鶴の独声

二ノ前ト月

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赤い双眸

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彼の、殺人動機の「死んで欲しかった」件についての経緯を知りたい。
こんな若さで誰かを殺したい程の動機とは。


幸か不幸か平々凡々、順風満帆に生きて来たオレにとって誰かを殺したいとまで腹を立てたり、憎んだりした経験が無い。
そんなオレが出逢ったばかりの少年の、恨みつらみを聞いたところで理解出来るわけでは無いんだけど。

(もしかしたらオレだって殺される可能性もゼロでは無いんだ。)


不穏な思考がよぎる。こんな子供に?大の大人のオレが?

まさか。
ペストマスクという出で立ちこそ異様だが、倒れて動けないオレを介抱してくれた心優しき少年だ。
きっと何かあったに違いない。
オレは自分の不安を打ち消した。


ぐぎゅるるるる


突如として静寂を引き裂くオレの腹の虫。

「は、あはは・・・、は、腹減ったね。」

照れ隠しをしつつ同意を求めたが、同調は無かった。



「これ、良かったらどうぞ。」

立ち上がり、腰のポーチから何やらごそごそと取り出し手渡して来たクレイン。
どうやら干し肉の類の様だ。


「安心して下さい、ただの獣肉ですから。」


何かを察したのか念を押されてしまう。


「有り難う、戴くよ。」


何の肉かはさておき、食える時に食っておこう。
思えば、水も肉もこうして恵んで貰った。
クレインはオレにとっては命の恩人だ。

(こんな子が一体どうして・・・)
一度放棄した考えがまた頭を過る。

「頭、まだ痛いですか?」

考え込んだオレの表情を見て心配したのか、マスク越しに覗き込んで来たクレイン。
その瞳の色に戸惑った。


真っ赤だった。


ゴーグルのレンズのもともとの色なのか、それとも。


気取られない様に慌てて返答する。

「あ、うん、あぁ。もう全然平気。」

「良かった。
動けそうならそろそろ移動しましょう。
ここも直に・・・」

言いかけたクレインの言葉を遮るけたたましいカラスの声。
上空には風を切る羽ばたきの音。
黒い一羽のカラスがクレインの細い腕に止まる。

「来た?」

クレインの呼びかけに

「カァ!」と一声、返事をするかの様にカラスが鳴く。

「お前はお逃げ。」

空に向けてカラスを力強く放る。


何が起こっているのか、これから何が起こるのか。


「おとうさん、ボクから余り離れず後方に居て下さい。」


直後、大気が震えた。
オオォ、と低い重い音。

音?いや、これは"声"か?

数メートル先、目前に現れる得体の知れない黒い塊。
見た事も無い、知らない"何か"との遭遇で肌が泡立つのを感じる。
手や足といったシルエットには見えるが、目も口もそういったものは一切見当たらない。
ただただ、黒いのだ。
指先から血の気が引く感覚。

ずしり、ずしりとこちらに向けて確実に歩を進めて来ている塊。
大きさこそ巨大では無いにしろ、ゆうに成人と同等のサイズ。
"それ"が1、2・・・5体。


「クレイン・・・!」

立ち向かおうとしている少年の背に向けて名を叫ぶ。

「逃げよう!!」

オレの声が響くと同時にクレインに飛び掛かる黒い塊。

身体がすくんで動けない。
目の前の子供が危険だというのに!!

それはクレインに触れるかどうかの瞬間グチャリと嫌な音を立てて地面に落ちた。

「1、2・・・」

クレインの手には柄の長い細身のハンマー。
呟きながらまるで素振りかの様に黒い塊を次々といなすクレイン。


グチャリグチャリ、ドスンドスンと
地面に落ちても尚、手を休める事が無い追撃。



それはほんの一瞬の出来事だったと思う。
時間にしたらほんの数分か。
もしかしたら、恐怖の為に時間感覚が狂っていて一瞬に感じただけかも知れないが。

あれだけ動いたにも関わらず
呼吸の乱れが一切感じられない少年の細い肩。

「ク、クレイン・・・?」

時間が止まったかの様な沈黙の後、暫くしてゆっくりと振り向くクレイン。

何の感情も抱いていない、光が無い、赤い瞳で。
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