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7章 偶像崇拝

普通の女の子になりたかった

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 言葉がでなかった。

 ブランド女が敬愛する汐見柚子だったことは信じられなかった。過去の汐見柚子、現在の汐見柚子、ブランド女、どれらもキャラに差が大きく同一人物だと思えなかった。演技力といえばそれまでであるし、汐見柚子ならそれぐらいできてもおかしくないという思いもあるが、納得までには至らなかった。

 大量の疑問も残る。

 彼女が俺が当時会っていた人物と同一人物だという証拠は何もないはずであった。まともな会話をしたのは一度切り。俺に繋がるような情報はなにもなかったはずだ。強いて挙げるならば量産型アバターを使っていたことぐらいであるが、そんなものを使っている奴なんて星の数ほどいる。

「……どうして俺があの自殺志願者だとわかったんだ?」

 汐見は微笑みを絶やさない。

「汐見はね、普通じゃないの。詳しくは教えないけど、なんでも知ってるしできちゃうの。だから君が汐見をずっと応援してくれてたってことも、自殺する気がなくなったことも全部知ってた」

 それで納得しろと言われてもできやしない。

 だが現に彼女は俺の正体を知った上で接触し、こうして話している。

 方法論ともかく、事実として知る方法はあったといえた。

「ならどうして突然本人だって打ち明けたんだ? ブルースフィアで会った時でも、コラボした際に耳打ちでもしてくれればそれでよかったんじゃないのか」

「ファンとして応援してくれてる姿見るだけで十分だったけど、あの大会のあとから君を取り巻く環境が変わったからね。また自殺考えてるんじゃないかって心配になったんだよ」

「活動休止って聞いて死にたくなったけどな」

「ははは、それはごめんね。けどこうして最後に二人きりで話す機会設けたから許してよ。それにマイマイに推し変したっぽいし、もう汐見の役目は終わったかなって」

「アイツは単なる妹だぞ」

「マイマイはそう思ってないと思うけどなぁ。それに本物の才能ってやつを見せつけられちゃったら辛くてね」

「アイドル汐見柚子は歌も踊りもカリスマ性だって、才能も実力もトップクラスじゃないか。そんなことを言ったら他のアーティストなんて有象無象にすらならないぞ。それに妹は実力的には有象無象だ」

「それは酷いなぁ。汐見、マイマイのファンなのに」

「大会で妹のことスコープで覗いてたもんな」

「アーカイブ見たんだ。生前から推してたマイマイが突然復活したからさ、正体見極めてやろうと思ってね」

「妹が死んだことも知ってるんだな」

 汐見は平穏な口調で言う。

「うん、汐見は普通じゃないから」

 そう言って目を伏せた。それは最初に遭った頃の彼女と同じであった。自信も実力も何もかも足りていなかった頃の彼女と。

「他のファンも悲しむぞ」

「汐見の本当のファンなんて今も昔も君しかいないよ」

「なにかあったのか? 俺にできることならなんでもするぞ」

 彼女は答える。震えた声で。

「なんにもないよ。本当になにもなかったの。だから空っぽだって証明されちゃっただけなの」

 彼女は手についた花の朝露を、聖女の雫を目元に移す。

「悲しいって演技難しいよね。楽しいは簡単だけど、未だに悲しいって上手くできないの。悲しいはずなのに」

 雫を目元に携えたまま彼女は告げる。

「今まで応援ありがとうございました。これにてアイドル汐見柚子の引退挨拶を終わります!」

 彼女はログアウトした。

 去り際に「……普通の女の子になりたかったなぁ」と言い残して。
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