46 / 203
本編
No.41~テイムイベント2
しおりを挟む「――今だ! 一斉に攻撃を仕掛けろ!――第六魔法・ファイアーエスターク」
声の聞こえた方向へと向かうと、光が見えてきた。
いや、正確には炎というべきか。大規模な火事が起きているのかと錯覚するほどの大きな炎の柱が、少し離れたこの場所からでも視認できた。
まるでファンタジー世界。
否、ここは本物のファンタジー世界だった。
岩場から覗くと、そこは漫画の世界だった。炎や雷が飛び交い、俺が寝ていた場所と同じ洞窟だとは思えないほどに戦闘している周囲一体は輝いていた。
「アイラは引き続きディオの回復。エラファスはあと少しだけ奴らの注意を引き付けてくれ! ――特大魔法がもう少しで打てるっ!」
「「「りょーかい!」」」
見当たる人間はざっと四人。
それぞれ役割をこなして戦闘しているようだが、ディオって女の子が戦闘不能になったているらしい。地面に倒れている彼女に向けて、アイラと呼ばれた少女は両手を広げている。
奥を見るとこむぎたちの同族だと予想できる姿をした獣が数匹、いや、下手したら数十匹単位でいた。
応戦している人間の周りにも何匹かの死体があることを踏まえると、結構長い時間こうして戦っていることが分かる。
――グラァァァァアアア!
さっきの異様な空気の出処がこの雄叫びでわかった。
群れの中心にいるあいつだ。
こむぎが子供だと思えるほどに大きい。あっちの世界でこいつより大きい生物が果たして存在するのか。
こむぎを狼で例えるなら、あいつは太古の昔に存在していた恐竜だ。
あいつを見ると狼なんて比べ物にならないほどの威圧感に気圧される。
「ネアくん! 私ももう魔力が!」
「すまない、あと少しで魔法が使え――グハッ!」
「うそ、ネアくん……大丈夫!? エラファス!」
「あいよ!」
指示を出していたネアという黒髪の男の腕が、獣の長い爪による斬撃によって負傷する。
アイラの呼び声に全てを察したのか。ネアを庇うようにエラファスは獣を押し退け、前に出た。
回復対象をネアに変えようとする少女に、ネアは小さく手を振る。
「ぼ、僕は大丈夫だから。ディオへの回復はやめないでくれ」
ゲームでいう役職的に、エラファスという体の大きい男はタンクという立ち位置だろうか。その隣にいるアイラはヒーラーか?
そしてネアは魔法使いといったところ。炎や雷もネアが出している魔法みたいだ。
いやいや、観察している場合ではなかった。
「そろそろ行った方がいいな――お前ら、出てこい」
「わふん!」
これが本当にあいつと同じ種族なのだろうか。
助けに入って勝てる気がしないのが今の本音だ。そんな俺の気持ちを察したのか、こむぎが強く地面を踏みつけた。
どうやらやる気みたいだ。
「元々仲間だろ、殺れるか?」
聞くまでもないのか、こむぎたちは俺の前に出た。
あのボスはこむぎたちに任せて、俺もネアという男の援護に入るとしよう。
「じゃあお前ら、行け!」
俺の合図でこむぎたちが駆ける。
これが初陣である。目覚めて間もない俺だが、そんなことは関係ない。異世界転生して、寝起きで欠伸している暇なんて普通はないだろう。
「な、なんですかこれ!」
「黒い、レッドウルフだと……?」
「エラファス、なんか矛盾してるじゃないですか!」
「俺だって分かるわけないだろう!」
目の前にいる状況に一瞬の戸惑いを見せたアイラとエラファスがそんな掛け合いをする。
「うそ、私たちですら苦戦したレッドウルフがこんな簡単に……」
こいつらはレッドウルフというのか。
こむぎに見なれたせいであまり気に留めなかったが、言われてみれば全員赤い体毛をしている。
「黒い方は俺のペットなんで気にしないでください」
「あ、あなたは?」
ネアが腕の傷口を抑えながら聞いてきた。
損傷が酷いらしい。口からも吐血していて痛々しい。
「俺は、アイルです。アイル・エンリア。あの、そこら辺にあるレッドウルフを借りてもいいですか?」
「か、借りる? えっと、何をするか分からないけど、いいよ……?」
「助かります、多勢に無勢なので――」
――『目覚めろ』
その言葉と同時、死んでいた数匹のレッドウルフの体からから黒い煙が巻き上がる。
「この能力はなんだ……ア、アルトくん、君の天職(ギフテッド・ワークス)は一体なにか聞いてもいいかいっ?」
「えっと、一応《付与術師》みたいです」
「『みたい』? はは、おかしいな言い回しをするな。でも、すごい。君のおかげでレッドウルフがあんなにも簡単に……」
最前線を駆け抜けるのは『あさがお』だった。
小さい体を生かした俊敏な動き。その速さは俺の予想を遥かに上回っている。
目にも止まらぬ速度でレッドウルフの首を爪で確実に狙っている。
――『目覚めろ』
――『目覚めろ』
――『目覚めろ』
時間と共に増えていく死体に何度も《死霊術師》の能力を施す。
これがこの能力の真骨頂である。
多勢に無勢だった不利な状況は、気付けばレッドウルフのボスだけを残して一変していた。
「す、すごい……」
アイラが驚きの声を漏らす。
赤い軍勢は黒い軍勢に変わっていた。オセロだったらほぼ王手だな。
俺が仕掛けた初戦闘だったが、正直アイラと同じ感想を持っていた。
「まだ終わってないですよ」
「……アルトくん、僕も特大魔法を使えるようになった。けど、もう少しを威力をあげたいんだ。……その、助けてもらった身で頼むことではないんだけど、僕に『魔力付与(エンチャント)』してくれないかい」
「えっと、使えるなら使ってあげたい気持ちはあるんだけど。なんていうか、使い方教えてもらっても、いいですか?」
「「「え?」」」
まぁそんな反応されるよね。分かってたよ。
けど、全員で同時にそんな反応しなくてもいいじゃないか。
「そうだね。一般的なアドバイスをするなら、普通に詠唱すればいいと、思う。すまない、僕も自分の天職(ギフテッド・ワークス)以外の知識はないんだ」
詠唱とは《死霊術師》で言うところの『目覚めろ』的な一言だろうか?
「俺の友達の付与術師は『魔力付与(エンチャント)』する時に、『来たれよ神の御加護、森羅万象を無に帰す魔力の根源、その真価を我が目に映したまえ!』と叫んでいたな」
いや、全然違うじゃん。
思ってたよりもThe・ファンタジーみたいな詠唱じゃん。
しかも詠唱がそこそこ長いせいで、言い終わる前に殺されそうだよな。
――グラァァァアアアァ
ずっと戦っているこむぎたちの攻撃が届いていないのか、唯一の生き残りにして、ボスのレッドウルフが再び雄叫びをあげた。
こむぎの雄叫びよりも威力は数段高く、その雄叫びだけで黒い軍勢の大半が吹き飛ばされ、煙と化した。
「――攻撃が来る前にお願いしますっ!」
羞恥心を拭って、エラファスのアドバイス通りに俺は一言一句間違えることなく詠唱してみる事にした。
「わかったよ! 言えばいいんでしょ!?――『来たれよ神の御加護、森羅万象を無に帰す魔力の根源、その真価を我が目に映したまえ!』」
そのまま復唱するだけでよかったらしい。
赤い色の光がネアの体を包み込んだ。
「すごい! こんなにも魔力が漲ってくるなんて……よく分からない力を使うとは思っていたけど、《付与術師》としての力も本物じゃないか!」
ネアが驚きの声を上げた。俺の能力の影響かは分からないが、傷口が少しだけ修復されているような気がする。
自分の魔力を人に与える。
バフスキル的なものだろうか?
「エラファス、みんなを衝撃から護ってくれ」
「おうよ、『龍神の加護』」
ネアが立ち上がる。
エラファスの詠唱で、俺を含めた四人を緑色の光が覆った。
それを確認し、ネアは詠唱した。
俺もそれに合わせて死霊術師の能力を解除した。
俺の軍勢と戦っていたレッドウルフが、黒い影の中から露わになる。
そしてそれを的として放たられる大魔法。
――『第三魔法・グラビランス』
虚空に現れた黒い球体。
空間を引き裂くような轟音と、衝撃波を四方八方に放ちながら、それはゆっくりとレッドウルフへと放れた。
そして逃げる間もなく、レッドウルフの体にそれは接触した。
あさがおほどの俊敏さがあれば当たらなかったと思うが、その巨躯にはそれを可能にする力はなかったらしい。
体が半分ほど消えた状態で、最後のレッドウルフが地面へと倒れた。
「はぁはぁ、倒せた……なんとお礼をしたらいいのか。正直僕たちだけではこの群れですら倒すことなどできなかった。本当にありがとう」
「助かった、ありがとう」
「本当にありがとうございましたっ」
ネアの言葉に続いて、エラファス、そしてアイラが頭を下げた。
結局ボスを倒したのはネアだ。こむぎたちだけであいつを倒せていたかと言われたら怪しい。
ボスの雄叫びで俺の軍勢の大半消えてたし……
「いや、ボスを倒したのはあなたです。僕は何もしてないんで気にしないください」
「そのボスだって『魔力付与(エンチャント)』のおかげで倒せました。何かお礼をさせてください。命を助けてもらった恩を受けたままでは、僕たちは納得して明日を迎えられません」
「そう言われてもなぁ。……あ、強いて言うなら俺のことは他の人に話さないでほしいかな? あとこの洞窟の出口教えてもらえます?」
「そんなことでいいの……?」
「はい、お願いします」
「では、約束しましょう。アルトさんのことは誰にも話さないし、洞窟の出口へ安全にご案内させてもらいます!」
「そんな大袈裟じゃなくてもいいんだけど……」
ネアからすれば大したことではないのかもしれないが、こんな場所にいきなり転生させられた俺からすれば、出口を知っている人間が目の前にいることに感激すらしてしまう。
ましてや言語が通じて、なんか優しい感じの人だった。これが超陽キャのオラオラ系だったらこの戦いも知らないフリして逃げてたところだった。よかった。
「では、行きましょう! もしかしたら奥からレッドウルフ以外にも出てくるかもしれない。それに僕の仲間も気絶してしまっている。早く地上に戻ってゆっくりと治療をしないといけない……」
「そうだね、俺も早くここから出たいかも。――あ、一つ忘れ物。少し待ってもらっていい?」
「えっと、大丈夫ですけど?」
不思議そうな顔を浮かべるネア。
「ただ待たせるのはあれだし、アイラさんはその子の治療をしておいてあげて」
「え、あ、えっと、もう回復できるほどの魔力が……」
戸惑うアイラに俺は『魔力付与(エンチャント)』を施した。それが俺の天職の本来の役目みたいだし。
あくまで俺の中の魔力を渡しているだろうから、渡しすぎるのもよくはない気はするけど。でもまだ魔力が尽きる感じはない。
「これでどう?」
「ま、魔力がっ! これだけの魔力があれば!」
本調子に戻ったらしい。
「じゃあ待っててください」
「は、はい」
ネアの許可をもらったことだし、奥に見える半身しか残ってないレッドウルフのボスの方へと俺は向かった。
「あれは何をしてるんだ?」
「僕に分かるわけないでしょう」
――『目覚めろ』
「うわ! なんだあれ!」
「僕も聞きたいよ! なんだよあれ! エラファスの友達の《付与術師》もあんなことができるのか!?」
「で、できるわけないだろう!」
なんか後ろでネアとエラファスで漫才のような会話が繰り広げられているが、まぁ口外しないと約束してくれたし隠す必要もないだろう。
それにしても、こむぎたちは頭が無くても死霊術師の能力を使えたけど、首から胸辺りまでの半身がないレッドウルフにも能力が使えるとは思わなかった。
「――んで能力で生き返ったら元通り、ね」
ほんと、自分でもなんだこれって思う能力である。
未だに《固有スキル:無からの覚醒(ネクロマンス)》について全く分からないが、それに関しては今後解明していくとして――、
「見てください! この私に懐いてますよ!?」
戻るとさっき消したはずのこすもすがアイラと戯れていた。
五匹の中で一番毛量が多く、もふもふしているのが特徴的なこすもす。触れば虜になる気持ちもよく分かる。
「この子連れて帰っていいですか!?」
「ダメです」
「毎日散歩も行きます!」
「ダメです」
「あ、じゃあじゃあ!」
「何を言ってもあげませんから!」
「うぅ……」
俺の決死の反対に、アイラも不服そうではあるけど諦めた様子。
こすもすは俺のお気に入りでもあるからそう簡単に渡さない。
とはいえ、本当に懐いているらしい。確かに意志を持ってアイラの方へ寄って行っている気はする。しっぽも揺れている。
こいつは犬か!
だがそんな大はしゃぎしている少女の隣には、先程よりも顔がやつれたように見えるネアが苦笑いで立っていた。
「待たせちゃってすみません」
「は、はい……」
「ちょっとアルトくんの見たことの無い力にびっくりしただけです」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。僕のことは気にしなくて大丈夫ですよ、行きましょう……」
口調が敬語に変わった。
何が何だか分からないが、驚かせてしまったらしい。死霊術師の能力は不用意に人に見せないようにしよう。
まぁ、何はともあれ。
洞窟からの脱出。
俺の転生物語の第一歩である。
声の聞こえた方向へと向かうと、光が見えてきた。
いや、正確には炎というべきか。大規模な火事が起きているのかと錯覚するほどの大きな炎の柱が、少し離れたこの場所からでも視認できた。
まるでファンタジー世界。
否、ここは本物のファンタジー世界だった。
岩場から覗くと、そこは漫画の世界だった。炎や雷が飛び交い、俺が寝ていた場所と同じ洞窟だとは思えないほどに戦闘している周囲一体は輝いていた。
「アイラは引き続きディオの回復。エラファスはあと少しだけ奴らの注意を引き付けてくれ! ――特大魔法がもう少しで打てるっ!」
「「「りょーかい!」」」
見当たる人間はざっと四人。
それぞれ役割をこなして戦闘しているようだが、ディオって女の子が戦闘不能になったているらしい。地面に倒れている彼女に向けて、アイラと呼ばれた少女は両手を広げている。
奥を見るとこむぎたちの同族だと予想できる姿をした獣が数匹、いや、下手したら数十匹単位でいた。
応戦している人間の周りにも何匹かの死体があることを踏まえると、結構長い時間こうして戦っていることが分かる。
――グラァァァァアアア!
さっきの異様な空気の出処がこの雄叫びでわかった。
群れの中心にいるあいつだ。
こむぎが子供だと思えるほどに大きい。あっちの世界でこいつより大きい生物が果たして存在するのか。
こむぎを狼で例えるなら、あいつは太古の昔に存在していた恐竜だ。
あいつを見ると狼なんて比べ物にならないほどの威圧感に気圧される。
「ネアくん! 私ももう魔力が!」
「すまない、あと少しで魔法が使え――グハッ!」
「うそ、ネアくん……大丈夫!? エラファス!」
「あいよ!」
指示を出していたネアという黒髪の男の腕が、獣の長い爪による斬撃によって負傷する。
アイラの呼び声に全てを察したのか。ネアを庇うようにエラファスは獣を押し退け、前に出た。
回復対象をネアに変えようとする少女に、ネアは小さく手を振る。
「ぼ、僕は大丈夫だから。ディオへの回復はやめないでくれ」
ゲームでいう役職的に、エラファスという体の大きい男はタンクという立ち位置だろうか。その隣にいるアイラはヒーラーか?
そしてネアは魔法使いといったところ。炎や雷もネアが出している魔法みたいだ。
いやいや、観察している場合ではなかった。
「そろそろ行った方がいいな――お前ら、出てこい」
「わふん!」
これが本当にあいつと同じ種族なのだろうか。
助けに入って勝てる気がしないのが今の本音だ。そんな俺の気持ちを察したのか、こむぎが強く地面を踏みつけた。
どうやらやる気みたいだ。
「元々仲間だろ、殺れるか?」
聞くまでもないのか、こむぎたちは俺の前に出た。
あのボスはこむぎたちに任せて、俺もネアという男の援護に入るとしよう。
「じゃあお前ら、行け!」
俺の合図でこむぎたちが駆ける。
これが初陣である。目覚めて間もない俺だが、そんなことは関係ない。異世界転生して、寝起きで欠伸している暇なんて普通はないだろう。
「な、なんですかこれ!」
「黒い、レッドウルフだと……?」
「エラファス、なんか矛盾してるじゃないですか!」
「俺だって分かるわけないだろう!」
目の前にいる状況に一瞬の戸惑いを見せたアイラとエラファスがそんな掛け合いをする。
「うそ、私たちですら苦戦したレッドウルフがこんな簡単に……」
こいつらはレッドウルフというのか。
こむぎに見なれたせいであまり気に留めなかったが、言われてみれば全員赤い体毛をしている。
「黒い方は俺のペットなんで気にしないでください」
「あ、あなたは?」
ネアが腕の傷口を抑えながら聞いてきた。
損傷が酷いらしい。口からも吐血していて痛々しい。
「俺は、アイルです。アイル・エンリア。あの、そこら辺にあるレッドウルフを借りてもいいですか?」
「か、借りる? えっと、何をするか分からないけど、いいよ……?」
「助かります、多勢に無勢なので――」
――『目覚めろ』
その言葉と同時、死んでいた数匹のレッドウルフの体からから黒い煙が巻き上がる。
「この能力はなんだ……ア、アルトくん、君の天職(ギフテッド・ワークス)は一体なにか聞いてもいいかいっ?」
「えっと、一応《付与術師》みたいです」
「『みたい』? はは、おかしいな言い回しをするな。でも、すごい。君のおかげでレッドウルフがあんなにも簡単に……」
最前線を駆け抜けるのは『あさがお』だった。
小さい体を生かした俊敏な動き。その速さは俺の予想を遥かに上回っている。
目にも止まらぬ速度でレッドウルフの首を爪で確実に狙っている。
――『目覚めろ』
――『目覚めろ』
――『目覚めろ』
時間と共に増えていく死体に何度も《死霊術師》の能力を施す。
これがこの能力の真骨頂である。
多勢に無勢だった不利な状況は、気付けばレッドウルフのボスだけを残して一変していた。
「す、すごい……」
アイラが驚きの声を漏らす。
赤い軍勢は黒い軍勢に変わっていた。オセロだったらほぼ王手だな。
俺が仕掛けた初戦闘だったが、正直アイラと同じ感想を持っていた。
「まだ終わってないですよ」
「……アルトくん、僕も特大魔法を使えるようになった。けど、もう少しを威力をあげたいんだ。……その、助けてもらった身で頼むことではないんだけど、僕に『魔力付与(エンチャント)』してくれないかい」
「えっと、使えるなら使ってあげたい気持ちはあるんだけど。なんていうか、使い方教えてもらっても、いいですか?」
「「「え?」」」
まぁそんな反応されるよね。分かってたよ。
けど、全員で同時にそんな反応しなくてもいいじゃないか。
「そうだね。一般的なアドバイスをするなら、普通に詠唱すればいいと、思う。すまない、僕も自分の天職(ギフテッド・ワークス)以外の知識はないんだ」
詠唱とは《死霊術師》で言うところの『目覚めろ』的な一言だろうか?
「俺の友達の付与術師は『魔力付与(エンチャント)』する時に、『来たれよ神の御加護、森羅万象を無に帰す魔力の根源、その真価を我が目に映したまえ!』と叫んでいたな」
いや、全然違うじゃん。
思ってたよりもThe・ファンタジーみたいな詠唱じゃん。
しかも詠唱がそこそこ長いせいで、言い終わる前に殺されそうだよな。
――グラァァァアアアァ
ずっと戦っているこむぎたちの攻撃が届いていないのか、唯一の生き残りにして、ボスのレッドウルフが再び雄叫びをあげた。
こむぎの雄叫びよりも威力は数段高く、その雄叫びだけで黒い軍勢の大半が吹き飛ばされ、煙と化した。
「――攻撃が来る前にお願いしますっ!」
羞恥心を拭って、エラファスのアドバイス通りに俺は一言一句間違えることなく詠唱してみる事にした。
「わかったよ! 言えばいいんでしょ!?――『来たれよ神の御加護、森羅万象を無に帰す魔力の根源、その真価を我が目に映したまえ!』」
そのまま復唱するだけでよかったらしい。
赤い色の光がネアの体を包み込んだ。
「すごい! こんなにも魔力が漲ってくるなんて……よく分からない力を使うとは思っていたけど、《付与術師》としての力も本物じゃないか!」
ネアが驚きの声を上げた。俺の能力の影響かは分からないが、傷口が少しだけ修復されているような気がする。
自分の魔力を人に与える。
バフスキル的なものだろうか?
「エラファス、みんなを衝撃から護ってくれ」
「おうよ、『龍神の加護』」
ネアが立ち上がる。
エラファスの詠唱で、俺を含めた四人を緑色の光が覆った。
それを確認し、ネアは詠唱した。
俺もそれに合わせて死霊術師の能力を解除した。
俺の軍勢と戦っていたレッドウルフが、黒い影の中から露わになる。
そしてそれを的として放たられる大魔法。
――『第三魔法・グラビランス』
虚空に現れた黒い球体。
空間を引き裂くような轟音と、衝撃波を四方八方に放ちながら、それはゆっくりとレッドウルフへと放れた。
そして逃げる間もなく、レッドウルフの体にそれは接触した。
あさがおほどの俊敏さがあれば当たらなかったと思うが、その巨躯にはそれを可能にする力はなかったらしい。
体が半分ほど消えた状態で、最後のレッドウルフが地面へと倒れた。
「はぁはぁ、倒せた……なんとお礼をしたらいいのか。正直僕たちだけではこの群れですら倒すことなどできなかった。本当にありがとう」
「助かった、ありがとう」
「本当にありがとうございましたっ」
ネアの言葉に続いて、エラファス、そしてアイラが頭を下げた。
結局ボスを倒したのはネアだ。こむぎたちだけであいつを倒せていたかと言われたら怪しい。
ボスの雄叫びで俺の軍勢の大半消えてたし……
「いや、ボスを倒したのはあなたです。僕は何もしてないんで気にしないください」
「そのボスだって『魔力付与(エンチャント)』のおかげで倒せました。何かお礼をさせてください。命を助けてもらった恩を受けたままでは、僕たちは納得して明日を迎えられません」
「そう言われてもなぁ。……あ、強いて言うなら俺のことは他の人に話さないでほしいかな? あとこの洞窟の出口教えてもらえます?」
「そんなことでいいの……?」
「はい、お願いします」
「では、約束しましょう。アルトさんのことは誰にも話さないし、洞窟の出口へ安全にご案内させてもらいます!」
「そんな大袈裟じゃなくてもいいんだけど……」
ネアからすれば大したことではないのかもしれないが、こんな場所にいきなり転生させられた俺からすれば、出口を知っている人間が目の前にいることに感激すらしてしまう。
ましてや言語が通じて、なんか優しい感じの人だった。これが超陽キャのオラオラ系だったらこの戦いも知らないフリして逃げてたところだった。よかった。
「では、行きましょう! もしかしたら奥からレッドウルフ以外にも出てくるかもしれない。それに僕の仲間も気絶してしまっている。早く地上に戻ってゆっくりと治療をしないといけない……」
「そうだね、俺も早くここから出たいかも。――あ、一つ忘れ物。少し待ってもらっていい?」
「えっと、大丈夫ですけど?」
不思議そうな顔を浮かべるネア。
「ただ待たせるのはあれだし、アイラさんはその子の治療をしておいてあげて」
「え、あ、えっと、もう回復できるほどの魔力が……」
戸惑うアイラに俺は『魔力付与(エンチャント)』を施した。それが俺の天職の本来の役目みたいだし。
あくまで俺の中の魔力を渡しているだろうから、渡しすぎるのもよくはない気はするけど。でもまだ魔力が尽きる感じはない。
「これでどう?」
「ま、魔力がっ! これだけの魔力があれば!」
本調子に戻ったらしい。
「じゃあ待っててください」
「は、はい」
ネアの許可をもらったことだし、奥に見える半身しか残ってないレッドウルフのボスの方へと俺は向かった。
「あれは何をしてるんだ?」
「僕に分かるわけないでしょう」
――『目覚めろ』
「うわ! なんだあれ!」
「僕も聞きたいよ! なんだよあれ! エラファスの友達の《付与術師》もあんなことができるのか!?」
「で、できるわけないだろう!」
なんか後ろでネアとエラファスで漫才のような会話が繰り広げられているが、まぁ口外しないと約束してくれたし隠す必要もないだろう。
それにしても、こむぎたちは頭が無くても死霊術師の能力を使えたけど、首から胸辺りまでの半身がないレッドウルフにも能力が使えるとは思わなかった。
「――んで能力で生き返ったら元通り、ね」
ほんと、自分でもなんだこれって思う能力である。
未だに《固有スキル:無からの覚醒(ネクロマンス)》について全く分からないが、それに関しては今後解明していくとして――、
「見てください! この私に懐いてますよ!?」
戻るとさっき消したはずのこすもすがアイラと戯れていた。
五匹の中で一番毛量が多く、もふもふしているのが特徴的なこすもす。触れば虜になる気持ちもよく分かる。
「この子連れて帰っていいですか!?」
「ダメです」
「毎日散歩も行きます!」
「ダメです」
「あ、じゃあじゃあ!」
「何を言ってもあげませんから!」
「うぅ……」
俺の決死の反対に、アイラも不服そうではあるけど諦めた様子。
こすもすは俺のお気に入りでもあるからそう簡単に渡さない。
とはいえ、本当に懐いているらしい。確かに意志を持ってアイラの方へ寄って行っている気はする。しっぽも揺れている。
こいつは犬か!
だがそんな大はしゃぎしている少女の隣には、先程よりも顔がやつれたように見えるネアが苦笑いで立っていた。
「待たせちゃってすみません」
「は、はい……」
「ちょっとアルトくんの見たことの無い力にびっくりしただけです」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。僕のことは気にしなくて大丈夫ですよ、行きましょう……」
口調が敬語に変わった。
何が何だか分からないが、驚かせてしまったらしい。死霊術師の能力は不用意に人に見せないようにしよう。
まぁ、何はともあれ。
洞窟からの脱出。
俺の転生物語の第一歩である。
0
お気に入りに追加
495
あなたにおすすめの小説
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始!
2024/2/21小説本編完結!
旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です
※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。
※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。
生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。
伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。
勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。
代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。
リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。
ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。
タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。
タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。
そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。
なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。
レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。
いつか彼は血をも超えていくーー。
さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。
一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。
彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。
コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ!
・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持
・12/28 ハイファンランキング 3位
「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした
御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。
異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。
女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。
――しかし、彼は知らなかった。
転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――
子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
ジャージ女子高生による異世界無双
れぷ
ファンタジー
異世界ワーランド、そこへ神からのお願いを叶えるために降り立った少女がいた。彼女の名前は山吹コトナ、コトナは貰ったチートスキル【魔改造】と【盗む】を使い神様のお願いをこなしつつ、ほぼ小豆色のジャージ上下でテンプレをこなしたり、悪党を改心させたり、女神になったりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる