本編

No.97~スキルレベル上げ1

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 廃工場内はしんと静まりかえっている。
 元はプラスティック製品を製造する工場だったようだ。
 工場内には今も稼働されなくなって久しい大型の機械が、埃にまみれて何台も並んでいた。
 この中での会話は小声でするようにと、蘭子さんからは言われている。
 
 俺はマイちゃんと並んで歩いていた。
 初めてのことで若干緊張している俺とは違って、マイちゃんは臆する様子もなくまるで集団登校中のように歩いている。
 マイちゃんを眺めていると、急に立ち止まって俺の腰のあたりを叩いた。
 視線は前を向いている。
 俺はその視線を追うように頭を上げて、マイちゃんが何を見ているかを知った。

「……人がいる!」

 思わず息を飲む。これが敵……なのか!?

「ランちゃん。気づいて逃げられる前に片付けよか」
「そうだな。せっかくアイツが調べてくれた情報だ。逃がしたら何を言われるかわからんからな」

 葛葉さんと蘭子さんが何やら会話している。
 マイちゃんは俺から離れると、椎名先輩に近づいていった。

「椎名とマイは俺とランちゃんのサポートや。坊主はそこにおれ。動いたら泣かすぞ」
「…………は?」

 葛葉さんは椎名先輩とマイちゃんをそれぞれ【椎名】【マイ】と呼び捨てにしている。
 何とも腹立たしい。
 そして俺は【坊主】のままかい。さっき名乗ったのに……。
 しかも動いたら泣かすって……。
 そこまで言うならお手並み拝見しましょうかねぇ。

「葛葉、【結界】は張ってあるな?」
「当たり前や。人通りがない言うたかて、もし一般人が入って来たら怪我では済まんで」
「なら、結構」

 俺は言葉の意味がわからなくて、前にいる椎名先輩に訊いてみる。

「あの先輩、【結界】ってなんですか? その説明訊いてないんですが……」
「あ、そうだったわね。【結界】というのは一般の人が入れないように、空間を隔離する【異能】のひとつよ」
「え!? そんなことできるんですか……?」

 どうやら、【結界】というのは立方体の空間を作り、外部から【異能】以外のものを一切遮断するらしい。
 この【結界】の出入りは【異能】は自由に出入りできる。あくまで、一般人に被害を出さないための対策である。
 【結界】の規模は【異能】個人の力量に応じて拡大・縮小する。
 葛葉さんが今張った【結界】は一辺が十五メートルほどのものだそうだ。それが凄いかどうかは、知識のない俺には判断できない。
 椎名先輩は取り急ぎ、かいつまんで質問に答えてくれた。

 俺たちの前方には高さ幅ともに二メートルほどの大きな機械が三機ある。
 その隙間からチラチラ見え隠れするのは、人相の悪そうな大人が四人。服装はスーツだったり、スウェットのようなラフな格好であったりと統一感はない。
 あれが【逆徒】なのだろうか?
 今はまだこちらに気づいてはいないようだ。

「ほな、始めよか。ランちゃん来て」
「ああ」

 葛葉さんが手招きして、蘭子さんは応じて近づき背中を葛葉さんの体に正面から押しつけた。
 なっ……!?
 俺は目を疑った。
 思わず声を上げそうになるのを、俺は必死で堪えた。今大きな声を上げれば確実に見つかってしまうからだ。
 だが蘭子さんと葛葉さんは、もの凄い密着具合で……一体何をしているのか!?
 もたれかかる蘭子さんを後ろから葛葉さんが抱きしめている格好だ。
 蘭子さんは葛葉さんに体重を預けている。葛葉さんの左手は蘭子さんのお腹に添えられ、右腕は蘭子さんの柔らかそうな右胸を押しつぶし、その先にある右手はあろうことか蘭子さんの左胸をわし掴みにしていたのだ。

「あんっ。もっと優しくしろ」
「ごめんやで。久し振りやから、力の加減間違うたわ」

 目の前の公然わいせ……いや、これが【四大元素】と【増幅者】の連携技? とでも言うのだろうか!?
 俺はこれから起こる戦いよりも、葛葉さんに嫉妬を覚えた。この野郎っ!
 数秒後、葛葉に支えられた蘭子さんが体を起こすと、それが戦いの合図となった。

「うっ……!」

 俺は蘭子さんから発せられる圧に、声を漏らしてしまう。
 蘭子さんは助走して機械を跳び越えると、向こう側にいたスーツの男を右ストレート一撃で昏倒させた。
 他の三人の【逆徒】はそこで初めて、こちらの存在を認識したようだった。
 応戦するかそれとも逃げるのか、迷った挙げ句スウェットの男は蘭子さんの左フックを右側頭部に受け転倒する。
 転倒した男が急いで立ち上がろうとするのを、蘭子さんに追いついた葛葉さんが蹴り上げた。
 スウェットの男はそれきり立ち上がってこなかった。

 す、凄い……!? あっという間に二人も倒した!
 俺はあまりの迫力に圧倒された。
 三人目のチェスターコートを羽織った男は、逃げを選択したが蘭子さんが追いかけてドロップキックを炸裂させる。男はそのまま機械に激しく体を叩きつけられた。
 蘭子さんの戦いっぷりが男らし過ぎる!

「あれ!? 確かもうひとりいたはずじゃ……?」

 俺がつぶやくのとほぼ同時に起き上がった蘭子さんは、服についた埃を払う素振りも見せず、最後のひとりを追いかける。
 最後のひとり――ニットセーターを着た眼鏡の男――は、俺や椎名先輩とマイちゃんがいるほうに逃げてきた。
 こっちに来たっ! よし、見せてやるか俺の【四大元素】を!

「椎名! いてもうたれっ!」
「わかって……ますっ!」

 葛葉さんがこっちに振り返って、椎名先輩に大きな声で叫んだ。
 俺の隣ではさっきの蘭子さんと葛葉さんのように、椎名先輩が両拳を腰に構えて、その後ろからマイちゃんが椎名先輩の腰に手を回していた。
 やっぱりそうなのか!? これが……【四大元素】と【増幅者】の基本型なんだっ!
 俺は自己解釈に納得していた。

「ちぃ姉! 今っ!」
「せいっ!」

 椎名先輩の正拳突きが、眼鏡男の鳩尾に決まった。眼鏡男は体をくの字に曲げて、胃の中身を吐き出した。
 おそらく【四大元素】を使ったであろう椎名先輩の正拳突きの衝撃は凄まじく、眼鏡男を一撃で失神させた。
 今後椎名先輩を怒らせないように気をつけよう……。
 椎名先輩とマイちゃんはハイタッチを交わしている。

 葛葉さんが気絶している四人の【逆徒】を一ヵ所に集めている。
 ものの数分で四人とも意識をとり戻し、ヤンキー座りをした葛葉さんが何やら話始める。

「今日はこのぐらいにしといたるわ。せやけど、お前らの名前も元の所属もわかっとるから、もうアホみたいなことはすんなや。次は組織の制裁が待ってるで」

 葛葉さんが何を言っているのか、はっきりした意味はわからないが、二度と悪いことはするなという警告を与えたのだろう。もし次にこういうことがあれば、組織が制裁するよと……つまり脅しか。
 正座をさせられている【逆徒】の四人は顔面蒼白だ。この世の終わりみたいな表情で、小刻みに震えている者までいた。
 ところで、この【逆徒】は何をしたんだろう? それも知らずに連れてこられたんだが……。
 蘭子さんに訊くとあっさり返してくれる。

「こいつらは【異能】を使って、傷害・窃盗・その他軽犯罪を繰り返していた。今回はこのくらいで済ませたが、二度目はない。こいつらも組織の制裁は知ってるからな」
「あの……制裁って? 具体的にはどうなるんですか?」
「とりあえず、外に出よう……」
「……は、はぁ」

 何だか歯切れが悪いな……と言うより蘭子さんの顔色が悪いように見える。どうしたんだろう?
 蘭子さんが外に出ようと言うので、俺たちは揃って廃工場から出る。【逆徒】は残したままだ。

「あの……【逆徒】を置いてきていいんですか?」
「構わん。あいつらがチンパンジー並の脳みそでなければ、もう悪さはしないだろう」

 でもチンパンジーって意外と賢いらしいですよ……と言うツッコミは置いといて、俺はそんな【逆徒】が恐れる組織の制裁とは何だろうと考えていた。

「疲れた……」

 言うと、蘭子さんは急に力が抜けたように近くにいた葛葉さんにしなだれかかった。
 葛葉さんはそんな蘭子さんをしっかりと抱きとめた。

「蘭子さん!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫や。坊主が心配するようなことやないわ」
「でもっ……!?」

 葛葉さんに詰め寄ろうとする俺を、椎名先輩が腕を掴んで止めた。

「先輩?」
「隼人くん、蘭子さんは葛葉さんに任せて大丈夫よ」

 椎名先輩は困惑する俺に頷いた。
 俺は憔悴している蘭子さんを抱いて壁にもたれかかっている葛葉さんを黙って眺めていた。
 そう言えば、昨日探偵事務所に乗り込んで来た【増幅者】と戦ったあとも、蘭子さんソファにぐでぇと寝そべってたな……。昨日は案外だらしのない人だなと思ったけど、そうではないのか……?
 実は三分しか戦えない体だとか?
 また今度訊いてみるか。

 五分もしないうちに蘭子さんの顔色はすっかり良くなり、いつもの感じに戻っていた。
 傍らでは葛葉さんが心配そうに、蘭子さんを気にしている。
 この二人……【四大元素】と【増幅者】以上の関係だったりして。
 
 俺は蘭子さんと葛葉さんのペアを見てから、無性に【増幅者】に興味をそそられた。
 ここで俺は重大な決意表明をしようと思った。
 俺は注目を集めるために大きな咳払いをする。

「えー。ん、んん!」

 何事かとみんなが俺のほうを見た。
 それを確認して、俺は胸を張って堂々と宣言する。

「世のために俺の【四大元素】が必要とあらば、喜んで協力しましょう! だが…………菜月を戦いに巻き込みたくはない! でもっ、俺の【増幅者】である菜月がいれば……俺の【四大元素】はさらにパワーを増して世の悪人を懲らしめることができる! 正直、かなりの葛藤がありました……! ですがっ! 俺は正義のために、心を鬼にして菜月を説得してみせます!」

 最後のほうは握った拳をわなわなと振るわせながら、俺は熱く語っていた。

「隼人くん……。えらく芝居がかった言い方だけど……急にどうしたの? 妹さんを巻き込むのは反対だって言ってたのに……」

 椎名先輩は怪訝な表情で、俺を眺めている。
 ……だって、菜月を公然と抱きしめてオッケーなんでしょ? そういう大事なことを教えてくれなかったんだもの。
 俺の心を見透かしたように、蘭子さんと葛葉さん……ああっマイちゃんまで白けた顔をしている!?
 みんなの目が怖い……。

「ちょう待てや。【四大元素】って何や?」
「隼人くんは【異能】をそう呼んでいるんです。何かこだわりがあるみたいで……」
「ぶっ! ぶっはっっははははっ!」

 椎名先輩から【四大元素】の説明を受けた葛葉さんは、腹を抱えて笑い出した。
 あ、こいつ俺の【四大元素】をバカにしたな。
 いつか見てろよ……。俺は心の中で葛葉さんをムカつく大人として認識した。

「でも隼人くんが協力してくれるなんて嬉しいわ。同年代の【異能】なんてあまりいないから何だか親近感が湧いちゃう」

 椎名先輩の好感度が上がった気がした。ふっ、いくらでも親近感湧いてください。
 
「にゃははは! 私もお兄さんと一緒だよー」

 マイちゃんも喜んでくれているのか、俺に飛びついてきた。
 ちらりと蘭子さんのほうを見ると、微笑を浮かべている。
 その隣の葛葉さんは俺と目が合うと、面白くないのか舌打ちしてそっぽを向いた。

 そうだ! 俺のハーレムはここから始まるんだ!
 俺はそう確信した。
 今後は菜月や椎名先輩とマイちゃんの好感度を上げていこう! あと蘭子さんもだ!
 葛葉さんはどうでもいいや。むしろ好感度最低でもいいまである。
 俺が場所もわきまえずに物思いに耽っているその時、誰かのスマホから着信メロディが流れた。
 何か良く分からないが海外アーティストのパンク風の音楽が鳴っている。
 スマホに出たのは葛葉さんだった。相手は知り合いのようだった。

「俺に言われても知らんがな。え? ランちゃんが電話に出えへんて?」

 葛葉さんが蘭子さんのほうを見る。
 蘭子さんはポケットからスマホを取り出して、何やら操作している。

「あー。サイレントモードにしてたから気づかなかった。用件は……大体わかるから、愚痴を訊いといてくれ」

 蘭子さんはスマホをポケットに戻して、タバコを吸い始めた。
 葛葉さんは嫌そうな顔をして、三分ほど通話をしたあと、

「わかったわかった。言うとくわ。ほな、切るで?」

 スマホをしまって眠たそうに大きな欠伸をする。

「誰からだったんですか?」
「オッサンや。ランちゃんが電話に出えへんから、俺にかけてきよった」

 椎名先輩が訊ねると、葛葉さんは苦笑して頭を掻いた。
 オッサン……誰だろう?
 この廃工場に入る前も、確かオッサンの情報だとか言ってたな……。
 あとで蘭子さんか、椎名先輩に訊いてみよう。

 葛葉さんが御伽原探偵事務まで送ってくれると言うので、みんなして車に乗り込む。
 助手席に蘭子さんが座り、後部座席には椎名先輩とマイちゃんそして俺の順に座った。
 本当は俺が真ん中に座って椎名姉妹に挟まれたかったのだが、姉に続いてマイちゃんが俺の脇をすり抜けて先に乗車してしまったのだ。小学生相手に文句を言うわけにはいかず、俺はしぶしぶ最後に乗車してドアを閉めた。

「ほな、俺このあと行くとこあるから、ちょっと飛ばすで」
「お前の運転は常から乱暴だろうに」

 蘭子さんがボソッとつぶやいてタバコを咥えるが、葛葉さんがライターを取り出そうとする蘭子さんを制止した。

「車内は禁煙や。タバコ臭なってしゃーないからなぁ」
「ちっ。早く出してくれ」
「へーい」

 後部座席の三人は急降下するジェットコースター並の急発進で絶叫した。
 蘭子さんの言ったとおり、葛葉さんの運転は相当荒かった。
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